「将来、認知症になったら…」その不安、歯医者で軽減できるかもしれません
日本の高齢化が進む中で、「自分や家族が、将来認知症になったらどうしよう…」という不安は、多くの方が抱える切実な問題です。運動や食生活など様々な予防法が知られていますが、その予防の鍵の一つが、実は「お口の健康」、特に「噛む力」にあるとしたら驚かれるでしょうか?

近年の研究で、歯の数や噛む力が脳の認知機能と深く関わっていることが、次々と明らかになってきました。この記事では、私たち歯科医師の視点から、お口の健康がいかにして将来の認知症リスクを左右するのか、そして、今から始められる予防法について分かりやすく解説していきます。

歯の数が少ない人ほど、認知症リスクが高いという事実
まず、知っていただきたい衝撃的なデータがあります。
歯がほとんどない人の認知症リスクは、約2倍
ある大規模な調査で、歯がほとんどなく入れ歯も使用していない人は、ご自身の歯が20本以上残っている人に比べて、認知症を発症するリスクが1.9倍も高いという結果が報告されました。
「歯がないと1.9倍認知症になりやすい」
これは、日本の老年歯科医学の分野で非常に有名で、広く引用されている研究結果です。 主に神奈川歯科大学や東北大学の研究チームなどが、高齢者の方々を長年にわたって追跡調査した大規模な研究に基づいています。この研究で、「ご自身の歯がほとんどなく、入れ歯も使っていない方」は、「歯が20本以上残っている方」に比べて、認知症を発症するリスクが1.9倍になる・・・という関連性が示されました。
ただし、この話には希望もあります。同じ調査で、歯がほとんどなくてもきちんと機能する入れ歯を使用している人は、認知症の発症リスクを最大で4割も抑制できることも分かったのです。
「入れ歯でリスクを4割抑制」
「歯がほとんどなくても、きちんと機能する入れ歯を使うことで、その発症リスクを最大で4割も抑制できる」というデータも、これら(前述)の研究の中で示されています。
この事実は国も重要視しており、厚生労働省が「かかりつけ歯科医」の役割を強化する制度を導入する、大きなきっかけの一つとなりました。つまり、「お口の健康を維持することが、将来の健康を守る」という考えが、国のレベルでも常識になりつつあるのです。

なぜ「噛むこと」が脳を守るのか?3つのメカニズム
では、なぜ「噛むこと」が、これほどまでに脳の健康に重要なのでしょうか。それには、主に3つの理由があると考えられています。
① 脳への血流を直接活性化する「ポンプ」の役割
食べ物を「噛む」という行為は、当然のことながら顎の筋肉を力強く動かします。この動きが、まるでポンプのように、脳、特に記憶を司る「海馬」や思考を司る「前頭前野」への血流を増加させることが分かっています。よく噛むことは、脳に直接新鮮な酸素と栄養を送り込み脳細胞を活性化させる、最も簡単な脳のトレーニングなのです。



② 脳の広範囲を使う、高度な運動
「噛む」という動作は、食べ物の硬さや形を瞬時に判断し適切な力加減で顎を動かし、舌で食べ物をまとめ、飲み込む、という非常に複雑で高度な運動です。(私自身もそれほど意識する事はありませんが・・・)
この一連のプロセスが、脳の広範囲の神経を刺激し認知機能の維持に貢献します。

③ バランスの取れた栄養摂取を可能にする
言うまでもなく、脳の健康はバランスの取れた栄養によって支えられています。しっかりと噛めるお口があれば、お肉も、お魚も、繊維質の多い野菜もしっかりと食べることができます。逆に、噛む力が衰えると、どうしても柔らかい炭水化物中心の食事に偏りがちになり脳に必要な栄養素が不足し、認知機能の低下を招く一因となります。
歯科医院で始める、未来のための「脳活」
「噛む力」を維持・回復させることが、将来の認知症予防に繋がります。そのために、私たち歯科医院ができることは実はたくさんあります。
「噛めるお口」を維持・回復するための治療
歯周病治療
ご自身の歯を一本でも多く残すための、最も基本的な治療です。
入れ歯(義歯)
失った歯を補い、「噛む」という機能を取り戻すための、非常に有効な手段です。当院では、しっかりと噛めて、痛みの少ない入れ歯の作製・調整に力を入れています。
インプラント
ご自身の歯に近い感覚で、力強く噛むことができる、優れた治療選択肢です。
何よりも大切な「かかりつけ歯科医」での定期メンテナンス
私たち歯科医師は、長年の臨床経験から「80歳を過ぎてもご自身の歯がたくさん残っていて、矍鑠(かくしゃく)とされている方」を数多く存じ上げています。その方々のほとんどに共通しているのが、「かかりつけ歯科医」での定期的なメンテナンスの習慣です。

定期検診は、もはや虫歯のチェックのためだけのものではありません。お口の健康を通じて、将来のあなたの豊かな生活と尊厳を守るための大切な「未来への投資」です。私たちに、そのお手伝いをさせてください。
執筆・監修歯科医
歯を守ることは
未来の自分を守ること
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会