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院長のコラム

未来の赤ちゃんのために、今、お母さんに知ってほしい「お口」の話

皆さん、こんにちは。
いわき市中央台で歯科医院を開業して、早いもので30年以上の歳月が流れました。
酒井歯科医院・院長の酒井直樹です。これまで、本当にたくさんの方々のお口の健康を見守らせていただきました。生まれたばかりの赤ちゃんの歯が生え始める瞬間から、入れ歯の調整で通われるご年配の方まで、まさに「ゆりかごから墓場まで」とはよく言ったもので、お口の健康は人生のあらゆるステージと密接に関わっていることを日々実感しております。

長年、歯科医師として仕事をする中で、特に私が心を尽くしてお伝えしたいと感じているのが、これから新しい命を育む「お母さん」になる女性たちのお口の健康についてです。

「妊娠したら歯が悪くなるって聞くけど、本当?」
「歯の治療が、お腹の赤ちゃんに影響しないか心配・・・」
そんな不安を抱えて、当院の扉を叩く妊婦さんも少なくありません。しかし、実はもっと大切なこと、「お母さんのお口の健康状態が、お腹の赤ちゃんの健康、ひいては無事な出産にまで深く関わっている」という事実は、残念ながらまだ十分に知られていないように感じます。

妊娠性の歯肉炎の疑い
LIONさんの「育児と乳歯の情報サイト」より拝借

今日は、私がこれまで多くの患者さんを診てきた経験と、歯科医学の知見を基に、未来のお母さんたちにぜひとも知っておいていただきたい「女性ホルモンと歯の病気」の関係、そしてそれが「妊娠・出産」にどのような影響を与えるのか、少し詳しくお話しさせていただこうと思います。少しだけお付き合い願えると幸いです。


私たちの体は、実に精巧にできています。特に女性の体は、月経、妊娠、出産、そして更年期といったライフステージの変化に応じて、ホルモンバランスがダイナミックに変動します。その中心的な役割を担うのが、「エストロゲン」や「プロゲステロン」といった女性ホルモンです。

エストロゲン(卵胞ホルモン)

  • 女性らしい身体を作る : 乳房の発育を促し、丸みを帯びた体つきを作るなど、第二次性徴に関わります。
  • 妊娠の準備 : 子宮内膜を厚くして、受精卵が着床しやすい状態にします。
  • 心と体の健康維持 : 自律神経のバランスを整えたり、骨の密度を保ったり、肌や髪の潤いを保つ働きもあります。

プロゲステロン(黄体ホルモン)

  • 妊娠の維持 : 厚くなった子宮内膜を受精卵が着床しやすいようにさらに整え、妊娠を維持する働きがあります。
  • 体温の上昇 : 基礎体温を上げる作用があります。
  • その他 : 食欲を増進させたり、体に水分を溜め込んだりする働きもあります。

これらのホルモンは、女性らしい体つきを作ったり、妊娠を維持したりと、生命を繋ぐために欠かせない大切な働きをしています。しかし、その一方で、実はお口の中にいる「ある特定の細菌」の活動を活発にしてしまう、という少々厄介な一面も持っているのです。

具体的に言いますと、歯周病を引き起こす原因菌の中には、この女性ホルモンを栄養源にして増殖する種類が存在します。そのため、女性ホルモンの分泌量が増える時期、例えば月経前になるといつもより歯ぐきが腫れぼったくなったり、出血しやすくなったりする「月経関連歯肉炎」を経験する方がいらっしゃいます。これはPMS(月経前症候群)の一つの症状とも言えるでしょう。

妊娠性歯肉炎

そして、そのホルモンバランスの変化が最も劇的に起こるのが「妊娠期」です。妊娠中は、お腹の赤ちゃんを育むために女性ホルモンの分泌量が通常時の何十倍にも増加します。これは、歯周病菌にとっては、いわば「ご馳走」が大量に供給されるようなもの。結果として、お口の中の環境は一変し、虫歯や歯周病のリスクが格段に高まってしまうのです。


妊娠という特別な時期には、ホルモンバランスの変化だけでなく、「つわり」による影響も無視できません。食事が不規則になったり、吐き気で歯磨きが思うようにできなかったり、胃酸が逆流してお口の中が酸性に傾いたりと、様々な要因が重なり、次のような特有のトラブルが起こりやすくなります。

妊娠性歯肉炎・歯周病

妊娠中に多くの女性が経験するのが、この「妊娠性歯肉炎」です。ホルモンの影響と、つわりなどによる清掃不良が重なり、歯ぐきが赤く腫れ、少しの刺激で出血しやすくなります。これを放置してしまうと、歯を支える骨(歯槽骨)まで溶かしてしまう「歯周病」へと進行してしまうため、早期の対応が非常に重要です。

妊娠性の歯周炎

妊娠性エプーリス(歯肉腫)

時々、「歯ぐきに、ぷくっとした赤いコブのようなものができた」と心配されて来院される妊婦さんがいらっしゃいます。これは「妊娠性エプーリス」と呼ばれる良性のできものであることがほとんどです。
これも女性ホルモンの影響で歯ぐきの一部が過剰に増殖したもので、見た目は驚かれるかもしれませんが、多くは痛みもなく、出産後にホルモンバランスが元に戻ると自然に小さくなったり、消えたりします。
ただし、このエプーリスの周りには汚れが溜まりやすく、そこから歯肉炎が悪化する原因にもなりますので、歯科医院で診てもらい、清潔に保つための指導を受けることをお勧めします。

妊娠性歯肉炎

虫歯の発生と進行

つわりによる嘔吐は、強酸である胃酸をお口の中に広げ、歯の表面のエナメル質を溶かしてしまいます(酸蝕症)。また、食事の回数が増える「食べづわり」も、お口の中が酸性になっている時間を長くし、虫歯のリスクを高めます。さらに、妊娠中は唾液の分泌量が減ったり、その性質が変化したりして、細菌を洗い流す「自浄作用」や、酸を中和する「緩衝能」が低下しがちです。これらの悪条件が重なることで、小さな虫歯があっという間に進行してしまうケースも少なくありません。


さて、ここからが今日、私が最も強くお伝えしたいことです。それは、お母さんのお口の中、特に「歯周病」が、お腹の赤ちゃんの健康、そして「出産」そのものにまで深刻な影響を及ぼす可能性がある、というお話です。

「口の中の病気と出産が、どうして関係あるの?」と不思議に思われるかもしれませんね。そのメカニズムを、少し簡単にご説明しましょう。
歯周病は、歯周病菌という細菌による「感染症」です。歯と歯ぐきの間で増殖した歯周病菌や、それらが産生する毒素は、炎症を起こした歯ぐきの血管から容易に体内へ侵入し、血液に乗って全身を巡ります。そして、妊娠中のお母さんの場合、その細菌や毒素が、胎盤や羊水にまで到達してしまうことがあるのです。

歯周病と全身疾患との関連性

すると、体は異物を排除しようと免疫システムを作動させ、「プロスタグランジン」などの炎症性物質を産生します。実はこのプロスタグランジン、子宮の収縮を促す作用を持っており、出産時に陣痛を誘発するためにも使われる物質です。つまり、歯周病によるお口の中の慢性的な炎症が、意図せずして子宮の収縮を促し、まだ生まれるべき時期ではないのに陣痛が始まってしまう、「早産」の引き金になりかねないのです。

あるアメリカでの研究では、「歯周病にかかっている妊婦さんは、そうでない妊婦さんと比較して、早産や低体重児(出生時体重2500g未満)を出産するリスクが約7倍にも高まる」という衝撃的なデータが報告されています。このリスクの高さは、喫煙やアルコール摂取、高齢出産といった他のリスク因子を上回るほどだとされています。これはもはや、歯科の領域だけの問題ではありません。この事実は、厚生労働省も公式に注意喚起を行っています。

なぜ歯周病が早産のリスクを高めるのか?

e-ヘルスネット(厚労省)や日本臨床歯周病学会などの情報をまとめると、そのメカニズムは以下の通りです。

  1. 炎症物質の血流への侵入 : 口腔内の歯周病菌による炎症で生じた「サイトカイン」などの炎症性物質が、歯肉の血管から血流に乗って全身に運ばれます。
  2. 子宮収縮の誘発 : この炎症性物質が子宮に到達すると、子宮の収縮を促す「プロスタグランジン」の生成を促進します。
  3. 早産の発生 : これが陣痛を誘発し、結果として通常より早い時期に出産してしまう「早産」や、赤ちゃんが十分に大きくならない「低体重児出産」につながると考えられています。

大切なお腹の赤ちゃんを、少しでも長くお腹の中で健やかに育て、万全の状態でこの世に迎えてあげる。そのために、お母さんのお口の健康管理が、これほどまでに重要であるということを、どうか知っていただきたいと思います。


では、私たちは具体的にどうすれば良いのでしょうか。私から、未来のお母さん、そして今まさに新しい命を育んでいらっしゃるお母さんへ、歯科医師からのお願いがあります。

歯科検診のイメージ画像

ベストタイミングは「妊活中」。赤ちゃんを迎える準備の一つに歯科検診を

最も理想的なのは、妊娠を計画している段階で、一度、歯科医院を受診していただくことです。妊娠前に虫歯の治療や歯周病のケアを済ませておけば、安心してマタニティライフを送ることができます。
なぜなら、妊娠すると、お腹の赤ちゃんへの影響を考慮して、レントゲン撮影や麻酔、お薬の使用などに様々な制約が出てくるからです。
また、つわりでお口に器具を入れるのが辛かったり、お腹が大きくなると診療台に仰向けになる姿勢が苦しくなったりと、治療を受けること自体が母体の大きな負担になり得ます。「赤ちゃんのための準備」というと、葉酸を摂ったり、体を冷やさないようにしたりといったことが思い浮かぶかもしれませんが、ぜひそのリストに「歯科検診」を加えてあげてください。

葉酸を多く含む食品

葉酸は、以下のような食品に多く含まれています。

  • 緑黄色野菜: ほうれん草、ブロッコリー、枝豆、アスパラガスなど
  • 果物: いちご、アボカド、マンゴーなど
  • 豆類: 納豆、きな粉など
  • その他: 鶏や豚のレバーなど
    ※ただし、レバーはビタミンAも非常に多く含みます。妊娠中のビタミンAの過剰摂取は赤ちゃんに影響を与える可能性があるため、レバーの食べ過ぎには注意が必要とされます。

すでに妊娠中の方も、決して諦めないで

「もう妊娠してしまったから、手遅れかしら・・・」と不安に思う必要は全くありません。妊娠中でも、できることはたくさんあります。歯の痛みや歯ぐきからの出血など、気になる症状があれば、ためらわずにすぐ歯科医師に相談してください。その際は必ず「今、妊娠何週目か」ということを伝えていただくと尚宜しいです。
一般的に、体調が安定してくる妊娠中期(5ヶ月~7ヶ月頃)であれば、比較的安全に、必要な治療を行うことが可能です。私たち歯科医師は、かかりつけの産婦人科の先生とも連携を取りながら、お母さんとお腹の赤ちゃんにとって最も安全で最善な方法を一緒に考えます。

定期検診は、未来への投資です

「歯医者さんは、治療費が高いから・・・」と、足が遠のいてしまう気持ちも分かります。
しかし、虫歯や歯周病が進行し、大掛かりな治療が必要になってからでは、通院回数も増え、結果的に時間も費用も余計にかかってしまいます。
ほとんどの自治体では、妊婦さんを対象とした無料の歯科検診も実施されています。また、通常の定期検診であれば、保険が適用され、数千円の負担で済みます。3ヶ月~半年に一度のプロによるクリーニングとチェックを受けることは、お口のトラブルを未然に防ぎ、将来の健康を守るための、何より有効で経済的な「投資」なのです。


新しい命の誕生は、何物にも代えがたい素晴らしい奇跡です。その奇跡を無事な出産へと繋ぎ、そして生まれてきた赤ちゃんと共に、お母さん自身が心からの笑顔で子育てを楽しむ。そのためには、心と体の健康が不可欠です。

新しい命

そして、その健康の入り口は、栄養を摂り、人と語らうための大切な器官である「お口」にあります。

私たちは、地域の歯科医師として、皆さんのすぐそばにいます。どうか、歯医者を「痛くなったら行く場所」ではなく、「健康を守り、育てるために通う場所」として、もっと気軽に頼ってください。些細なことでも構いません。あなたの、そして未来の赤ちゃんの輝く笑顔のために、私たちがサポートさせていただきます。

酒井直樹

医療法人SDC 酒井歯科医院 理事長 / 院長

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