舌ピアスには、歯の破折や歯ぐきの後退(歯肉退縮)といった歯へのダメージに加え、大量出血・神経損傷・感染など、皮膚のピアスとは比べものにならない深刻なリスクがあります。この記事では、歯学部で舌の解剖を学んだいわき市中央台の歯科医師が、舌ピアスの具体的な危険性と、開ける前に必ず知っておいてほしいことを解説します。
先日、あるお口を診て、言葉に詰まりました
こんにちは。いわき市中央台の「医療法人SDC 酒井歯科医院」院長の酒井です。
歯科医院には本当にいろいろな患者さんがいらっしゃいますが、先日は少し驚く場面がありました。定期検診にいらした、まだあどけなさの残る10代の患者さん。そのお口を診ていて、思わず手が止まったのです。舌に、ピアスが入っていました。(大人の方でしたら過去にも数名はいらっしゃいました)
耳たぶのピアスであれば、比較的リスクも少なく、今ではごく身近なものです。しかし、舌は話が違います。 私自身、歯学部の学生時代に舌やその周囲の解剖を学びました。あの部分にどれだけ血管や神経が密集しているかを知っているからこそ、「この繊細な器官に、穴を開けてしまったのか・・・」と、正直ひやりとしたのです。
決してその子を責めたいのではありません。ただ、歯科医師として「知らないまま開けてしまう人が増えているのでは」という心配から、今日は舌ピアスのリスクについて、できるだけ分かりやすくお話ししたいと思います。
舌は”内臓”に近い繊細な器官|皮膚のピアスとは訳が違う
まず知っていただきたいのは、口の中は、皮膚とはまったく環境が違うということです。
お口の中には、数百種類・数億個ともいわれる細菌が常にすんでいます。温かく湿ったこの環境は、細菌にとって絶好のすみかです。そこに穴(貫通創)を開けるということは、皮膚に開けるのとは比べものにならないほど、感染のリスクを高めてしまいます。
さらに舌は、血管と神経が非常に豊富な器官です。特に舌の裏側には太い血管が走っており、位置を誤って傷つければ、止めるのが難しい出血につながることもあります。だからこそ、米国歯科医師会(ADA)をはじめとする専門機関は、装飾目的の口腔内・口周りのピアスや舌割(スプリット・タン)に対して、「健康への悪影響が、得られる利益を上回る」として明確に反対の立場を示しています。

歯科医師が指摘する、舌ピアスの主なリスク
舌ピアスには、開けた直後のトラブルと、長く着け続けることで少しずつ進むトラブルの、両方があります。

💡 なぜ「舌」のピアスで歯や歯ぐきが傷つくの?
悪さをするのは、穴そのものではなく舌の上下についた金属のボール(バーベル)です。舌は、話す・飲み込む・食べるたびに歯の内側にぴったり触れています。そこに硬い金属があると、1日に何百回・何千回と歯や歯ぐきに当たり続けます。さらに無意識にカチカチと歯に当てたり噛んだりする癖がつきやすく、この繰り返しの小さな衝撃が、数年かけて少しずつ歯を欠けさせ、歯ぐきをすり減らしていくのです。
① 歯が欠ける・割れる(歯の破折)
もっとも多いのがこれです。舌の上下にある金属のボールが歯の内側や噛み合わせの面に当たり続けることで、エナメル質が欠けたり、歯にヒビが入ったり、割れたりします。特に奥歯(臼歯・小臼歯)で起こりやすく、装着期間が長いほどリスクは高まります。ある研究では、舌ピアスを4年以上つけている人の約半数に奥歯の欠けが見つかったと報告されています。無意識にカチカチと歯に当てる癖がある方は特に危険で、被せ物が必要になったり、最悪の場合は歯を失うことにもつながります。
② 歯ぐきが下がる(歯肉退縮)
下側のボールが、下の前歯の内側(舌側)の歯ぐきに当たり続けると、歯ぐきがすり減って下がっていきます。舌ピアスをしている人は、この部分の歯ぐきが下がる危険が約11倍という報告もあり、長い年数つけている人ほど進行します。歯ぐきが下がると歯の根が露出し、冷たいものがしみる「知覚過敏」の原因にもなります。一度下がった歯ぐきは、自然には元に戻りません。

③ 大量出血の危険(舌は血管の宝庫)
先ほど触れたとおり、舌は血管が非常に豊富です。穴を開ける際に太い血管を傷つけてしまうと、自分では止められないほどの出血に至ることがあります。医療の知識のない場所・方法で行うほど、この危険は高まります。
④ 神経の損傷・味覚の変化
舌には味覚や動きをつかさどる神経が通っています。これを傷つけると、舌のしびれや、味の感じ方の変化が起こることがあります。多くは一時的ですが、まれに元に戻らないこともあります。
⑤ 感染症(重篤なものも)
口の中の細菌が傷口から入ると、局所の腫れや化膿だけでなく、まれに口腔底蜂窩織炎(こうくうていほうかしきえん)や、心臓に病気のある方では感染性心内膜炎といった、命に関わる重い感染につながることも報告されています。器具の消毒が不十分な場合は、B型・C型肝炎などの血液を介した感染の危険もあります。
なお、感染症だけでなく、舌への「慢性的な刺激」そのものが招くリスクにも注意が必要です。近年は、歯や器具が舌に繰り返し当たる刺激と、若い世代の舌がんとの関連が指摘されています。詳しくは若い世代にも増える「舌がん」と歯並びの関係でも解説しています。
⑥ 誤飲・誤嚥、発音・食事への影響
ボールが外れて飲み込んでしまう、あるいは気管に入ってしまう事故も実際に起きています。また、装着中は発音がしづらくなったり、食事や飲み込みに違和感が出たり、唾液が過剰に出たりすることもあります。金属は歯科のレントゲン撮影の妨げにもなります。
⚠️ こんな症状はすぐ受診を
舌が大きく腫れて息苦しい、止まらない出血、強い痛みや発熱、傷口の赤い筋や膿・・・こうしたサインは、重い感染や気道のトラブルの可能性があります。ためらわず、歯科・口腔外科や医療機関を受診してください。
「かわいいから」で決めていい?──安易な風潮に、ひとこと
舌ピアスは、自己表現やおしゃれの一つです。それ自体を、頭ごなしに否定するつもりはありません。ただ、SNSなどで気軽に見かけるせいか、リスクの説明をきちんと受けないまま開けてしまう若い方が増えているように感じます。実際、舌ピアスは10代〜若い世代に特に多いことが、歯科の文献でも指摘されています。
ここで知っておいてほしいことがあります。日本では、そもそもピアスの穴あけ自体が「医行為(医療行為)」とされています。 医師法第17条や昭和47年の厚生省見解に基づき、業として医師以外がピアスの穴を開ければ、医師法違反になり得ます(実際に摘発例もあります)。血管や神経が密集する舌であれば、なおさら医療的な配慮が必要な行為だということです。
そして何より、歯や歯ぐきが受けたダメージは、元に戻らないことが多いのです。歯の破折や歯肉退縮は、成長期の若い方ほど、その後の人生に長く影響します。「一時の流行だから」と軽く考えず、リスクを正しく知ったうえで判断してほしい・・・これが、歯科医師としての切なる願いです。
👨👩👧 保護者の方へ
お子さんが「舌ピアスをしたい」と言ったら、頭ごなしに否定するより、まず一緒にリスクを知ることをおすすめします。修復不可能な歯や歯ぐきへの影響は私共からお伝えすることもできます。判断に迷ったら、遠慮なくご相談ください。
もし舌ピアスをしている・考えているなら
すでに舌ピアスをしている方も、頭ごなしに「今すぐ外しなさい」と言われても困りますよね。まずは、歯や歯ぐきがダメージを受けていないかを定期的にチェックすることが大切です。
また、舌ピアスによる慢性的な物理的刺激は、長期的には見落とせないポイントです。近年、歯や器具が舌に繰り返し当たる刺激と若い世代の舌がんとの関連が指摘されており、この観点からも定期的なチェックが大切です。
次のような工夫も、トラブルを減らす助けになります。
歯に当てる癖をやめること、食後にお口をすすいで清潔を保つこと、スポーツの際は外すこと、そして何より、歯科医院で定期的に歯と歯ぐきの状態を診てもらうこと。破折や歯肉退縮は、早く気づくほど対応がしやすくなります。
そしてこれから考えている方は、どうか「開ける前に」立ち止まってください。得られるものと失うかもしれないものを、一度ゆっくり天秤にかけてみて欲しいのです。
当院では、舌ピアスによる歯・歯ぐきへの影響のチェックや、知覚過敏・歯の破折のご相談を承っています。「叱られそう」と身構える必要はありません。あなたの歯を長く守るために、一緒に状態を確認しましょう。お気軽にご相談ください。
まとめ
舌ピアスは、見た目の印象とは裏腹に、歯の破折・歯肉退縮・大量出血・神経損傷・感染など、口の中ならではの深刻なリスクを抱えています。しかもその多くは、一度起きると元に戻りにくいものです。
自己表現は、とても大切なものです。だからこそ、その選択が自分の歯や体を傷つけてしまわないように、正しい知識を持って向き合って欲しい・・・いわき市中央台の酒井歯科医院は、そう願っています。気になることがあれば、いつでもご相談ください。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 舌ピアスで一番多いトラブルは何ですか?
歯の破折(欠け・割れ)と、歯ぐきの後退(歯肉退縮)です。金属のボールが歯や歯ぐきに当たり続けることで起こり、一度削れたり下がったりした歯・歯ぐきは自然には元に戻りません。
Q. 舌ピアスは自分で開けても大丈夫ですか?
おすすめできません。舌は血管や神経が密集しており、大量出血や神経損傷の危険があります。日本ではピアスの穴あけ自体が医行為とされ、業として医師以外が行えば医師法違反になり得ます。
Q. すでに舌ピアスをしています。歯科で診てもらえますか?
はい。歯や歯ぐきへの影響、感染の有無などをチェックできます。破折や歯肉退縮は早期発見が大切なので、定期的な検診をおすすめします。叱るためではなく、歯を守るための受診です。
Q. 子どもが舌ピアスをしたいと言ったら、親としてどうすればよいですか?
まずは一緒にリスクを知ることをおすすめします。成長期の歯や歯ぐきが受けたダメージは長く残るため、健康面の影響は小さくありません。判断に迷うときは、歯科医院で状態やリスクを一緒に確認しましょう。
この記事について(E-E-A-T・出典明記)
本記事は、米国歯科医師会(ADA)の口腔ピアスに関する見解、および国内外の歯科医学文献をもとに、いわき市中央台の医療法人SDC 酒井歯科医院(院長:酒井直樹)が作成・監修しました。ピアスの穴あけが医行為にあたるという記述は、医師法第17条および昭和47年の厚生省見解に基づく行政の考え方によります。
参考・出典
- American Dental Association「MouthHealthy/Oral Piercings」
ADA MouthHealthy(一般向け解説) - American Dental Association「Oral Health Topics/Oral Piercing–Jewelry」
ADA Oral Health Topics(専門情報) - 「唇・舌ピアスに伴う合併症の発生率:システマティックレビュー」International Journal of Dental Hygiene(2015)
歯・歯ぐきの合併症に関する系統的レビュー(英文)
執筆・監修歯科医
歯科医師が伝えたい
口の中のリスク
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会








