はじめに:あなたの上下の歯、今、くっついていませんか?
この文章を読んでいる今、あなたの上下の歯はくっついていますか? それとも離れていますか?
もし、唇を閉じてリラックスしている時に上下の歯が“そっと”でも接触していたら、あなたは「TCH(Tooth Contacting Habit=歯列接触癖)」かもしれません。
「食いしばり」や「歯ぎしり」と違い、TCHには「ギリギリ」という音も「グッ」という強い力もありません。ただ、無意識に、持続的に、上下の歯を接触させてしまうだけの非常に静かな癖です。


ですが、この一見すると些細な癖こそが、治療してもなかなか治らない原因不明の頭痛や肩こり、顎の痛み、めまいといった全身の様々な不調を引き起こす「隠れた大ボス」である可能性が、近年、非常に注目されています。この記事では、この静かなる現代病「TCH」の正体と、そこから抜け出すための道筋を詳しく解説していきます。
1日のうち、歯が接触している時間は「わずか20分」という事実
まず知っていただきたいのは、健康な人のお口の中では、上下の歯が接触している時間は食事や会話の時などを全て合計しても1日あたりわずか20分程度しかない・・・という事実です。

それ以外の、実に23時間40分もの間、唇は閉じていても上下の歯の間には「安静空隙(あんせいくうげき)」と呼ばれる1〜3mmほどのわずかな隙間が空いているのが本来の正常な状態なのです。
TCHの方は、この「安静空隙」が失われ、1日に何時間もの間に渡り持続的に歯を接触させてしまっています。たとえ弱い力であっても、その「持続的な接触」がお口周りの筋肉や顎関節を休む暇なく緊張させ続けてしまうのです。
もしかして私も? TCHの代表的な症状(セルフチェック)
以下の症状に、心当たりはありませんか?
一つでも当てはまるものがあれば、その不調の裏側にはTCHが隠れているかもしれません。
✅① 顎の痛み・だるさ・疲れ
口を開けたり食事をしたりする時に顎が痛む、あるいは、特に理由もないのに常に顎の周りがだるくて疲れている感じがする。
✅② 口が開きにくい、または閉まりにくい
以前よりも口が大きく開かなくなった。あるいは、朝起きた時に顎がこわばって口がスムーズに動かないことがある。
✅③ 原因不明の頭痛・肩こり・首のこり
マッサージに行っても薬を飲んでもなかなか改善しない慢性的な頭痛や肩こりがある。
✅④ 歯の痛み・しみる感じ
虫歯ではないはずなのに、特定の歯が痛んだり冷たいものがしみたりする。

✅⑤ 舌の横がギザギザしている(歯痕舌)
鏡で舌を見ると、両脇に歯の形に沿ったギザギザの跡がついている。これは無意識のうちに舌を歯に強く押し付けているサインです。

✅⑥ 詰め物・被せ物が、よく取れたり壊れたりする
特に理由もないのに、治療した歯の詰め物や被せ物が頻繁に脱離したり欠けたりする。
✅ ⑦ 歯周病が悪化しやすい
持続的な接触圧は、歯ぐきにも血行不良を引き起こし歯周病に対する抵抗力を弱めてしまいます。歯磨きを頑張っているのに歯周病がなかなか改善しない方は、TCHがその進行を後押ししている可能性があります。

✅ ⑧ 頬の内側や、舌をよく噛む
TCHによって、頬や舌の筋肉も常に緊張し噛みやすい圧痕が付いてしまっているため、食事などの際に誤って頬粘膜を噛んでしまう頻度が高くなります。治りにくい口内炎の原因にもなります。


なぜTCHは全身にまで不調を及ぼすのか?
TCHによってお口周りの咀嚼筋(噛むための筋肉)が過緊張状態になると、その影響はまるで波紋のように全身へと広がっていきます。
✅① 顎関節症・顎の痛み
顎の関節や筋肉が24時間働き続けているようなものです。当然、筋肉は疲労し、血行が悪くなり、「顎がだるい」・「口が開けにくい」・「顎が痛い」といった典型的な顎関節症の症状を引き起こします。
✅② 頭痛・肩こり・首のこり
咀嚼筋は、側頭筋や胸鎖乳突筋といった頭や首・肩の筋肉と繋がっています。お口周りの筋肉の過緊張が、これらの筋肉にも伝わり、マッサージに行ってもなかなか治らない慢性的な頭痛や肩こりの原因となります。
✅③ 歯の痛み・知覚過敏
持続的な接触圧は、歯そのものや、歯を支える歯根膜にもダメージを与えます。「虫歯でもないのに、特定の歯が痛む」・「歯がしみる」といった症状の原因が実はTCHであることも少なくありません。
✅④ 歯の破折・被せ物の脱離
弱い力でも、それが何時間も続けば歯や被せ物には相当な負担がかかります。健康な歯に、原因不明のヒビが入ったり被せ物が頻繁に取れたりする方はTCHを疑う必要があります。
TCHから抜け出すための当院の3ステップアプローチ
TCHは「無意識」の癖だからこそ、治療は非常に厄介です。当院では、患者さんにしっかりと情報共有してこの癖を克服するための丁寧なアプローチを大切にしています。
✅Step1:まずは「癖」に気づくことから(認知行動療法)
治療の第一歩は、患者さんご自身に「あ、今、自分は歯をくっつけている」と“気づく”瞬間を増やすことです。そのための代表的な2つの方法をご紹介します。
① 貼り紙法
ご自宅や職場のパソコン・テレビ・冷蔵庫など、普段よく目にする場所に「歯を離す」・「力を抜く」といった付箋を貼っておく非常にシンプルで効果的な方法です。その貼り紙が目に入るたびに「今、歯はくっついているかな?」とセルフチェックする・・・・これを繰り返すことで、無意識の癖を意識の力でコントロール下に置いていきます。

② スマホ・アラーム法
スマートフォンのアラームやリマインダー機能を使い、15分や30分おきなどランダムなタイミングで音が鳴るように設定します。そして、アラームが鳴るたびに、上下の歯が接触していないかを確認し、もし接触していたらフッと力を抜いて歯を離し深呼吸をする・・・・これを繰り返すことで「歯が離れているのが普通」という感覚を体に再学習させていきます。

✅Step2:お口の環境を整える
TCHによって既に引き起こされてしまった、歯の痛みや知覚過敏・噛み合わせの不調などを適切に治療します。不快な症状を取り除くことでリラックスした状態を保ちやすくし癖の再発を防ぎます。
✅Step3:マウスピース(スプリント)療法
特に、夜間の歯ぎしりや食いしばりも併発している方には、就寝中に装着するオーダーメイドのマウスピース(スプリント)を作製します。これにより、睡眠中の無意識の力から顎の関節や歯を物理的に守ることができます。
その不調、あきらめる前に一度お口の中を診せてください
TCHは、現代人の多くが抱える静かなる病です。しかし、その存在に気づき正しく対処すれば、長年あなたを悩ませてきた原因不明の不調から解放される可能性が十分にあります。
もし、この記事を読んで、少しでも心当たりがあれば、それはあなたの体が発している大切なSOSサインかもしれません。ぜひ一度、私たちにご相談ください。
執筆・監修歯科医
その不調の原因
お口の中にあります
理事長・院長
酒井直樹
SAKAI NAOKI
経歴
- 1980年 福島県立磐城高等学校卒業
- 1988年 東北大学歯学部卒業
- 1993年 酒井歯科医院開院
- 2020年 医療法人SDC設立 理事長就任
所属学会・勉強会
- 日本臨床歯科CADCAM学会
- 日本顎咬合学会
- 日本口育協会
- 日本歯科医師会
- 日本歯周内科学研究会
- ドライマウス研究会