こんにちは。医療法人SDC・酒井歯科医院院長の酒井直樹です。
長年、多くの患者さんのお口の健康に携わっておりますと、虫歯や歯周病といったお悩みだけでなく、「歯の色」に関するご相談も数多くお受けします。特に、「他の歯は白いのに、1本だけ色が黒ずんでいて気になる」というお悩みは、決して珍しいものではありません。
鏡を見るたびにその歯が目についてしまい、人前で口を開けるのが億劫になったり、思いっきり笑うことをためらってしまったり・・・皆さんには、そのようなご経験はございませんか?
ウォーキング・ブリーチという治療法
一般的な「歯のホワイトニング」は、すべての歯を全体的に白くすることを目的としていますが、1本だけ黒ずんでしまった歯には、残念ながらあまり効果がありません。
「この歯はもう、差し歯にするしかないのか…」と諦めてしまう方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。ご自身の歯を削ることなく、その1本の歯だけを内側から白くする「ウォーキング・ブリーチ」という専門的な治療法があるのです。


今回は、この「ウォーキング・ブリーチ」について、長年の臨床経験をもとに、詳しく、そして分かりやすく解説してまいります。
なぜ、1本だけ歯の色が黒ずんでしまうのか?
まず、なぜ特定の歯だけが黒ずんでしまうのでしょうか。その主な原因は、歯の内部にある「歯髄(しずい)」、いわゆる歯の神経が死んでしまった(失活した)ことにあります。
歯は、外側からエナメル質、象牙質、そして中心に歯髄という三層構造になっています。歯髄には神経だけでなく血管も通っており、歯に栄養を供給しています。

歯髄が失活する主な原因
この歯髄が失活する原因としては、以下のようなものが挙げられます。
強い衝撃(外傷)
転んだり、何かに強くぶつけたりして歯を打撲すると、歯の根の先端で血管が断裂し、歯髄が死んでしまうことがあります。死んだ歯髄の血液成分(ヘモグロビンなど)が分解され、象牙質に染み込んでいくことで、歯が内側から黒ずんで見えます。これは、身体にできる「あざ」が時間とともに変色していくのと似た現象が、歯の内部で起こっているとイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
深い虫歯
虫歯が歯髄にまで達すると、細菌感染によって歯髄が炎症を起こし、やがて死んでしまいます。
過去の根管治療(こんかんちりょう)
上記のような理由で歯髄が失活した場合、「根管治療(歯の根の治療)」が必要になります。これは、感染した歯髄を取り除き、根の中をきれいに消毒して薬剤を詰める治療です。この治療自体は歯を保存するために不可欠ですが、過去に使用された根管充填材(根の中に詰める薬)の種類によっては、それが時間とともに変色し、歯の色に影響を与えることもありました。
このように、歯の内部から変色が起きているため、歯の表面に薬剤を作用させる一般的なホワイトニングでは白くすることが難しいのです。
神経のない歯を内側から白くする「ウォーキング・ブリーチ」とは?
そこで登場するのが「ウォーキング・ブリーチ」です。英語では「Walking Bleach」と書きます。
これは、失活歯の内部に、歯を白くするための安全な薬剤を入れ、仮の蓋をして数日間過ごしていただく治療法です。「薬剤を入れたまま歩き回れる(Walking)」ことから、この名前が付きました。
ウォーキング・ブリーチの基本的な流れ
1.診査・診断
まず、レントゲン撮影などを行い、変色の原因が失活歯によるものであることを確認します。また、根管治療がきちんと完了しており、根の先に膿の袋などがないか、封鎖状態は良好かなどを精密にチェックします。ウォーキング・ブリーチを行えるかどうかを判断する、非常に重要なステップです。
2.薬剤を入れる準備
歯の裏側(舌側)に小さな穴を開けます。これは、以前に根管治療を受けていれば、その時に開けた穴を利用することが多いです。根管治療で詰めた薬の上に、漂白剤が根の先へ漏れ出さないように、セメントなどでしっかりと保護層(隔壁)を作ります。この処置が、安全に治療を進めるための鍵となります。
3.漂白剤の填入
保護層の上に、ペースト状にした漂白剤(過ホウ酸ナトリウムなど、安全性の確立された薬剤を使用します)を置きます。
4.仮の蓋
薬剤が漏れないように、セメントや樹脂などで入り口に仮の蓋をします。
5.経過観察
次回の通院日まで、1週間~2週間ほど、そのまま普段通りに生活していただきます。この間に、内側の薬剤がゆっくりと作用し、歯を白くしていきます。
6.確認と繰り返し
次回来院時に、色の変化を確認します。希望の白さになるまで、2~4の工程を数回繰り返すのが一般的です(通常数回程度)。
7.最終的な充填
歯が十分に白くなったら、内部の薬剤をきれいに取り除き、歯の色に合わせたコンポジットレジン(白い詰め物)で穴をしっかりと塞ぎ、治療は完了です。


ウォーキング・ブリーチのメリットとデメリット
どんな治療法にも、長所と短所があります。患者さんご自身が納得して治療を選択できるよう、両方をしっかりとご説明します。
【メリット】歯を削らず、自然な白さを取り戻せる
歯を削る量を最小限にできる
最大のメリットは、ご自身の歯をほとんど削らずに白くできることです。被せ物(クラウン)やラミネートベニアのように、歯の表面を大きく削る必要がありません。ご自身の天然の歯を最大限に残す、非常に保存的な治療法と言えます。
自然な仕上がり
歯の内部から白くするため、透明感のある、非常に自然な色合いを取り戻すことができます。作り物ではない、ご自身の歯ならではの美しさです。
比較的安価
被せ物などの補綴(ほてつ)治療に比べて、費用を抑えられる場合が多いです。
治療中の痛みがほとんどない
すでに神経のない歯の内部を触るだけなので、治療中に痛みを感じることはほとんどありません。
【デメリット・注意点】知っておくべきこと
色の後戻りの可能性
時間の経過とともに、少しずつ色が後戻りすることがあります。ただし、再治療(リタッチ)も可能です。
白さの予測が難しい場合がある
変色の原因や期間、歯の状態によっては、色の改善に限界があったり、効果に個人差が出たりすることがあります。
治療期間が複数回かかる
薬剤を交換するために、数回の通院が必要になります。
歯が脆くなる可能性
私自身は一度も経験したことはありませんが、漂白処置により歯の強度がわずかに低下する可能性が指摘されています。しかし、健康な歯を大きく削るクラウンなどに比べれば、歯質の保存という点ではるかに優れています。
歯頸部吸収のリスク(非常に稀)
これまた私自身は一度も経験したことはないのですが、漂白剤の刺激により、歯の根の表面が吸収されてしまう「歯頸部吸収」という合併症がごく稀に報告されています。しかし、これは術前の診査を怠ったり、根管の入り口を保護する隔壁の設置が不十分だったりした場合に起こるリスクです。当院では、安全基準を遵守し、レントゲンでの精密な診査と丁寧な保護処置を徹底することで、このリスクを限りなくゼロに近づけるよう・・・・生じないように細心の注意を払っています。


写真は実際の患者さんの写真ですが、御本人も相当に喜んでいただく事が出来ました。もしかすると数年先には再度の黒ずみが生じる可能性は否定出来ないのですが、その際にはまた歯にダメージを生じさせることなく、同じ処置をすれば復活も可能だろうと考えています。患者さん御本人にもそのようにお伝えをした次第です。
ウォーキング・ブリーチが適している方・他の選択肢
ウォーキング・ブリーチは素晴らしい治療法ですが、万能ではありません。
このようなお悩みを持つ方に適しています
この治療が最も効果を発揮するのは、以下のような方です。
- 神経のない歯(失活歯)が1本だけ変色している方
- 根管治療がきちんと完了し、根の状態が良好な方
- 歯の大部分が残っており、大きな詰め物や崩壊がない方
- 被せ物などで歯を削ることに抵抗がある方
他の治療の選択肢
もし、ウォーキング・ブリーチが適さない場合や、この治療で十分な効果が得られなかった場合には、以下のような他の選択肢を考えていかねばならぬ事を御了解願います。
ラミネートベニア
歯の表面を薄く削り、セラミック製の薄いシェルを貼り付ける方法。
セラミッククラウン
歯全体を削り、セラミックの被せ物をする方法。
これらの方法は、色や形を確実に変えることができますが、歯を削る量が多くなるという側面も持ち合わせています。まずは、ご自身の歯を最も大切にするウォーキング・ブリーチを第一選択肢として検討する価値は、非常に高いと言えるでしょう。

おわりに・・・
たった1本の歯の色が、その方の笑顔の輝きを曇らせてしまうことがあります。私は歯科医師として、そのようなお悩みを抱える患者さんを数多く見てまいりました。
「もう治らないだろう」と諦めていたその歯も、適切な診断と丁寧な治療を行えば本来の白さを取り戻せる可能性があります。ウォーキング・ブリーチは、失われた歯の神経までは元に戻せませんが、失われた歯の輝きと、それによって失いかけていた自信を取り戻すための一助となる非常に優れた治療法です。

この記事を読んで、「もしかしたら自分のこの歯も…」と思われた方は、どうぞお一人で悩まず、かかりつけの歯科医院にご相談ください。長年の経験を持つ歯科医師達が、あなたにとって最善・最良の治療法は何かを一緒に考えてくれようかと思います。
あなたの笑顔が、より一層輝くものになるよう、我々歯科医療従事者達がサポートいたします。
執筆・監修歯科医
歯を削らずに、内側から白くする
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会