「親知らず、抜きましょう」― なぜ、歯科医師はそう勧めるのか?
「親知らず。抜いた方がいいと言われたけれど、痛そうだし、怖いし、今は特に困っていない・・・」
そう思って、つい決断を先延ばしにしている方は実に多くいらっしゃいます。
もちろん、きれいにまっすぐ生えていて歯磨きもしっかりできている親知らずであれば無理に抜く必要はまったくありません。ただし、多くの場合・・・特に下の親知らずは斜めや横向きに生えて来ることで、お口の中に様々な問題を引き起こす「時限爆弾」のような存在になってしまうのです。

この記事では、なぜ私たちが痛くもないうちから「早めの抜歯」をお勧めすることが多いのか、その理由をイラストやレントゲン写真なども交えながら分かりやすく解説していきます。
親知らずが引き起こす諸問題
人間の永久歯は、最大で上16本・下16本の上下合わせて32本あります。このうち、永久歯の中で一番最後に生えてくる歯が親知らずで、奥歯の一番後ろの第3大臼歯(8番目)です。
10代後半から20代にかけて生える事が多いのですが、顎が小さかったり狭かったりすると充分に生えるスペースがないため様々なトラブルを引き起こします。
❇️見えてなければトラブルになりにくい
出るなら出る、出ないなら出ない方が問題は少ないと考えられます。一般的には経過観察で宜しいケースがこれです。

❇️疲れると、奥歯の歯ぐきが腫れて痛む・・・「智歯周囲炎」
「普段は何ともないのに、仕事が忙しくて疲れたり風邪をひいたりすると、決まって一番奥の歯ぐきが腫れて痛む」・・・ そんな経験はありませんか?
それは、親知らずが中途半端に生えていることで起こる「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」という非常に辛い症状です。

親知らずに歯ぐきの一部が覆いかぶさっていると、その隙間に汚れが溜まり細菌の格好の棲み家になってしまいます。 普段は、体の免疫力がなんとか細菌を抑え込んでいますが、疲れやストレスで免疫力が低下すると細菌が一気に勢力を増し、歯ぐきに強い腫れや痛みを引き起こすのです。
症状がひどくなると口が開けにくくなったり(開口障害)、顔全体が腫れてしまったりすることもあります。 一度治まっても、原因である親知らずが存在する限り、この辛い症状は体調が悪い時に何度も再発を繰り返すのです。
❇️親知らずが引き起こす、最も悲しく、そして最も多いトラブル。
それは、親知らず自身が虫歯になることではありません。 斜めや横向きに生えてきた親知らずが、その一つ手前にある、一生涯に渡り食事の中心として活躍すべき、大切な「第二大臼歯」を道連れにして虫歯にしてしまうことです。
親知らずと第二大臼歯の間には、どんな歯磨きの名人でも、絶対に清掃不可能な「魔の三角地帯」が生まれます。 そこに溜まった歯垢が、まず親知らず自体も溶かしはしますが、その前に手前の健康な第二大臼歯の最も弱くて柔らかい根元の部分から、じわじわと深刻な虫歯を作っていくのです。

多くの場合、この虫歯は直接に刺激が加わりにくいので痛みなどの自覚症状が出にくく、気づいた時には神経まで達しているということも少なくありません。
「親知らずさえなければ、この大切な歯は虫歯にならなかっただろうに」・・・ 私たちは、そんな悲劇的なケースを臨床で何度も目にしてきました。
この隠れたリスクは、パノラマレントゲン(すべての歯を撮影する大きなレントゲン)を撮影して初めて分かります。手遅れになる前に、ぜひ一度、チェックにいらしてください。
❇️親知らずが、全体の歯並びを悪くするって本当?
「昔はまっすぐだった前歯が、親知らずが生えてきてからガタガタになってきた気がする」・・・ このようなお悩みでご相談に来られる方は少なくありません。
親知らずが、奥から手前の歯をグイグイと押し続け、その力が玉突きのように伝わって前歯がガタガタになってしまう・・・ 直感的には、そう考えてしまいますよね。しかし、実はこの点については専門家の間でも意見が分かれています。 近年のより精密な研究では、「親知らず一本の力だけで他の十数本の歯を動かすほどの力はない」という考え方も有力になって来ているのです。
では、気にする必要はないのでしょうか? いいえ、そういうわけではありません。 直接歯を押す力がなくても、位置異常のある親知らずが将来的に噛み合わせ全体の「不安定要因」になる可能性は十分に考えられます。

特に、これから矯正治療を検討されている方にとっては、親知らずが存在することで奥歯を動かすスペースがなくなり理想的な歯並びを実現するための妨げになることも少なくありません。
最終的な判断は、パノラマレントゲンや歯科用CTによる精密な検査に基づいて行われますが、「今はトラブルがないから」と安心せず、一度、専門家によるチェックを受けることが将来の美しい歯並びを守るためには非常に大切です。
親知らずが引き起こす最も深刻な問題
親知らずが引き起こす最大の問題は、親知らず自体が痛むことではありません。確かに中途半端な生え方をしていると前述の智歯周囲炎と言って疲れたりしている際に炎症を起こすことはありますが、大概のケースでは時間の経過とともに回復しますので大きな問題にはなりません。
問題は、これまた前述のように、その一つ手前にある一生涯使っていくべき非常に大切な「第二大臼歯(12歳臼歯)」を道連れにしてダメにしてしまうことです。詳細をお知らせ致しましょう。
❇️手遅れになる前に。当院であった実際の症例
「何もしなくても、奥歯がズキズキとどうしようもなく痛むんです」・・・ そう仰りながら、ひどい痛みを訴えて来院された患者さん(40代男性)がいらっしゃいました。
お口の中を拝見しても、一見すると痛みの原因となりそうな大きな虫歯は見当たりません。ですが、レントゲンを撮影して私には合点がいきました。

ほぼ真横に埋まった親知らずが、手前の第二大臼歯の歯ぐきの下の見えない部分に、巨大な虫歯を作っていたのです。 残念ながら、この第二大臼歯は親知らず共々 抜歯を余儀なくされました。
もし、痛みが出る前に・・・あるいは、もっと早い段階で親知らずを抜歯していれば、この健康だったはずの手前の大切な第二大臼歯は守ることが出来たのではないか、そう思うのです。
これは、決して特別な例ではありません。私たちは、このような「手遅れ」のケースを臨床で何度も目の当たりにしてきました。だからこそ、症状がないうちからの検診と早期対処(抜歯と言うか摘出)を強くお勧めするのです。
❇️さらに、手遅れになってしまったケース
上のレントゲンの症例と同様に、こんなふうに進行してしまった患者さんもいらっしゃいました。
やはり相当に激しい痛みを訴えて来院された方でしたが、レントゲンを撮影すると親知らずが原因で作られた手前の歯の見えない部分のトラブル、虫歯の進行度合いは手前の第二大臼歯の奥側を広範囲に蝕(むしば)み、歯の根の先端近くまで手の施しようがないほどに広がっていました。
この方にも、しっかりと状況を説明させていただき、親知らずだけでなく手前の本来であれば生涯使うはずだった大切な第二大臼歯も一緒に抜歯せざるを得ませんでした。

もしも、あと5年・・・いえ、痛みの有無に関わらず数年前に一度でも検診に来てくださっていれば・・・おそらくこの大切な歯を失わずに済んだでしょう。
歯科医師として、手の施しようが無いと言うのは無力感を禁じ得ません。 出来得ることなら、この「もしも」を他の患者さんには経験してほしくない・・・その一心で、私たち歯科医は症状が無いうちからの早期検診を、強く、強く、お勧めしているのです。
❇️そして、これが「間に合った!」ケースです
最後に、早期の決断が、未来を大きく変えた「間に合った!」ケースをご紹介します。
この患者さんも、他の部位の治療のために撮ったレントゲンで親知らずが手前の第二大臼歯に食い込んでいることが偶然に写し出されました。幸いにその時点ではまだ痛みはなく、第二大臼歯へのダメージもごく初期の虫歯にとどまっていました。
私から将来的なリスクを丁寧にご説明し、患者さんもそれをご理解され、症状が悪化する前に親知らずの抜歯を決断されました。その結果、親知らずは安全に抜歯され、手前の歯はごく小さな欠損だけでその機能と健康をその後も完全に守ることができたのです。
もし、その決断が5年・10年と遅れていたら・・・ おそらく、前述の症例の方のように、手前の歯は抜歯になっていたでしょう。
勇気を持って一歩を踏み出すことで、ドミノ倒しのように連鎖的に歯が抜けてしまうことを回避できたのですから、その方の未来は大きく変わる・・・そう感じたりも致しました。

❇️まとめ:「親知らずが痛み出した」・・・の前に
斜めに生えた親知らずと手前の歯の間には、非常に深くて複雑な隙間ができます。そこは、どんなに歯磨きが上手な方でも絶対に磨くことができない細菌の温床となってしまいます。そして、その場所から、親知らずだけでなく手前の大切な第二大臼歯までもが、静かに、そして深刻な虫歯になっていくのです。
また、歯周病を人工的に作ってるような状況が避けられないので、手前の第二大臼歯の寿命を短くしてしまうことも珍しくありません。
「親知らずが痛み出した」と来院された時には、最悪の場合には親知らずだけで無く手前の歯も合わせて2本の抜歯を余儀なくされる事を臨床上少なからず経験します。くれぐれも早期発見に御留意下さい。
【院長自身の体験談】私も、20代で親知らずを抜きました
実は、院長である私自身も、20代前半で、チラッとは見えるけどほぼ顎の骨に真横に埋まっていた「下顎水平埋伏智歯」を左右2本とも抜歯しています。学生時代でしたので、実際問題として上記でまとめたような意味合いは良く理解しておりませんでしたけど、モノが挟まって気になって仕方がなかったので当時お世話になっていた年長の先生にお願いして抜歯をしていただきました。
当時、抜歯直後のダメージはそれなりに大変でしたが、ただし、そのおかげで60代になった今でも一番奥の大切な第二大臼歯は上の歯も含めて4本とも健康な状態を保てています。
「いずれ抜くことになるのなら、手前の歯に悪影響が出る前に」・・・あの時の決断は、歯科医師として、そして一人の人間として本当に正しかったと間違いなく心から思っています。
当院の「親知らず」に対する考え方と、治療方針
当院では、患者さんの安全を最優先し、親知らずの状態に応じた最適な治療方針をご提案します。
❇️当院で対応可能なケース
まっすぐに生えている親知らずや、上の親知らずなど、かかりつけ歯科医として安全に抜歯できると診断したケースはもちろん当院で責任を持って対応いたします。パノラマレントゲンによる精密な検査を行い、痛みを最小限に抑えた丁寧な処置を心がけています。
❇️専門の医療機関へご紹介するケース
ですが、下の親知らずが、骨の中に深く真横に埋まっている(水平埋伏智歯)など、より難易度が高く専門的な設備や対応が必要と判断した場合は、連携している大学病院や地域の総合病院(いわき市医療センター)の口腔外科へ、責任を持ってご紹介しています。

大切なのは、限られた予約時間の中で院長が無理に抜くことではないと考えています。患者さんが、その症例に最も適した最も安全な環境で安心して治療を受けられることです。そのための「最初の正確な診断」と「最適な道筋へのご案内」をすることが、かかりつけ歯科医としての私たちの最も重要な役割だと考えています。
「いつか抜く・・・なら、ダメージが広がる前に」
親知らずの抜歯は、20代前後が骨も柔らかく、抜いた後の治りも最も早いと言われています。年齢を重ねるほど抜歯の難易度も術後の負担も大きくなる傾向があります。
「今は痛くないから」と先延ばしにした結果、将来、大切な手前の歯まで失ってしまうという悲しい結末を、私たちはこれまで数多く見てきました。
【動画】日本歯科医師会提供の動画で確認
ちょっと古い動画ですが、新技術とかとは無縁の抜歯ですので良くまとまっていて参考にしていただけようかと思います。
あなたの親知らずは、本当に「様子を見ていて良い」ものなのか・・・・それとも、「早めに対処すべき」時限爆弾のようなものなのか。
まずは、その状態を正確に知るために、パノラマレントゲンや歯科用CTによる精密な検査を受けにいらっしゃいませんか。あなたにとっての最善の選択をレントゲンを見ながら一緒に考えていきましょう。
執筆・監修歯科医
正確な診断で
あなたの未来を守る
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会