「最近、歯が長くなった気がする」・・・それは、お口の健康が静かに失われているサインかもしれません。失ってからでは遅い歯ぐきの健康を守るために、今あなたができること。
「昔より歯が長くなったように見える」
「食べ物が、歯の間によく詰まるようになった」
鏡を見て、あるいは毎日の食事の中で、ふとそんな風に感じたことはありませんか? それは、歯を支える大切な土台である「歯ぐき」が、少しずつ下がってきている(歯肉退縮)サインかもしれません。
(イラストは、第一三共ヘルスケアさんの「お口カレッジ・歯周病ケアサイト」より拝借)

私が、日々の診療で患者さんとお話ししている中でも、「下がった歯ぐきは、元に戻せますか?」というご質問は非常に多くいただきます。 今回は、その誰もが気になる疑問に対して、歯科医師として誠実に、そして少し厳しい現実も含めてお答えしたいと思います。
結論:一度失った歯ぐきを「元通り」に再生するのは”トンでもなく大変”です
いきなりがっかりさせてしまうかもしれませんが、これが現代の歯科医療が直面している紛れもない事実です。もちろん、最先端の専門病院では、歯周外科手術や再生医療といった様々な治療法が研究・実践されています。例えば・・・
歯ぐきの移植
上あごの裏(口蓋)などから歯ぐきの一部を切り取り、下がってしまった部分に”貼り付ける”という外科手術があります。ですが、これはごくごく限られた範囲にしか適用できず、患者さんへの負担もモノ凄く大きいのが実情です。
その他の治療法
ヒアルロン酸をずっと注入し続ける方法や、特殊な矯正治療・セラミックで半ば人工的に歯ぐきを作る方法などもあるようですが、どれも一長一短があり全てのケースに対応できる「魔法の治療法」は未だに存在しません。
これらの治療は非常に高度な技術を要し、大学病院などの専門機関で行われるのが一般的です。そして、何よりも「元の完璧な状態に完全に戻す」ことは極めて難しいという現実があります。(泣)

マッサージや特殊な歯磨き粉で歯ぐきが「再生する」といった情報を目にすることもあるかもしれませんが、医学的な観点から言えば、それで数ミリ下がった歯ぐきが元通りに盛り上がる・・・といった劇的な効果は期待できません。
私たちが本当に戦うべき相手は「歯周病」です
では、あきらめるしかないのでしょうか? それがそうでも無いのです。ここで非常に重要なのは、歯ぐきが下がる原因を正しく理解することです。

歯ぐきが下がる原因は、大きく分けて2つあります。
加齢による生理的な歯肉退縮
お肌にシワが増えるのと同じように、歯ぐきも年齢と共に少しずつ痩せていきます。これは、ある程度は誰にでも起こる自然な変化です。
歯周病による、病的な歯肉退縮
これこそが、私たちが最も警戒すべき原因です。歯周病菌によって歯ぐきに炎症が起き歯を支える骨(歯槽骨)が溶かされることで、歯ぐきが大幅に下がってしまいます。
私たちが本当に戦うべき相手は、後者の「歯周病」なのです。 加齢によるわずかな後退は仕方がありません。何方も避けることが出来ないのです。ですが、歯周病によってごっそりと失われてしまう歯ぐきと骨は、若いうちから正しいケアを続けることで、その進行を食い止め最小限に抑えることが可能なのです。
失ってから取り戻すことの大変さを知っているからこそ
私たち歯科医療従事者は、一度失った歯ぐきや骨を再生させることがいかに大変で困難なことかを知っています。 だからこそ声を大にして言いたいのです。「失う前に守りましょう」と。

当院では、歯周組織再生治療のような高度な外科処置は行っておりません。 なぜなら私たちの本当の使命は、そのような大掛かりな治療が必要になる”前”の段階で、患者さんと出会い、一人ひとりに合った最適な予防プログラムをご提案し伴走することだと考えているからです。
日々の正しいブラッシング、そして歯科医院での定期的なプロフェッショナルケア。 この地道で当たり前の積み重ねこそが、あなたの歯ぐきと歯の寿命、そして全身の健康を守る唯一にして最強の方法なのです。
「最近、歯ぐきが気になる・・・」と感じたら、手遅れになる前に、どうぞ皆様のかかりつけ歯科医院にご相談ください。 失う悲しみより、守り続ける喜びを一緒に分かち合えることが我々医療従事者としての喜びであります。
執筆・監修歯科医
失ってから悔やむ前に
守り続ける価値があります
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会