はじめに:「硬いものを食べていないのに、なぜか歯がすり減る…」
「最近、歯の先端が薄く、透き通ってきた気がする」
「冷たいものが、以前よりもしみるようになった」
「特に硬いものを食べているわけでもないのに、歯が全体的にすり減って凹みが出来てきた」
もし、そんな症状に心当たりがあれば、それは単なる「歯ぎしり」や「加齢」のせいだけではないかもしれません。あなたの歯が、食べ物や飲み物に含まれる「酸」によって静かに溶かされている「酸蝕症(さんしょくしょう)」のサインである可能性があります。

酸蝕症は、虫歯菌とは全く関係なく酸そのものが歯のエナメル質を直接溶かしてしまう病気です。この記事では、私たちの身近な食生活に潜む、この見過ごされがちなリスクの正体と大切な歯を守るための具体的な対策について詳しく解説していきます。

酸蝕症のメカニズム ― 歯が「溶ける」とはどういうことか?
私たちの歯の表面は、「エナメル質」という体の中で最も硬い組織で覆われています。しかし、この鉄壁の鎧にも一つだけ弱点があります。それが「酸」です。
お口の中が、pH5.5以下の強い酸性の状態に長時間さらされると、エナメル質の表面からカルシウムやリンといったミネラル成分が溶け出していきます。これが「酸蝕」です。

虫歯は、虫歯菌が作り出す酸によって「局所的」に歯に穴が開いていく病気です。一方、酸蝕症は、飲み物や食べ物に含まれる酸によって歯の表面全体が、まるで氷が溶けるように広範囲にわたってジワジワと溶かされていくのが特徴です。
あなたの生活習慣は大丈夫?酸蝕症リスク・セルフチェック
以下のような習慣は、酸蝕症のリスクを著しく高めます。当てはまるものがないかチェックしてみましょう。

✅ ① 酸っぱい食べ物・飲み物が好き
レモンやグレープフルーツなどの柑橘類、お酢やドレッシング、梅干しなどを日常的に摂取する習慣。
✅ ② 炭酸飲料・スポーツドリンクをよく飲む
コーラなどの炭酸飲料や、スポーツドリンク・エナジードリンクは強い酸性であるものがほとんどです。
✅ ③ お酢やワインを飲む習慣がある
お酢は健康には宜しいかとは思いますが、絶対にそのまま飲んではなりません。徐々に歯が溶けてしまいます。加えて、白ワインは酸性度が非常に高いことで知られています。
【実際の症例】「健康に良い」はずの黒酢が、歯を溶かしてしまった話
ここで、私が実際に経験した、忘れられない患者さんのお話をさせてください。
長年、当院に通ってくださっているお口の健康状態が非常に宜しい印象を持つ方(60代後半・男性)が急に虫歯が増えたってことを主訴にいらっしゃいました。受診日のチェック時にその方のお口の中を見て、私は心底驚きました。なぜならほんの1年2ヶ月前の受診時には全く問題なかったはずの歯が、広範囲にわたって溶けるようにすり減ってしまっていたのです。
「丈夫な歯の○○さんは、まったく歯磨きをせずに放置してたとしても、本来ならここまでにはなりません。何か、生活習慣で変わったことはありませんか?」
そうお尋ねして、ようやく判明した原因・・・それは、患者さんがテレビで見た健康法を、毎日、真面目に実践されていたことでした。
その健康法とは、就寝前に、濃い方が良いだろうと、原液のままの「黒酢」を飲むというものです。
お体に良いとされる黒酢も、お口にとっては「強酸」です。それを、唾液の分泌が減る就寝前に、歯を中和する時間もなく摂取し続けた結果、短期間で、歯の表面のエナメル質が溶かされてしまったのです。これは、良かれと思った習慣が「思わぬ落とし穴になる」という典型的な例です。健康法を試す際は、ぜひ一度、私たちのような専門家にご相談ください。


テレビCMや雑誌で「健康に良い」って耳にすると「寝しなにそのまま酢を飲む」ことをしたり「毎日500mlのスポーツドリンクを3本飲む」ようなことをなさる方が少なからずいらっしゃいます。もしかしたら水だけ飲んでた方がはるかに健康に良かったのでないか・・・そう思えてなりませんです。
✅ ④ ビタミンCのサプリメントを摂取している
健康のために飲んでいるビタミンCの粉末やチュアブル錠(口の中で噛み砕いて服用するタイプの錠剤)も酸性であるため注意が必要です。
【実際の症例】健康のためのサプリが、歯を溶かす原因に
これも、私が実際に経験した忘れられない患者さんのお話です。
長年、定期的に通ってくださっている方で、特に虫歯が多いという印象は全くない方でした。それがある日「急に、歯がボロボロになっちゃったんです」と来院なさいました。
お口の中を拝見すると、確かに御本人が仰る通り、特定の場所だけが、虫歯とは違うまるでチョークのように溶けて崩れている状態でした。私も最初は原因が分からず・・・詳しくお話を伺う中で、患者さんが最近、ある健康習慣を始められたことが分かりました。
それは、梅のエキスを凝縮させたクエン酸が主成分のサプリメントを、毎日摂取するというものです。

ただ摂取するだけなら当然ここまでにはなりません。問題は・・・その「食べ方」にありました。
患者さんは、「長く舐めている方が、体に良く吸収されるだろう」と考え、その酸っぱいサプリメントを常に左下の歯の頬っぺた側に置きっぱなしにしていたのです。
その結果、その部分の歯だけが、四六時中の間 強力な酸に晒され続け、エナメル質が完全に溶かされてしまいました。「ゴクン」とすぐに飲み込んでいれば防げた悲劇でした。


✅ ⑤ 「だらだら食い・だらだら飲み」の癖がある
上記の飲食物を、時間をかけて少しずつ摂取する習慣は、お口の中が酸性に傾く時間が長くなるため最もリスクが高いです。
✅ ⑥ 逆流性食道炎の症状がある
睡眠中などに、強力な胃酸が食道へ逆流することで、お口の中にまで達し歯を溶かしてしまうことがあります。

酸蝕症を引き起こす、注意すべき飲み物・食べ物
私たちの身の回りには、歯を溶かす可能性のある「酸性」の飲食物が実はたくさん潜んでいます。ここでは、リスクの度合いに応じて3つのグループに分けてご紹介します。
✅ 特に注意が必要な、酸が強い飲食物
これらの飲食物を日常的に、特に「だらだら飲み・だらだら食い」する習慣のある方は酸蝕症のリスクが非常に高い状態です。






それ以外の飲食物の例
- マヨネーズやドレッシング類をよく使う
- 梅干しや酢漬けの食品が好きで頻繁に食べる
- エナジードリンク
- 柑橘系の果物(レモン、グレープフルーツなど)
- お酢、黒酢、もずく酢
- ワイン(特に白ワイン)
✅ 意外な落とし穴?注意がわずかに必要な飲食物
「健康に良さそう」というイメージがありますが、実は酸性度が高くて注意が必要な飲み物です。



これらの飲み物は、時間をかけてちびちび飲むのではなく、食事と一緒など時間を決めて飲むようにしましょう。飲んだその後には、お水やお茶でお口をゆすぐ習慣をつけることをお勧めします。
✅ 逆に安心!歯に優しい、安全な飲み物
普段の水分補給としてお勧めできるのは、以下のpHが中性に近い歯に優しい飲み物です。



【院長の独り言】部活動とスポーツドリンクの、悲しい関係
私が高校生の頃、部活動中の水分補給といえば水道水しかありませんでした。しかし、時代は変わり、今の中高生は熱中症対策としてスポーツドリンクを飲むのが当たり前になっています。
もちろん、大量に汗をかく場面でのスポーツドリンクは有効でしょう。ただ、それを日常的に練習中ずっと「だらだら飲み」してしまうと、頑丈なはずの10代の歯のエナメル質もあっという間に溶け始めてしまいます。溶けて柔らかくなった歯は、当然のように虫歯にもなりやすくなります。
部活動時の基本的な水分補給は、歯にダメージを与えない「水」や「麦茶」を基本とし、スポーツドリンクは本当に必要なタイミングだけに限る・・・こういった知識を、ぜひ社会で共有して欲しいと切に願います。
酸蝕症から、あなたの歯を守るための4つの鉄則
酸蝕症の予防で最も大切なのは、歯と酸が接触する「時間」と「頻度」をいかにコントロールするか・・・ということです。
✅① 酸っぱいものを口にしたら、すぐにお水でうがいをする
酸っぱいものを飲食した後は、まずはお水やお茶でお口の中をゆすぐ習慣をつけましょう。これにより、お口の中の酸を素早く洗い流し中和することができます。
✅② 食後すぐの歯磨きは避ける
食後すぐのお口の中は、酸によって歯の表面が少し軟化しています。その状態でゴシゴシと歯を磨いてしまうと、エナメル質を削り取ってしまう「研磨」の作用が加わり逆効果になります。
食後は、まずうがいをし、唾液が歯を修復する時間(約30分)を待ってから優しく歯を磨くのが理想です。
✅③ 「だらだら飲み」をやめ、時間を決める
酸性の飲み物は、おやつや食事の時間に時間を決めて楽しむようにしましょう。そして、飲み終わったらすぐに水やお茶に切り替える。このメリハリが非常に重要です。
✅④ フッ素を活用し、歯質を強化する
フッ素には、歯の再石灰化を助け歯質そのものを酸に強い構造に変化させる効果があります。日々のセルフケアでフッ素入りの歯磨き粉を使うことや、歯科医院での高濃度フッ素塗布が非常に有効な予防策となります。
もし、既に溶けてしまったら…
残念ながら、一度溶けてしまったエナメル質は自然に元に戻ることはありません。しみる症状が強い場合や、見た目が気になる場合は、歯科用のプラスチック(コンポジットレジン)で削れた部分を修復したり、被せ物(クラウン)で歯全体を保護したりする治療が必要になります。
健康のための習慣が、あなた御自身の歯を気付かないうちに傷つけているとしたら・・・・それほど悲しいことはありません。気になる症状や、ご自身の食生活について不安があれば、手遅れになる前にぜひ一度私たちにご相談ください。
執筆・監修歯科医
良かれという習慣
見直しませんか?
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会