唾液には、お口の中を潤すだけでなく、虫歯を防ぐ再石灰化、口臭を抑える自浄作用と抗菌作用、消化の助け、感染から体を守る免疫の働きなど、たくさんの役割があります。本記事では歯科医師の立場から、安静時唾液と刺激唾液の違い、唾液の5つの働き、唾液が減る原因、そして今日からできる唾液を増やす生活習慣と唾液腺マッサージを解説します。
皆様、こんにちは。 長年にわたり、この地で歯科医療に携わってまいりました。日々の診療で多くの患者さんのお口を拝見するなかで、私が近年ますますその重要性を痛感しているもの、それが「唾液」です。
非常に重要な役割を担う「唾液」
唾液と聞くと、単に「口の中の水分」や、人によっては「不潔なもの」という印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。ですが、それは大きな誤解です。
実はこの唾液こそ、私たちの口腔内、ひいては全身の健康を守るために、休むことなく働き続けてくれている、非常に重要な役割を担う存在なのです。私たちの健康を陰で支えてくれている「お口の番人」と称しても過言ではないかと思います。

唾液は実にありがたい存在
虫歯や歯周病の予防はもとより、消化の補助、口臭の抑制、さらには感染症から体を守る免疫機能に至るまで、唾液の働きは驚くほど多岐にわたります。長年の臨床経験から、「お口が潤っている方ほど、口腔内のトラブルが少なく、健康を維持されている」という実感を、私は幾度となく持ってまいりました。
小さなお子さんで例えるなら、健診時にヨダレが多いお子さんに虫歯を見ることは、ほとんどありません。逆に高齢期に入られた女性で口腔乾燥症(ドライマウス)に悩まされているような方は、残念ながら急に虫歯が増えて来ることがあり、唾液の「ありがたさ」を痛感致します。
今回は、皆様の健康長寿の一助となることを願い、この「唾液」が持つ素晴らしい力と、その豊かな恵みを保つための具体的な方法について詳しくお話しさせていただきたいと思います。
唾液には2種類ある:安静時唾液と刺激唾液
まずご理解いただきたいのは、唾液には大きく分けて二つの種類があり、それぞれが異なる重要な役割を果たしているという点です。
安静時唾液:静かなる守護者
一つは「安静時唾液」です。これは、食事などの特別な刺激がない時でも、常に分泌され続けている唾液です。その主な役割は、お口の中を常に湿潤な状態に保ち、繊細な粘膜を乾燥や刺激から守ること。そして、口腔内の細菌が過剰に増殖するのを抑える、いわば「静かなる守護者」としての働きです。
主に顎下腺や舌下腺から分泌(1分間に0.3~0.4mL程度)され、粘り気があり、刺激唾液に比べて量も少ないのが特徴です。この安静時唾液のおかげで、私たちの口内は常に清潔な状態に保たれています。
刺激唾液:食のパートナー
もう一つは「刺激唾液」です。こちらは、食事の際や酸味のあるものを口にしたときなどに、活発に分泌される唾液です。食べ物と混ざり合うことで咀嚼(そしゃく)や嚥下(えんげ)を助け、スムーズな食事を可能にします。
また、唾液中の消化酵素が食物の分解を始めるため、胃腸での消化吸収を助ける大切な働きも担っています。私たちが「美味しい!」と感じられるのも、この刺激唾液が食べ物の味成分を溶かして、舌の味蕾(みらい)というセンサーに届けてくれるからです。
まさに「食の良きパートナー」と言えるでしょう。
これら二つの唾液が、状況に応じて適切に分泌されることで、私たちの口腔環境は健全に維持され、ひいては全身の健康までもが守られているのです。

唾液がもたらす、お口と全身への5つの働き
① お口を潤し、粘膜を守る
基本中の基本ですが、唾液は口腔内全体を潤す天然の保湿液です。
「ただ口が乾くだけでしょ?」と侮ってはいけません。唾液が不足し、お口が乾いた状態「ドライマウス(口腔乾燥症)」になると、口の中がネバネバして不快なだけでなく、会話がしづらい、食べ物が飲み込みにくいといった症状が現れます。さらに、細菌が繁殖しやすくなるため、口臭が強くなったり、口内炎ができやすくなったり、歯周病や虫歯といった様々なトラブルを引き起こすリスクが高まります。唾液は、こうしたトラブルからお口を守る天然の潤滑油として、基本的ながらもとても重要な役割を果たしています。
② 消化を助け、美味しい食事を支える
美味しい食事に唾液は欠かせません。先ほどもお話しした通り、食べ物を湿らせて飲み込みやすくしてくれるだけでなく、唾液には「アミラーゼ」という消化酵素が含まれています。
アミラーゼは、ご飯やパンなどに含まれるデンプンを分解し、体内に吸収されやすい糖に変える働きを持っています。よく「ご飯をよく噛んでいると甘くなる」と言いますが、これはまさにアミラーゼのおかげ。唾液は、お口の中で消化の第一歩を担ってくれる「一流シェフ」のような存在なのです。
「よく噛んで食べること」が推奨されるのは、食べ物を細かくするだけでなく、アミラーゼを含む唾液と食べ物を十分に混ぜ合わせ、胃腸の負担を軽くして栄養の吸収を助けるからなのです。
③ 自浄作用と抗菌作用で、口臭を抑える
お口の臭いの多くは、口腔内の細菌が食べ物の残りカスなどを分解する際に発生するガスが原因です。唾液には、口腔内を洗い流す「自浄作用」があり、細菌の温床となる汚れを取り除いてくれます。加えて「リゾチーム」や「ラクトフェリン」といった抗菌物質が含まれており、細菌の活動そのものを抑えます。十分な唾液は、天然の口臭予防剤なのです。
ブレスケア用品に頼る前に、まずはご自身の唾液の力を高めることが、口臭予防の大切な第一歩と言えるでしょう。
④ 歯の再石灰化を促し、虫歯を防ぐ
私たちが食事をすると、お口の中は酸性に傾き、歯の表面からカルシウムやリンといったミネラルが溶け出します。これを「脱灰(だっかい)」と呼び、虫歯の始まりとなります。
ですが、ここでも唾液が大活躍します。唾液には、酸性に傾いた口の中を中性に戻し、溶け出したミネラルを歯に再び取り込ませて修復する「再石灰化(さいせっかいか)」という働きがあります。白く濁った段階のごく初期の虫歯であれば、唾液やフッ素の力で再石灰化し、進行を食い止められることもあります。唾液は、歯を虫歯から守る天然の防御システムなのです。
⑤ 免疫の働きで、感染から体を守る
口や鼻は、ウイルスや細菌が体内に侵入してくる入り口です。唾液には「免疫グロブリンA(IgA)」という抗体が含まれており、病原体をとらえて体内への侵入を防ぐ、最前線のバリアの一つとして働いています。唾液がしっかり分泌されてお口の潤いが保たれていることは、感染症から体を守る力を支えることにもつながります。お口の健康が全身の健康とつながっていることが、ここからもよく分かります。

唾液はなぜ減少するのか? 現代人が抱える「乾き」の原因
これほど大切な唾液ですが、残念ながら様々な要因でその分泌量は減ってしまいます。特に現代人の生活には、唾液不足を招くワナがたくさん潜んでいます。
ストレスと自律神経の乱れ
大きな原因の一つが「ストレス」です。私たちの体は「自律神経」という、体の機能を自動でコントロールしてくれる神経によって支配されています。自律神経には、活動モードの「交感神経」と、リラックスモードの「副交感神経」があります。
唾液の分泌は、心身がリラックスしている時に優位になる「副交感神経」によって促されます。しかし、強いストレスや緊張状態が続くと、体は戦闘モードに入り、「交感神経」が優位になって唾液の分泌は抑えられてしまいます。
大勢の前でスピーチをする時や大事な試験の前などに、口の中がカラカラに乾いた経験はありませんでしょうか? あれはまさに、交感神経が優位になって唾液の分泌が抑えられた状態なのです。
ストレス社会と言われる現代・・・・仕事や人間関係の悩み、スマホの見過ぎによる脳の疲れなど、私たちの周りには交感神経を刺激する要因が溢れています。
お薬の副作用・加齢・食生活
ご高齢の方に多く見られるのが、服用されているお薬の副作用です。例えば、高血圧の治療薬(降圧剤)やアレルギーの薬、鎮痛剤、向精神薬など、多くの薬に唾液の分泌を減らす副作用があることが知られています。また、加齢によっても唾液腺の働きは低下する傾向があり、口呼吸の習慣や、あまり噛まずに軟らかいものばかりで食事を済ませてしまう食生活も、唾液の減少につながります。
お口の乾きが続く場合の原因や治療については、こちらで詳しく解説しています。

今日から始められる、「うるおい唾液」を育むための生活習慣
「じゃあ、どうすれば唾液を増やせるの?」
ご安心ください。特別な道具も、難しいテクニックも必要ありません。日々のちょっとした心がけで、唾液の出を良くすることができます。ぜひ、今日から実践できることから試してみてください。
① 一口30回、よく噛んで味わう
唾液は、顎を動かせば動かすほど分泌されます。食事の際は、ぜひ「一口30回」を目標に、よく噛むことを意識してみてください。食べ物の形がなくなるまで、じっくりと味わう。それだけで、消化を助ける刺激唾液がたくさん出てきます。普段の食事で難しい場合は、シュガーレスガムを噛むのもおすすめですよ。
食材の味をじっくり楽しむことで心も満たされ、副交感神経が優位になりやすくなります。
② こまめな水分補給
体の水分が不足すれば、当然唾液も作られません。ただし、一度にがぶ飲みするのではなく、喉が渇いたと感じる前に、一日を通してこまめに水分を摂ることが大切です。デスクに水筒などを置いておき、気づいた時に一口飲む「ちびちび飲み」を習慣にしましょう。
③ 超簡単!「舌回しエクササイズ」
口を閉じた状態で、舌を使って歯の表側をゆっくりとなぞるように、ぐるーっと大きく回してみてください。右回りに20回、左回りに20回。これだけで、口周りの筋肉や舌の下の唾液腺が刺激され、唾液がジュワッと出てくるのが実感できるはずです。いつでもどこでもできるので、仕事の合間やテレビを見ながらぜひ試してみてください。
④ 意識的に「リラックスタイム」を作る
唾液を出す鍵は、副交感神経を優位にすること。つまり、リラックスすることが何より大切です。ぬるめのお風呂にゆっくり浸かる、好きな音楽を聴く、穏やかな気持ちで散歩する、寝る前に5分だけ深呼吸をする・・・。
どんなことでも構いません。一日の中に、意識的に「ホッ」と一息つける時間を作りましょう。
⑤ 歯科でもおすすめしている「唾液腺マッサージ」
唾液を作る工場である「唾液腺」を直接マッサージするのも効果的です。食前などに行うと良いでしょう。主な唾液腺は次の3つです。
耳下腺
耳たぶの前あたり、上の奥歯の近くにあります。指の腹で、後ろから前へ向かって円を描くように優しくマッサージします。(10回ほど)
顎下腺
顎の骨の内側の柔らかい部分にあります。親指で、顎の下を耳の下から顎の先に向かって数カ所、ゆっくりと押し上げます。(各5回ほど)
舌下腺
顎の真下、舌の付け根あたりにあります。両手の親指を揃えて、顎の真下から舌を突き上げるようにグーッと押します。(10回ほど)
これらを食前などに行うと、唾液の出が良くなるかと思います。

ちょっとした裏ワザ「梅干し・レモン想像術」
これはもう、条件反射の世界です。目を閉じて、あの真っ赤で酸っぱそうな梅干しや瑞々しいレモンの輪切りを想像してみてください…。
どうでしょう? 今、あなたの口の中に唾液が溢れて来ませんでしたか?(笑)
実際に酸味のある食べ物を摂るのも効果的ですが、こうしてイメージするだけでも唾液腺は刺激されるんです。

口の乾きが続くときは、ドライマウスかもしれません
水がないと食事がしにくい、会話中に口が乾いて話しづらい、急に虫歯が増えた――といった状態が続く場合は、ドライマウス(口腔乾燥症)の可能性があります。生活習慣の工夫だけで改善しないときは、原因に合わせた対処が必要ですので、一度歯科医院でご相談ください。
おわりに:生涯にわたる健康のために、お口の潤いを大切に
お口の健康は、全身の健康の源であり、豊かな人生の礎です。そして、その鍵を握っているのが、意外や意外、皆様ご自身の体に備わっている「唾液」が持つ素晴らしい力なのです。
ご自身の唾液の力を信じ、その働きを助けるような生活を少しでも心がけていただくこと。それが、虫歯や歯周病を防ぐだけでなく、日々の食事を楽しみ、健やかな毎日を送るための、何よりの投資となると私は考えています。
美味しく食事を楽しみ、生き生きと会話し、病気に負けない体を作る。唾液を意識した生活は、私たちのQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)そのものを高めることにつながります。
もちろん、セルフケアだけでは解決できないお悩みもあるかと存じます。お口の乾燥やその他気になることがございましたら、どうぞ皆様のかかりつけ歯科医師にご相談ください。
この記事が、皆様がお口の潤いに関心を持ち、ご自身の健康をさらに大切にするきっかけとなれば、歯科医師としてこれに勝る喜びはありません。皆様の健やかな毎日を願っております。
唾液に関するよくある質問(FAQ)
唾液を増やす食べ物はありますか?
根菜やきのこ、玄米など噛みごたえのある食べ物は、噛む回数が増えるぶん唾液がよく出ます。梅干しやレモンなど酸味のあるものも唾液を促しますが、酸っぱいものを長い時間お口に含み続けると歯が溶けやすくなる(酸蝕症)ため、食事と一緒にとるのがおすすめです。間食には、シュガーレスガムも手軽です。
唾液腺マッサージは、いつ・どのくらいやればよいですか?
食事の前に行うと、食べ始めから唾液が出やすくなります。耳下腺・顎下腺・舌下腺を順番に、1回1〜2分ほどが目安です。強く押す必要はなく、気持ちよいと感じる程度の力で十分です。腫れや痛みがあるときは控えて、歯科や耳鼻咽喉科にご相談ください。
唾液が多すぎるのは問題ですか?
食事中や、酸っぱいものを思い浮かべたときに唾液が増えるのは自然な反応です。新しい入れ歯や口内炎などの刺激で、一時的に増えることもあります。ただし、飲み込みにくさを伴う場合や、急に増えて続く場合は、一度ご相談ください。
酒井歯科医院では、虫歯や歯周病の治療だけでなく、再発を防ぐ予防歯科にも力を入れています。医院の診療方針や診療内容については、酒井歯科医院トップページからご覧いただけます。
執筆・監修歯科医
唾液の力で
お口と全身を守る
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会








