はじめに:テレビで見た衝撃的な光景
先日、何気なく見ていたテレビ番組で、私は歯科医師として非常に衝撃的な光景を目にしました。
それは、アフリカの、おそらくは近代的な文明から少し離れた場所で暮らす方々の「歯磨き」の様子でした。
私たちが日常的に使う歯ブラシや歯磨き粉、ましてや電動歯ブラシなどは当然そこにはありません。彼らが手にしていたのは、植物の根を割いてその繊維を筆のようにしたごく自然な道具でした。

そして、さらに驚いたのは「その使い方」です。彼らは、その道具で歯を「磨く」というよりは、ただひたすら、それを「噛んで」いたのです。しかし、インタビューされた方々のお口の中は驚くほど健康で、虫歯や歯周病に悩む人は我々日本人よりもはるかに少ない・・・というのです。
なぜ、彼らは歯ブラシも使わずに健康な歯を維持できるのか。その光景から、私たちが忘れかけているかもしれないお口の健康に関する「本質」が見えてきます。
なぜ「木の根を噛む」だけで歯が守られるのか?
一見すると原始的に見える彼らの習慣には、実は科学的にも非常に理にかなった3つの素晴らしい秘密が隠されていました。
① 道具そのものが持つ天然の薬用効果
彼らが使っている「木の根」はただの棒ではありません。地域によっては「ミスワーク」とも呼ばれる特定の植物の根や枝で、その繊維には、天然の抗菌成分や歯を白くする成分、歯ぐきを引き締める成分などが含まれていることが近年の研究で分かっています。まさに天然の歯ブラシであり歯磨き粉なのです。
② 「噛む」という行為が唾液を最大限に引き出す
彼らは、歯を「磨く」のではなく「噛んで」いました。この「噛む」という行為こそが、唾液の分泌を促す最強のスイッチです。
そして、以前の下記のブログでもお話しした通り、唾液にはお口の汚れを洗い流す「自浄作用」、細菌の活動を抑える「抗菌作用」、そして初期虫歯を修復する「再石灰化作用」といった素晴らしい力が備わっています。彼らは、噛むことでこの“最高の良薬”を自ら最大限に活用していたのです。
③ そもそも、食生活が違う
もちろん、最も大きな要因はその食生活にあるでしょう。私たちの周りにあるような、精製された砂糖が大量に含まれる加工食品や清涼飲料水を口にする機会は、彼等にはほとんどありません。むし歯菌のエサとなる糖分の摂取量がそもそも比較にならないほど少ないのです。

私たちが、本当に学ぶべきこと
では、私たちも今日から木の根を噛むべきなのでしょうか?
もちろん、そういうわけではありません。私たちは、フッ素や定期的なPMTCといった現代科学の素晴らしい恩恵を受けることができます。
しかし、彼らの姿は私たちに大切なことを教えてくれます。それは「人間である前に、動物としての基本」がいかに重要か・・・ということです。
しっかりと顎を使い、よく噛み、唾液をたくさん出すこと。そして、不必要に糖分を摂取しないこと。こうした生命としての基本的な営みの上に、現代の歯科医療の知識が加わって初めて本当の意味での「予防歯科」が完成するのかもしれません。

案外、文明の進歩の中で、私たちが失ってしまった「当たり前」のこと・・・・そこに、健康で長生きするための最も大切なヒントが隠されている。テレビの中の彼らの美しい歯は、私にそう語りかけているようでした。
執筆・監修歯科医
最新医療の前に
学ぶべき知恵がある
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会