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2013年3月31日

新たな道をまた歩み始めましょう

ちょっとビックリでした、今日の寒さ・・・。(泣)

思わず真冬の服装に逆戻りしちゃいましたけど、明日は年度の変わり目、入進学のスタートの日だって言うのに この寒さはどうしちゃったっていうんでしょう。
体調管理にこれ努めてないと具合が悪くなりそうですよね。

さて、私にとっては今日と明日とでナニも変わりはしない、毎月の月替わりでしかありません。保健医療機関としては元号「平成」の奇数年度は大幅な改正等も無いですから 至って穏やかな新年度を迎える日でしかありません。(笑)

一方で、「新たな一歩」を歩み始める方々が大勢いらっしゃいますね。
いわゆる入社・入学に限らず、学年が1級上がるだけでも また「新たなチャレンジ」には相違ないでしょう。それぞれが それぞれのポジションでの良きスタートが切れることを願います。

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一昨日でしたか、NHKのアナウンサーの方の「卒業」を取り上げましたけど、今朝ほどの天声人語では やはり筆者の方の「卒業」を知りました。ラストとなる文章・・・

けだし名文と感じました。

人が書く文章に魂揺さぶられる想いを頻繁に抱きますが、この天声人語にはその意味で随分と御世話になりましたし、同時にまた勉強にもなりました。
限られたマス目の中に思いの丈を埋め尽くすのは至難の業だったことでしょう。
その御苦労を微塵も感じさせない文章に数多の感動を頂戴しました。

間違いなく感謝ですね。

顧みて、気の利いた文章など綴れない私としては、写真なんぞを織り込みながら近頃のあれやこれやを記録に残し誤魔化すような作文しかままなりません。(汗)

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てなワケで、ここ数日、ナニ気に便利だと思ったり面白いと思ったモノを写真に残してましたので御紹介であります。(笑)

珍しいモノではないんでしょうけれど、外付けHDDのツイン版(中に二台のHDDが入ってる)です。普通にひとつのHDDにデータを残すと、ミラーリングと言ってもう一台の内蔵HDDに同じモノを残してくれます。
つまりは、機械が勝手にバックアップを二つにしておいてくれるってワケですから非常に便利ですよね。

便利なHDD

因みに、左隅に私の名刺もちゃっかりと置いときました。(笑)

もう一つの面白グッズは、iPhoneのアダプターでしょうか。
昨晩の自転車仲間に見せて貰いました。

iPhoneツール(表)

パッと見は 普通のカメラっぽい・・・。(笑)

それが裏を見てみるとiPhoneがはめ込んでありました。

iPhoneツール(裏)

いろんなグッズを考えるモノですねぇ~。感心しちゃいました。
欠点としては、「4S仕様」ですから買い換えて「5」に機種変したら使えなくなるって事ですよね。(泣)

ま、こういったアイデアってナンか微笑ましく感じましたよ。

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多くの方が知恵を出し、開発して世に問うこういった文章やら製品群。
様々な想いを感じつつ、私も逆にそういった領域に近付くことが出来るように精進することを誓う、そんな平成24年度の最終日でありました。

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2013年3月30日

そして今日も夜が更けていく

慌ただしい一週間も過ぎて、迎えた週末。
土曜日の夜っていうのは子供の頃から一番安堵する時間でありはすまいか・・・そう思えてなりません。
毎週迎えるこの楽しみな週末も 年度末と重ねれば節目の一夜となり、新たな年度が始まるかと思うとある種の感慨を覚えなくもありません。

我が家にとっては、長男が自宅を離れる4月でもあります。
成長の過程ですから何ら問題は無いのですが、気が付けば5人家族も3人になってしまう現実は喜びの進学の対極にある寂しさも同時に助長するモノですね。

「春」は若人の希望に胸膨らませる季節でもありますが、同時に別れの季節でもあった事を思い知らされます。

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我が家の庭のコブシが盛りを迎えたようです。「釜山港へ帰れ」でしたっけ? あれこれ考えると「コブシ咲く春」は物悲しさすら感じさせる気がしてなりません。

コブシ咲く春

年度末の夜、自転車仲間達が当院二階に集まってくれました。
反省会と称しながらも、ナニを決めるでなく、ナニを反省するでなく・・・・。(笑)

ただ飲みながらの数時間が愛おしく感じられてなりません。

語らいの時

次年度が、どんな状況に変化していくのかは想像も出来ませんが、昨日より今日、今日より明日がより良き一日になっていくようにささやかなる努力を日々して行くことだけを 自分に言い聞かせる時季の変わり目でありました。

気持ちも新たに平成25年度を迎えてみようと考えて居ます。

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2013年3月29日

あの朝の「声」が聴けなくなる・・・

家族は別にしても、一般的に他所の方の「声」で元気なり充実感を得るなんて事はそうそうありませんよね。
私にも数年前まではそんな事は無かったのですが、通勤前に子供達を高校までクルマで送るようになってからと言うものの、NHKのラジオ第一「ラジオあさいちばん」は心地良い一日のスタートを切るための必須番組となった感がありました。

この番組は、「ワールドリポート」・「ニュースアップ」・「ビジネス展望」と情報源としても有意義であったばかりでなく、全国のリスナーの方からの心温まるメッセージが優れていて、そしてナニより山下信(まこと)アナウンサーの番組進行は実に秀逸でありました。

声の色、穏やかさ、暖かみ・・・・。

どれを取っても人柄が伝わってくるようで安心して聴いてられたんですよ。
あぁ~それなのに・・・・・

医院のシバザクラ2

山下アナは、年度末の今朝を最後に5年間の担当から卒業とのこと。(泣)
思えば ちょうど私が聴き始めた長女の高校入学時の4月番組改編期からの担当でらしたようで、長男の高校卒業までのまさにピッタリの5年間という担当期間だったようです。

医院のシバザクラ1

その偶然に感慨深いモノを感じますねぇ。(淋)

おそらくはまた何処かで「声」をお聞かせいただけるのかとは思いますが、これからはちょっとだけ「朝」が淋しくなりそうです。(泣)

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さて、今夜は息子と彼に購入したPCの設定をしておりました。
いつもだったら古いPCから新たなPCへ設定の転送を掛けてただけですけど、新規に設定していくって案外 面倒でしたね。特に使い慣れたWindows7ではなかったので、特に・・・でしょうか? 随分とまごついてしまいました。

で、素朴な疑問ですけど・・・

Windows8って便利になったんでしょうか?(笑)

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写真は、医院外周のシバザクラ。
こんなところにも「サクラ」は咲き始めていたようですよ。

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2013年3月28日

傾向を意識しながら彩っていく・・・

無意識・・・日中起きていれば当然 常に意識下にあるかと思いきや、人間ってそうでもないのかもしれません。意外とナニかに夢中になっていると意識せずに各人の癖とか傾向って出るモンですよね。

咬合とかもそうでして、本来なら上下顎の歯同士は2~3ミリ離れて居るのが正常な安静位空隙かと思いますが、案外 日中も長時間に渡って食いしばってしまってる方は多くいらっしゃるんですよ。
口腔内には様々な痕跡が残るモノですから、その気になって見ると見えて来るんです。

御本人に伺ってみても、ほとんどのケースで気が付いてらっしゃらないのですが、無意識のモノって厄介かもしれませんね。

本日、木曜日は当院の休診日。

あれこれ所用をこなしながら、日頃御世話になってる方々のところに寄らせていただいたのですが、例の如くiPhoneでお店の写真を撮って、後でそれらを並べてみたら偶然にも捉え方(撮影ポジション)が一緒でした。
意識は一切無かったので、これが私の作画の傾向かと再認識致しました。

● 「カーライフさとう」 さん

カーライフさとう

● 「グランブルー内郷店」 さん

グランブルー内郷店

● 谷川瀬の洋服屋さん 「yellow's」 さん(今月15日にオープンしたばかり!)

yellow's

なるべく、多角的に被写体を捉えたいとは常々思っては居るのですが、反対側のポジションよりこっち側からの方が確かに好きな気がします。(笑)

悪い・・・って事は無いかとは思いますが、面白味に欠けてしまうし、同じような写真しか撮れない欠点もあります。なるべく人の目を惹き付けられる写真を・・・と思いながら、そうなる為には 画角を意識し、自分の傾向(馴染んでるポジション取り)を打破しないとならないんですよね。

無意識では無く、意識を持って改善していかないとならないことに気が付きました。(泣)

春の日8

この桜の写真は、今年のモノではありません。
数年前の御近所の小学校での撮影ですが、今年の開花予想は暖かい日が続いたが故に相当に早まるとも伺いました。
例年、4月になると花粉症も随分と軽減してくるので、もう間もなくして 桜色に染まるであろう そこかしこの情景をワンパターンに陥らないように意識しながら切り取ってみたいと思います。(笑)

春らしく、鮮やかに彩っていきたいモノです。(笑)

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2013年3月27日

桜を見ずして逝く人達を見送る

たぶん それが「学制改革」と言われるモノなんだろうと思います。
1946年(昭和21年)、終戦の翌年にGHQの占領下にて当時の15歳達(現在の中学3年生)は旧制中学から新制高校へと編入(再編 !?)されたのではなかったか・・・。

私の父がまさにそれで、多くの同級生達と新制高校の第一回目の卒業生になったようでした。
おそらくは当時の高校生同士は、我々や子供達の世代よりも戦禍を共にかいくぐり抜けたという意味で結束力は揺るぎないモノがあったことでしょう。

長じても、いや老いても その繋がりは消えるどころか、増す一方だったようでしたよ。
仲間達との集いを、「バンオウシュウシカイ」と名付けていて、私は音では何度も聞かされてましたけど、父の葬儀の際に初めて「磐城の桜、終わりと始めの会」、すなわち「磐桜終始会」と称していたことを知った次第でありました。(汗)

旧制中学の終わり、それは新制高校の始まりの時。

時は流れ、その同級生達は80代前半に差し掛かり、既に半分は亡くなられたと聞いておりました。
父もちょうど二週間前に他界、昨日は父が親しくしていただいていたその「磐桜終始会」のメンバーで、私の開業後より当院に通い続けて下さった方の訃報に接しました。(泣)

春の日6

同じ学舎で共に過ごした青春のひととき。

その連中が まさに櫛の歯が欠けるようにひとり、ふたりと減っていく時に、残された方々は どんな想いで逝く人を見送るんだろうかと考えたら・・・・。(泣)

「生きる」とか「老いる」とかの意味を、実感を持って感じ始めている自分が居ます。

春の日7

今日のニュースを見ていたら、30年後、私が80代前半に差し掛かる頃には日本の人口構造は65歳以上の高齢者が半分を占める自治体が続出する予測が出てるそうです。
16~64歳の生産者年齢は減り続ける一方だそうで、現代よりも はるかに高齢者に辛い時代になりそうですね。(泣)

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奇しくも、今日は父と誕生日が11日しか違わなかった義父の82回目の誕生日。
実父の分も長生きしていただきたいとは思いますが、年を追う毎に孤独感に苛まれるのも事実でありましょう。

人の命には限りがあることを知る今日この頃であります。
ただ、私の予定としては後40回ぐらい(90歳超?)は巡り来る桜の季節を満喫したいと考えて居ります。(笑)

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2013年3月26日

束の間、日本人としての血が騒ぐ

サッカー・アジア地区最終予選。ヨルダン戦。アウェイ。
勝てば来年のワールドカップ出場が決まる大一番と聞けば穏やかでは居られません。(笑)
しかも前半のロスタイムから劣勢に立たされてるとなれば尚更であります。

勝手なモンですねぇ、普段は代表選手の顔と名前も「?」なレベルなくせに、こういった放送になると俄サッカーファンに変身致します。(笑)

首都アンマンを擁する ヨルダン。

名前は聞いたことがありましょうが、正確な国の位置を御存知ない日本人も大勢いらっしゃるんではないでしょうか。私も、中東の火薬庫とも呼ばれるイスラエル・シリア・イラクに接しつつ 「パレスチナ」というキーワードが有する程度の事は知ってますが、具体的な国情は知りません。
その昔、船戸与一氏や落合信彦氏の小説を読み漁り、その辺の歴史と現状を学んだ故に若干の知識はありましたけど、なかなか機会が無ければ情報は入らない・・・・と思っちゃいます。

春の日5

その地で、日本国を背負う若者達がピッチを懸命に駆け巡る姿を見ていれば、自然と応援する心情が芽生えてくるって不思議ですね。
ちょうど高校野球で、福島県勢を応援し、それが叶わなければ東北勢を、それでもダメなら北日本勢を応援するのと一緒でしょうかねぇ。相通ずるモノを感じます。

ヨルダンや、他の諸外国の選手達だってそれ相当の練習を積み、国を背負い懸命に努力してるのは解っては居るのですが、「贔屓」するチームは少しでも身近な存在・・・・と何方もなりましょう。
それが「日本人の血」であり「東北人の血」、「福島県人の血」なんだろうと自分では理解しています。

因みに私は、生粋の「いわき人」であります。(笑)

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2013年3月25日

きめ細やかなる日本人のサービス

今宵は毎月恒例となった写真倶楽部の例会。
皆、異業種の方ばかりですけど、仕事を終えて集うようになって二十数年です。
当院二階を会場とするようになってからも15年ぐらいにはなりますでしょうか・・・。
「写真」という同じ趣味を共有している連中との楽しい語らい。
私は訳あって早めに帰宅の途に就きましたが、私の写真に関するベーシックなところがこの倶楽部にはあります。

夜の写真倶楽部(笑)

帰り際に医院駐車場から見上げると、二階から皆の語らいの言葉が聞こえて来そうで ナンだかホッとする自分を感じましたよ。

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その帰り道にクルマのラジオから流れていた昨今の「引っ越しサービス」情報。
ホンの「さわり」しか聞いてませんけど、日本人の実にきめ細やかなサービス精神に触れた気がしましたよ。

例えば女性の一人暮らしの引っ越し。

女性の部屋に男性スタッフの皆さんがぞろぞろと上がり込むってことを嫌がるケースもありますよね。そんな場合には「女性だけの引っ越しチーム」ってのがあるんだそうですよ。
確かに納得でありまして、「安心感」がありますよね。
もっとも、独身男性の引っ越しには「女性のみの引っ越しチーム」の出動は無いんだそうですけどね。(笑)

また、新居なんかに荷物を運ぶ際。

新しい床を汚してしまうことが無いように、直前にお客様の前でソックスを履き替えるサービスもあるんだそうです。イメージとしては、滑る事なく仕事がしやすいように軍手ならぬ軍足のようなモノをスタッフの方は履かれてると思いますが、新居に上がるに際して履き替えて下さるんだとか・・・。

ナンつーか、至れり尽くせりと言うか、考え尽くされてるところなんか日本人ならではのきめ細やかさかと思いました。

春の日3

学生時代に、そんな引っ越しサービスのアルバイトをした事もありましたが、単に荷物運びをさせられただけでそんな配慮なんか無かったように記憶しています。
今では、正社員の方だけで無くアルバイトも一定水準のスタッフ教育がなされてると聞いて、引っ越しサービスの成熟度合いを感じたりしました。

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我々の写真倶楽部も、私が参加した二十数年前当時と今を比べれば、皆のスキル向上に合わせてきめ細やかなるアドバイスも出来るようになり、かつ成熟した倶楽部へと成長したように思えてなりません。

春の宵。おそらくは私が辞去した後にも・・・・

大いに写真談義に花が咲いたことでしょう。(笑)

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2013年3月24日

春・・・最良の季節なのに恨めしい

「冬」の寒さは厳しいし、寒がりなので基本的には好きではありません。
「夏」の暑さは辛すぎて、かつ体力も消耗するのでどうかと思います。
「秋」は一日で言えば夕暮れ時・・・気温的には過ごし易いですけど、郷愁を呼び起こさんとする物悲しい雰囲気はチョイと淋しいです。

だったら消去法で言うと「春」が一番かと思うのですが、世に「花粉症」というネーミングが浸透する以前から悩まされてる私としては恨めしくってなりません。

今年は例年よりも悩まされてらっしゃる方も多いんではないでしょうか。(泣)
それでも私の場合は屋内仕事でしかもマスク着用ですから救われてますが、屋外の、特に杉林なんかが付近にあるとなれば・・・・・(泣)

本来なら色取り取りの被写体に迫りたいのですが、自重しちゃってます。
本日だって、数年前のそれでも花粉飛散の少ない年に出向いた梅の名所「専称寺」さんで盛りを迎えてることは知っていたのですが、足は向きませんでした。

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ここ暫く、このブログに掲載していた写真はそんな例外的に飛散量の少ない年に撮影したモノなのですが、今年は父の件もあったし飛散量も多いって聞いてましたし・・・

まぁ~パスでしょうか。

一番良い季節が行動を制限されてしまうのは残念でなりませんね。

春の日1

今年もフラワーセンターには行ってはみたいけど、周辺環境が悪すぎますね。(泣)

春の日2

写真好きとしては、色取り取りの花をフレーミングするだけで楽しいんですけどねぇ。来春こそは飛散量の少ない、快適な春を迎えられると嬉しいのですが。

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間違った解釈かもしれませんが、戦後の植林事業の一環として積極的に杉林が造林された時代があったことでしょう。
自然のバランスを人間様の勝手で操作しようとしたしっぺ返しが花粉症のような気がしてるのですが、まったくの言いがかりでしょうか?(笑)

そうでも考えないと、この辛さを誰に訴えたら良いのかと。(笑)

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2013年3月23日

皆さんの背中を押すのが私の役割

振り返ってみて、ちょっと驚きました。
今月2日に開催されたソーシャルメディア交流会主催「第二回名刺交換会」。
その後の慌ただしい日々を過ごしていたせいか、まだ3週間しか経ってないという事実にはビックリです。

みんなの力を結集してのイベント。多くの方々の「繋がり」のキッカケになったことでしょう。関係各方面から賛辞を得、大成功だったように思います。

偉そうに言う気は毛頭無いのですが、我々の役割は人を繋ぐこと。
一歩を踏み出そうとする勇気を持つ皆さんの背中を押せる存在でありたいと願います。
せっかく震災という共有体験を有する者同士、互いに支え合って 仕事上であれプライベートであれ、お互いに助け合えれば嬉しいですもんね。

今宵、ナニを反省したのかは今ひとつ解りませんでしたけど、その反省会があり参加して参りました。いつもの皆さん、今日の写真撮影はヤケに大人しかったようであります。(笑)

名刺交換会の反省会1

思えば2年前には私は受け身の立場に居りましたっけ。
それが気が付けば、この集まりだけは欠かさない・欠かしたくない心持ちになりましたが、引っ張って下さる皆さんの御陰で今日の私があります。
そうやって支えて貰ったら、今度は誰かを「支える」のは必然なんでしょうね。
ささやかかもしれませんが、そんな社会貢献をして行きたい・・・それが私の目標でもあります。

名刺交換会の反省会2

上の写真はバスが走ってるぐらいですからまだ9時台。
いつもなのかどうかは知りませんが、ヤケに閑散としてる駅前の通りが気になりました。(泣)
人が多ければ良いってモンではないでしょうけれど、給料日前とは言え土曜の夜です。年度末ですから もう少し活気があって欲しかったようにも思いました。

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年度末。高校の卒業生にとっては進学前の貴重な安らぎの時でもありましょう。
4月からは、各自が日本全国って言うと大袈裟ですが、各地に新天地を求めて散っていきます。
彼等には夢やら希望もあれば、不安も存分に抱えていることでしょうね。

無理もありません、まだ18歳ですもん。

そんな18歳達が、今宵 当院二階に集結・・・のようです。(笑)
息子と彼の友人達・・・・総勢8人が別れを惜しむかのように「男の隠れ家(!?)」にて合宿中。

共に分け合った「想い」は、いつまでも彼等の記憶に残ることでしょう。
どんな場所に行ったとしても、彼等の立脚点はこの地に他なりません。
精神的絆は潰えることはないのですから、お互いがお互いのサポーターとなって支え合う存在であって欲しいと心より願って止みません。

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2013年3月22日

そしてまた「普通の日々」が始まる

あれから25年・・・四半世紀の時が流れたなんてウソみたいですが、「昭和」が「平成」に代わる直前頃、昭和天皇のご容態が優れなかったり 崩御なさった後などは日本全国が「自粛ムード」一色に染められたことを今では懐かしく思い起こします。

形式を重んじる日本人特有でしょうか、国家の象徴とも言うべき天皇陛下が伏してるその時にはしゃいだりする事は当然の様に何処でも躊躇われました。
それがいけない風習だとか思ってる訳ではないのですが、それが陛下の望む真の国民の姿であったかと思うとちょっと違うんではないか・・・なんて漠然と考えていた若き日の私が居りました。

本来であれば、今の私の立場も「喪に服する」最中であり、49日間は身を慎み故人の死を悼む期間なのかと考えなくはないのですが、どうも故人がそれを望んでいるようには私には思えませんでした。

表現が可笑しいかもしれませんが、遺族にとって「無念の死」もあれば清々しいというか「天晴れな死」もあるかと思うのです。

我が家の場合にはまさに後者。

そりゃ悲しいですけど、多くの感動を残してくれた父への畏敬の念にも似た感情が勝り、その哀しさは尾を引きません。
私が父の立場だったら、メソメソしてたり残された家族が行動を制限されることを望みはしないかと思ったので、私は十日もしないウチに・・・

「普通の生活」に戻ることに致しました。(笑)

毎月楽しみにしてる、「いわきプチ交流会」に参加して来ましたよ。

毎月参加したくなる集まり2

大勢の皆さんに囲まれ、楽しげにしてることもまた故人への供養かと勝手に解釈しています。
私だけではなく、母も姉も然り。
早期に日常を取り戻し、元気にして行くことは世間的には眉を顰めることになろうとも我が家的にはOKでしょう。

今宵も実に心温かな皆さんに労われ、ホントに参加して良かったと感じました。

毎月参加したくなる集まり1

人は辛い時、悲しい時、下ばかりを向いていてもどうにもならないと思うのです。
ポジティブシンキングだけが正しいとは思いませんけど、顔を上げて前向きに生きていく姿勢は私の理想とするところでもあります。

育てた息子がそう確信しちゃってるんですから、きっと親父も草葉の陰で「仕方ねぇ~ナァ~」って思うしかないでしょう。(笑)
大きな声では言えませんが・・・・

明日も飲み会です!(笑)

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2013年3月21日

私の「一週間遅れのホワイトデー」

昔、その読み方を覚えた時から私はこの字が好きになりました。
「配慮」の「慮」です。
モチロン、「配」は訓読みで「くばる」ですから、だったらナニを配るのか?・・・ナンですよね。

「慮」は、訓読みで「おもんばか・る」です。

意味としては、「良く考えて思い巡らす」。つまりは「思いやる」とか「気遣う」事なんでしょうね。
「配」にしたって単に宅配サービスの「配る」に止まる事なく、「目を配る」とか「心配り」なんて使い方をするぐらいですから、「配慮」は「思いやり配り」の意と私は解釈しています。

もし、そんな配慮が自然と身に付いてらっしゃるような方がいらっしゃれば素敵だと思うし、自分もそうありたいし、当院スタッフにもそうあって欲しいと願うのは自然な感情でもありましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は先週、事情があってホワイトデーを失念する事態に追い込まれてました。
一週間ほど過ぎてしまった昨日に、そのままには出来ないと思ってある洋菓子屋さんにてクッキー探し。自分でも どうしたモノかと思って女性店員さんに率直に伝えてみたのです。
「不幸があって先週渡せなかったんですけど、どんなモンでしょうか?」と。

そうしたところ、御丁寧にチョイスしてくれて、リボンを付けて、最後に「ホワイトデーの意味合いでしたら、このシールはいかがでしょうか?」ってアドバイス。

ちょっと嬉しかった・・・

ささやかなシール1枚ですけど、精神的疲弊感に苛まれていた私としては ナンだかその配慮がありがたかったですよ。

こちらの洋菓子屋さんのシェフとは、大変親しくさせていただいているのですが、モチロン私自身は名乗った訳でもなく シェフが間近にいらした訳でもありません。
おそらくは常日頃からそんな風にお客さんに接してらっしゃるんでしょうね。

梅一輪

親しさ故に、「やらせ」みたいになっちゃうから敢えて店名は出しませんが、この小名浜店だけでなく内郷にも平窪にもお店がある人気の洋菓子屋さんです。配慮の積み重ねが「成功」へと導いてくれる好例かと思えました。

顧みて、当院スタッフにもそういったささやかな配慮が出来てるだろうか・・・・そう考えながら購入時のそのエピソードをスタッフに伝えつつ、遅れた非礼を詫びた私の「一週間遅れのホワイトデー」でありました。

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2013年3月20日

煩悩なき「彼方の岸」への道のり

煩悩多き此方の岸「此岸(しがん)」に身を置く我々は、何びとも悟りの境地「彼岸」を目差して生死煩悩の世界において生業に追われてるんですよね。
私なんかはまさにその煩悩多き日々を送っておりますが、彼岸(極楽浄土)、すなわちは「涅槃(ねはん)」への畏敬の念を幼少期より漠然と持っており、死後にそちらに向かったとされる御先祖様に供養する行為を表す固有名詞として「彼岸」が定着したように感じて居ます。

本日3月20日。彼岸の入り。

いつにも増して、御先祖様への御挨拶に余念がありませんでしたよ。(笑)

昔の写真に見る「春」2

仏様の境涯に至るための六つの修行「六波羅蜜」なるモノは良く理解はしておりませんが、どうしてかお寺にお参りに出向くと不思議と手を合わせ敬虔な気持ちになるってのが不思議にも感じます。

昔の写真に見る「春」1

先祖に導かれ、此岸から彼岸への道程の軽やかなることを願いつつ、合わせた手と手に祈りを込めながら願う行為は、死者へのどうこうではなく現世の自分自身へにエールを送る瞬間でもあろうと常に感じます。

私の宗教観・・・そんな感じです。

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2013年3月19日

多くの職業の方々に助けられて

世の中には様々な職種・職業があることは知ってましたけど、具体的にはナニをなさってるのかを知らないこともありますよね。
ここ一週間で、そんな知らなかった世界を垣間見る機会を得ました。

まず、病院関係者。
お医者さんはモチロン、看護士さんのお仕事の大変さを知りました。看病していた母も姉も大変に感謝してましたけど、病人(入院患者)にとっては本当にありがたい存在だった様です。

で、本当ならお付き合いはしたくないところもあったのですが、葬儀社の方々。
ナニ分、経験のない状況で混乱していた私共でしたけど、滞りなく上手く行ったのは もう間違いなくその方々のサポートの御陰でした。能動的に働きかける心境にない遺族を、受動的立場に立たせてくれ、選択肢をどんどん提示決定して行くだけにして下さったのはホントに楽だった気がしてます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

中でも、父の身体を清め整え(化粧)、着替えさせて下さった方々(送り人)、皆さん若い男女の方々でしたけど、誰かがやらねばならぬお仕事です。たぶん、仕事と割り切って もう慣れてらっしゃろうかとは思うのですが、拝見していて敬虔な気持ちにさせられました。

こちらの慌ただしさにかまけて丁重なる御礼も伝えられなかったのが悔やまれますが、多くの職業の方々に助けられたという気が致しました。感謝致します。

ピンク&ブルー

でね、実は中でも一番助けられたのが御会葬礼状のサービスでした。

御会葬礼状1

私も今まで何度もお葬式に出ながら そうそう目にしたことは無かったのですが、お願いした葬祭場では「お返し物」に同封する礼状に、喪主だれそれとか当たり前の会葬御礼文章にオリジナルの故人紹介の文章を添えて下さったんです。

これなんですけどね・・・

御会葬礼状2

実は、ご会葬下さった多くの方に この文章の秀逸さを誉められました。
皆さん、私が書いた文章だと勘違いなさって、「感動したよ」とか「酒井、文才あるねぇ~」とか こちらが恥ずかしくなるほどにお誉めいただいたのですが、実は内容は100%事実・・・でも、私が書いた文章ではありませんでした。(恥)

これが素敵なサービスでして、実は担当の穏やかな話し口調の女性から電話が掛かって来て、物腰柔らかいとても丁寧な感じで・・・・

「どんな御父様でしたでしょうか?」とか、
「ナニをなさってらした方でしょうか?」とか、
「想い出に残ることは?」とか、
「最近のエピソードはナニかありますか?」とか、
「最後に、御父様にお伝えしたいことはありますか?」とか・・・・・etc

などと6~7分ほど取材のような形で受けて、およそ二時間後には上の写真のような文章が出来上がってきたのです。いや、あまりに的確な表現技法でこっちが感動しちゃいました。
まるで、息子の私が書いたかのように事実だけで恰も見てたかのように書く作文能力。

母・姉・私で唸るほどに感動しちゃいました。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私なんかが知らない世の中には様々な職種があり、それぞれの方々がサポートして下さることでイベントが完了する・・・。

とても勉強になってしまいました。(笑)

滋養強壮に

そして、昨夜 迂闊にも私が疲労困憊状態などと書いてしまったら、そんな私を案じて下さる方(Sさん・女性)が写真のようなモノを届けて下さいました。
心遣いがとても嬉しかったです。

御陰様で、元気になりました!(笑)

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2013年3月18日

「疲労困憊」でも「暁」は覚えそう

「春眠暁を覚えず」なんて言いますが、そりゃぁ~春の夜には眠りに就くのは容易でしょう。気候が良くなってくれた御陰ですよね。
ただ、年齢故にか「暁を覚えず」ってことは無いように思います。
明るくなれば自然と目は覚めてしまいます。寝るのにも体力が要ることを痛感する昨今です。(笑)

随分と前からですが、惰眠を貪るような事は出来なくなりました。
我が子は疲れた時など朝の9時・10時まで寝てたり致しますが、認めたくは無いけれど体力の減退なんでしょうか、長時間睡眠が出来ない・・・つまりは「寝だめ」の様なことすら出来ない身体になってしまいました。

IMG_9315

本日、心身共に疲労困憊。
自分ではタフかと自認していたけれど、案外そうでもないようです。(泣)

「憊(はい)」には、「疲れ切る」とか「力を使い果たす」とかの意味がそもそも備わってるんですね。今宵あまりの「憊」の為、意識が朦朧として来ちゃいました。

ちょっと早仕舞いという事で・・・・(笑)

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2013年3月17日

まるでドラマを見てた様な一週間

時間の流れって不思議ですねぇ。

止めることが出来ない一定のスピードを保つモノなのに 「長く」感じたり「短く」かんじたり実に様々です。毎日の仕事をしていると、例えば2時間半なんてアッと言う間に経っちゃうのに、東京まで出向く際の電車の時間はヤケに長く感じられます。
その折のシチュエーションによって随分違いが有るのはナンででしょうねぇ。(笑)
実際には長いと思って居た時間も 数ヶ月もしてから振り返る時には「瞬く間」に感じます・・・。

先週の土曜日(9日)から今日までの8日間。

病院に駆け付ける時には一分一秒がとても長く感じられたものです。
交差点で信号待ちをしていれば、なかなか切り替わらない信号機に「壊れてんの?」と感じたりもしました。

また、病院から自宅に亡き父を戻してからの4日間は、1ヶ月ぐらい経過したようにも感じますし、逆に2時間の単発「土曜ドラマ」を見ていたようにも感じはします。
そんなこんなではありましたが・・・・本日、無事に喪に服する際の主たる役割を果たして参りました。

梅(ちょっと画像を弄ってみる)

上手く出来たかなんかは解りはしませんが、無事に父を黄泉の国へと送り出せた自負は覚えます。
と言うのか、そう思わないとやってられないって感じでもあるのですが・・・(苦笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

父の死に際しては、可能な限り長男に手伝いをさせました。
ドラマで演出される「死」と実際の「死」の違いを身を持って経験させたかったからであります。それもまた老い行く者達の最後の「役割」だろうと勝手に解釈してたりします。

やがて、私自身が子や孫へその事を 父と同じようにしっかり教えられるような存在でありたいと願って止みませんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日、「天声人語」を朝のウチに読み、その後に告別式を迎えたのですが、下記の文を読んで心清らかにピュアな心持ちで役割を果たすことが出来たように感じました。

『今日は彼岸の入り。

暖地なら、「寒さも彼岸まで」だが、

北国では雪を踏んで墓参りという所もあろう。

南から北へ、この国の長さを思ってみる。

柳が茂り、花は咲き匂う。

春の美しさをたとえる柳暗花明(りゅうあんかめい)の

色合いに、ほぼ2ヶ月をかけて列島は染められていく・・・』

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2013年3月16日

私は地縁・血縁に支えられている

51歳にもなって・・・と笑われそうですが、自分ひとりの努力で一丁前の大人になって来たような錯覚を覚えることもしばしばありました。
視野や了見の狭い私は、なかなか余所様のありがたみが見えていなかったのかもしれません。しばしば姉に叱られることもありました。情けない話であります。(恥)

汗ばむ陽気の3月16日。

・・・そう父が荼毘に付された本日、本来は父の82回目の誕生日でもありました。

● 納棺の儀式、親の骨を拾う瞬間・・・・

協力して下さった叔父・叔母・従兄弟。そして家族。
これ程までに血縁のありがたみを感じたことはかつてありませんでした。

● お通夜・・・・

これ程までに地縁のありがたみを感じたことはありませんでした。
私は残念ながら父の仕事(電気工事業)をほとんど知りません。
つまりはどんな方々と交わりがあったのかを理解しておりませんでした。思えば父が常磐炭鉱勤務時代の同僚の方々・・・閉山後、40年を経過した今日でも繋がりを大切にする心情。「一山一家」と呼ばれた方々の結束の強さは私の想像を超えておりました。

また、私や遺族の繋がりで来て下さった大勢の皆さん。
その地縁の深さを思い知らされた夕刻のひとときでありました。

多くの方々に御会葬いただきましたことに心より感謝申し上げます。

4年前の春

今までの半生が、「与えられること」多き日々であったとするならば、これからは「与えること」多き日々にせねばならぬと感じた次第です。
換言すれば、「支えられる」ことから「支える」立場へのシフトが求められているって事でしょう。

一歩ずつでも そんな存在に近付けるようでありたいと願う春麗らかなる3月16日でありました。

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2013年3月15日

それでも人は生きて行ける

あれこれ御心配をお掛けいたしました。
たくさんのメール&メッセージをいただいたことに深謝いたします。

私はと言うと、父の死去で悲しいのは悲しいですけど嘆いている訳ではありません。
当たり前ですね、順番を違えてる訳でもありませんし、80歳を越えてもおりました。

母や姉と昔語りなどをしていれば「笑い」も出ますし、お腹も空けばトイレにも行きます。
気が張ってることを否定はしないのですが、平素日常を取り戻すのにそんなには時間は掛からないことでしょう。患者さんとのお約束(診療予約)をそうそう破る訳には行きませんから 早速に週明けからは仕事も再開するつもりです。

仕事好きの父でしたから、いつまでも休んでいれば叱られそうでもあります。(笑)

暮らしの伝承郷2

ただ、これが数日前にこのブログで触れた震災の犠牲者の方々の場合は全く異なりますね。

唐突に、年齢(順番)にも関係なく命を奪われ、加えて自宅まで流され嘆く場所も無かった方々は、「悲痛」・・・まさに痛いほど悲しかったに違いありません。
笑いあえる肉親まですべて奪われた方々は本当に心のケアが必要であったろうと想像いたしました。

それでもいつの日にかは立ち直れたりするんでしょうけれど、どれほどの時間を要するのか・・・想像を絶する想いが致します。(泣)

暮らしの伝承郷1

母曰く、「新しい芽が出れば、古い葉っぱは自然に落ちていくモンだ・・・・」と。
まさにその通りで、孫が次々に社会人になり進学を果たせば、世代交代は必然ではあるんですよね。

「子」を見れば来た道であり、「親」を見れば往く道である・・・

数年前に亡くなった家内の叔母がよくそう話していたそうです。

最近、あっちを見たりこっちを見たりと忙しかったですけど、私もやっと方向性が定まって参りました。迷わずに歩んで行かねばなりませんね。

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2013年3月14日

写真が大好きな父でありました

人の命の儚さを知る・・・

3月9日・・・・思えば奇跡的なことだったのかもしれません。
このブログにも書き込んでおりましたが、その日には日帰りで仙台まで出向き、甥っ子(姉の長男)の晴れの式に参列しておりました。
家内はモチロン一緒に、そして母と病気療養中の父が一緒でありました。

私にはまだ経験がなく解りはしませんが、初孫の慶びは老い行く自分自身の日々の中で 例え様もないほどの幸せだったんでしょうね。
病院ではもう食事も摂れず点滴だけで命を繋ぎ ほぼ寝たきりの状態だった我が父が、涙を流しながら私に懇願した参加という「夢が叶った日」でもありました。

昨年の秋頃だったか、その甥の挙式の日取りが決まった頃、本人レベルでは微かな予兆を感じて居たのかもしれませんが、数ヶ月先の自分の姿は想像も出来なかったことでしょう。
母・家内・私でミニバンに布団を敷き、そこに横たわってのロングドライブ。
式場では一度も立つことは出来ませんでしたが、車椅子での参列の「夢」が叶いました。

両親2

おそらくは座ってるだけでも相当に辛かったんでしょうね。
今思えば、まさに命懸けの旅でありました。
それでも母と一緒に見つめる先に居る初孫の晴れ姿はどれほどか眩しかったことでありましょう。

2月に我が息子の朗報がもたらされた時に、私は震える想いをいたしました。
それもまた父が心より願う結果に他ならなかったから・・・でありました。
モチロン、合格の吉報は息子本人の弛まぬ努力の賜には違いないのですが、見えないナニかが他の出願受験生よりも3週間以上も早めの朗報をもたらしたのか・・・と考えたら足が震えました。

両親1

姉と私、そこに義兄と家内が加わり、6人の孫に恵まれた父でした。

おそらくは彼の人生最良の日から4日後の13日夜に永眠。
最後は、私なんかにはとても真似出来ないほど献身的な看病をしてくれた最愛の娘でもある姉に看取られ、主治医を引き受けてくれたその初孫に 父本人がプレゼントしたという聴診器で泣きながら呼吸停止を確認して貰いました。

人に、本望というモノがあるのであれば 父にとってはまさにこれ以上の本望は無かったように思えてなりません。

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巡り来る季節は春。

16日の誕生日には82歳を迎える筈の父でした。
自宅リビングから見える桜を見せてあげられなかったのは返す返すも残念ではあるのですが、愚息の私から見ても実に見事な生涯でありました。

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2013年3月12日

始まりは「高校の同級生」繋がり

かつて同じ学舎に学んだことがあっても、しかも同じ学年に在籍していたのにも関わらず、同級生同士だって事に気が付いてなかった事ってありませんか?

・・・・・・私にはいっぱいあるんです。(笑)

1学年に480人も居ましたしね。(48人ずつの10クラス)
そもそも男子校でしたし、他のクラスの連中に興味(!?)を覚えることもありませんでしたしね。(笑)

それが、卒業後にナニかの折に同じ32回卒であることを知り、共通の友人の名前が出たりすると打ち解けるのは実にアッと言う間だってのが不思議ですよね。
「こいつは、高校の時からの親友だったか?」と間違っちゃうことも最近はとても多くなりました。

本日、そんな4人の同級生繋がりに、Facebook繋がり、大学同窓繋がり、同じ会社繋がり、そして当院二階の飲み会繋がりが絡まって いつもの「シェ栗崎」にて楽しい飲み会。

会話に花を咲かせて参りましたよ。(笑)

シェ栗崎で飲み会1

K君が持って来てくれた美味しいお酒をいただくFacebook仲間。(笑)
ボトルを女性お一人で空けたように見えちゃうので、敢えて目隠しなんぞを・・・。

シェ栗崎で飲み会2

楽しい時間はいつもそうですけど、時間の流れが速いのが残念でなりません。

シェ栗崎で飲み会3

途中からは、やはり高校同級生のシェフにも交ざって貰っての歓談。
ナンだかとても心安らぐ時間を過ごせて宜しかったです。

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キッカケはナンでも良いと思います。
知り合うための必要条件なんかは大して必要ないでしょう。

ちょっと死語に近いかもしれませんが、男女を問わずに「フィーリングの一致」を感じたら まずは一緒に時間共有をしてみる・・・そこから生まれ、もたらされる充足感がとても愛おしく感じられてなりません。

生きていればいろいろと辛いこともあって、めげる気持ちも時に生じは致しますが、そんな時に彼等のひと言が大きな救いとなる事を実感しました。
所用で私だけが早めのお暇となりましたが、またの機会が楽しみでならないメンツでありました。(笑)

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2013年3月11日

大切な歯車を失い奪われて二年

朝、目が覚めた時に、ナニがキッカケかは判然としませんが、その日のテーマ曲とかキーワードがふと浮かんで来る事ってありませんでしょうか。
自分でも不思議なんだけど、終日 ナニかの折にそれが思い起こされてしまう・・・だけど決して翌日には尾を引かないんですよねぇ。

今日の私のキーワードは「歯車」でした。

人は皆 社会を構成する小さな歯車なのかもしれませんね。
モチロン、人だけではなく擬人化された「故郷」だの「住家」だの、場合によっては可愛がってるペットでも大切にしてるクルマでも 自分の世界を構成する歯車のひとつなのかもしれません。

私自身は、地域に於いては歯科医療の一翼を担う小さな歯車でしかありませんが、家庭においては収入的には要となるそれでありながら 家内や子供達という大切な歯車の陰に隠れていたりするのかもしれません。
医院においては代え難い中心部のそれなのですが、だけど私だけが回っていてもいわゆる空回り状態でナニも機能を果たさないモノでもありましょう。スタッフという欠くべからざる歯車パーツと上手く絡まって歯科医業は成り立っています。

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ナンだかそんな風に考えて居たら、お互いに噛み合ってる歯車を突然に奪われた方の悲哀に思い至りました。家族を失い、大切な家を離れ、故郷を奪われた方々が味わう艱難辛苦。
いったいナニがキッカケで人生の歯車が狂い始めたのかと考えただけで、辛さは痛みになり、自らを蝕み始めるようにすら思えます。

暮らしの伝承郷・吊し雛

あれから二年。

ありがたいことに、私を取り巻く歯車は、アッと言う間に元通りになったばかりでなく、震災という共通体験を乗り切った多くの方々とも新たな歯車が噛み合い始めるというオマケまで付いて来てくれました。

震災はマイナスとしか思えないけれど、それを補って余りあるプラスも得た気がしてなりません。

でも、ここ数日の報道によるスポットライトが照らしているように、掛け替えのない大切な歯車を失い、まだこれだけの時間を費やしても復旧できない大勢の方々がいらっしゃることも知りました。
故郷に戻れない・・・その狂わせられてしまった生涯設計をこれからどうして行けば良いのか途方に暮れてる方々もまだまだ大勢いらっしゃるんですよね。

大所高所からの判断が尊重されることも多々ありましょうけれど、小さな事に拘り低いところから目線を合わせての英断が必要な時もあるのでは・・・などと思った一日でありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思えば我が家の五つの歯車も、気が付けばひとつふたつと外れていきます。
もっとも離れては居ても、相互に噛み合うことは変わりはしませんし、ナニよりこの場合は本人や親である我々夫婦が心から望んで得た結果ですからそういったケースは良いんですけどね。

国のエネルギー政策のために犠牲になったかの如くに家族の絆が分断されたり、津波に巻き込まれ掛け替えのない歯車を失った方には掛ける言葉すら見つからない気がしてなりません。

もう二年、いやまだ二年・・・。(泣)

置かれた環境の相違により受け止め方は様々でしょう。
被災者全員が元の状態に・・・は難しいでしょうけれど、遍く適切なる手厚い救済処置が受けられると宜しいですよね。そう願って止みませんです。

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2013年3月10日

そして「あの日」がまた巡り来る

「全国で一番!」となれば通常は大歓迎の話かと思いますが、「花粉症の酷さ」に関するトップでは胸中穏やかでは居られません。
でなくとも本年は花粉症の当たり年の様に言われ続けてたのに、それに加えて昨日&本日の強風攻撃と来ればそりゃぁ~もう辛いです。(泣)

一年中で一番輝かしい筈の「春」の季節が憂鬱に感じられる「いわき市民」も大勢いらっしゃるんではないでしょうか。

ところが・・・思い起こすこと2年前。

あの震災の年にだって花粉は飛んでいたはずなのに、「酷かった記憶」がまったく無いですねぇ。それどころか花粉症に悩まされた記憶すらないのが不思議でなりません。
断水が続いたことで頻繁に屋外に居たにも関わらず、発症しなかった事でとても助かりはしたのですが、今年みたいな当たり年だったら薬の入手も困難を極め、パニックに陥ってたに違いありません。(泣)
今更ながらにありがたい話ではありました。

辛い日々はあとどのくらい続きましょうか。
結果的に毎年終わりがあり、癒える日が来るのですから辛抱するしかありませんね。

身内の披露宴3

昨日、結婚式でアトランダムに撮ってみた写真。
新郎新婦の笑顔に止まらず、印象的な写真撮影も目差してみました。
とは言え、まぁ結果的に御両人は写っちゃうんですけどね。(笑)

身内の披露宴4

明日11日で、あれから2年なんですね。

長かったような、短かったような、夢を見てた様な、現を思い知らされたような・・・。
被災者で有る無しに関わらず、比較する対象に乏しくメルクマールの無い未体験ゾーンの経験だったわけですから冷静なる判断は難しいです。

ただ、身を持って経験したことはマイナスなことばかりではなかったのは間違いないですね。
そりゃぁ~積極的には経験したくはありませんが、少なくとも私にとっては悪いことばかりではありませんでした。

節目の3月11日は、私が生涯を終えるまで何度も巡り来ましょう。
その都度、「あれから・・・年」と振り返りましょうけれど、記憶の風化や忘却は避け得ませんでしょう。
春が巡り来る度に、大きな不幸に見舞われた方々もまた 少しずつ心安らかなる節目の日を迎えられるようになると良いですね。(涙)

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2013年3月 9日

兄・姉の「慶び」は我が「喜び」なり

完璧に私事ではありますが、9日は医院を休診にして仙台の身内の結婚式に参列して参りました。新郎が私の甥・・・新郎新婦両人の仕事の関係上、今どきは暦なんかは気にしてられないようでありました。(笑)

「華燭の典」ではありますが、実にシンプルで素敵な式でありましたよ。

身内の披露宴1

私を「直樹おじちゃん」と呼んでくれる甥・姪(姉の子)が3人居りますが、彼はその長兄。
長じてからは なかなか一緒に居ることも少なくはなりましたが、各人が社会で活躍するようになればそれもまた致し方は無いんでしょう。
盆・正月にも交わることが少なかった昨今、彼等だけではなく、昨日列席した親族とも今後はこういった冠婚葬祭時にしか顔を合わせる機会が無いか・・・と思うと寂しさを覚えなくもありません。

私には私の仕事があり、彼等には彼等の社会的役割があり、その世界を日々広げているのですから これは必然なんでしょうね。(泣)

子供っていうのは、血が繋がってはいても 親とは別人格。
それでも「親」なくして「子」は育ちはしなかった訳ですから、義兄や姉、そして新婦の御両親様の万感迫る想いは如何ばかりだったろうかと想像いたします。私にはまだその経験はありませんが、末席近くで貴重な経験をさせていただいちゃいました。

身内の披露宴2

最後のエンドロールって言うのか、新郎新婦が退席後に会場に流れる当日のダイジェスト映像を眺める姉。
「お疲れ様でした」という慰労の言葉を思わずかけてあげたくなりました。

もっとも「直樹おじちゃん」と呼ぶ連中はあと二人居りますからねぇ~。(笑)
兄・姉にはまた頑張っていただくと同時に、「慶び」の宴には仕事を休んででも家内と駆け付けたいと願っております。

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2013年3月 8日

あっちで仲良くやっている・・・(涙)

自分だったらどう振る舞っただろうかと自問してみます。
答えなんかは出やしませんが、おそらくはあの日の石巻市立大川小学校の先生方と同じだったに違いありません。
誰が自分の命や親御さんから預かるお子さんの命を軽んじましょうか・・・。
必死に闘った結果は、10名の先生方と74人の児童の命を奪ってしまったんですね。
今夜もNHKスペシャル、

「わが子へ・・・大川小学校 遺族たちの2年」

淡々としたナレーション、ノンフィクションのあまりの重さにたじろぐ想いが致しました。

奥さんと3人のお子さんをいっぺんに失った男性がいらっしゃった・・・。
4年生の担任の先生の母親は、御子息が教師として児童を守れなかったことから、犠牲になったお子さんの家を回ってひたすらに頭を下げ続けたそうです。
やはりお子さんを失った御自身も中学校の教師をなさってる男性は、未来へ繋ぐ「学校の安全神話」を求めて起ち上がったとのこと。

顧みて、自分だったらどうだったろうかと自問してはみますが、そういった方々との人間としての格の違いに愕然とするばかりであります。
誰が憎いとか、避難誘導を怠った先生を恨むとか、そんなレベルを超越して、お孫さんを失った男性が仰った台詞が心に染みました。

「きっとあっちでみんな仲良くやってる・・・」と。

子を持つ親として、大いに考えさせられる秀逸な震災の記録でありました。

梅の季節1

平凡とか日常とか、そんな単語にはパッとしないようなイメージを持っちゃいますが、それが如何に貴重な時間であるかを思い知らせてくれます。
命を絶たれた方々の事を思えば、大概のことはなんちゃないのかもしれません。
解っては居るのですが、日頃 些細なことに拘り一喜一憂する自分が情けなくも思えた今夜の番組でした。(泣)

梅の季節2

明日の夜は、息子が友人達と医院二階に集まるそうです。
既に浪人を決めた友も居たり、国立大学の合格発表当日の友も居るようですが、高校を卒業しあちこちに分散することになっても 3年間同じ学舎で培った絆は生涯に渡って大事にして行って貰いたいと願います。

合宿所のような当院二階・・・。

実家から古い布団も貰って来ましたので、少しは居心地が良くなったかもしれません。(笑)
集える場はいつでも快く提供しますから、集える喜びを皆で共有して貰えたら・・・父親としては望外の喜びでありましょう。

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2013年3月 7日

「知られざる命の記録」は尊い・・・

名も無き市井の英雄・・・そんな賛辞を贈るだけでは足らない様にさえ思えるドラマがあったんですねぇ。今夜のNHKスペシャル・・・
「何が命をつないだのか~発掘記録・知られざる救出劇~」。
極限状態におかれてなお 人々の役に立とうとしてる彼等の活躍にスポットライトを当てて、風化させたり忘れ去られる事が無いように真実を伝えてくれる企画は尊いですねぇ。

世の中にってホントに凄い人達がいらっしゃる・・・。

一方で、本日の休診日、クルマに乗り 所用であちこちを動き回ってる時に聴いていたラジオの国会中継。日本を代表する政治家の皆さんの国家の明日を左右する活発な論議ばかりかと思いきや、言葉尻を捉えての揚げ足取りも聴かれ、ナンとも情けない気持ちになりました。(泣)

国のVIPですからさぞかし偉いんだろうとは想像しますが、果たして身の危険を顧みずに必死に夜を徹しての救出活動をなさった名も無き救助隊員さんとどっちが偉いんだろう・・・なんて考えちゃいました。
国会なんですから、必死になって我が国の未来を憂えつつも発展的なやり取りを耳にしたかったように思います。

指導者に恵まれない国ほど、国民がしっかりする・・・事実なのかもしれませんねぇ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、私のこのブログに於ける役割はナニも愚痴ることではありません。
どちらかって言うと拙文をお読みいただいた後にニヤッとしていただけることをモットーに書いておりますので、話をまったく変えますね。(笑)

昨日も、近々身内に「寿」があることをチラッとお知らせしましたが、ナンだかワクワクして参りました。何故なら私の写真好きを知る姉が、「専門のカメラマンさんもお願いしてるけど、親族を集中的に撮ってくれない?」となれば受けない訳にはいきませんでしょう。(笑)

「本気で撮っていいの?」って思わず訊いちゃいました。(爆)

御祝儀袋1

ってなワケで、叔父ちゃんとしては俄然 ワクワクして来たってワケであります。
モチロン、叔父としての節度ある範囲で・・・にはしますが、御祝儀分ぐらいは愉しませていただこうかと考えて居ります。

御祝儀袋も気張ってみましたよ。(汗)

宝船を象ってるようなのですが、なんと・・・

御祝儀袋2

・・・・・・目出度いから まぁ~良しと致します。(笑)

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2013年3月 6日

認めざるを得ない世代交代(笑)

かつての兄弟姉妹の人数が多かった大家族ならいざ知らず、少子化が叫ばれる様な時代になってからは なかなか乳幼児に親密に触れる機会は無いんじゃなかろうかと思います。
私自身が姉・弟の後者でしたし、育った環境が同年代の子供達の多い環境でしたから、小さな赤ちゃんに触れるという機会は極端に少なかった記憶があります。
少なくとも物心ついて(小学生になって)から、赤ちゃんを抱っこしたっていう記憶は無かったです。意識はしないかもしれませんが、

普通そんなモンじゃありませんでしょうか?

それが、姉の出産に伴い、私は自動的に叔父になり、甥っ子という存在を得るに至りました。
身贔屓で恐縮ですが、とても可愛らしい子に思えたモノです・・・・・後に、赤ん坊は皆可愛いことを知ったんですけどね。(笑)

その子を抱かせて貰ったのが大人になって初めての経験でありました。
もっとも抱っことは言え、すぐそばには姉も居ましたし、母も居ましたから泣き出してもすぐにバックアップ態勢は整っては居たのですが・・・。

それが、ある日の午後、ナンの用だったのかまでは思い出せませんが、大学生だった私は帰省中にその子(たぶん一歳前後頃)を右手に抱っこして百数十メートルの距離をあやしながらお散歩(!?)する羽目に・・・。

ナンと二人っきりになってしまったのです。(汗)

「泣き出したらどうしよう・・・?」のドキドキ感は、その後 我が子でも何度も経験することになったのですが、母性と父性の違いなのか大きな緊張感に包まれたことが今では懐かしく思い出されます。

過日の平中央公園

幸いに好奇心旺盛の甥っ子は、あちこちに興味を抱き、周囲に母親が不在であることを しばし忘れてくれていた様で事なきを得たのですが、今となっては・・・・

私の赤ちゃん抱っこデビューでありました。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな彼が長じて社会人となり、今ではその下の甥っ子も20代後半、姪っ子も4月からは薬剤師さんになるというのですから隔世の感を禁じ得ません。

間もなく三十路を迎え、社会の中堅どころとなる彼が、今週末に式を挙げます。
貴重な経験をさせて貰った彼の前途を祝福するのはモチロンのことなのですが、と同時に世代交代というのか若き連中の台頭を認めざるを得ない年代に私自身も差し掛かった様に感じられる今日この頃であります。

思えば、私自身もそうやって ひと世代上の方々に同様の想いをさせて来たに違いありません。

これは未来永劫続いていくんでしょうね。

嬉しくもあり、少しだけ寂しさも感じるのを御理解いただけますでしょうか。(苦笑)

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そうそう、未来永劫と言えば、昨日お伝えした私の名刺の裏面にはこう記されておりました。(笑)

名刺の裏

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2013年3月 5日

名刺1枚に参加者達の想いが宿る

毎夜、仕事を終え帰宅した際に、ガレージから玄関に向かって歩を進めながら南の夜空を見上げます。恥ずかしながら星座には からきし疎く、星が見えるのか見えないのか、つまりは好天なのか曇天なのか・・・程度の認識しか得られません。(汗)

そんな私でも、オリオン座だけは知ってます。

「リゲルがどうこう、ベテルギウスがどれ?」なんては知りませんが、冬の夜空に煌めく星々を眺めると疲れた身体を癒やしてくれる効果がある様に思えてなりません。

そんな冬の星座の代名詞「オリオン座」。

自転で1時間おきに15度ほど位置を変えるだけでなく、同時刻であれば1ヶ月で30度ほど見える場所が変わるんでしたよね。
本日、3月5日。随分と西の空にオリオン座が見える様になった事から、変わりゆく季節の移ろいを感じたりした春の宵でありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、先日の第二回名刺交換会では、誰の名刺が目を惹いたかを競うコンテストがあったんですよ。

乾杯!(笑)

ありがたいことに御指名で乾杯の御挨拶をさせていただいてた頃に続々と名刺は集まりまして、こんな風に張り出されました。

名刺コンテスト

最終的には100枚を越える名刺が張り出されたんですよ。

そこで会場の皆さんによる審査&投票。

で、私がこの日のために「梅松ネットデザイン」さんに依頼して作っておいた秘密兵器(!?)名刺も参加。御陰様で第2位を獲得することが出来ました。(笑)
これなんですけどね!

第2位!

ささやかな喜びではありますが、梅松さんトコのデザイナースタッフさんが一生懸命に考えて下さった案だったのでとても嬉しく感じました。因みに梅松さん御本人も参加されてて清き一票を投じてくれてたんですけどね。(汗)

ただ、第1位の方には遠く及びませんでした。

だって、異様に素敵だったんですもん。こちらなんですけどね。(笑)

第1位!

趣味でなさってるベリーダンスの決めポーズを大胆にあしらっての名刺。
Facebookで親しくさせていただいてる素敵な女性なんですが、男性票がドッと流れたのは間違いありませんでしょう。(笑)

縦55ミリ、横90ミリという狭いキャンバスではありますけど、そこに凝縮された参加者達の想いが伝わる名刺は眺めていて実に豊かな気持ちにさせてくれました。
ナンだか、良い感じでありましたよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さぁ~次回、リベンジに燃える酒井先生としては、負けじと大胆なポーズで決めようかと思案中であります。(笑)

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2013年3月 4日

「金科玉条」の意味を知る・・・

思えば膨大ってほどではないまでも、相当冊数の本を読んで来た自負があります。
それなりに多くの言葉(単語&熟語)をマスターするぐらいの勉強もして来たつもりではあるのですが、世の中には知らぬモノはまだまだ夜空に煌めく星の如くにたくさんあるんですよね。

今朝の新聞にて、「金科玉条(きんかぎょくじょう)」に接しました。
読めたし、見たことは何度もあったのですが、正直 意味を正確には把握しておりませんでした。

ナンか、知らないことがあると悔しくなる性格なんですよね。

思わず、調べてしまいました。(笑)

「金」と「玉」は貴重なモノを意味し、「科」と「条」は法律や決まりのこと・・・だそうです。黄金や珠玉の様に善美を尽くした決まりの意味だそうです。

最も大切な法律・規則。
絶対的な拠り所になるモノ・・・とのこと。

またひとつ学んでしまいました。(笑)

新川沿いの土手にて

ブログは備忘録ってつもりはないのですが、こうやって書き込むことで反復練習的に脳裏に刻む働きをさせる意味は感じます。よく、知り得たことを他人に話すことで知識として深く定着すると聞いた事がありますが、まさにそれと一緒でしょうか。
子供の頃でしたら母が準備してくれた要らない紙に何十回と繰り返し書いて覚えた・・・その延長戦上にある行為と考えて居ます。

ある絵画

知的好奇心をやがて人は失ってしまうのでしょうか。

私自身はそうありたくないと願います。
様々な事に興味を抱き、年齢に関係なく知らない自分に悔しさを覚え、自ら調べてマスター。
そうした後に、わざと使ってみて定着を図る・・・・(笑)

そんな試行錯誤の繰り返しで、脳内の抽斗を少しでも多くしておくことが やがて何らかの糧になると思うし、その姿勢がボケ防止にも繋がる様に思えてなりません。

それこそが、私自身のこれから生きて行く上での金科玉条に他ならないのかもしれませんね。

はて?・・・・例文として正しかったでしょうか?(笑)

※ 文中の写真は内容とまったく関係が御座いません。あしからず・・・です。

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2013年3月 3日

地域貢献のスタイルは多種多様

迎えた三月、どうしても記憶が蘇りますね。
震災の折に、多くの方々がそうであったかと思うのですが、期せずして日々の仕事から解放され、自分自身を見つめ直す時間に恵まれたんではなかろうかと思います。

大人の振るまいとして、こんな事をしていて良いんだろうかと自問自答の日々。
救出を待つ、悲痛な叫びが各メディアからも報道されてましたモンね。
何かしたいけど、自分ではナニも出来ない苦悩に苛まれました。(泣)
ボランティアとして各所で活躍なさった方々も大勢いらっしゃったはずで、頭が下がる思いをも致しました。

自分自身にナニが出来るだろうかと考えて居たその折に、私の場合には背中を押して下さった方が居て医院再開を決意し、ネットでの告知を通じて、微力ではあったけど「銀歯が取れた!」とか「歯ぐきが腫れた!」、「入れ歯が壊れた!」方々への対応をすると同時に、このブログにて発信し続けたことが懐かしく思い起こされます。

忘れもしません、3月20日(日)が震災後の私ひとりでの新たなスタートの日でありました。

地域に貢献したい・・・・

おそらくは 大人になれば誰しもがそう願うに違いありません。
形は様々、業種業態によっていろんなスタイルの貢献があろうかと思います。

私の場合には、地域医療に貢献するのがメインなことは疑いようがありません。
ただ、それだけに止まらず、歯科医療を抜きにした地域貢献となるとなかなか難しいモノを感じておりました。
日中の時間拘束の激しい職種故に、各種イベントへの協力はモチロンのこと参加すらままならぬ日々。それを打ち破ることが出来たのはSNS(ソーシャルネットワーク)の御陰かと感じて居る昨今です。

大したことができる訳ではないのです。

ただ、少しでも「繋がりたい」という意志をお持ちな方の背中を押してあげる事ぐらいなら容易く出来る事を実感する今日この頃であります。昨日の「第二回名刺交換会」でその感を新たに致しました。

木楽館の鈴木社長率いる「いわき ソーシャルメディア交流会」に参加して、あれこれ御指導いただくウチに、多くの得難い仲間達にも支えられ、私なりの地域貢献が可能になった様に感じています。

人と人が繋がることのお手伝いをする・・・

そんな簡単なことが楽しくてならない昨今であります。(笑)

第二回名刺交換会2

歯科医師会主催の市民に対する啓蒙活動も大切な事業かと思いますが、「歯科」に限る事なく地域への貢献を考えた場合に苦痛(!?)が伴っては長続きしないでしょう。
最近では、楽しく、しかも自分の得意なスタイルで関わっていける「道」を見つけられたようにも思え、ナンだか気分が宜しいです。(笑)

拙ブログをお読み下さる皆さんの中にも、一歩を踏み出そうか悩んでる方がいらっしゃったらお声掛け下さい。多くの方々と繋がるのに必要なのは、ちょっとした勇気だけです。リスクなんて無いですしね。

ただし、イベント翌日の今日は、パソコンやモバイルから離れられない一日が待っておりました。

Facebookへのコメント返しが大変でして・・・(笑)

第二回名刺交換会1

写真は、会場となった「パレスいわや」さんの床のカーペット。
こういうのって幾何学模様って言うんでしょうか。
ナ~ンか不思議に感じられましたよ。(笑)

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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2013年3月 2日

繋がることの喜びを満喫した夜

実に刺激的な夜が終わりを告げました。(笑)

私が運営に関わりお手伝いをしてる「いわきソーシャルメディア交流会」主催、「第二回名刺交換会」が無事 終了しました。
御参加下さった皆さん、並びに裏方に徹して御協力下さった仲間の皆さん、そしてそしてスペシャルゲストとしてお迎えした知る人ぞ知るソーシャルの大御所でもある末広様・大宮様、本当に御世話になりました。ありがとうございました。

皆さんの御陰で無事 終了することが出来たんではないでしょうか。
楽しい時間は瞬く間に過ぎてしまったのが残念ではありましたが、今後はバーチャルでもリアルでも両方での交流をどうぞ宜しくお願いいたします。

第二回名刺交換会!

キッカケは、ネット上であってもリアルなモノであってもどっちでも構わないと思う・・・のです。
どんな形であれ、「繋がる」ことの喜びの様なモノを経験したことがある方は、ワクワク感いっぱいでの参加だったのではないでしょうか。

素敵な時間共有ができたことに心より感謝です。

その後の打ち上げ会も良かったなぁ~。(笑)

第二回名刺交換会・打ち上げ

今宵の出会いは、小さなキッカケに過ぎないかもしれませんが、「いわき市」に於けるソーシャル(SNS)のうねりの様なモノを感じられる夜でしたよ。

回を重ねて行くその度毎に、皆で作り上げて行く「ソーシャルメディア」が更に充実していくことを願って止みません。容易なことではないかもしれませんが、ナンだかみんなで協力すればナンでも出来そうな気になってくるから不思議なモノであります。(笑)

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2013年3月 1日

「命の恩人」、真価が問われる瞬間

間もなく震災から2年を迎えるという3月のスタートの日でありました。
あの日のことは今でも鮮明に覚えております。
当たり前ですよね、あんな経験は生まれてこの方 一度も無かったんですから。

揺れ始めには目の前の妙齢の女性の患者さんには「大丈夫ですよ ♪」などと安心させようと声を掛けたりは出来たのですが、震度6弱の激震状態になってからは茫然自失状態に陥りまして、恥ずかしながらナンだか訳の解らない状況に我を失いました。
そんな時でも あちこちで火花をあげながら落下するパソコン本体を見て、「損害額相当だな、こりゃぁ・・・」などとは思っていたのですから情けない話ではあります。(恥)

患者さんの避難誘導をせねば・・・という想いに辿り着く前に相当なる時間を要してしまったことは私の不徳の致すところと反省しきりではありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょうど、そんな私自身が混乱の同時刻に、職務をキチンと全うなさっていた警察官がいらっしゃったそうですよ。

昨日の朝日新聞の福島版、浪江町の老夫婦を背後に迫る大津波から救った「お巡りさん」の話が載ってました。
双葉署浪江分庁舎勤務の30代の警察官お二人は、請戸港近辺で懸命に住民の避難を呼びかける・・・必死に「家に戻るな!」、「裸足のままでも逃げろ!」と叫んで回ったそうです。
それを聴いた老夫婦が逃げる際に、それでも一旦薬を取りに戻ろうとした御夫婦に「それだけはダメだ!」と半ば無理矢理にワゴン車に乗せて迫り来る津波から命からがら逃げたんだそうです。

「たら・れば」は無いのかもしれませんが、二人の警察官が機転を利かして行動しなければ老夫婦は津波にのみ込まれていたのだけは間違いなかったんでしょう。
当時の必死の状況では名前を聞く余裕もなかった御夫婦、ナンとか若き警察官二人を探し出して再会を果たされたそうです。

警察官は単に人間として、そして警察官として職務を全うしただけなのかもしれません。でも、半世紀も生きて来てその歯科医院の最高責任者であった私ですら責任を全うできなかったのですから、感謝されて然るべき立派な「命の恩人」には間違いないですよね。

朝から良い記事に接することができ、嬉しく感じましたよ。

犬吠埼の日の出

おそらく、警察官にも良からぬ方々もいらっしゃいましょう。
時折、眉をひそめる様なスキャンダル的な報道も目にはします。
それでもなお、国民が警察官を信頼できなくなれば国家の体をなさないことも真実ではありましょう。
福島県浜通りには、「命の恩人」と評される警察官の方々が居て下さったことを誇りたいですね。

壁面の修飾物?

本日、息子の卒業式。

齢80歳を越えた父が居て、私が居て、そして「酒井」という名字を生涯名乗る息子が居ます。
我々3代・・・ちょうど同じ高校の1回卒、32回卒、65回卒だったようです。

実に目出度いことでありました。(笑)

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酒井歯科医院
院長 酒井直樹

酒井歯科医院 院長 酒井直樹

医院サイト:
http://www.sakai-dent.com/

こんにちは。酒井歯科医院の院長/酒井直樹です。当院は福島県いわき市中央台の住宅街にあり、緑豊かな公園や幼稚園、小・中学校が周辺にある、のびやかな環境に恵まれた歯科医院です。開院してから二十数年、素敵なスタッフと共に地域の歯科医療の発展に努めて参りました。
多くの方々に良質で最良の歯科医療を提供するために治療設備の充実と技術の向上を心掛け、チーム医療体制を組みつつ診療に従事する毎日です。
またナンとなくお解りいただけようかと思いますが、医院HPやこの「院長ブログ」・SNSを通じての情報発信が・・・大好きであります。
お口や全身の健康維持からトレンディな医療技術提供まで、咬合全体を捉えた治療と予防で総合的なデンタルヘルスケアをご提供出来るように心掛けております。
歯の健康に少しでも不安を感じたら、まずはこちらから御相談下さい。

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