「フッ素は体に悪い」・・・そんな噂に不安を感じていませんか? 歯科医療で使う「フッ化物」の本当の姿と、むし歯予防における絶大な効果について専門家が誠実にお答えします。
「子どものむし歯予防のためにフッ素を塗りたいけれど、体に悪いという話も聞いて少し不安・・・」
大切なお子さんのことだからこそ、そうお考えになるのは当然のことです。インターネット上には様々な情報が溢れており、何が本当なのか正直なところ分からなくなってしまいますよね。
結論から申し上げますと、「歯科医師の管理のもと、適切な方法で適量を使用する限り、フッ化物はむし歯予防においてこれ以上ないほど有効で安全な私たちの”最強の味方”」です。
今回は、この「フッ化物」について、多くの皆さんが抱える誤解を解き、正しい知識をなるべく分かりやすく解説します。
そもそもフッ素は、自然界に広く分布している天然元素の一つであり、人体中でも13番目に多く、特に歯や骨に集中して含まれています。飲食物にも含まれていることから、食事を通して日常的に摂取されているモノでもあります。
「フッ化物」となると化合物となり、歯磨き粉などにはフッ化ナトリウム(NaF)として有効成分化されています。

まず大切な「言葉の整理」から:フッ素とフッ化物
多くの方が混乱されている一番のポイントが、この言葉の違いです。
「フッ素」と「フッ化物」は全くの別物! 食塩に学ぶ安全性
多くの方が「フッ素」という言葉に漠然とした不安を感じる原因の一つに、ニュースなどで時折 耳にする「有機フッ素化合物(PFASなど)」との混同があります。 でも、ご安心ください。歯科医療で私たちが利用するものとは化学的に全くの別物です。
この違いを最も分かりやすく理解するために、皆さんのご家庭にもある「食卓塩」を例にご説明します。
❌フッ素(F) = ナトリウム(Na)
「フッ素」とは、元素記号Fで表される自然界に存在する非常に反応性の高い気体です。これは、金属ナトリウムが水に触れると爆発するほど危険な物質であるのと似ています。
⭕フッ化物(F⁻) = 塩(塩化ナトリウム NaCl)
一方、私たちが歯科医療や歯磨き粉で利用するのは、フッ素が他の元素と結びついた非常に安定した化合物である「フッ化物」です。
- 食塩(塩化ナトリウム)は、「塩素(Cl)」と「ナトリウム(Na)」という2つの元素が結びついてできています。
- 塩素(Cl)は、単体では毒性の強い気体です。
- ナトリウム(Na)は、単体では水に触れると爆発する危険な金属です。
ですが、御存知のようにこの2つが結びついた「塩化ナトリウム」は、私たちが毎日安全に口にしている美味しい食塩ですよね。これと全く同じことが「フッ素」にも言えるんです。
つまり、私たちがお口の中で利用するのは、危険な「フッ素」そのものではなく安全で安定した「フッ化物」なのです。我々歯科医療従事者も良くなくて、常日頃から「フッ素」と称してしまっているのが危険性の誤解を生む要因になってしまっているのかもしれません。(泣)
歯科で使うのは安全な「無機フッ素化合物」⭕
私たちが、歯磨き粉や、歯科医院での塗布で利用するのは「無機フッ素化合物」です。 これは、危険な「フッ素(F)」がナトリウムなどのミネラルと結びついた非常に安定した”塩”の一種です(例:フッ化ナトリウム)。
最大の特徴は、水に溶けるとすぐに「フッ化物イオン(F⁻)」を放出することです。 この、自由に泳ぎ回る「フッ化物イオン」こそが、歯の質を強化しむし歯菌の活動を抑える素晴らしい働きをしてくれます。 体内に吸収されたとしても速やかに尿として排出される安全な物質です。

ニュースで問題になるのは「有機フッ素化合物」❌
一方、環境問題などでニュースになるのは「有機フッ素化合物(PFAS、PFOAなど)」です。 これは、フッ素が炭素(C)と非常に強力に結びついた(炭素-フッ素結合)人工的に作られた物質です。テフロン加工のフライパンや、撥水スプレーなどに利用されてきました。
最大の特徴は、その結合が極めて強力で、自然界でほとんど分解されないことです。 水に溶けてもフッ化物イオンを放出することはなく、体内に取り込まれると分解されずに蓄積しやすい性質を持っています。これが健康への影響が懸念されている理由です。
この「無機フッ素化合物⭕」と「有機フッ素化合物❌」の2つは、名前は似ていますが構造も性質も全く異なるものです。
歯科医院で、私たちが自信を持ってフッ化物をお勧めするのは、その絶大なむし歯予防効果と長年の研究で確立された安全性を熟知しているからです。どうぞご安心ください。

歯の「鎧」を強化するフッ化物の3つの力
では、なぜ、フッ化物がむし歯予防に絶大な効果を発揮するのでしょうか。それには主に3つの素晴らしい働きがあります。
1. 歯の再石灰化を促進する
食事をするとお口の中は酸性に傾き、歯の表面からミネラルが溶け出します(脱灰)。これを、唾液が時間をかけて修復するのが「再石灰化」です。フッ化物はこの修復プロセスを強力にサポートし、初期のむし歯であれば治してしまう力があります。
2. 歯質を強化し酸に強くする
フッ化物は、歯の主成分である「ハイドロキシアパタイト」と結びつき「フルオロアパタイト」という、より硬く酸に溶けにくい安定した結晶構造に歯を生まれ変わらせます。いわば、歯の表面の「鎧」をより強固なものに作り変えるのです。
3. むし歯菌の働きを、弱らせる
フッ化物は、むし歯の原因菌であるミュータンス菌の働きを直接的に抑制し、菌が酸を作り出すのを防いでくれます。

❇️ 歯磨剤で用いる際の目安量
フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用量は、次の表を参考になさって下さい。

「体に良くない」は本当? 安全性についての正しい知識
「そうは言っても、フッ化物も摂りすぎれば毒なのでは?」というご心配もあるかと存じます。 おっしゃる通り、どのような物質も一度に大量に摂取すれば体に害を及ぼします。それは、我々が毎日使っている食塩や、あるいは水ですら同じです。
重要なのはその「量」です
歯科医院で我々歯科医療従事者が使用するフッ化物の量は、安全性と有効性が科学的に厳密に証明された範囲内です。例えば、お子さんへのフッ素塗布で一度に使用するフッ化物の量は、緑茶を数杯飲むのと同程度のごく微量であり全身への影響はまず心配ありません。
そして何よりも、現在、歯科医院でのフッ素塗布は保険適用も認められています。これは、国がその安全性とむし歯予防への有効性を公式に認めている何よりの証拠です。
結論:失ってからではもう遅い。予防こそが最高の治療です
当院では、歯周組織再生治療のような、失ってしまったものを取り戻すための高度な外科処置は現状行っておりません。
私たちの最も大切な使命は、そのような大変な治療が必要になる”前”の段階で患者さんと出会い、「そもそも悪くならない健康な状態を守り育てる」お手伝いをすることだと考えているからです。
フッ化物は、その「予防」という考え方を実現するための非常に強力で安全なパートナーです。
インターネット上の断片的な情報にご不安になる前に、ぜひ、私たちお口の専門家にご相談ください。 院長や歯科衛生士が、一人ひとりのお口のリスクに合わせて最適なフッ化物の使い方を丁寧にご提案させていただきます。
執筆・監修歯科医
科学を安心に・・・
正しい知識が歯の健康を守る
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会