歯科医師は診療中に、子どもの口腔内から児童虐待・ネグレクトのサインを読み取ることができます。年齢不相応に多数の未治療虫歯、極端に不衛生な口腔内、理由のはっきりしない歯の破折や口唇の外傷――これらはいずれも見逃してはならない重要なサインです。歯科医師には児童虐待防止法に基づく通告義務があり、日常診療を通じて子どもたちを守る役割を担っています。本記事では、歯科医師の視点から見える虐待のサインと、地域医療として果たすべき役割を解説します。
歯科医師が担う法歯学と社会的役割
私たち歯科医師には、虫歯や歯周病を治療する以外にも社会に対して果たすべき大切な役割があります。その一つが「法歯学(ほうしがく)」という分野への貢献です。
多くの方は、災害や事故の際にご遺体の身元確認を行う・・・というニュースでこの言葉を耳にしたことがあるかもしれません。歯の治療痕は、指紋と同じように一人ひとり異なり、個人を特定するための非常に重要な情報となります。昭和60年の日航機墜落事故や東日本大震災の際にも、私たち歯科医師が法歯学者と協力し多くの方をご家族の元へお返しするお手伝いをさせていただきました。
しかし、法歯学の知見が活かされるのはそうした大きな出来事だけではありません。実は、日々の診療室の中で声なき子どもたちのSOSを早期に発見するというもう一つの重要な役割を担っているのです。この記事では、歯科医師の視点から見える「児童虐待」のサインと、地域の子どもたちを守るために私たちができることについてお伝えします。

口腔内に現れるネグレクトのサイン|歯科医師が見落とさない4つの異変
非常に悲しいことですが、虐待を受けている子どもたちのお口の中には一般的なお子さんとは明らかに違う特徴が見られることがあります。
東京都歯科医師会が行った調査では、虐待を受けた児童はそうでない児童に比べて虫歯の本数が圧倒的に多く、さらにその虫歯がほとんど治療されずに放置されている・・・という衝撃的な事実が明らかになりました。

歯科医師が見抜く「ネグレクト」のサイン
ネグレクトは外から見えにくいため見過ごされがちですが、口腔内には以下のような特徴的なサインが現れます。
もちろん、虫歯が多いからといってそれが即座に虐待を意味するわけではありません。しかし、それは子どもが置かれているかもしれない深刻な状況(ネグレクト)を示唆する見過ごしてはならないサインの一つなのです。
年齢不相応に多数の治療されていない虫歯
特に、激しい痛みを伴うはずの大きな虫歯が放置されている。
歯がボロボロに溶けている
ジュースの常飲など、食生活の乱れが背景にある可能性。
極端に汚れた口腔内
歯磨きの習慣が全く身についておらず、大量の歯垢や歯石が付着している。
乳歯が抜ける時期でもないのに歯が抜けたままになっている
これら4つのサインは「適切な食事を与えられていない」「正しい生活習慣を教えてもらえていない」「病気になっても医療機関に連れて行ってもらえない」といった育児放棄(ネグレクト)の可能性を示す重要な手がかりとなります。


身体的虐待が疑われる口腔・顔面の外傷サイン
ネグレクトだけでなく、より直接的な暴力(身体的虐待)の痕跡がお口の中やその周辺に見つかることもあります。歯科医師が注意すべき身体的虐待のサインは主に3つです。
歯科医師が気づく「身体的虐待」のサイン
唇やその内側の粘膜の切り傷、アザ
平手打ちなどによって生じることがある。
歯の破折や変色
転んだなどの明らかな理由がないのに前歯が折れていたり、神経が死んで変色したりしている。これは、過去に顔面を強く殴られたなどの衝撃を受けた可能性を示唆します。
顎の骨の骨折や、不自然なアザ
虐待の約半数は、顔や頭、そして口の中に集中しているというデータもあります。私たち歯科医師は、治療のために患者さんのお顔と非常に近い距離で接するため、こうした不自然な傷に気づきやすい立場にあるのです。
歯科医師の通告義務|児童虐待防止法と地域医療の責任
もし、私たちが診療中に「虐待かもしれない」と感じるサインに気づいた場合、児童虐待防止法第6条に基づき、歯科医師には関係機関への通告義務があります。これは法律で定められた子どもたちの命を守るための重要な義務です。もちろん、その判断は慎重の上にも慎重を期して行います。

私たちの目的は、保護者の方を「告発」することではありません。問題を抱え誰にも相談できずに孤立してしまっているかもしれない親子に対して、社会的な支援の輪をつなぐ「最初のきっかけ」を作ることです。
お口の健康は、子どもが心身ともに健やかに成長するための大切な土台です。私たち酒井歯科医院は、単に歯を治療するだけでなく、地域の子どもたちが笑顔で成長していける社会を守る一員でありたいと願っています。
この記事を読んで、もし周りのお子さんのことで何か気になることがあれば、どうか一人で抱え込まずに地域の児童相談所や私たちのような医療機関にご相談ください。その小さな勇気が一つの尊い命を救うことに繋がるかもしれません。
よくあるご質問|歯科医師と児童虐待のサイン
診療の現場で感じる疑問や不安について、歯科医師の立場からお答えします。
誤解が生じやすいテーマだからこそ、正確にお伝えします。
Q1. 虫歯が多いだけでネグレクト(育児放棄)と判断されますか?
虫歯が多いことだけで虐待と判断することはありません。ただし、年齢不相応に多数の未治療虫歯が長期間放置されている場合には、育児放棄(ネグレクト)の可能性を慎重に検討します。歯科医師は口腔内の状態だけでなく、子どもの様子や保護者の言動なども含めて総合的に判断します。
Q2. 歯科医師には児童虐待を通告する義務があるのですか?
はい。児童虐待防止法第6条に基づき、虐待が疑われると判断した場合には市区町村や児童相談所への通告義務があります。これは保護者を告発するためではなく、子どもの安全を守り、必要な支援につなぐための制度です。
Q3. どのような口腔内の状態が虐待のサインになりますか?
多数の未治療虫歯の放置、極端に不衛生な口腔内、理由がはっきりしない歯の破折や変色、口唇・口腔粘膜の不自然な外傷などが注意すべきサインです。ただし単独の症状だけで判断することはなく、年齢・生活環境・子どもの様子なども踏まえた総合的な判断を行います。
Q4. 子どもの虐待が疑われる場合、どこに相談すればよいですか?
まず児童相談所全国共通ダイヤル(189)にご連絡ください。24時間対応しています。また、いわき市では「いわき市こども家庭センター」が相談窓口となっています。私たち酒井歯科医院でも、お口のことで気になることがあればお気軽にご相談ください。
いわき市中央台で歯医者をお探しの方は、酒井歯科医院のトップページもぜひご覧ください。診療内容や予防歯科への取り組み、医院の特徴などをご紹介しています。
執筆・監修歯科医
お口のサインから
子どもの「声」を聴く歯科医師
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会




