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2011年10月31日

「LEGO」って廃れませんねぇ(笑)

何方もが一度は触れたことがあるんではないでしょうか。
時代を超えて受け継がれるブロックオおもちゃ『 LEGO(レゴ) 』。
昨日の日曜日に、近所の「トイザらス」に息子と購入しに行ってきましたよ。
10時の開店直後に・・・・です。(笑)

トイザらスのLEGO売り場

確か、昔はパーツ(ブロック)だけの販売だったんじゃないでしょうか?
今では、こちらを御覧いただいてもお解りなように、シリーズ充実です。
まぁ、とにかく上手くできてますよね。

こういったシリーズものには「お手本」があって、プラモデルと同じようにそれは「作り方」でもあります。
どうなんでしょうか、本来ならゼロからナニかを生み出すクリエイティブなセンスを育むのが理想なんでしょうけれど、やっぱり最初は「模倣」から入って良いんでしょうね。
模倣することに飽きてきたら、自分なりのオリジナルにトライすれば良いんじゃないかと私は考えて居ます。

LEGOって廃れない

あのパーツとこのパーツを使ってみたらこんな感じになった・・・・。
だったら今度はこれとこれを合体させようか・・・・そうやって試行錯誤しながら想像力を養い、ついでに手先の器用さもマスターしちゃえれば一石二鳥かと考えて居ます。

ホントは、パパさんも遊びたかったりしています。(笑)

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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2011年10月30日

行って来ました「田人ほっこり祭」

本日曇天模様。
2時頃から小雨が落ちては来ましたが、どうにか夕方近くまで本降りにはならずに天候は持ってくれて さぞかし主催者並びに関係者の方々はホッとしたでしょうねぇ。

昨日・今日で開催された「田人・ほっこり祭」。

伺えばメディアで取り上げて貰ったとかで、伺う前に想像していた以上の人出でありましたよ。(笑)

田人ほっこり祭1

田人地区の復興祭イベントですもの 賑やかでなくちゃいけませんよね。

飲食店企画の「たびとB級グルメラリー」と、もう一つのメインはこいつでしたでしょうか? 昔懐かしい映画「トトロ」の猫バスってこんな格好じゃなかったでしたっけ?

田人ほっこり祭2

田人ほっこり祭3

なんか懐かしくありません?(笑)
家内が表示を見たら昭和41年製造だったそうですよ・・・つまりは45歳。

田人ほっこり祭4

最近使い始めたスマホのアプリ・「Instagram」だと レトロな感じが良く出せますね。因みに下の運転席の写真は最初っからモノクロにするつもりで撮りました。

田人ほっこり祭5

実際にこのボンネットバスが田人を周遊する企画もあったようですよ。
そう言えば いわゆるダンプトラックも昔はボンネットが有ったんじゃなかったでしたっけ・・・・?
クルマの面がまえ的には こんな形の方が愛嬌を感じませんでしょうか。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

イベント会場ではそこかしこに「お楽しみ」が設けられていて、焼き鳥だのフランクフルトだの、でもって久方振りの綿飴・・・。

田人ほっこり祭6

甘いこと甘いこと。(笑)
帰りには風船のオマケまで・・・。

田人ほっこり祭7

この田人地区は、3月より4月の11日の地震に因るダメージが凄まじかったように伺ってます。その後の原発問題も「食」に関わる農業をなさってる方々が多いだけに深刻な影響を及ぼしたように伺ってました。

将来のこと、これからの仕事のこと、不安に感じることを挙げればそれこそキリが無いのかもしれませんが、応援して下さる大勢の市民が駆けつけてくれたことが、地区の方々の大きな励みになることを願います。

下を向いてばかり居てもナニも始まりません。

起こっちゃったことは起こっちゃったこととして、それでも復興に向けて力を合わせて前進するプラスの雰囲気を存分に感じ取った十月最後の日曜でした。

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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2011年10月29日

スマホ・・・可能性は無限大か?

ここしばらく、頭が混乱しています。(笑)
iPhone4Sを購入したは良いモノの、まぁ~大変なことであります。
iPadとかiPhone3GS使用時から、多彩なるアプリの存在は知ってはいましたが、それにしても凄いですねぇ。

そもそも根っからのPC好きですから 大概のことには驚きゃしませんが、
「俺も浦島太郎だったかな・・・(泣)」と思っちゃったりすることも度々あります。

アプリに止まらず、SNSの端末として、またはカメラとしての機能も満載。
PCとの連携もナンだかなぁ~でありまして、iCloudの設定も「?」だったりと、
この秋 悩みは深まるばかりであります。

弁財天&福禄寿

考えてみると、つい20年前だったら 目の前にいらっしゃらない方との連絡を取る方法はどうだったでしょう? 携帯だって、まだまだパーソナライズはされてなかったんじゃないでしょうか?

それが今では・・・・

目の前に居る居ないに関わらず、知らない方とまで平気で繋がれる時代になっちゃいました。エスカレートしてパートナーの存在位置が明確化することのトラブルまで生じちゃったりして・・・(笑)。

IT時代の進化は止まることを知りませんが、私にとって その功罪の「功」の方は「知的好奇心の充足」であり「人との出会い」のような気がします。
今まで知らなかった世界の広がりは、時に付いて行くことが大変ではあっても学び修得することによって得られる精神的満足感に繋がりますし、向上心旺盛な方々から得られる良き刺激をも味わえたりします。

皆さんにとっての「功」はナンでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

写真は、地名としては田人でしたでしょうか、貝泊に向かう途中にある七福神の里のような所の「弁財天&福禄寿」であります。
先日、家内と息子と3人で七体 すべて確認いたしました。(笑)

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2011年10月28日

クリエイティブなお仕事は大変

例えば線路を走る機関車があったとします。
その機関車が「走る」に至るまでには、様々な役割を担った関係者がいるに違いありません。

単に客車に乗ってる乗客もいましょう。
車窓に開ける景色を綺麗と思ってる人も居れば寝ちゃってる方も居る・・・。
その機関車は、乗客の命運を握る運転手さんの手に委ねられてますよね。

加えて、そもそもレールを敷いた方が居れば、白紙だった計画を纏め上げ、ルートを徹夜で決めた方も居たはずです。

誰が偉くて、誰が怠惰だ、などという話では無いのですが、やはりその中で一番の功労者が居るとすれば、機関車を考え出し レールを敷設し向かう方向を決定なさった方ではあるまいか・・・と思えてなりません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここ暫くでFacebookを始め、SNSの研究会なんかにも参加させていただくことになりました。
こんな場合にも先駆者は大変ですね。
そもそもが未知の領域のモノですから きっとお手本も無いでしょうに・・・。
自身が試行錯誤しながらのクリエイターになるのは容易ならざることでしょう。

貝泊写真倶楽部の館長さんとのやりとりにチョイと書いたのですが、むしろ決めて貰ったレールの上を走るだけの方がどれだけ楽か・・・と。
振り返ると、学校の時間割通りにして居れば良かった頃は楽なモンでした。
それが、いつの間にか「乗客」の立場では無く、列車の「運転」を任される立場にはなりましたが、それでもナニかをクリエイトしなければならない毎日ではありませんので、私なんかは まだ気楽な方なんでしょう。

自分で時間割を決め、無形のモノを形あるモノに変えて行く仕事は大変だろうなぁ。
ただし、やり甲斐はあるだろうし、ナニかを生み出し作り上げられた時の充足感はたまらないんだろうなぁ・・・と想像します。

尊いお仕事には違いないでしょうね。

おっさん達の写真の会(笑)

さて、写真は本日の当院二階。
写真好きの連中のたわいの無い雑談中のスナップ。(笑)
時にモノクロっていうのも 良い感じなんですねぇ。

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2011年10月27日

子供達にはナンの罪もないと思う

昨今では、新聞の一面トップにも「震災」や「原発避難」の話が掲載されないことが多くなりましたよね。それはそれで、国民、とりわけ東北太平洋沿岸の住民の「平穏な日常」が取り戻されつつあることを意味しますから、悪いことではきっとないんでしょう。

ただ、実際の「避難」の現状に接してみると その大変さに愕然とします。
「避難する」ことは、それこそ「難を避ける」ことだけでは済まされません
一時的にであれ、そこに居住していたすべてを失うことを意味しますので、もしその同じ立場に立たされたら・・・・(泣)。

先頃避難準備区域からは外された広野町の広野小学校。

夏休み以降、私が学校歯科医を務めてる中央台南小学校の一部で学校が再開されたことは知っておりました。
そもそもの全校児童数は270名ほどだったとか・・・。
それが、児童の分散避難で、再開とは言え80名弱でのスタートだったそうです。

広野町地区は、30キロ圏内の避難準備エリアだった訳ですから人口流失は甚だしかったことでしょう。
広野小学校の学校歯科医も避難をされて居て、いわき市での広野小学校再開となっても任務遂行ができかねるということで、私に来春の新入生に対する就学時検診の依頼が参りました。
モチロン、そんなお手伝いはまったく問題はないのですが、今まで抱いていた「学校再開」の想像以上の大変さを垣間見てしまいました。

広野小学校1

私はただ上の写真のように準備していただいた場に出向いて、就学児の口腔内をチェックするに過ぎませんけど、学校という大所帯の組織が地縁の無い他校の施設を間借りして、職員室を設置したり学年毎の教室を準備する大変さは如何ばかりだったでしょう・・・(泣)。

不慣れな土地で、しかも7割もの転校生が生じ、おそらくは先生方御自身も被災者であったはずなのに・・・。
再開を果たされた先生方の御尽力に敬意を表したくなりました。

広野小学校2

来年度の新入児童は22名と伺いました。
広野小学校に限った話ではありません。
原発周辺からは移転を余儀なくされた学校がたくさんあったはずですね。

大人達が引き起こした人災の結果は、子供達の日常生活を一変させてしまいました。本日のお子さん達はまだ幼く、精神面でのもしかすると深い傷には至らないかもしれませんが、友達との関係を引き裂かれるようになってしまった小学生・中学生・高校生達にとっては生涯を変えてしまいかねないほどの出来事であったことでしょう。

ナンの罪もない子供達に、真の笑顔が戻る日が早く来ることを願わずには居られない秋の午後でありました。

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2011年10月26日

Facebookの楽しいオフ会に参加

当たり前のことですが、時間は有限です。限りあるモノであるが故に有効に、そして大切に使わないと「時間を浪費」しかねませんよね。
そんな意味で、日中の拘束時間が決まってる我々の職種にとっては、外部との社会の窓とも言えるインターネットはとりわけ有り難いツールであると考えて居ます。
医院に居ながらにして 大勢の方々と繋がれる通信網。

特に、その中でも最近になって始めたFacebookは実名登録の方々との交流ですから ソーシャルネットワークとしては抜群のツールでは無いでしょうか。

そんなFacebookのオフ会が昨日開かれました。題して・・・

『 第二回 浜通り 元通り 思い通りの会 』

まぁ~楽しいこと楽しいこと。基本的に初対面の方が大勢いらしたのですが、そこはそれ、事前にネットでは繋がってましたから昔からの知り合いのように語り合うことができましたよ。(笑)

facebookのオフ会

医療従事者は、私ひとりだけだったのですが、他の異業種の方々から受ける刺激は実に新鮮でありました。

『 井の中の蛙 大海を知らず 』

恥ずかしながら こんな場では決まってそんな想いを新たにします。
少しでも人間としての幅を広げ、無限の裾野を確立するには 異業種の方に触れるのは大事な時間の費やし方のように感じています。

反省点があるとすれば・・・
翌日の業務を考慮して、少し早めの帰宅時間を心掛けるってことでしょうか。(笑)

主催して下さった同級生のK君、同席させていただいた皆さん、楽しい時間をありがとうございました。次回、みんなでまたスマホ片手にしながら お目にかかれることを楽しみにしておきますね。(笑)

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2011年10月25日

面識が無いのに親しい気がする

面識という単語の定義はもしかすると揺らいでるのかもしれません。
念のため調べてみたkotobankによれば・・・

『互いに顔を知っていること。知り合いであること』

私はてっきり出会ってお互いの顔を認識して初めて「面識あり」なのかと思っちゃってましたけど、昨今では「知り合いの知り合い」的なモノも「面識」のウチに入りかねない勢いです。(笑)

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最近始めたfacebook。

戸惑いはありましたが、そこはそれ、誰しもが最初のウチは試行錯誤。(笑)
そこで繋がりを持った方は、基本的には大多数の方がお目にかかったことが無い方々ですが、どうも10年来の知己のように思えたりするから不思議なモノです。

SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)

時空を越えて・・・とは言いませんが、お互いの距離はグッと短くなりましたね。

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今夜は、そのfacebookのオフ会。

言い出しっぺのK氏は高校の同級生。ナニを隠そう、学生時代には面識が無かったのに、facebookがそれを繋げてくれました。(笑)
ま、文系・理系に分かれて480名もの人数が居れば、同じクラスだったならいざ知らず、校舎の端と端ではスレ違いもしなかったかもしれませんよね。

たぶん、「ネットの力」が無かったら出会うことも無かったでしょうに、今日は楽しみで仕方がないというこの心境が不思議に思えます。

有意義なオフ会を楽しんでくることに致します。(笑)

ススキ

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2011年10月24日

「iPhone4S」の誘惑に敗北(笑)

新機種という誘惑には抗えませんでした。(笑)
今までは、auの通常の携帯とSoftbankの「iPhone3GS」でしたか、一昨年のモデルの二本立てだったのですが、通信料等不経済でしたのでauからの
「iPhone4S」デビューに合わせて一台に統一することに致しました。

誘惑には抗えず・・・(笑)

スマホには 今ひとつ疎いところがあるのですが、既にフル活用なさってる
facebookの「お友達」や、貝泊写真倶楽部のスマホ好きな仲間達に訊けば上達も早かろうかと思われます。(笑)

でも、しばらくニラメッコは続きそうです。(泣)

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2011年10月23日

年上だからって偉い訳じゃない

子供の頃は、大人はナンでも知ってると思ってました。(笑)
同年代の方でしたら御理解いただけようかと思いますが、とてもじゃないけどそんな事は無いですよね。

悲しいことに、知らないことの多いこと多いこと。(泣)

最近、一回りも二回りも年下の方とのお付き合いがありますが、そう感じさせられることが頻繁にあります。
当たり前の事ではありますが、年が上だからって知識豊富で偉い訳では無いんですよね。そこを勘違いしてる御同輩も居ない訳ではありませんが、なるべく自分はそうなりたくないと思っちゃいます。

博識な年下の方々に良き刺激を受ける昨今。

上であろうと下であろうと 他者からの学びは大切にしたいです。

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内郷でのサイクリングは続きます。

内郷でサイクリング1

木でできた橋を渡る この方の鉄道の知識は呆れるほどでしたよ。(笑)

内郷でサイクリング2

この方には「廃墟の魅力」を学ばせていただきました。
場所は白水小学校の近く・・・川を渡る道路ですね。

内郷でサイクリング3

そして、この方の危機管理能力って言うのか、緊急時の行動力にはちょっとビックリでしたよ。

運悪く、この白水小学校付近でメンバーの愛車のチェーンが切れた時のこと。

「こりゃ、走行は無理だ」・・・・そう思いましたよ。

内郷でサイクリング4

誰かがクルマを停めた場所まで戻って、もう一度取りに来るしかないと思ったその時に、サドル下のサイクルバックからやおら工具を取り出した豊田氏。
黄色ジャンパーの愛車の持ち主が、不安げに見つめる中、弄り始めたのですよ、その切れたチェーンを・・・。

内郷でサイクリング5

手がオイルに塗れるのもモノともせず、格闘数分後には見事 破断したパーツを除いた分だけ少しだけ短くなったチェーンが復活。
彼の御陰で、黄色ジャンパーのメンバーは その後も問題なく無事にサイクリングを続けることができました。
彼は きっと豊田氏には頭が上がらなくなることでしょう。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

国語・算数・理科・社会、中学に入っての英語。

それなりの成績評価は受けては来ましたけど、社会ではそうそう役に立つことばかりではありませんね。
意味が無かったとまでは思いませんけど、もっともっと人生を豊かにする知識があることを、今回のメンバーだけではなく貝泊写真倶楽部のみんなからも感じる今日この頃です。

人生に潤いをもたらすような知識もまた豊富でありたいモノであります。

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2011年10月22日

かつての喧噪が聞こえて来そう

私だってまったく知らなかったのですが、常磐炭田(北は富岡から南は日立まで)って19世紀の半ばにスタートし、120年もの歴史があったんですってね。
実は、正直言うと 半世紀程度の歴史かと思ってました。(恥)

確か、映画「フラガール」のワンシーン。

岸部一徳さんが髙橋克実さんに解雇宣告するところだったか、象徴的に壁の額が傾くって言うかずっこける・・・・。
記憶に間違いがなければ、その額に人々の結びつきを強く感じさせる「一山一家」って書かれてなかったでしょうか?

おそらく、炭鉱最盛期には モノ凄く大勢の人口を抱えていたこの地。
独立完結型社会と呼ばれたそうで、それこそ労働者は炭鉱住宅(炭住・長屋)に住み、病院やらスポーツ・文化施設といった福利厚生も充実してた様に ある方からいただいた資料には記載されてました。
事故の無きように祈る「山神様」も、そこかしこに祭られたりもして。

大勢の人が、汗を流し、命懸けで仕事をし、集い、酒を酌み交わす・・・。
危険と背中合わせの採炭(石炭採掘)です。命を落とされた方も大勢いらしたはずです。私の微かな記憶にもそれが残ってます。(父が常磐炭鉱勤務でした)

学校だって、全校児童数が2000人とかって事例もあったようですから、いったいどれだけ一学級に詰め込まれていたのか、想像を超えますね。(笑)
そんな中、子供達は遊び相手に事欠くことなく、それこそ家族・兄弟のようにして育ったことでしょう。旧き良き時代と言ってしまえばそれまでですが、育まれた豊かな関係は、今の時代にはチョイと希薄かもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大勢の、老若男女を問わない労働者が働いていた場所を巡ってみました。
かつての喧噪が聞こえて来そうな、そんなエリアでしたよ。

● 常磐炭礦内郷礦中央選炭工場

廃墟を巡る1

● 石造りの住吉一坑坑口

廃墟を巡る2

廃墟を巡る3

● 赤煉瓦の扇風機上屋

廃墟を巡る4

廃墟を巡る5

おそらくは活気溢れんばかりの町だったんでしょうねぇ。資料展示場の印象的な写真。

廃墟を巡る6

山の神に人々が祈りを捧げた「山神様」。ここは、懐かしさが込み上げて来ました。(涙)

廃墟を巡る7

参道の途中からメンバーが見つめるエリアは、ナンと相撲場の跡。
相撲場だったとは知らなかったのですが、子供の頃 ここで遊んだ記憶が鮮明に蘇りました。

炭鉱の最盛期には、きっと こんなだったんではないでしょうか。
若きメンバー二人が仕切りの真似を・・・・(笑)。

廃墟を巡る

絆を深め合う「一山一家」。
昨今 社会問題化されてる「無縁社会」。

我々が失ったモノの大きさが、この町には刻まれているような気がしました。

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2011年10月21日

懐かしい少年時代の記憶が蘇る

人は、仕事をしている以上、同業者の方々とのお付き合い・情報交換は欠かせないモノがありましょう。振り返ってみても、歯科医同士による励まし合いにも似たお互いの協力体制(歯科医師会等)の御陰で学んだことは枚挙に暇がありません。

ただ、そういった関係だけでなく、出来るだけ異業種の方々と交わることによって得られる「良き刺激」には常々魅力を感じておりました。
昨今のネットの繋がりの御陰で、それを存分に享受できる自分が居ます。(笑)
キッカケは最近facebookにハマってらっしゃるこの方が、二年ほど前に誘って下さったからでありました。改めて感謝ですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の休診日、朝からそんな異業種の自転車仲間4人と一緒に、私が幼き頃を過ごした地(いわき市内郷)を巡るサイクリングをして来ました。
心地良い疲労を感じながらも、込み上げる懐かしさに充実感を感じた一日。

「童心に帰る」・・・40年前に戻った数時間。

何ものにも代え難い貴重な「ひととき」でありました。

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る1

考えてみたら、こんなクルマ(普通乗用車)の背面に自転車を2台も括り付けて出歩く人は珍しいでしょ?(笑)
因みにこの方は、車内にもう一台の自転車を積んでいて、ちょっとビックリ。(笑)

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る2

巡ったのは、「内郷地区炭鉱産業遺産」。

私自身が小学生時代を過ごしたエリアでした。
なかでも、下記の貴重な遺産に触れた瞬間、「兵どもの夢の跡」というフレーズが思い浮かび、その地の栄枯盛衰がまざまざと浮かんで来るかの如くでありましたよ。

● 常磐炭礦内郷礦中央選炭工場
● 赤煉瓦の扇風機上屋
● 石造りの住吉一坑坑口
● 水中貯炭場

コンデジで撮影してきた写真は今後アップしますが、クルマで通り過ぎる一瞬では感じ取ることができなかった郷愁。
カメラ片手の自転車散策・徒歩散策はもっと見直されて然るべきですね。

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る3

残念ながら私のではありませんけど・・・

ナンか様になりますよね、自転車って。(笑)

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る4

肉体的な疲労感を感じはしますが、それを上回って余りある充足感に浸ることができ、満足でした。

これで今日も頑張って仕事ができます。(笑)

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2011年10月20日

本格的蕎麦をいただく in 中央台

趣味というのには あまりにもその域を超えてる「職人技」のように感じた貝泊写真倶楽部・新入会員のGamasanさんの「蕎麦打ち」。 単なる粉を 練って、のして、そして・・・・ それに息を吹き込んで下さいました。 参加者全員、その見事な手捌きに見とれ、言葉を失いましたよ。 よく、バラエティー番組なんかで、細かく刻む難しさを笑い飛ばすネタがあったりしますけど、どう考えても一般素人だったら こんなに丁寧にかつ繊細には切れないんじゃないでしょうか。 蕎麦打ち in 中央台12 独特の形状をした包丁を巧みに操って、一人前毎に丁寧に纏めて行く過程。 蕎麦打ち in 中央台13 サラサラの粉が、麺に変身です。(笑) 蕎麦打ち in 中央台14 御持参下さった大きめの鍋に湯を沸かせ、素早く数十秒間茹でます。 どちらかって言うと、チャルメラとかのインスタントラーメンのイメージが有って、もっと長い時間茹でるのかと思ってました。 上手くお湯を切って氷水で冷却。 蕎麦打ち in 中央台15 これまた御持参いただいた「ざる」に盛りつけて下さって完成。 貝泊写真倶楽部のお約束、食べる前にまず撮影です。(笑) 蕎麦打ち in 中央台16 蕎麦打ち in 中央台17 正直、私は蕎麦を食べ比べてどうこう言えるほど造詣が深い訳ではないのですが、作りたての蕎麦は文句なしに美味しかったです。 作る過程、Gamasanさんの額に滲む汗を見、並ぶカメラのレンズに臆することなく愛情を込めて作って下さったのを見ていたが故に、実に納得でありました。 参加者一同、改めての感謝ですね。 機会がありましたら・・・・またお願いしますね。(笑) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 人は出会い、集うことによって様々なことを多角的に経験できるモノだと再認識しています。自分ひとりの殻(!?)に籠もっていては こんな蕎麦打ちを間近に見せてもらう機会は生涯無かったかもしれません。 Gamasanさんとの出会いに喜ぶと同時に、「貝泊写真倶楽部、万歳!」でもありました。(笑) ※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。
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2011年10月19日

本格的蕎麦打ち in 中央台

これは紛れもない力仕事・・・・男の役割 だと思いましたよ。
蕎麦を打つのをこんなに間近で見たのは初めてでしたけど、想像以上でした。

先月でしたか、貝泊写真倶楽部にGamasanさんが入会されたのは・・・。
「写真撮影」だけでなく、「蕎麦打ち」もそうでらしたけど、間違いなく「本気で趣味を」の領域とお見受け致しました。
当日が初めてのリアルな出会いの日ではありましたが、良い趣味を拝見させていただきました。また美味しい蕎麦を御馳走様でした。ありがとうございました。

蕎麦打ちの模様を経過を追いながら・・・・

まず、準備でビックリ。(笑)
だって、テーブルからナニからすべて持参して下さったんですもん。
当院隠れ家での準備は場所だけって感じでしたよ。

蕎麦打ち in 中央台1

また道具が本格的。

蕎麦打ち in 中央台2

貝泊写真倶楽部会員は、全員初対面なのに不躾に遠慮なく注視!(笑)

蕎麦打ち in 中央台3

そば粉を練っていく・・・?
この時は、水じゃなく熱湯なんですね。

蕎麦打ち in 中央台4

二八蕎麦とやらで、何か(!?)と混ぜる・・・・。

蕎麦打ち in 中央台5

だんだんと塊になって、団子状になる・・・・。

蕎麦打ち in 中央台6

次に「のす」・・・・ですよね。

お約束の写真撮影。
まさかこんな連中だとは思って無かったのでは・・・と案じる。(笑)

蕎麦打ち in 中央台7

蕎麦打ち in 中央台8

背後のカレンダーは9月になってますが、この日は10月10日。(御愛敬!)

蕎麦打ち in 中央台9

あら不思議!
丸かったのに、四角に変わっちゃった・・・・。(笑)

20111019-1.jpg

丁寧に折りたたんで、蕎麦打ち完了。

20111019-2.jpg

ここから切って、茹でて、盛りつけて、食すのは明日のこのブログで紹介!

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2011年10月18日

「ほぼたび。」・・・田人が熱い秋!

私が頻繁に足を運ぶようになった貝泊地区は、いわき市の北西部の「田人町」に位置します。たぶん、このエリアは3月の地震より4月のそれによるダメージの方が大きかったんではないでしょうか。

ナンとか断層とかって今まで私は一度も聞いた事がなかったような断層が走っていたそうで、そりゃぁ~当初生じた段差は驚くほど・・・。(泣)
伺う度にちょっとビックリな感じでした。

そんな地震被害にもめげず発刊される・・・

田人町の新たなWebマガジン「ほぼたび。」

御存知でしたか? ナンか、充実してて良い感じですよ。(笑)

田人のWebマガジン「ほぼたび。」

実は、ここに貝泊写真倶楽部の親友お二人が関わっております。(笑)
生涯のお付き合いをする盃(!?)を交わした館長さんとしゅうさん。

館長さんは、この食材写真ページの撮影で、
しゅうさんは「たびと百景」のページで活躍をされてます。

この秋の嬉しいニュースでありましたよ。(笑)

今月末(29日・30日)には「田人復興祭」も開催されるようです。
館長さん情報に因れば、B級グルメラリーとやらもあるようで、爽やかな秋に私も足を運んでみるつもりです。

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2011年10月17日

「scrap & build」の現状に鑑みる

思えばもう7ヶ月も過ぎてしまったんですねぇ。
いわき市では大勢の市民が参加しての復興祭も開かれ、既に何事も無かったかのように平穏を取り戻した感もしないではありません。

当たり前の事が当たり前に行われ普通の生活が出来る喜びなんて、震災直後には考えることも出来なかったのに、人間の逞しさってきっと凄いんでしょうね。
身内を失った方の悲しさは想像の域を超えますが、様々なことを時間が解決してくれることを知った半年あまりの日々でもありました。

止まることなく連綿と続く、時間。

今回、江名の徒歩散策(本当は天気が良ければサイクリング)を主催して下さった豊田設計事務所の豊田所長が我々に訴えたかったのは、もっともっと長い時間の流れで培われ もたらされた町並みの大切さ・・・であったかと認識して居ます。

「ホントだ、こんな素敵な建物が壊されちゃうんだ・・・」

は、確かに実感として湧き上がって来ました。
私は「正」の懐かしさばかりを写真に残し、「負」のダメージの部分をあまり写真に残しませんが、巡ってみると現実は厳しいモノが多々ありました。
彼が訴えたい「町並みの保存」は痛いほどに解りはしましたが、現実はそんなに容易いことではないでしょう。

個人が声を上げても現実の「解体への流れ」は、残念ながらそう簡単に食い止められるとは思えません。逆に相当に厳しかろうかとも感じました。
だって、現実は祝日の雨の中、そこかしこで解体は既に進行中だったのですから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スクラップ & ビルド」 というフレーズが過ぎります。

老朽化した建物などを取り壊して、最新の設備に置き換えること・・・でしょうか。
おそらくは、全国の各地・・・例えば大規模ショッピングモールの建設、高速道路やビル群建設時には、それなりの大義名分が振りかざされ、少数意見はいつの間にか排除されて、着工に至ってしまった現実があちこちにあったことでしょう。
その過程で、国とか県とかの認定重要文化財は保護されたでしょうけれど、市レベル、もしくは肩書きの無い文化財(古き良きモノ)は躊躇いも無く破壊されて来たことでしょう。

今回の江名地区のそれは、津波とか地震が無ければ急進的な「町並みの崩壊」なんぞは有り得なかったに違いありません。そんなエリアに急遽 年内に解体すれば無料とかの甘い囁きがあっての大いなる住民の戸惑いのようにも感じられます。

地区を愛してきた方々には残念無念、でももしかすると新しい近代的な住宅に憧れていた住民の方々にとっては「災い転じて福となす」チャンスでもあるのかもしれないと考えると、容易に解決法は見つからない事案でもあろうとも思いました。

個人というより行政が町並み保存という方針にならない限り、本来なら保存可能な家屋の「解体続行」を食い止めることは至難の業でしょう。

ただ、行政の方々にとっても、未曾有の大震災。

業務の多忙は想像に難くありません。冷静に町並み保存云々を検討していると、国からの補助金が得られなくなるような時間との闘いもあって難しいと言わざるを得ません。

いったん決まった流れは そう簡単に変わるモノではありません。(泣)

拙文を読んで下さってる皆さんには、大きなうねりに抗おうとしている私の好きな心ある設計士さん達も居ることを承知して貰えたら幸いであります。

オクリエ

解体されることが決まってる小名浜の建物を彩るオクリエ。
写ってらっしゃるのは、写真を写心と信じて疑わない いわき市在住アマチュア写真家のとくさんです。

UDOK

そして、小名浜のUDOKに集う皆さん。
私は、霊魂の存在を一切信じては居ないのですが、ここを訪れてみて 若き仲間達の魂というかオーラのような存在を感じてしまいました。

豊田氏はじめ彼等ナイスガイ達の熱い想いが、ナニかを変える日が来ると信じたいです。

豊田善幸 ・・・ 一緒に飲んでると普通のオヤジ予備軍なんだけどなぁ。(笑)

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2011年10月16日

新しきを知るために故きを温ねる

体育の日に良いキッカケを作って貰ったことにより、古き建物を見る目に違いが生じてきたように思います。少なくとも貴重であることは理解できました。

論語でいうところの「温故知新」っていうのは、

故きを温ねて新しきを知る

ですから、過去の事実を研究し、新しい知識や見解を開くことは まさにその事なんでしょうね。

10日のお昼近くに我々が震災で被害を受けたいわき市江名地区で伺ったお宅は、ナンと茅葺きだか藁葺き屋根でしたからね、いったいいつの建物なのかは私には見当もつきません。
こちらは、ホントに幸いなことに大きなダメージを受けなかった建築物で、またまた豊田設計事務所の豊田所長のお知り合いということで快く見学をさせて下さいました。

体育の日の江名・散策17

門構えからして 並のお宅では無いことは一目瞭然でした。(笑)

この門をくぐる時に、あまりの丁寧な作り込み具合が気になって写真を撮ろうとしたのです。

体育の日の江名・散策18

でね、気が付いたのですが、木材への彫り込みとかの装飾だけで無く、瓦の縁って言うのか断面部分にもナンだか書かれていたのを見つけてちょっと感激しちゃいました。拡大してみますね。

体育の日の江名・散策19

驚いたことに「菊の御紋」ですよ。その脇には写真をクリックしていただくと解るんですが、「内勤ナンとか賞」って彫り込まれてました。
建物に辿り着くその前に、貴重な過去の遺産に遭遇してしまった感じでした。
こんなところにまで細工が施されているとは・・・。いったいどれだけ手間暇かけてなされた仕事なのか、ちょっと想像できないですよね。


体育の日の江名・散策20

門は門で、我が家のアルミ・フェンス門とは違って、歴史を感じさせます。
どれだけの歳月使い込んだら こんな味のある「木&金具」になるんでしょうか。

体育の日の江名・散策21

こんなでしたよ。
もうちょっと拡大すると、ちょっとニヤッとするようなことにも気が付きました。

体育の日の江名・散策22

プレート部分にハート型のくりぬきが・・・・(笑)。

装飾職人さんの「お茶目な一面・・・?」かとも思いましたが、時代から考えるとそんな事は有り得ませんよね。(笑)
勝手に想像しちゃいましたけど、徒歩散策ならではの細かい所までのチェックが出来て幸いでありました。

体育の日の江名・散策23

庭の手入れ具合なんて、我が家と比べたら・・・・もう脱帽でした。(泣)

おそらくは屋根の維持だけでも相当に御苦労がお有りでしょうに、実に良きモノを見せていただきました。
裏の防空壕の跡とか、お仕事に使ってらしたようなエリアまで自由に見せて下さった家主の方には感謝です。ただ、プライバシーの問題もありますから写真は道路に面したエリアに留めておきますね。

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2011年10月15日

ノスタルジックな町並み散策2

振り返ると、いったいいつ頃からだったでしょうか、物を粗末に扱うようになってしまったのは・・・・。以前は、機械は修理して使う物だと信じていたし、着る物にしても繕ってナンとか着られるようにした記憶があります。

子供の頃、スポーツをやっていれば当時流行ったアーノルドパーマーの傘マークの白ソックスには穴が空き、それを母に繕って貰った記憶があります。
学校登校用の白いワイシャツなんかは、父の着古したチョイと黄ばんだお下がりだったようにも覚えています。

当時はみんなそんな感じでしたよね。

それが、今では うちの子にはそんな事をさせてないだけでなく、例えばプリンターなんかが故障しても修理にも出さなくなりました。(消耗品感覚?)
医院で使用するプリンターなんかだと、使用法がハードなので一年と保たずに故障しますが、念のため修理依頼をかけると新品になって戻って来たりして驚いたりもします・・・・。
PC本体も然り、あらゆるモノから修理・修繕という概念が薄らいで来たように思えてなりません。

クルマにしても、そもそも壊れないこともありますけど、コスト削減・車体重量の軽量化に伴い重厚感が無くなってきた分、比例して愛着も薄らぐ・・・。
自転車なんかでも 有り難いことに安価になって来た分、修理の意識は無くなり、ついつい新しいモノを買い求めてしまう・・・。

たぶん、建物(家)ナンかもそうなんでしょうね。

そもそも現代の住宅事情を考えると、100年以上も保たそうなんて、そもそも考えてはないんじゃないでしょうか。それはナニもハウスメーカーさんだけで無く、我々自身も30~40年も普通に住まえれば御の字と考えてるところもありはすまいか・・・。

大量生産・大量消費。

高度成長期にはそれが美徳とされ、疑うことをしなかったでしょうけれど、数十年の歳月が流れた後、果たしてそれで良かったのか・・・。
私自身も、いわゆる新興住宅地に生活してますが、時代の変遷に抗うようにして古き良きモノを大事にしてる町も身近なところにあったようです。

我々のノスタルジックな町並み散策は続きます。(笑)

体育の日の江名・散策9 体育の日の江名・散策10

海岸沿いなので、錆びることを思えばトタンのチョイスはどうなんだろうかとも思いましたけど、材質的に応用が利いて良いんでしょうかねぇ。

体育の日の江名・散策11

オレンジ色の上着の方が 豊田設計事務所の豊田所長。
面倒なので、目隠し無しです。(笑)

彼が、建物外壁の雨戸の引き込む場所だったんでしょうか、鱗状の表面装飾の貴重さを強調されてました。
申し訳ないんだけど、一生懸命解説をして下さっては居たんだけど、よく話を聞いては居りませんでして・・・(泣)。

体育の日の江名・散策12

江名では有名な病院なんでしょうか。同じ医療機関と言うことで 何とはなしに眺めていたら、興味深いモノを発見してしまいましたよ。

体育の日の江名・散策13 体育の日の江名・散策14 体育の日の江名・散策15

左には「国民健康保険・療養取扱機関」、中央は「4桁の電話番号」・「呼び鈴」・「江名共同テレビ・加入者証」、右に行って「保健医療機関」・「NHK」などなど。

こういったモノは、なかなか見かけなくなりましたよねぇ。

体育の日の江名・散策

お昼を過ぎる頃、雨もやっと上がってきました。(笑)

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2011年10月14日

私達は「迷子の犬を探しています」

貝泊写真倶楽部の仲間のねもしゅうさんのお友達の方が、迷子になった老犬を探しているようです。
この方は、どうも小名浜のまるとみ酒店さんの女将さんのお知り合いでもあるようです。世間の狭さに驚きながらも、少しでもお役に立てれば幸いです。
無事に見つかると良いんですけど・・・・。

下記は、ねもしゅうさんのブログからの引用です。
Yahooブログではありませんが、livedoorブログも協力させていただきますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

泉町在住の、みいちゃんさんの愛犬が居なくなってしまいました。

迷子の犬を探しています1

名前 チップ
性別 メス
犬種 雑種
中型犬(体重10キロ)
年齢 16歳
首輪 つけていません
毛色 うす茶色
特徴 好例による白内障・難聴があります

迷子の犬を探しています2

2011年10月6日(木)朝7時ごろ泉ヶ丘の自宅を出たまま帰ってきません。
16年間一緒に過ごした大切な家族です。
みかけた方は連絡をよろしくお願いいたします。

連絡先:ねもしゅうblogのゲストブックまで書き込みをお願いいたします。
いわき市内のYahooブロガーさん、可能であれば転載していただけると嬉しいです。

(以上、転載終わりです)

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大正・昭和初期にタイムスリップ?

体育の日の江名散策では、町並みを散策するだけでなく 豊田設計の豊田さんの人徳なんでしょう、お付き合いのある方々の普段は人に見せることは無いような秘蔵のエリアまで踏み込ませていただきました。

中でも、ある酒屋さんの大正時代からある「古い蔵」は凄かったなぁ。
ちょっとビックリでしたよ。

大正・昭和初期にタイムスリップ1

本来の蔵って、イメージ的には外壁は漆喰(白)じゃないですか。
ただ、それだと戦争中には空から見つけられやすく爆撃の標的になりやすかったからでしょうか、周りをトタンで覆ったらしいです。
現在は写真のような色になっては居ましたけど、戦時中なんかはもっと周辺に溶け込むような色合いだったのかもしれませんねぇ。

ビックリしたのがその扉・・・。

大正・昭和初期にタイムスリップ2

子供さんの力なんかでは開閉すらできないんではないでしょうか?
こんな分厚いとは思ってもいなかっただけでなく、この重厚な扉の内側に更に二枚の扉があったのには驚きました。

蔵の蔵たる所以なんでしょうかねぇ。

でもって中に入らせていただいて更にビックリ。ナンとか鑑定団に出しても可笑しくないようなモノまで見せていただいちゃいました。これであります。(笑)

大正・昭和初期にタイムスリップ3

メンバーが手にしてるモノは、戦時中の電灯隠しのフードですね。
夜間に屋内の光がなるべく外に漏れないようにとの配慮に用いられたんでしょう。

表面にはこんな風に書かれてました。

大正・昭和初期にタイムスリップ4

拡大すると下記のよう・・・。

大正・昭和初期にタイムスリップ5

「守れ規則を どの家も」

「出来たか用心 平野のカサを」

・・・・と読み取れます。

こういったモノを見ると、どうも一年間の灯火管制のような時間表が決められてたようですね。
現代で万が一こんな事をしたら、市民(国民)は黙ってないでしょうに・・・。
往事の国家体制が偲ばれますね。(泣)

大正・昭和初期にタイムスリップ6

左側のモノは、いったいナニなのかは存じませんが、「大正十三年」と彫られています。蔵の建立時期をそのまま表してるんでしょうか。

大正・昭和初期にタイムスリップ7

貴重なモノを見せていただいたんですから、皆でお店に回って飲み物ゲット。
オマケに写真のようなモノをいただいちゃいました。(笑)

大正・昭和初期にタイムスリップ8

写真のような古いお店ではありましたけど、おそらくコンビニでは容易に味わえないような「優しさ」に触れることができました。

一服して次なるポイントに向かう我々・・・でしたよ。(笑)

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2011年10月13日

ノスタルジックな町並み散策1

つい最近まで、いわき市は全国一広大なる面積を有してる市だと信じて疑っておりませんでした。それが、ここ数年の市町村合併に伴い、大きな市って結構出来ていたんですね。
2003年には首位の座(!?)を明け渡していたようです。
facebookで何方かが取り上げてましたけど、ホントにビックリでした。

そのいわき市も、私が生まれた頃にはまだ存在しては居なかったはずで、その後に市町村が大規模合併して「いわき市」が誕生したと記憶しています。
今でも「大きな市」であることに変わりはなく、私がよくこのブログで紹介する貝泊も今回散策した江名地区も、クルマで通り過ぎたことはあってもゆっくりと訪問したようなことはなかったですね。

チョイとしたカルチャーショックを覚えました。

同じいわき市に、こんなノスタルジックな町並みが残ってるとは想像すらしてませんでした。たぶん、サイクリングでもここまでは踏み込めなかったように思います。

体育の日の江名・散策1

上の立派なお宅は、取り壊しとかではなく保存は可能なようです。

体育の日の江名・散策2

門のところの「防犯連絡所」のプレート。
これそのものは珍しくはないですが、ここまで錆び付いたモノは見たことがありませんでした。
海岸に程近いこの地の自然環境の過酷さを物語ってるように感じました。

体育の日の江名・散策4

左の建物には、「解体」の張り紙がされてました。(泣)
そのお宅に打ち付けられていたのが下の写真のプレート。
「戦没遺族の家」と書かれておりました。こういったモノを拝見したのは初めてでありました。

体育の日の江名・散策3

体育の日の江名・散策5

考えてみれば、現代の住宅は、塀ひとつ取ってもこんな丁寧には作らなくなってるんではないでしょうか。

体育の日の江名・散策

かつて、三菱はミシンを作っていたんですね。知りませんでした。(笑)

体育の日の江名・散策7

小学校の校門の近くに、放課後に買い食いするためのこんなお店がありませんでしたか?(笑)
こちらのお店では、いろいろと御世話になりました。貴重なモノ(明日に写真をアップ予定)をたくさん見せていただけましたしね。感謝しきりです。

体育の日の江名・散策8

こういった札をあちこちで見かけました。
伝統・風習を重んじる・・・・長い歴史を垣間見た一日だったのです。

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2011年10月12日

悩ましき選択、保存か解体か?

自分自身の中でも判断が付かないような複雑な心境っていうのがあります。
同じ「自分」であっても、10代の時と40代になってからは随分と考え方が変わって来たように、年代や環境によっては随分と心境の変化っていうのは出て来るモノですよね。

子供の頃の私は、父が勤務していた常磐炭鉱の社宅で育ちました。
築何年だったのかは今では見当もつきませんが、相当に古い建物であったことだけは間違いがありません。
小学校に上がる直前でしたけど、初めて両親に連れられて その社宅を見に行った夜には幽霊屋敷かと思った記憶が鮮明に残ってるぐらいですから・・・(笑)。

当然、当時は大きくて、新しくて、立派な家に憧れました。
古いモノなんかどんどん壊して、新しいモノに変えて行くことが「正しい」と認識して疑ったことはなかったですね。

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それが不思議なことに、大人になり、それなりに夢見ていたような家を手にできるようになると、レトロなモノにある種の感慨を抱くようになるっていうんですから心境の変化って面白いですよね。

それを郷愁と呼ぶのかどうか・・・・。

体育の日に、いわき市の江名地区で私が見せて貰ったのはそれでした。
雨の中、傘までさして主催者の方が見せて下さったのは、「古き良きモノ」・・・でありました。
当然、この地区には津波の被害に遭われた崩壊家屋も有りましたけど、不思議なことに私の目にはあまり入らず、懐かしいモノばかりが印象に残りました。

故き良きモノに出会う散策

いま、この地区で問題になってるのは古き良き町並みの「保存」なのか「解体」なのかという方向性の是非に関してと伺いました。

今だと行政負担により「解体費用」がかからず・・・というのが背中を押してしまってるんでしょうね。しかも年内とかの期限が付けられてるようでもあり、住民の方々も「解体」への判断を急がざるを得ないのでしょう。

モチロン、他者の所有建造物に他人が口出しできるモノではありませんが、ナニかノスタルジックなイメージを持った古き良き建造物が無くなっていうのは切ない感じになるモノですねぇ。(泣)

震災復興が急務であることは誰も否定しないでしょう。

その過程で、文化的遺産ともいうべき「古き良きもの」が未来に引き継ぐか否かの徹底的な議論もされずに失われていく事実を垣間見てしまいました。

近代的な家屋に住みながら、勝手なことを言ってるようですけど、ナンだか消えゆく「町」を大切に思ってる友人の豊田氏御夫妻(お二人とも設計士さん)の気持ちも痛いほどに解った休日でした。
豊田氏は、こんな事を考え、こんな行動をなさっています。
私は、彼の主張に私も耳を傾け続けたいように思います。

『 中之作プロジェクト』

彼が大好きな町に寄せる想いや付随する苦悩が理解できます。
目を通してみてはいかがでしょうか。

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私は写真好きではありますが、写真で震災後の痛々しい現実を伝えることをずっとして来ませんでした。
今後もそれは変わりませんが、それでも明日にでも「失われそうな郷愁」のカットを数枚並べてみますね。

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2011年10月11日

新たな出会いの輪が広がる喜び

10数年前にはもおそらく考え難かったんではないでしょうか。
ネットの普及に伴い、一度もお目にかかったことがない方であっても、事前にブログとかfacebook等で その方のおおよその「人となり」とかが解るような時代になった・・・ことがです。

昨日、午前と午後にそんな方々との新たな出会いを経験しました。
出会って言葉を交わす・・・想像していた通りの好人物であったりするその瞬間はとても嬉しいモノですね。(笑)

【 午前中 】

先日もちょっと書きましたが、本来は「カメラ片手にサイクリングツアー」の予定ではありましたが、朝起きてみたら残念ながら生憎の雨模様。(泣)
それでもめげない主催者の方は、急遽「カメラ片手に傘をさして散策ツアー」に変更して下さって 無事にいわき市の江名地区の路地や了解を得た御家庭の庭先にまで入らせていただいてのイベントに切り替えて下さいました。

江名の徒歩・散策ツアー1

江名の徒歩・散策ツアー2

単なる散歩が目的なんではありません。
地震や津波に見舞われた古い住宅の現況確認が本来の目的でもありました。
クルマで通り過ぎただけでは気が付きもしない、自転車で巡ってもここまでは踏み込めない楽しい時間でしたよ。
私なりにレクチャーを受け感じたことは今後、写真を交えて纏めてみようと考えて居ます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【 午後から 】

貝泊写真倶楽部に新たに入会をして下さった貝員No.21のHさんが、当院二階にて我々にご趣味でもある蕎麦を振る舞って下さいました。

急遽、蕎麦打ち会場となった二階の「隠れ家」。(笑)

貝泊写真倶楽部・蕎麦打ち披露パーティー1

汗をかきながら頑張って下さいました。
Hさん、どうもありがとうございました。美味しいお蕎麦を御馳走様でした。

今後、蕎麦打ちの課程も写真と共に追いかけてはみます。
最終的に食させていただく前に お約束の記念撮影。(笑)
これまた楽しい時間を過ごすことが出来ました。

貝泊写真倶楽部・蕎麦打ち披露パーティー2

朝の9時前に家を出て、帰宅したのは夜の9時前。
半日ほどの外出ではありましたが、楽しい時間は過ぎるのも速いモノですね。
考えてみたら普段の仕事の日だって朝7時過ぎには出て夜8時過ぎに帰ることを考えたら、外出時間はさほど変わるモノではありません。

普段はもうちょっと長く感じるんですけど・・・(笑)

人と出会い、小さな輪ができ、それが広がり深まるのは楽しいですね。
今後もそんな時間を大切にしていきたいと感じた秋の休日でした。

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2011年10月10日

ブログを通じて発信していきたい

以前、やはりこのブログで報告をしたことがありましたが、5月の下旬だったかいわき市の北西部「田人町・貝泊(かいどまり)」というところで、地元の方々が主催する田植えのイベントに参加したことがありました。

その生まれて初めての田植えから4ヶ月と少し。
本来は昨日が「収穫祭」イベントの予定でありました。

モチロン、楽しみにしては居て参加するつもりだったのですが、残念ながら参加者が集まらなかったらしく、イベントはお流れに・・・・(泣)。
無理もないのかもしれません。どれだけ地元の方々がお調べになって安全性が確認されても、直接口に入るモノ(お米)に関しては風評被害的な不安要素があるのかもしれませんね。
今までの私がそうであったように、いわき市民であってもエリア的に馴染みが薄いといったマイナス面もあったことでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、歯科医師という職業に就いて、普段は皆さんから「先生」と呼んでいただいています。そんな私もひとたび白衣を脱げば普通の中年男性でしかありません。
そんな私を「酒井さん」、「酒井さん」と呼んで下さる貝泊コイコイ倶楽部の皆さんとの楽しみにしていたイベントだっただけに ちょっと残念ではありました。

良くしてくれる貝泊の方々、そして昨年まで地名は知ってはいても一度も足を運んだことが無かった貝泊へ誘って下さった貝泊写真倶楽部の皆さん。
その両方の知名度アップ(!?)に向けてナニか貢献が出来ないか・・・と常々思っていた時に、ある雑誌の「オフタイムらいふ」という企画に趣味紹介という目的で取材を受ける機会を得たのです。

こういったブログで写真なんかを掲載し続けてはみるモノですねぇ~。
何方かの目にとまることがあったようです。(笑)

「財界ふくしま」1

「財界ふくしま」という地方雑誌。

私が財界人なのかどうかは別として、取材なさる方が趣味に関して語って下さい・・・と仰ったので、カメラ(写真)の話はモチロンのこと、ちょうど上記のような事も考えて居た折でしたから、貝泊に関して語らせていただきました。(笑)

実際は、訊かれるがままに答えていただけなのですが、こういった談話構成の文章を書かれる方はホントにお上手なんですねぇ、キチンと纏めて下さいました。

「財界ふくしま」2

内容は上の通りです。
文中、登場していただくプロのカメラマンの方というのは、我等が貝泊写真倶楽部のリーダー館長さんその方であります。(笑)
せっかくですから、貝泊写真倶楽部の名前も出してみたら ちゃんと載せて下さいましたよ。

地元の方々が運動なさってる団体は、貝泊コイコイ倶楽部というぐらいですから、過疎化に悩まれている限界集落としては外部の方々の来訪を歓迎して下さると私は理解しています。

ただ、それでも 部外者が、穏やかなる生活をなさってる年配の方々の生活を
土足で踏みにじるような失礼があってはならないとも考え、カメラで里山散策をさせていただく前に、様々な交流会で顔を覚えていただいてから、安心感を持っていただいた上で訪れるようには心掛けては居ます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仕事の問題もあって、移住するようなことは有り得ませんが、それでも館長さんがそのような趣旨(過疎地振興)で活動なさってるように、微力ながら良くして下さる皆さんの何らかのお役に立てることを願って止みません。

こういった雑誌の後ろの方の小欄に目を通して下さる方なんかは少人数でしょうけれど、少しでも自然溢れる貝泊地区に興味を持って下さる方がいらっしゃれば僥倖であります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ま、取材目的が趣味の写真に関してだったのですからまったく問題は無かったのですが、ひと言も「歯」や「酒井歯科医院」に関して触れなかったのが・・・・

ちょっとだけ悔やまれてなりません。(笑)

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2011年10月 9日

親子揃って同じ「隠れ家」を使う

最近でこそ ティーンエイジャーの引き起こす事件は少なくなったように感じますが、一時期はだいぶ世間を騒がせたようなこともありましたよね。
いったいナニが若者を犯罪に駆り立て、越えてはならぬラインを踏みにじってしまうのかは解りませんが、ふと気が付くと我が子もそんな年齢に達していることに驚かされます。

どんな親であっても「うちの子だけは違う」と思っていて、それが幻想に過ぎなかったと思うモノなんでしょうか、どうなんでしょうか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私自身がそうであるように、気の合う仲間達と戯れることは男性のみならず女性にとっても楽しいことですよね。
特に10代の高校生達にとっては、受験勉強、震災後のストレス、放射能を気にしながらの気詰まりなる日常生活、部活の新人戦での敗退・・・・それらを共に味わった仲間達と「ちょっと楽しい時間」なんか過ごしたいと思うに違いありません。

・・・ってなワケで、今晩 16歳の息子と彼の6人だか7人の部活仲間は下の写真の当院二階に合宿中(!?)であります。(笑)

キンモクセイの芳香

16歳・・・・彼は「男の隠れ家」の味をしめてしまったかもしれません。(笑)

父親としては思うのです。

私の生活の糧を得る聖域とも言うべき場所で、羽目を外し過ぎて御近所の方々の迷惑になるようなことを平気でするようだったら、残念ながらそれはそれで仕方がありません・・・。
その程度の 思慮が足りない高校生に育ててしまった親としての私の至らなさの裏返しであろうかと考えます。

私は彼に、「君に任せる」とだけ言ってあります。

細かく指図するより、それがどれだけプレッシャーになるかを知ってるからそうしてるのですが、彼の判断能力を試す絶好の機会なのかもしれませんね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「隠れ家」なんて言ったって、そもそも 3組 ぐらいしか布団は無いのです。
「大丈夫だぁ、ナンとかなる」って息子が言うモンだから彼に任せましたけど、ちょっと大人数は気の毒かと・・・(笑)。
若いから雑魚寝でも風邪は引かないだろうし大丈夫な季節ではありますが、仲間達の親御さんはそれを知っていたのか・・・・ちょっと申し訳ないようにも感じて居ます。

ちょっと憂鬱な点があるとすれば・・・

明日の夕方には、家内ではなく医院の管理責任者である私自身がその大勢の男子高校生が泊まった「隠れ家」のお掃除に出向くのですが、ナンだか今から汗臭さって言うのか 男の子数名のちょっとおぞましいようなニオイが充満してそうで・・・・・(笑)。

10日には、今度はお父ちゃんが仲間内の集まりで その「隠れ家」を使うことになっているので、明日はしっかり窓を開けて空気を入れ換えないとならないかなぁ~っと考えております。(笑)

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2011年10月 8日

笑顔の裏側を知ると泣けてくる

人は、時に支えられ、そして時に他者を支える存在にもなりますよね。
テレビを見ていて、そんなひとりひとりの背景を知り、熱いモノを感じました。

「つながろう! ニッポン」、「フラガール密着180日」
(テレビ朝日系列で放送)

数年前の蒼井優さん主演の映画「フラガール」で一躍有名になった彼女達の震災後を追ったドキュメンタリーを見ていました。
御自身が、家を流され すべてを失った被災者でありながら、絶望に苛まれる被災者を勇気づけようとする弱冠二十歳の女性・・・(泣)。

彼女達はその踊る姿が単に美しいだけではないんですね。
心根の良さがその笑顔に繋がってることを知った気がします。

生きていれば辛いことも多々ありますが、こうして頑張ってる若人が大勢居る限り、ナンか大丈夫な気がします。ちょっとアルコールの入った中年オヤジには心に染み入る笑顔、泣き顔、また笑顔・・・。

チーム「フラガール」・・・

こりゃ映画よりはるかに強い絆で結ばれた凄い女性達でしたよ。

いわき市の復興の象徴「フラガール」

震災後、復旧まで半年以上もかかってしまった「スパリゾート・ハワイアンズ」。
風評被害等で大変だとは伺ってますが、こういったスタッフが居れば更なる発展は間違いないと確信しましたよ。

【 追伸 !? 】

同じ番組を見ながら 数名の貝泊写真倶楽部の仲間達と携帯メールのやりとりをしていたんですが、同じ感動を分かち合うっていうのも良いモンですね。(笑)

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2011年10月 7日

彼岸花、群生するとこんなに綺麗

昨日、午後も3時近くなってから 湯本の「梅林寺」に彼岸花の写真を撮りに出向いてみました。随分と前でしたけど、この梅林時に紅白の梅を撮りに出掛けた日を想い出します。
忘れもしない、その春の花粉症発症のキッカケを作ってしまった瞬間でした。(笑)

彼岸花って、その気になればあちこちでたくさん見られますけど、群生はやはり圧巻ですね。ま、群生って言ったってこんな感じですけど。

梅林寺の彼岸花1

ご住職が、親切にいろいろと教えて下さいましたよ。

残念ながらどちらかって言うと、立地条件が山の東斜面故にほとんどが日陰でありました。こんな時には、逆光写真や敢えて太陽を画面に入れて光の乱反射(フレアとかゴースト?)を楽しむのも良かろうかとトライしてみました。

梅林寺の彼岸花2

写真としては、いわゆる邪道なのかもしれませんけど、「光の芸術」としてはこんなのも宜しいんではないかと・・・(笑)

梅林寺の彼岸花3

ところで、彼岸花には「白」も有るって御存知でしたでしょうか?

・・・・・・有るんですよ、それが。

私の親愛なる仲間達がそれを捉えて来てますから、こちらで御覧になってみて下さいね。白い彼岸花って ナンかちょっと妙な感じですよ。(笑)

● 貝泊写真倶楽部・貝員No.18番  子トラさんのブログ

● 貝泊写真倶楽部・貝員No.16番  コウシンさんのブログ

今度の日曜日には、残念ながら見頃は越えてるだろうなぁ・・・(泣)

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2011年10月 6日

あの日の青い空と輝く海が蘇る

人それぞれ考え方は違いましょうけれど、週の半ばでの休診日という貴重なひと休み。土・日の連休も羨ましくもありますが、身体がそれに馴染んでしまったんでしょうか、私にとっては木曜日のお休みは欠かせなくなりました。

本日は、朝から昨日のインプラント・オペの方の消毒等だけを私ひとりで済ませ、朝のウチの雨も上がり陽も差して来ましたから その後は家内と楽しく仲良く(!?)ショッピング&ランチに出掛けて気分転換。
さらに午後には、カメラ片手にあちこち気ままに散策なんぞしてました。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、今度の週末。
ナンとかマンデーと言うことで、10月第2週の日・月が「体育の日」での連休。
多くの方々にとっては3連休なんですよね。(ウチ的には普通の連休・・・)
その月曜日は本来の「体育の日」であった10日と重なりました。

この10月10日は、私の記憶に間違いが無ければ、昭和39年辺りの東京オリンピックの開幕の日で、特異的に降雨に見舞われにくい、つまりは好天の確率が非常に高い特異日だったかと思います。

そんな秋の祝日に、こんな企画に参加する予定であります。(笑)

『 カメラ片手に小名浜サイクリング 』

リンク先は、親しくさせて貰ってる豊田設計事務所さんの豊田御夫妻が主宰なさってる中之作プロジェクトでして、「震災復興まちづくり」のイベントの一環だと思います。(たぶん・・・)

あの日の海

彼等御夫婦がこよなく愛するエリアを、昨年の12月にやはり自転車で案内して貰ってちょうど10ヶ月。

あの日の青い空・輝く海は、大袈裟な言い方ではありますが、参加者全員が生涯忘れることが出来ない平和な一日の空や海でもありました。

あの日の空

その後に見舞われた地震&津波のダメージは まさに自然が牙を剥いたがの如くに凄まじく、この小名浜をはじめとする我々の昨年の散策エリアには、現在でも穏やかなる日常は戻って来ておりません。(泣)
あちらこちらにダメージが残るであろう その以前と同じ道を辿るという豊田氏の背中を秋空の下 追いかけてみようと思います。

あの日の青い空と輝く海が蘇る・・・

自然は、空も海も何事も無かったかのように元通りになっては居ますけど、地域に生き、このエリアに住まう人々にとっては、復旧・復興への道のりはあまりに遠いに違いありません。
それを目指して動き活動する人々にこういった企画で出会えることが殊の外嬉しく感じられます。良き刺激を味わえる一日になれば・・・と考えています。

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2011年10月 5日

もう置いても大丈夫だろうか・・・?

随分と寒くなっちゃいましたねぇ。(泣)
昨日も、日中は陽が射し込んで汗ばむ陽気だったので、エアコンを入れて温度調節なんかをしてたのに、暗くなってからはすっかり逆転。
帰宅時のクルマの外気温計は12度を表示してました。

思わず、暖房なんかを入れちゃいました。(軟弱者!)

こうやって季節は移ろって行くんですねぇ。
霜月、師走、お正月と瞬く間に過ぎ行くように思えてなりません。

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たぶん開業以来ずっとですけど、毎朝、医院に最初に赴いて院内各所のロールスクリーンを上げる当番は・・・院長です。(笑)

特別な理由がある訳ではなく、ただ単に最初に出勤するからに他ならないのですが、これからの時期は室内深いところまで朝の光が静かな院内に射し込んで来て、ちょっと心落ち着くひとときを過ごすことが出来そうです。

今朝もそんな雰囲気の中、当院「待合室」を見渡して、「さぁ~どうしようか」と思ったことがありました。

小物を置かなくなった待合室1

震災前は、ここにガラスや陶器製の置物がいくつか並んでました。

小物を置かなくなった待合室2 小物を置かなくなった待合室3

写真・左の待合室中央の丸いカウンターの中央にも 感じ良くアートフラワーが鎮座してましたし、写真・右のガラス棚にもガラス製の小物が体裁良く飾ってありましたっけ。

地震で、すべてが落下いたしました。(泣)

写真の丸いカウンターに至っては、相当の重量があるが故に 業者さんと相談の上 その必要性もなかろうと判断をして固定をしては居なかったのですが、ぐるんぐるんと回転して50センチほど移動もしました。(泣)

それでも、医院の管理責任者としては、当時お待ちいただいていた数人の患者さん誰ひとりとして怪我をなさらなかったのが不幸中の幸いだったと思っています。
考えてもみなかった危険に皆さんを晒してしまったことはお詫びせねばなりませんが、やはり想定外というヤツで考えたことも無かったように思います。

間もなく7ヶ月を迎えようとしています。

そろそろ余震から解放され、従前のように素敵な小物をディスプレーしても良いんでしょうかねぇ。
ま、置くとしても患者さんに危害を加える恐れのある「割れ物」は避け、落下することを前提に紙物やアクリルを検討するつもりですけど・・・。

今後の余震の有無に関しては、何方も答えはお持ちじゃないかと思いますが、
「もうそろそろ良いんだろうかなぁ・・・」と ひとり朝方の柔らかな日射しの中、思案する昨今です。

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2011年10月 4日

親の顔が見てみたいなぁ~(笑)

お馴染みの「ケチャップ」

考えてみたら「マヨネーズ」もそうですけど、いわゆる日本の「さ・し・す・せ・そ」とは異なり、よくよく考えると外来種故にちょっとヘンな名前かもしれませんね。

その「ケチャップ」

カゴメ製のヤツのパッケージには、「魔法の調味料」と書かれてるそうですけど頷けるような気がします。
あれこれの料理に役立つんでしょう。調べてみたらアメリカでの消費量がダントツで、世界中の生産量の半分を消費してる計算になるそうですよ。
彼の国ではもっぱら卓上調味料として使われることが多いそうですが、日本ではどちらかって言うとオムライスとかナポリタンといった料理の味付けに添加される加熱調味料としてのイメージも強いですよね。

で、なんでケチャップかって言うと・・・

子供の頃って、オムレツとかにケチャップをかける時に字なんぞを書いたりされませんでしたか?
私で言えば、覚えたての平仮名で「な お き」なんて名前を一生懸命に書いたりとか・・・上手に書けるとナンか得したような嬉しい気持ちになって。(笑)

先日、我が家のアイドルでもある次男が、オムレツの時に父親である私の子供の頃とまったく同じ事をやってましてねぇ。上手く書けたからでしょう、ちょっと得意気に家内のスマホで写真にまで撮ってました。

これなんですけどね・・・(笑)

親の顔が見てみたい(笑)

ま、その姿は子供らしくて可愛らしいと言えば可愛らしいのですが・・・。

逆さまでちょっと見難いんですけど、書いた文字はと言いますと・・・

思わず、親の顔が見てみたいかと・・・(笑)

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2011年10月 3日

ヒューマンエラーは避けられない

朝夕がめっきり寒くなってしまいました。人間っていうのは勝手なモノで、暑けりゃ暑いで「早く涼しくなれ!」と願っちゃうし、逆に真冬になれば春が待ち遠しくてなりません。毎年、その繰り返しでしょうか。(笑)

秋の日のつるべ落とし・・・。

ホント、急激に日が短くなることを実感する今日この頃です。

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さて、先日 ビックリするようなニュースが報じられてました。
確か沖縄から羽田に向かっていた飛行機が、副操縦士の操作ミスであわや大惨事になりかけた・・・話でありました。

機体の135度の傾き・2000メートル近い急降下っていうんですから穏やかでは居られませんね。ほぼ背面飛行に近かったそうです。
しかもその原因が、乱気流とかではなく単純な操作ミスとなれば尚更でしょう。
どうも、操縦室の入り口のドア操作レバーと、尾翼の操舵スイッチを間違えたらしいです。

げに恐ろしきはヒューマンエラー・・・ですね。

普通なら絶対に取り違えないようなレバーを何故か間違って操作してしまう・・・。
乗客も驚いたでしょうけれど、機長が席を外していた折の出来事ですから、当の副操縦士も相当に驚き緊張したことでしょう。

稲刈りの季節1

当院でも、常時15台ほどのパソコンがそれぞれのエリアでそれぞれの役割を果たし データ管理をしてますけど、考えてみればコマンド入力してるのは我々人間(スタッフ&院長)です。
当たり前ですが、正しい結果は正しい入力がなされない限り得られません。
余程の時にはエラー警告が出ますけど、そうじゃない時も多々あります。(泣)
ひとたび入力時に間違えてしまえば、あとはそのミスに誰かが気付き、本来の正しいデータに復旧することは困難を極めましょう。

当然、何重にもヒューマンエラー回避の方策を講じては居て、最終的には責任者である私自身も確認をしてますが、残念ながら時に漏れることも生じます。(泣)


稲刈りの季節2

皆で意識を高め、常にヒューマンエラーは生じるモノであるということを前提に、スタッフ一同 日々の仕事に集中していきたいモノです。

・・・・これがなかなか難しくって。(泣)

写真は、自宅付近で見た稲刈りの光景です。
上の写真は、縦横を取り違えた訳ではなく、もう限界を迎えかけたヒマワリが立ってられなくなっての姿・・・であります。
除染効果が高いとされた植物への期待だったでしょうか。
例年は見かけないエリアでのちょっと遅いヒマワリでありました。

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2011年10月 2日

「マラソン」と「カステラ」の夢を見た

おそらく人が生活している限りある時間の中で、その4分の1ほどは眠りに費やしてるんですよね。私はどちらかって言うと長時間睡眠は苦手で、7時間も8時間も寝たことはたぶん記憶に無いですね。
流石に5時間を切ると辛くは感じますけど、自分でも時間は短くとも毎晩「深い眠り」を得られてる実感があります。

眠れないということは・・・まず無いです。

そりゃぁお酒を飲みながらPC弄りなんぞをして「うたた寝」をしてしまった夜は寝付けないことも無くはありませんが、基本しっかり寝てる方だと思っています。

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その眠りには、ノンレム睡眠とレム睡眠が有ることは良く耳にします。

REM ・・・・ Rapid Eye Movements(速い眼球の動き)

要は、取り敢えず身体だけが寝てるレムと、脳まで寝てるノンレムとの違いで、そのレム時には脳が覚醒に近い状態で夢を見るんでしたよね。
周期的には90分おきぐらいにレムがあり、夢を見るのは脳が覚醒状態に近いそのレム睡眠時なんでしょう。

実は、最近 記憶に残る印象的な夢を見たのです。(笑)

● 一度目は、「マラソン」。

いやぁ~疲れました。(泣)
普段は、マラソンはおろかジョギングだってしないのに、何故かその晩に限っては夢の中で長距離を走っていたのです。
寝起きの疲れていたこと疲れていたこと。当分遠慮したいです。(笑)

● 二度目は、「カステラ」。

自分でも意味は解らないのですが、とにかくカステラを食べまくった夢でした。
寝起きの満腹感はちょっと気持ち悪かったです。(笑)

助手席、バックミラーに映る自分写真

夢・・・で思い出すのは、中学の卒業文集に自分で書いた最後の一文。
何故か、35年も前に自分が書いたフレーズを今でも覚えてるんですよ。

もしかするとナニかの本からパクったのかもしれませんし、自分で浮かんだのか今となっては定かでは無いのですが、みんなに向けて こんな風に書いたことを今でも覚えているのです。

「ただひたすらに青春の夢に忠実であれ!」

確か、中学三年生の卒業文集なのに、「僕はパイロットになりたい」って事を半ば本気で書いた記憶があります。(恥)
ま、幼かったんでしょうね。(笑)

同じ夢でも意味は全く異なりますが、「マラソン」と「カステラ」の御陰で、そんな若き日の自分の夢を束の間想い出してしまいました。
残念ながら酒井少年の夢は叶わずパイロットにはなれませんでしたけど、自分の意志でこの歯科医という職業を選択してますから、結構 夢に忠実だったんではないかと思う昨今です。

マラソン・カステラと来て、今度はどんな夢を見るんでしょうか?(笑)

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2011年10月 1日

永六輔さんの生き方に学ぶモノ

ほとんどの方がそうではないかと想像しますが、以前は赤い表紙の岩波新書がとても苦手でありました。(笑)
だって、活字だらけ・・・しかも難解な単語が羅列されていて、数ページで眠くなるようなイメージしか持てませんでしたからねぇ。

それが、ひょんな事で永六輔さんが書かれた「大往生」を読んでみて、認識が明らかに変わりました。だって、結構オモシロかったですもの。(笑)

「ナンだ、読めるじゃないか」

がその当時の私の大きな収穫でありました。子供の頃の「ニンジンは美味しくないに決まってる!」っていったレベルと大差なかったって感じですね。(笑)

ま、未だにニンジンは今ひとつ好きにはなれないところはありますが、岩波新書にも読める本がある・・・と言ったような意識に変わったのは間違いはありませんでした。
その後、氏の一連の著作を読み進めるウチに、私の本棚には氏の本だけに止まらず その赤い表紙の岩波新書がどんどん増えたモノです。
それを眺めながら、ナンだか自分が大人になったような錯覚を覚え ひとりでニヤニヤしながら悦に入ったりしておりました。(笑)

クローズアップ1

その永六輔さん、しばらくお見かけしないと思っていたら、随分と体調を崩されていたんですねぇ。78歳ですから無理もありません・・・でしょうか。
パーキンソン病と前立腺ガンと闘いながらの氏の現在の様子を、NHKの番組で拝見し、ナンだか十数年前の岩波新書との出会いの頃を懐かしく想い出してしまいました。

永六輔さんは、私の親と同年代の方ですが、放送に多大なる貢献をした希有な人物でしょうし、パーキンソンという難病を押して 今でもラジオの現役のパーソナリティーを続けてらっしゃる実に凄い方です。

功成り名を遂げた人物であるのにも関わらず、老いてもなお 病魔と闘いながらも現役に固執する・・・・・その全力で立ち向かう生き方に思わずエールを送りたくなりました。

クローズアップ2

氏は、作詞家としても優秀でしたよね。
考えてみたら 坂本九さんの大ヒット「上を向いて歩こう」だって「見上げてごらん夜の星を」にしても永さんの作詞ですもんね。

人間ですから、いつまでもお元気・・・は有り得ませんけど、評価されるされないに関わらず、御自身の生き方を最後の最後まで貫く姿勢には共感を覚えます。

昨日書いた大平正芳さんにも相通じるモノがありますが、温故知新ではありませんけど、先人の生き様を見て考えさせられる点を多々感じます。
「昔は良かったぁ・・・」とかの懐古主義ではなく、今後に活かせないかという意味でヒントをいただけそうに感じました。

温故知新・・・。

決して悪いことではなく、自分自身にはプラスになることだろうと確信致します。

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酒井歯科医院
院長 酒井直樹

酒井歯科医院 院長 酒井直樹

医院サイト:
http://www.sakai-dent.com/

こんにちは。酒井歯科医院の院長/酒井直樹です。当院は福島県いわき市中央台の住宅街にあり、緑豊かな公園や幼稚園、小・中学校が周辺にある、のびやかな環境に恵まれた歯科医院です。開院してから二十数年、素敵なスタッフと共に地域の歯科医療の発展に努めて参りました。
多くの方々に良質で最良の歯科医療を提供するために治療設備の充実と技術の向上を心掛け、チーム医療体制を組みつつ診療に従事する毎日です。
またナンとなくお解りいただけようかと思いますが、医院HPやこの「院長ブログ」・SNSを通じての情報発信が・・・大好きであります。
お口や全身の健康維持からトレンディな医療技術提供まで、咬合全体を捉えた治療と予防で総合的なデンタルヘルスケアをご提供出来るように心掛けております。
歯の健康に少しでも不安を感じたら、まずはこちらから御相談下さい。

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