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2011年8月31日

緩やかな、穏やかな時間が流れる

時間に追われる生活・・・・現代人としてはある程度避けられないかとは思いますが、朝から晩まで どうしても時計(時間)を気にしてる自分が居ます。

出来ることなら 緩やかで、穏やかで、そして時計が気にならない生活をしてみたいモンだと常々思いますが、働き盛りの自分の現状を考えると、そう勝手なことも言っては居られません。
小学校低学年の扶養家族もおりますし・・・ね。(笑)

貝泊(かいどまり)での完全な休日。

フィールドで遊んでいると、時間がまったく気にならないのが嬉しいですねぇ。

貝泊・自然観察2

横たわる倒木の上に苔が生してました。
刹那には絶対にこんなふうにはならないでしょうね。
大袈裟に言うと悠久の時の流れを連想してしまいました。

我々は、イノシシが出てもおかしくない山中で、自然観察に勤しみます。
こんな時に実に頼りになる植物博士・ねもしゅうさんのガイド付きです。(笑)

貝泊・自然観察1

彼は丁寧に植物の名前を教えてくれるんだけど、大きな声では言えませんが情けないことにすぐに忘れちゃう・・・。ホント申し訳ない。(泣)

下の写真もポピュラーな花の名前だった気がします。
例により、マクロの世界を堪能です。この虫はナンだろうか・・・・。

貝泊・自然観察3

貝泊・自然観察4

緑には濃淡があるけれど、私は子供の頃 深緑(写真の背景のような色)が好きだった記憶があります。(暗い性格・・・?)
色の好みも変わりますよね。
今ではパステルカラーに近い柔らかな緑が好きです。

貝泊・自然観察5

陽光は、時に葉っぱを貫き、時には影も作ってくれます。
かつて好きだった緑も、いま好む緑も 見上げただけで溢れてました。(笑)

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誰しもが、追われたくて追われてる訳ではない・・・・ 時間。

現役世代のウチは なかなか難しいかもしれないけれど、仕事に頑張るONタイムをしばらく続けたら、時に時計を外してのOFFタイムも良いかもしれませんね。
ずっと続くOFFだけは まだ遠慮したいですけど・・・(泣)

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2011年8月30日

休日は細かい仕事から解放される

「解放」・・・解き放たれるって言っても 何処かに飛んで行っちゃう訳ではないんですけどね。(笑)
ただ、大人になってからはなかなか得られることのなかった自由時間が最近は特に愛おしく感じられます。
日頃、口腔内という狭いエリアでの仕事に従事してる反動かもしれませんが、休日はフィールドに居るというだけで楽しくて存分に解放感を感じることが出来ます。

一昨日、オニヤンマの産卵の様子に遭遇しちゃいました。
大人になってから・・・だけでなく、たぶん見たのは初めてだったと思います。
暗がりで、しかも産卵中はあまりに動きが速くってピンボケばかりでしたけど、どうにかこうにか・・・(笑)。

貝泊の稀少植物エリア2

今思えば、動画で撮っても良かったんじゃないか・・・って思うんですけど、そういった機転はなかなか利きませんで・・・(泣)。
貝泊の山中、なかなか人が足を踏み入れないようなエリアでの撮影でした。

このエリアの周辺にはイノシシも居て頻繁に出没するようですけど、猪突は勘弁願いたいので出来れば遭遇はしたくないですねぇ。(笑)

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空を見上げると植物の「緑」が目に優しかったですね。
人工的なモノと違って、自然の織りなす色は人の感情を癒してくれる効果があるようです。

貝泊の稀少植物エリア1

この後、貝泊写真館に戻ったのですが、昼食後には身も心もす~~っかり癒されてしまって、日頃はまずしない昼寝ナンかしちゃいました。(笑)
ビールは飲みましたけど、この日は運転は無し。
前夜に4時間ほどしか寝てなかったので アルコールが効いてしまいました。(泣)

貝泊写真館での昼食1

館長さんは器用な方で、あれこれ準備してくれます。豪勢・・・ではないかもしれないけれど いつも気持ちがありがたい。我々は御世話になりっぱなしです。

貝泊写真館での昼食2

仕事は大事だけれども、こういった休日のひととき、解放感に浸る瞬間ももっと大切ですよね。
今でなければ、今の年齢でなければ感じ取ることの出来ない貴重な時間を大事にしたいと考えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日 民主党代表選を制した野田さん、54歳。
批評云々は様々でしょうけれど、私が一番気になったのは、彼の御家族が代表選の朝にどんな風に彼を家から送り出し、どんな風に帰宅を待ったか・・・です。
事実上、一国の総理の椅子を射止めた訳ですから政治家の家族としては嬉しいに違いありませんが、未曾有の国難の時期ですから手放しでは喜べなかったんではないか・・・なんて想像しました。

同時に、御自身の信念を曲げてまで票集めに奔走した海江田さん、62歳。
おそらく彼の生涯で、一番「総理の座」に近付いた日だったことでしょう。
ここ数ヶ月の心労は想像に難くないので、あれこれは水に流して労ってあげても良いんではないか・・・なんて思っちゃいました。

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2011年8月29日

貝泊で稀少植物に触れてみました

何処でもそうかと思いますが、我が家の庭にもその辺の道端にも野草っていうのは生えてるモノで、場合によっては邪魔な存在に感じる時もありますよね。
ただ、その野草が福島県においては レッドデータブック(絶滅する恐れのある植物のリスト)なるモノに記載されてる絶滅危惧種だとかとなれば話は別です。

昨日は、8月最後の日曜日。
貝泊(かいどまり)にて、そんな珍しい稀少植物・レンゲショウマに触れて来ました。

モチロン、私が見つけた訳ではありません。(笑)
私が所属する貝泊写真倶楽部には、ねもしゅうさんという自他共に認める植物博士がいらっしゃって 彼が案内してくれて見せて下さったのです。
例により、館長さん、ころすけさんと一緒に写真撮影に興じて来ました。(笑)

レンゲショウマってこんな植物なんですよ。

貝泊の稀少植物1

たぶん、言われなければまったく気が付かない存在です。(恥)

貝泊の稀少植物2

館長さんが狙ってます。(笑)
場所は、貝泊としか言えません。
稀少植物は勝手に持って行ってしまう方が居るので具体的な場所は内緒です。

貝泊の稀少植物3

貝泊の稀少植物4

野草ですから決して派手な存在ではありませんけれど、近付いてみると実に可憐な感じの植物でありましたよ。

正直、ねもしゅうさんと出会う前は、絶滅危惧種とか外来種とかが植物に存在することすら理解してませんでした。
ましてや、福島県を北限にしたり、こちらでは珍しい野草でも他県ではポピュラーであったりといった事実はまったく知らず・・・・。

あれこれ教えて貰って勉強になります。
そうなると、ナニを見ても絶滅危惧種のように見えて来るっていうんだから、今までどれだけ知らなかったか・・・って事でもあるんですけどね。(笑)

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テレビを見ると、今日行われる民主党代表選挙のニュースが喧しいですね。
おそらく多くの国民の共通の想いかと思いますが、あらゆる意味で・・・

「情けない・・・(泣)」

健気な野草に触れて来た後なだけに、その感が強かったです。

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2011年8月28日

運転免許証の更新に・・・「ガクッ」

5年ぶりの運転免許証の更新がありました。恥ずかしいので・・・

ま、お見せは出来ないんですけどね。(笑)

指定日にはなかなか行けずに、休診日(木曜日)とか平日の休日に取りに行かねばならなかったので、新・免許証を手にしたのはお盆の最終日でした。
また これからの5年間使うことになるので、出来れば写りが良いといいなぁ~って思ってたんですが・・・・

ナンで あんなにブサイクなんでしょうかねぇ。(泣)

実物以上でなくって良いですけど、せめてもうチョイと写りの良くなるカメラの導入って出来ないモンかと更新の度に思います。
写真好きとしては、チョイと教育的指導をしたくなっちゃいます。(笑)

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もっとも、免許証が正しいのかもしれない・・・って思わなくもなくて。

何故なら・・・
昨晩は、かれこれ20年来の付き合いになる貝泊写真倶楽部ではないもう一つの写真倶楽部の集まりが 例により当院二階であったのですが、この私が最年少なだけあって どう見ても「オヤジ連中の集まり」にしか見えませんでしたから。(泣)

サークル活動

思えば上の皆さんと出会った頃は みんな若かった・・・。(笑)

毎月のように顔を合わせてるのでピンとは来ませんけど、流石に歳月は人を変えますねぇ。おそらく死ぬまでのお付き合いになるんだろうと思いますが、今日 私が「写真」を趣味と言える基礎を作って下さったのが皆さんでありました。

誰だってそうかと思いますが、カメラを手にしただけではナニを写せば良いのか、どんな風に撮れば「良い写真」に見えるのか、そんなレベルから手取り足取り(!?)教えていただいたモノです。
時に甘く、時に厳しく批評を受けた事により、趣味と呼べる領域に引き上げて貰えた気がしています。

仕事を終えてからの集まりですから遅くはなっちゃいますが、写真関連に止まることなく、話題には事欠くことのない連中であります。(笑)

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写真の右隅奥に写ってる方は、本来 原発から半径10キロチョイに御自宅があった方です。震災直後より半ば強制的に避難させられ、一時期は埼玉の方まで避難なさってた方なんですよ。
今は、いわき市の市街地にある会社の社宅に御家族と落ち着かれはしましたが、御自宅は容易に戻れる場所ではないことを御自分でもお感じになってるはずです。

避難後に、2度ほど御自宅に戻ることが出来たそうですが、カメラ好きの方ならお解りでしょうけれど、その時にやっと「サンニッパ」が持ち出せたそうです。(泣)
「サンニッパ」・・・我々が憧れてやまない300ミリ・開放f値2.8という単焦点の望遠レンズです。
大袈裟に言うと 「ひと財産」級のモノですから放っておくようなモノではないのですが、逆に考えると それさえも震災直後には持ち出せなかったのが半径10キロの方々の現実でもあるんですよね。

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ニュースを見ると、放射能レベルの高い原発周辺の瓦礫の処分を福島県内で処理したい旨を 菅総理が福島県の佐藤知事に打診したようですけど、人として これ以上 被害に遭われてる方々を更に苦しめて良いんでしょうか・・・・。

私は疑問を感じざるを得ません。

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2011年8月27日

四倉復興を感じる「やまかく」さん

これからの時期、台風が東北に近付いたりする度に いわき市の太平洋岸・浜通り沿いを北上する・・・なんてケースがあったりしますよね。
そんな時に決まってニュースに出て来るのは・・・

「いわき市 四倉(よつくら)」 だったりしませんか?

雨合羽を着込んだレポーターの方が、マイク片手に・・・
「ここ四倉港には非常に高い波が押し寄せてますッ!」なんて絶叫したりする光景もニュースでよく見かけてたりしましたね。

この四倉。海が荒れた時の波の高さでは いわき市を代表するようなエリアですから、今回の震災時の津波でも被害は甚大でありました。(泣)
オープンしてから間も無かった「道の駅」にしても、津波は容赦無く 突き抜けて、更に国道6号線をも越えたように伺ってました。

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だもの、「やまかく」さんはアウトだろう・・・・って思いましたよ。(泣)

この割烹は砂浜沿いの防波堤から30メートルぐらいしか離れてないんですから、免れることは有り得ないと思うじゃないですか。
「やまかく」さん・・・さほど古いお店では無いのですが、美味しさ故にこの3月までに何度も伺ってまして、今後も時折伺ってみようと思っていたのに残念だなぁ・・・と勝手に思っちゃってました。
それが どういった状況だったのか、奇跡的に津波の被害は軽微で済んだとかで、既にお店が再開してたことを最近になって知ったのです。

お盆に、友人と二人で出かけてみてビックリしました。

まったくもって従来通りの何事も無かったような感じで、しかもカウンターの隅っこしか空いてないような大賑わいでありましたよ。

やまかく1

やまかく2

自分にとっての当たり前のお店が、当たり前、いやそれ以上に賑わってるってのは伺ってみて実に気持ちが良いモノでした。

やまかく3

やまかく4

やまかく5

おそらく、被害を免れた「やまかく」さんは例外的な存在なんでしょうね。
御近所の大勢の方々、多くのお店は甚大なる被害を受けられたはずです。

それでもなお、四倉は復興して行くに違いありません。

伺ってみて、そんな雰囲気をひしひしと感じました。
四倉だけではなく、海岸沿いのエリアが早期にそうなることを願いますが、5ヶ月以上経過した今でも ほぼ手付かず状態だったりするエリアがまだまだ存在するという事実からも目を背けてはなりませんね。(泣)

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2011年8月26日

知識のインプットとアウトプット

2週間に一度 発売される PRESIDENT(プレジデント) という雑誌を御存知でしたでしょうか?
数年前から当院待合室に置いてるのですが、本屋さんに行かなくとも郵送で届くので非常に便利であります。

定価690円・・・こう聞くと値段的に高いようにも思いますけど、実は3年契約ぐらいで申し込むことにより、一冊当たりの単価がほぼ半額程度の金額で、しかも無料で郵送してくれます。
しかも通常の週刊誌よりは ちょっとだけグレード(!?)が高そうに見えちゃうんじゃないか・・・なんて考えたりもしています。(笑)

そのプレジデント。今週届いた最新号に、知識を定着させる為のちょっとしたヒントが載っておりました。

知識は、当たり前ですけど自分の脳にインプットしなければナニも始まりません。
それに加えて、人に伝えたり、ブログに書いたり、ノートに纏めるようなアウトプットの行動をしなければなかなか定着はしないと書かれておりました。(泣)

論旨としては・・・
「セミナーや勉強会に参加したら、三日以内に人に伝えないと内容の82%を忘れてしまう」・・・んだそうです。
たまたま読んだのが 一昨日のセミナー後でしたから、だとすると明日までに人に伝えないと忘れてしまいかねない・・・ってことのようです。(泣)

せっかくスタッフ全員で受講してるんですから、医院の朝礼・終礼時にでも、お互いにアウトプットし合わないとなりません。(笑)

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みんなで反復することにより、せっかくの知識の定着を確実にさせたいですね。

ナニかのセミナーの折に、やはり物事には72時間ルールがあると学んだことがあります。何事も72時間以内に行動に移さなければ 大概の場合 具現化は無理・・・なんだそうです。

振り返ってみても、確かにそうかもしれません。(泣)

一人では行動に移しにくいですけど、そこを「酒井歯科医院」という集団・組織の全員で取り組んで行き、相互にアウトプットの確認をしながら、実り多い研鑽・学習の日々を重ねて行きたいモノです。

親に似て足が長い?(笑)

写真は、お盆に鮫川の河原に石拾いに出向いた時の写真です。
地面から広角レンズで日中シンクロ(晴天下のフラッシュ)させて撮ってみました。
偶然でしたけど、父親に似て 息子の足が長ぁ~く写ったようであります。(笑)

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2011年8月25日

みんなで学んで共に成長する

どんな職種もそうに違いないかと思いますが、企業における人材の育成ほど大切なモノはないだろうと思います。小さな歯科医院もまた然り・・・。

優秀で心優しいスタッフが居てくれて初めて成り立つ歯科医業。

歯科医自らが自分で出来る事などタカが知れています。
そりゃぁ~歯科医院運営の根幹をなす「治療」は私の役割ですが、笑顔で迎える受付にしても、電話を受けてくれる各スタッフも、患者さんを案内してくれたり、器材の準備をしてくれるのも、概略の説明等をしてくれるのも みんな当院スタッフの役割であります。

考えてみれば、残念ながら大企業とかとは異なり、私も含めて我々は基礎的な接遇マナーなども学んだことはありません。
今まで、恥ずかしながらナンとかそれでやって来てしまったところがあるのですが、ここ暫くは専門家の方に当院にお出でいただいて、私も含めて常勤者全員であれこれを学ぶ事を試みています。

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昨日も、震災後久し振りに オフィスウェーブの澤泉仲美子代表に来て頂き、全員で楽しくも熱いひととき(!?)を過ごすことが出来ました。

震災後には、すぐに当院を案じて下さり、年間スケジュールに沿ったセミナー推進を申し出て下さっていた澤泉さんだったのですが、私の方が東京からいわき市に来て頂くのに ちょっと抵抗を感じてしまって暫くお断りしていた経緯がありました。
いわき市は安全・・・と自分では思っては居ても、そんな変な気を遣っちゃうのがいけないんでしょうね。(泣)

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学ぶ・・・・幾つになっても人間には欠かせませんね。

一方的なレクチャーではなく、私もスタッフと一緒になって あれこれ考えさせられながらの数時間ですから、結構 大変なんですよ。(笑)

スタッフ接遇セミナー1

場所は当院二階、特設セミナールーム。(笑)
ちょっとの緊張は最初のウチだけ。(笑)

今回のテーマは基本中の基本、「言葉づかい」。

日頃、「たくさんの本を読んでボキャブラリーを増やそう」、「この言い方は可笑しいと思う」、「これが正しい」なんて解ったような顔をしてスタッフに指摘していたのにも関わらず、実際の言葉づかいに関わる設問を解いてみると 情けないことに私自身も四苦八苦状態。(泣)

スタッフ接遇セミナー3

悲しくなるような自己採点結果に情けないやら 立場上上手くないやら・・・。(笑)

自分が如何に知らないかということに気が付いただけでも有意義な時間だったように思います。
若きスタッフは、こういった正しい言葉づかいをどんどん吸収して行くことでしょう。
言葉づかいを良くしようと医院全体で心掛けても、案外、直せないのが院長本人かも知れません。(泣)
「最大の足手まといは院長本人だった!」・・・ナ~ンて事にならないように気を付けねばなりません。

こういった院内セミナーは今後も随時続けて行きます。
人は、社会人になっても幾つになってもたくさんの事を学ばねばなりません。
私自身も、スタッフと共に学んで 一緒に成長したいと考えています。

スタッフ接遇セミナー2

お約束の記念撮影。今回は目隠し無しです!(笑)

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2011年8月24日

伝説の女優が愛した伊集院静氏

確か 今年の4月の上旬頃の話だったように記憶しているのですが、朝日新聞に伊集院静氏が寄稿されてらした文章に感銘を受けました。
仙台市在住、震災に見舞われ、それでいて冷静な筆致が、今まで触れたことがなかった氏の内面を垣間見せてくれたように思えたものです。

その伊集院静氏が震災前に纏めたんであろう「大人の流儀」という本が3月に出版されていて、それをお盆休み中に読んでみました。
最近では氏のようにキチンと物言いが出来る大人が少なくなったように感じられてましたけど、外連味がなく媚びることのない文章は ストンと入って来て読んでいて心地良かったですよ。

伊集院静氏、「大人の流儀」

あれから25年も過ぎたんですねぇ。

氏は、伝説の女優という表現が誇張に感じられない故・夏目雅子さんの御主人だった方です。
氏は今まで彼女のことを文章に認めてはこなかった様ですが、つまりはこの人にとっては悲しみが癒えるのにそれだけの歳月を要したって事なのかもしれません。
最終章に・・・

「愛する人との別れ~妻・夏目雅子と暮らした日々」

と題された一文が寄せられてました。
彼女の死後、途方に暮れた日々のこと、哀しみにも終わりがあることを知ったこと。還暦を迎え、作家としての御自身にケジメを付けるような魂を揺さぶる文章が私にはとても素晴らしく感じられました。

良き文章に接することもまた、自分を豊かにしてくれると再認識致しました。

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2011年8月23日

建物にも「魂」は宿ると思う・・・

思えば開業以来18年、この酒井歯科医院という建物の中で日々の仕事に従事して来ました。中央台のこの場にて、朝から晩まで様々な喜怒哀楽も経験して来ましたが、下手すると自宅に居るより はるかに長い時間・・・・ということは自身の生涯の中でもっとも多くの時間 居住した場所って事になろうかとも思います。

私は、霊魂の存在とかを正直なところ信じてたりは致しません。
そりゃぁ~神社仏閣に出向いたり、葬祭時には手を合わせたりはモチロンしますけど、あくまでもそれは自己の内面への問いかけであり、そこに霊魂の存在を確信してのことではありません。

ただ、これほどまでに長い時間を過ごした場所(仕事場や自宅)となると この空間に何らかの「魂」的なモノが宿る・・・ことを期待したくはなりますね。
大勢の方々がそうであろうと思いますが、若い時分に大きな金額の借金を自宅や事業所購入の為に背負い、その返済に何十年もかける・・・・言うなれば、自身の足跡そのものがこの建物という物体なんだと思うと、これらの建物にも何らかの「強い想い」が宿ってるように思えてならないし、「魂」が宿っていて欲しいとさえ思っちゃったりします・・・よね。

例年、年末には診療室空間に対して、「本年も御世話になりました。また来年もヨロシク・・・」ってたった一人のつぶやき状態で囁くように語りかけることを習慣にしてるのですが、皆さんはそんな事はないでしょうか?
(毎日、オハヨー&バイバイなんかは言いませんが・・・・(笑)

お盆の貝泊に咲いていたタンポポ

オクリエ・・・って単語を耳にされたことはお有りでしょうか。

私も知らなかったのですが、いわき市の小名浜では映画で一躍脚光を浴びた「おくり・びと(送り人)」ならぬ「オクリ・エ(送り絵)」がなされたようですよ。
震災(津波)で取り壊さざるを得なくなった愛着のある建物に「送り化粧」を施す「オクリエ」。
御世話になった想い出の籠もる建物への、祈りにも似た想いの表れなんでしょうか。

私自身は見ては居ないのですが、親愛なる知己お二方がその様子をそれぞれのブログに纏めて下さってました。(勝手なるリンク、御容赦下さい)

● とくさん ・・・

「被災した建物に描く、弔いの壁画『オクリエ』。小名浜を見つめ直したい」

● しゅうさん ・・・

「弔いの壁画、オクリエを見学」

読ませていただくと、こちらの建物のオーナーの方のみならず、小名浜の方々の復興へかける心意気のようなモノが強く伝わって来るように感じられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1993年に地を鎮める地鎮祭に始まり、その年の年末に当院はスタート。
瞬く間に18年の歳月が流れ、今後も私はこの建物内で相当なる時間を過ごすことになるんでしょう。
季節折々の気持ちがこのポイントに更に集積されて行くに違いありません。
更なる進化の為に・・・なら良いのですが、やむにやまれぬ理由で取り壊しの運命を受け入れたくはないですね。

記憶を遡れば、数年前にガンの闘病の末、五十代で逝かれた先輩歯科医の先生が、動けるウチにと亡くなる3~4ヶ月ほど前に やむなく閉院となった自院を見に行かれたという話を伺ってました。
さぞかし後ろ髪引かれ、見に行きたかったんでしょうねぇ・・・。(泣)
最近、年代が近付いて来たせいでしょうか、気持ちが良く解ります。

私は目下のところ健康状態良好ですが、もし病魔に冒されでもしたら・・・
やはり間違いなく同じ行動を取ると思います。

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2011年8月22日

サマービュッフェパーティー参加!

街を見渡せば、「がんばろう!」とか「がんばっぺ!」の文字を今でもあちこちに見出します。復旧を目指し、復興を目標に大勢のいわき市民が精一杯の努力をして来た5ヶ月あまりの日々。
その成果は確実に出て来てますよね。

当たり前の事が 当たり前になされる日常。

例年の恒例行事が、いつものように開催されることに喜びを感じます。
急に気温が下がって驚かされた金曜日(19日)に、昨年の8月21日にも出向いた「いわきワシントンホテル」の「サマービュッフェパーティー」に当院スタッフと一緒に出掛けて参りました。

カニの食い放題・・・・存分に味わっちゃいました。(笑)

サマービュッフェパーティー3

モチロン、カニだけでなくあれこれの料理を堪能。
楽しいひとときを過ごす頃が出来ました。

サマービュッフェパーティー1

運良く、お料理の並ぶエリアに程近く、かつステージにも近く・・・。
お楽しみのプレゼント抽選会も良い感じでした。
(豪華賞品はゲットできず・・・でしたけど)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思えば、このワシントンホテルさんも、この広い会場にぶら下がってる巨大シャンデリアは3月の地震時には落下したと伺ってます。
一時は建物全体が"満身創痍"という表現が大袈裟でないほどのダメージを受けたようにも伺ってました。それが・・・

スタッフの方々が それこそさぞかし頑張ったんでしょうねぇ。大きなダメージを受けたとは思えないほどの回復状況でしたし、華やかなこういったパーティーは完全復活に相応しいイベントだったようにも感じました。
こんな嬉しいムードが、いわき市内各地に広がって行く事を願って止みません。

サマービュッフェパーティー2

写真は、当院の「若手美女軍団」であります。(笑)

円卓の右半分には、やはり当院の「ママさんチーム」が控えておりましたが、何故かこっちばかりを写してしまったような・・・・・(反省!)。
写真右隅の白ワインが私の戦利品(景品)でありました。

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2011年8月21日

昔話に花が咲く、旧友との語らい

お盆前と昨晩と、当院二階の自称「男の隠れ家」に中学・高校のそれぞれの旧友が泊まりに来てくれました。
今まではどっかの飲み屋さんで・・・のパターンが多かったのですが、考えてみると飲み代も嵩むし、代行も必要だし、だったらお手軽に飲むだけ飲んでシャワーでも浴びて寝ちゃうか?・・・の安上がり作戦で行くことにしました。(笑)

旧友との語らい

気が付いたらお互いに年齢も大台に達し、昔の面影は「ん・・・?」的な部分もありますが、昔話はモチロンのこと、家庭のこと、仕事のことやら今後のこと、大いに語らえて実に楽しい時間でありました。

三十数年前、同じ学舎に籍を置き、やがてそれぞれの進路を選択し、仕事に没頭する時期には数年間音信不通の時もありましたけど、連絡を取り合うようになったらタイムスリップは簡単。
お互いに見た目は相当に変わってはしまいました(!?)が、それでも中学の頃、高校生時代の彼等と根本はナニも変わらず。
間に「お酒」が介在するようになった違いだけって感じです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

輸出関連の企業に所属する高校旧友の彼は、昨今の超円高・75円台を嘆いてましたねぇ。無理もありません。1円違えば企業規模にも因るでしょうけれど何億・何十億の損失ですもんね。
それすなわち給与(年収)にも反映してくるでしょうし、悩むのも無理はないでしょう。

震災から5ヶ月以上、被災地においてやっと立ち上がろう、ナンとか頑張ろうと復興を目指している中小企業、とりわけ円高ダメージを被りやすい職種の方々は厳しいでしょうねぇ。
政治の空白を見るにつけ、寒々しい虚しさを覚える昨今です。(泣)

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2011年8月20日

マクロの世界を堪能してみる

日頃、結構 細かい仕事をしてるので、壮大なると言うか雄大な風景に憧れない訳ではありません。
そのつもりで広角レンズ(ワイドに撮れるレンズ)をチョイスすることもあるんですが、余程の山中とかに行かない限り、生活圏での撮影だと どうしても人工物(電柱・電線等)が映り込んでしまうので納得しにくいところがあります。

それなりの画像処理のスキルは無い訳ではないので、人工物を消したり、人や車なんかを周囲に同化させながら消すぐらいの事は出来るのですが、出来れば加工しない「そのままの映像」で勝負(!?)したいと考えると・・・

自然と「マクロの世界」に向かってしまいます。(笑)

ただ、マクロの世界は小さいけど実に大きいです。
時に雄大である様にすら感じられることもあるんですよ。
今までの自分が知らなかった、見たこともなかったような世界が広がってることに驚かされます。

マクロの世界1

覗いてみて あれこれ思います。
私は植物の知識に疎いのですが、ヒマワリの種類も相当数あるように感じます。

マクロの世界2

昔っからカマキリは苦手であります。(笑)
ちょっとお顔付きが・・・・・馴染めませんねぇ。(笑)

マクロの世界3

何故でしょう、対峙すると怒られてるような気になっちゃいます。
「ナンだよ、文句あんのか?(怒)」って言ってるように思えません?(笑)

マクロの世界4

飛び立つ蜂にピントが合わない・・・・。(泣)

マクロの世界5

こういった瞬間が好きですねぇ。

マクロの世界6

よくNHKの放送なんかで ハイスピード撮影なんかしてますけど、そういったのって憧れますねぇ。「動植物の世界」に興味を覚えるワケではなく、あくまでも「映像の世界」に対して、どれだけ凄い映像か・・・って事が気に掛かります。

上の写真はシャッタースピードの選択間違いでしょう。
もっと高速でシャッターを切らないといけないんだと思います。
遅過ぎたので片方の羽は写りませんでした。(泣)

マクロの世界7

マクロ写真って言うのは、単に拡大をするだけではなく、そこに見たことも触れたこともない私達が知らなかった世界が広がっているという事実を教えてくれます。

ナンでもそうなんでしょうね。
見ようとしなければ見えない、知ろうとしなければ知り得ない・・・。

視点を変えると様々なことが見えて来る・・・。

望遠で遠くを見つめたり、広角ワイドで視野を広げたり、あれこれ画角を変え焦点距離の異なるレンズを使い分けするレンズワークが、新たなダイナミックな世界を見せてくれるように思えてなりません。

写真の醍醐味ってヤツでしょうか。

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2011年8月19日

亜熱帯を連想させるような豪雨

昨夕の雷&集中豪雨は凄かったですねぇ。
御陰で医院外周の水撒きをせずに済んだのは宜しかったのですが、移動中の方とか屋外の仕事の方は大変だったことでしょう。

どうも、最近の豪雨は「凄まじい!」って感じがします。その雷も「いわき市」に相当に集中したらしく、ある方がiPhoneの画面で教えてくれましたよ。

落雷状況

これだけの雷が短時間でこの地を襲ったんですから、市内では落雷の被害に遭われた方もいらっしゃったかもしれませんね。(泣)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日の貝泊でもそうだったのですが、こう雷や局地的豪雨が続くと、昔 遭遇したことがある亜熱帯のエリアでの集中豪雨を思い起こします。

たぶん、十数年前のことでしたでしょうか、我が家族は、サイパン島に旅行に行ったことがありました。
成田からのフライト。その成田までが渋滞もあって遠かったのですが、それでも飛行時間は3時間程度だったでしょうか、亜熱帯のはずなのに サイパンは想像していた以上に「近かった」記憶があります。
そこで初めて遭遇したのが・・・・

スコール・・・・・突然の降雨。

初めて見舞われて ビックリしました。
その時には、温帯の日本との違いを強く感じたモノです。
それが最近はどうしちゃったんでしょう。似て来たように思えちゃいます。

ゲリラ豪雨・・・・・やはり突然の降雨。

今回、お盆中に宿泊した貝泊でも見舞われました。

まさにスコールのような雨

雨脚は強く、周辺の大地から 地面が急激に冷やされ立ち上る湯気。
そうかと思うと数十分後には青空が見え、我々は289号線の貝泊大橋へ・・・

スコールの最中の青空

そしてこの後にもう一度 雨。(泣)

激しい雷、稲光。

で、驚いたことに 北東に数十キロしか離れていない自宅の周辺では降雨ゼロ。
ちょっと不思議(変?)ですよね、最近のいわゆるゲリラ豪雨。
お湿り程度の雨は歓迎しますけど、人的被害・家屋被害が生じるような豪雨は勘弁願いたいですね。

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2011年8月18日

自分の「生い立ち」に重なる風景

私が育ったのは いわき市内郷にある白水阿弥陀堂という国宝に向かう道すがら、その数キロ手前のポイントでした。
開けた「住宅地エリア」と言うよりは「山の中」って感じの所でありましたよ。
ちょうど小学校の6年間をそこで過ごしましたが、周りはもう自然だらけ。(笑)

お盆の一夜を過ごした貝泊に誘われるように向かったり、過ごしていると懐かしい郷愁を覚えるのは、そんな自分の生い立ちとリンクする点を感じるからかもしれません。自分自身に原風景なるモノがあるとすれば、そんな感じかもしれないです。
貝泊・・・ここではまったくと言っていいほどに違和感を感じませんねぇ。(笑)

夏の舞1

こんなシーンは、いま現在居住している住宅地の庭先でも見ないことはないのですが、残念ながら背景が完全なる緑にはならない(なれない?)ことがほとんどです。周囲の家々が映り込んでしまったり、電柱・電線が縦横無尽に張られてますからねぇ。

貝泊写真倶楽部の面々に、「ホラまた酒井さんがブツブツ言いながら追っかけてるよ(笑)」のように言われながらも、私にとっての魅力ある被写体を追いかけてみました。

実は、空中を舞う蝶々にカメラのピントを追従させるって結構大変なんですが、最近のレンズは本当に良く出来てます。

レンズの進化 を痛感しましたよ。

夏の舞2

背景なんかを考える余裕は全く無いのですが、それでも少しだけ腰を屈めて色的に浮き立つエリアに入れてみようと工夫してみた・・・って感じですね。(笑)
ちょっとバックがシンプル過ぎたかもしれませんが。

これだけ写真を撮っていてナンなんですが、最近やっとですね、ファインダーを覗きながら四隅とか背景に注意が払えるようになったのは。

一瞬を切り取り、一枚にすべてを凝縮させる・・・・

それって実は大変なことであるようです。
簡単じゃないから楽しいんですけどね。(笑)

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2011年8月17日

コンクリートジャングルの対極か?

昨日も厳しい残暑に見舞われましたね、実に暑い一日でした。(泣)
そんな暑さの中、自由研究とかではなかったようですが、次男(8歳)の「夏休みの友」だかに載っていた課題のような河原での「小石拾い」に行って来ました。
たぶん、その石を綺麗にしてからペインティングでもするんでしょうね、上の子達も小学校の低学年の時には そんな事をしていた記憶があります。

で、石を拾うのはモチロン簡単なことだったのですが、当然河原の炎天下にあった石ですから、そりゃぁ~もう暫くは熱を帯びていて冷めませんでした。(泣)
考えてみれば「石焼き芋」もあれば「石焼きビビンバ」とかもあるんですから そりゃぁ~そうかもしれないと妙に納得できたりもしましたが。

そこで唐突に思い出したのが当院の二階の異様な暑さ・・・。
南側全面がアスファルトの駐車場ですから、厳しい照り返しは避けられない当院の二階なのです。
石にしてもアスファルトやコンクリートにしても 熱 を帯びるんでしょうねぇ。
思わず、住んだこともないのに都会のコンクリートジャングルにおける真夏の熱帯夜の辛さを想像してしまいました。(泣)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よく、「母なる海、父なる山」という言葉を耳にします。
後者の「山」はコンクリートジャングルの対極とも言うべき自然の緑が溢れる空間。
緑の木々は光合成により酸素の供給源ともなり、水を集め保水能力に長け、そして我々の目を癒し、木陰は周囲を涼しくしてくれます。

お盆休みの貝泊写真館に程近い戸草川渓谷がまさにそんな感じでした。

戸草川渓谷1

ここは、既に震災以前より車両は進入禁止状態、通行止めとなっていたエリア(本来は県道?)です。
その後 今年に入って、3月11日・4月11日両日の激震をはじめとして度重なる余震に見舞われたせいでしょうか、上の写真のような巨岩も落下していたようです。(立ち入るのは自己責任ってトコでしょう)

防護ネットを突き破って来たという事実に 驚愕 しますね。

我々が涼しさを満喫した「二岐の滝」は、でなくとも人を拒むような通行止め・落石の通路を歩くこと暫し、その道(通路)からチョイと急傾斜の坂を下った場所に位置します。

戸草川渓谷2

足元に気を付けながら降りると、程なく豪快な滝が見えて来ます。
スキーを履いていても躊躇するような急傾斜なのに、我々はサンダルで行ってしまい難儀しちゃいましたよ。(泣)

二岐の滝

「二岐の滝」・・・おそらく「いわき市内」では最大級の滝ではないでしょうか?

こういった緑の「山」が持つ自然の力を、我々人類は軽視して来たのかもしれませんね。よくマイナスイオンを浴びると言いますが、人を快適にする力が「自然」には備わってるように思えてなりません。

戸草川渓谷3

帰り道。私の脳裏では「スタンド・バイ・ミー」のテーマ曲が流れっ放しでしたけど、実際は急傾斜を今度は登ったすぐ後でしたから全員が疲弊しきってましたっけ。(泣)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

田舎を礼賛し、都会を悪く言うつもりは毛頭ありません。
我々が住まうエリア毎に様々な事情もお有りでしょうし、また 都心部のコンクリートジャングル無くして国の経済も回ってはいかない事でしょう。
それでも確実に、人類にとっての「緑」であり「山」は 適切なる温度管理という観点からすれば本当は必要不可欠な存在なんでしょうね。

「山」が持つ不思議で偉大なる力・・・。

快適な「緑」に接し、そんな事を感じました。

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2011年8月16日

「貝泊」は確かに自然の宝庫です

「楽しい時間・楽しいひととき」ってどうしてこうも過ぎ行くのが速いんでしょうね。
今回も瞬く間に一泊二日が終わってしまいましたが、仕事時間もこんなだと良いんだけどな・・・などと思ってしまいます。(笑)

仕事中にも実際に「エッ、もうこんな時間?(笑)」と思える日もあるし、逆に「まだこんな時間なの(泣)?」と思うようなことも多々あります。

どんな仕事も そうですよね。

願わくば、常に平常心を保ち、コンスタントな精神状態で明るく楽しく仕事はしたいですけど、きっと修行が足りないんでしょうね、そう思えない時も未だにないワケではありません。(泣)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、貝泊写真倶楽部の夏休みです。
そんなワケでアッと言う間でしたけど、充実の時間を送ることが出来ました。

時に、「ナンの倶楽部だっけ?」的な感じ(!?)もしなくはないのですが、最近では館長さん(プロのカメラマン)があれこれの指導もして下さってありがたい限りです。(笑)

自然の宝庫・貝泊1

いわゆる「ちゃぶ台」とか「畳」との組み合わせがナンか良くありません?(笑)

自然の宝庫・貝泊2

貝泊写真館の前の通りは、黄色やオレンジに彩られています。
確かにいわき市内のそこかしこに自然は溢れてますけど、ここ貝泊(かいどまり)は本当の「自然の宝庫」でありましたよ。
地元の方々の手入れが行き届いてる感じがします。
5月に田植えで伺ったまさに私が植えた場所も、地元の方が草抜きをして下さってるところでありました。
炎天下での管理・・・そういった陰の御尽力をありがたく感じます。

自然の宝庫・貝泊3

私の好きな世界が広がっておりました。(笑)
「夏の彩り」 ・・・昆虫も植物もまさにそんな感じでありましたよ。

自然の宝庫・貝泊4

因みに私は昆虫が好きってワケではないのです。(笑)
ファーブル昆虫記なんかも読んだ事はありません。ただ、写真素材として動きのあるモノにトライしたい、出来ればカラフルなモノだと楽しいな・・・程度のレベルでしょうか。

自然の宝庫・貝泊5

館長さんには、背景を意識しながら肝心な被写体を捉えると良いと教えていただきましたが、実際にはそんな余裕がなかなかないですねぇ。(泣)

絞り、シャッタースピード、露出補正、ホワイトバランス、ISO感度。

あれこれの設定を考えてるウチに、被写体は逃げてしまいました。(笑)

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2011年8月15日

僕達の楽しい夏休みが過ぎ行く

2011年の夏。

おそらく私達にとっては「特別な夏」になるであろう この8月・お盆休み。
昨日14日からの一泊二日で、例により貝泊写真倶楽部の仲間達で貝泊の「暑く、そして熱い夏」を過ごして参りました。(笑)

標高の高い貝泊ではありますが、それでも日中はやはり暑かった・・・。(泣)
ただ戸草川渓谷の「二岐の滝」、ここの滝壺周辺だけは随分と涼しかったですよ。
久方振りに「天然の涼」を存分に味わって来ました。

貝泊写真倶楽部の夏休み1

ここは、いわき市民でも御存知ない方が多いんじゃないでしょうか?
初めて「いわき百景」さんに連れて来て貰った時には、まったく知らなかった私はビックリしたモノです。

貝泊写真倶楽部の夏休み2

ま、いつも遊んでるメンバーなんですけどね。(笑)

● 貝泊写真倶楽部 ・ リーダー ・・・・・・ 館長さん
● 貝泊写真倶楽部 ・ No.3 ・・・・・・・・ ころすけさん
● 貝泊写真倶楽部 ・ No.5 ・・・・・・・・ しゅうさん 

その後、夕方からは貝泊写真館でBBQ。そこにミスター貝泊である蛭田さんにもお越しいただいて実に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

貝泊写真倶楽部の夏休み3

この蛭田さんに初めてお目にかかったのは昨年の9月18日。
やはり貝泊コイコイ倶楽部の皆さんに御協力いただいた「フォレストクラブ」でのイベントでのことでした。それ以来のお付き合いであります。
その後、貝泊に足を運ぶ度に"何故かお会いしちゃう" とっても気さくな方です。
震災後の貝泊のあれこれに尽力なさった方で、私が足繁く通うこの貝泊写真館の良き理解者でもありますね。

夜が更けるまで、実に楽しいひとときでありました。

貝泊写真倶楽部の夏休み4

ナニかのテーマがある訳ではなく ただ単に集うだけの我々ですけど、遠方より激痩せ(!?)なさったしゅうさんにも参加していただけて嬉しかったですね。

今日15日の朝からは、

● 貝泊写真倶楽部 ・ No.14 ・・・・・・・・ ねもしゅうさん
● 貝泊写真倶楽部 ・ No.16 ・・・・・・・・ コウシンさん

にも参加していただいて、濃密なる時間を過ごして来ましたよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思えば今年の前半戦。

文字通りの激震が私達全員を襲いました。
その際のみんなとの繋がりほど心強かったモノはなかったです。

私自身は大人ですし、自分でも決して弱い人間だとは思いませんが、震災後の「見えない明日」に不安を募らせている「まさにその時」に支えてくれた皆さんは本当にありがたかった・・・。

こうして、集い・酔いしれることが出来るとは想像も出来なかったあの3月の日々。
それを思えば夢のような時間を過ごせて、ナニよりの一夜でした。

もっとも調子よく飲み過ぎちゃって途中から記憶が・・・・(笑)。
隣室の布団までナンとか辿り着いたら、「夢のような・・・」ではなく本当に「夢の時間」に陥ってしまったのは言うまでもありません。
館長さんと私は、

何時に寝たのかもまったく記憶無し!(笑)

この貝泊写真倶楽部の仲間達。
これからも強く強く繋がっていたい皆さんであります。

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2011年8月14日

男に生まれたことを無駄にしない

表題は、トヨタのマークXなる車種のCMで流れていたコピーです。
そうです、佐藤浩市さんが出演されてるコマーシャルでして、ナンか気に入っちゃってパクってみました。(笑)

何故かって言うと・・・

昨日、高2の息子と所用で首都圏方面に往復550kmのロングドライブをして来たからです。そりゃぁ毎日 一緒に生活はしてますが、考えてみると二人っきりで長時間を過ごすって意外と無かったですね。
あれこれ話をし合う中で、ナンつーか、やはり「男」であることを意識せずには居られませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

男性は女性を思いやることはあっても、女性の生活、もしくは心理を体感・実感することは有り得ません。
逆もまた真なりですが、どっちが良い・悪いではなく 私は女性には女性の役割、男性には男性の役割があろうかと思えてなりません。

せっかく「男」という性に生まれたのですから、その役割を果たしつつ徹底して男を「満喫する」って言うか、そう、表題のように「無駄にしない」生き方が出来れば・・・と願います。
そんな話を最近 休息に大人の男性になりつつある息子にチョイと伝えたかったですね。

マリンタワー1

写真は、いわきの観光名所の「マリンタワー」です。地震・震災に見舞われても些かも揺るがない、言うなれば復興する「いわき市」の象徴的存在でありましょう。

男子たるもの・・・・・

すっくと立ってこんなふうにありたいですね。

ま、息子にあれこれ諭す前に、まずは父親である私がそうでないとならないんですけどね。(笑)

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2011年8月13日

「長崎」の被爆者の方を思い出す

10日の朝日新聞・朝刊の社会面に 見知った方が掲載されておりました。

長崎の被爆者の方を思い出す

この男性の方は,とても誠実な方であります。
ここで語られている81歳でお亡くなりになった この方のお母様は、私にとって実に印象深い患者さんでありました。
常に柔和な笑みをたたえ、どんな時も貴婦人のように振る舞って下さり、治療の終了のその都度に「御陰様で、ありがとうございました」と声を掛けて下さる・・・・それはそれはとっても気持ちの良い、心温まる方でありました。

今でも懐かしく思い起こします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長くお付き合いをさせていただきましたが、私はこの患者さんに一回だけ失礼なことを言ってしまったことがあります。

保険証が「原爆公費」という原爆被爆者の方特有の保険分類であったが為に、初診から数年経ったある時に私がうっかりこう言ってしまったんです・・・・(泣)。

「××× さんは、広島の出身でいらしたんですねぇ」 と。

それに対して、キッパリと・・・・

「いえ、長崎です」 と。

その時の目が忘れられません。
常日頃の柔和なお顔が その一瞬だけ厳しいお顔になられましたから。

6日の広島、9日の長崎。
被害規模の大きい小さいに関わらず、被曝の後遺症に長らく苛まれたこともお有りだったんでしょう。
私にとっては、「長崎=原爆」の一応の知識はあっても「広島=原爆」ほどの強い印象では無かったんでしょうね、きっと。

「長崎」の存在を安易に考えてしまっていた自分自身。
ほんの一瞬のやりとりでしかなかったのですが、患者さん(人)と接する仕事をしている以上、軽率な発言は良くないんだ・・・と思い知った出来事でありました。

そういったやりとりは、何年経っても記憶から遠ざかることは無いですね。

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2011年8月12日

「稲見一良」氏の世界に憧れる

昨日・一昨日は異様に暑かったですねぇ。
8月の中旬に差し掛かってはおりますが、まだ残暑なんて感じでは無いので

暑中お見舞い申し上げます・・・ですね。(泣)

さて、当院も明日以降 お盆のお休みに入ります。
・・・って言ったってホンの数日でしかありませんが、今晩も、来週末も、熱く語り合える旧友二人が当院二階に泊まりに来てくれたりするので楽しみでもあります。

いつもはスタッフルームでしかない当院二階を男の隠れ家・・・などと称してますが、実は以前からそんな呼称に憧れ(!?)のようなモノを感じておりました。

昔から、いわゆるハードボイルド小説とかに傾倒してた時期があり、数多くの著者・著作に魅せられて来ましたが、その中で、既に亡くなられた稲見一良(いなみ・いつら)氏という作家の方のお名前が忘れられません。

1994年没、享年63歳・・・。

氏は、書籍としては僅か9冊ほどしか世に残されませんでしたが、趣味の猟銃を絡めた文体は、ある意味 少年の視点のようでもあり、ニヒリズムって言うんだか虚無感漂う筆致であったり、大いなる才能を感じさせた方でありました。

その彼の著作の中で、内容はすっかり忘れてしまったのに題名だけが印象に残ってる著作がありまして・・・

『ガンロッカーのある書斎』

私自身は、子供のモデルガン程度しか触ったことはありませんが、銃とかピストルだとかは おそらく女性には理解されない男性の「世界」だったりするじゃないですか。
「ガンロッカー」とか「書斎」という文字に大いなる憧れを抱いておりました。(笑)

ハイビスカス

モチロン、普段はスタッフの休憩室に使ってるんですから、当院二階の「隠れ家」には猟銃もなければ書斎の雰囲気も全く無いんですけどね。(笑)
ただ、私にとっては、自分時間に浸れる『ガンロッカーのある書斎』のようなイメージの場所であります。

あくまでもイメージですけど・・・(笑)。

山積みになってる「目を通さなくてはならない」文書類・雑誌・書籍・・・。
優先順位的には本来そちらなのですが、この夏、書棚から氏の『ガンロッカーのある書斎』でも探してみて、ちょっとした時間を見つけて読んでみようかと考えています。

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2011年8月11日

過去の自分、あの瞬間を思い出す

スタッフにプレゼントする院内撮影会等の写真データを整理整頓していたら、あれこれ懐かしい映像も出て来ちゃいました。(笑)
パソコンはデータの集積所ですが、山積みになってる書類の間に挟まってた写真・・・のような感じだったでしょうか。
紛れ込んでた訳ではないけれど久し振りに目にしちゃいました。

7~8年前でしょうか・・・(笑)。

たしか、中央の方の送別会の時でしたか・・・。

懐かしい一枚

たぶん、長袖を着てるところを見ると 真夏ではなかったように記憶してますが、露出度の高いスタッフも居たりしまして・・・・(笑)。

場所はお馴染みの「シェ栗崎」。
ソムリエールのうたソムさんに撮って貰ったんでしょうか、記憶がちょっと曖昧です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここに一緒に写ってるみんなも、遠方に嫁がれたりしています。
悲しいことに 今回の震災で御主人を亡くされた方、今でも計画的避難地域に位置する御自宅から避難を余儀なくされてる方、そして今も当院で活躍してくれてる方もいらっしゃいます。

この瞬間には、その後に待ち受けてる運命なんて解ってなかったんですもんねぇ。
見えない明日、見えない未来を模索していた懐かしい日々でありました・・・。

・・・・・例えば10年なら10年。

長いっちゃぁ~長いし、短いっちゃぁ~短くも感じられる歳月です。
「10年ひと昔」っても言うし、ナニも変わってない錯覚を覚える時もありましょう。
でも、その速さはさておき、単位としてはやっぱり大きいかな・・・・って気がします。

10年前に今の自分自身の姿は考えられなかったし、ましてや20年前の開業前には考えようも無かったし、30年前(そこそこの長髪だった!)からすれば夢(悪夢?)のようかもしれないし・・・(笑)。

そんな10年をあと三回も繰り返したら・・・・

どんな爺ちゃんになってるか,自分でも楽しみでなりません。(笑)

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2011年8月10日

やっと纏めた院内撮影会のDVD

申し訳なく思ってます・・・・。

プロのカメラマンさんに撮っていただいた院内撮影会の写真データ。

本来、昨年末の撮影会だったのですから今年の初め頃には 上手く纏めてスタッフ全員に配布する予定でした。
ところが、あれこれ雑事に追われて、震災にも見舞われて みんなに配布・送付出来ずにおりました。(反省・・・・)

「そのうち そのうち」・・・はダメですね。

ナンでもそうですが、私の場合、タイムリミットを切られないと重い腰はなかなか上がりません。
今回は、9月に挙式されるスタッフの披露宴に間に合わせる必要性があって、やっとこさ纏めることが出来ました。(汗)

院内撮影会・DVD

思えば、震災後の日々にはあんなに時間があったのに、こういった簡単なデータ整理すら出来ませんでした。常々、仕事を依頼する際には「テンションの上がっている忙しい人に頼むべき」と考えておりますが、まさにその通り・・・。(泣)

自分でも思いますが、時間が無い、時間が無いと思ってる時ほど良い仕事が出来ますし、あれこれの仕事が捗るっていうんだから不思議ですよね。
『時間さえあればナンでも出来るってワケではない』ことを痛切に感じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても 写真っていうのはホントに良いですね。

その瞬間を切り取るだけでなく、想いを凝縮できてるように感じられてなりません。
被災地でも、ナニを失っても大切な写真だけは取り戻したいと切に願う人々の様子がありましたモンね。過去の自分、自分自身だけが知っている"あの瞬間"には写真とかでないと会えない訳ですから探し出せると良いですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

円満に退職して下さったスタッフさんに代わり、高校を卒業したばかりの初々しい新人さんもすっかり医院に馴染んでくれたので、そろそろ私自身が撮影する単なるスナップ写真に止まらない、プロの方による第二回の撮影会を開催せねば・・・なんて思ってたりしています。

私も含めてですが、その時代、その年齢の時には、こんなユニフォームを着て、こんな素敵な笑顔で仕事をしていたんだ・・・と懐かしく思い起こすことが出来るような記録は残してあげたいです。

時は瞬く間に過ぎ行くけど、こうして写真整理なんかしてると しばし昨年末の楽しかった撮影会にタイムスリップすることが出来て楽しかったです。(笑)
さぁ、二階堂さんって仰るプロのカメラマンの方は、今度はどんなスタイルで皆の笑顔を切り取って下さるんでしょうか。

楽しみでなりません。(笑)

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2011年8月 9日

環境依存文字はうっかり使えない

日々、こうやってブログを書いたりメールを書いたり、モチロンWordで文書も作ります。PCのワープロ機能を使わない日は 私にはまず考えられません。

その中で、自分のPCで完結してしまうモノは宜しいんでしょうけれど、対外的に発表するようなモノ、特に不特定多数の方がPCだけでなく携帯やらスマホでも閲覧する事が有り得るブログには細心の注意が必要と痛感させられる事態に遭遇してしまいました。

私の場合、仕事中でもほぼ常にプライベートPCの電源はONなので、なかなか自分のブログを携帯で閲覧する機会はそうそうありません。
久し振りに出先で見てみたら・・・
ナンと、文字化けして"ちんぷんかんぷん"で読めないではありませんか。(泣)

困った文字化け・・・

ナンだか訳の解らない文字列が並んでいて、livedoorのブログの基本設定を弄ってもまったく埒があかず、ちょっと困ってしまいました。(泣)
やむなく、livedoorのヘルプに質問して待つこと数日。
返って来た返答はこうでした。

どうも、私のブログのトップ画像で、自己紹介的に書いてる・・・

『いわき市の歯医者「酒井歯科医院」院長のブログです。
世界的に有名になってしまった福島第一原発から南に約40km。
被曝リスクを案じながらも毎日奮闘中です。
好きな写真を絡めて日々のあれこれを書き綴っています。』

どうも 数週間前に書き換えたここに問題点があったようです。

約40kmの「km」。

今は、半角小文字の「k」と「m」を組み合わせてるのですが、うっかり書き換えた当初はいわゆる環境依存文字って言うんでしょうか、「キロ」と入力して変換された一文字表記の「km」をそのまま入力してしまっていたのです。
自分のパソコンでは問題が無かったし、PCで御覧いただいていた皆さんは大丈夫だったようなのですが、携帯だけがダメでした・・・・。

なかなか難しいモノですねぇ。

ヘルプの方が調べて下さり丁寧に指摘して下さったので、今ではモチロン 修正しましたが、今後はマルイチとかマルニとかも避けた方が良いのかもしれません。

それにしても、その部分「km」に止まらずに、その一文字ですべてが文字化けしてしまうとは・・・・。(泣)

またひとつ、勉強になってしまいました。

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2011年8月 8日

七夕・・・いわきの街が蘇る夏の日

東北の各地で、例年通りの夏祭りが開かれてますよね。
いわきも例外ではありません。
仙台の「六魂祭」ほどの規模ではありませんが、中心街の平(たいら)でも七夕が無事行われることになりました。

そこかしこに、こう文字が刻まれた旗がなびいてましたよ。

いわきの復興の証・七夕1

日中に時間が取れそうになかったので、まだ閑散としてた早朝、と言っても8時過ぎでしたけどカメラ片手に出向いてみました。
いわき市のブロガー諸氏の報告を読んでみますと、随分と賑わってるようですよ。
ナニよりであります。(笑)

いわきの復興の証・七夕2

「復興」とは、いったん衰えてしまったモノが、再び元の状態に戻ることでしょうか。
当たり前に行われていたイベントが、当たり前に行われる安心感はとても大きく感じられます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

震災直後から叫ばれていた「がんばっぺ!」の声。
正直、逃げるのに必死になってる方が大勢いらした時点では、ちょっと違うんじゃないか・・・・と感じたこともありましたっけ。

でも、今はヤケにしっくりと来ます。(笑)

そう、「頑張りましょう!」では よそよそしくてピンと来ませんね。
「がんばっぺ!」が一番しっくり来ます。(笑)

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2011年8月 7日

いつもと変わらぬ朝が来る・・・

今日は8月6日、「原爆の日」ですね。
年を追う毎に メディアで報道に割かれるページとか時間が少なくなって来たように感じる昨今でしたけど、今年だけは原子力トラブルの問題、「被曝・被爆」の兼ね合い等もあって例年よりも注目は大きかったんではないでしょうか。

振り返ると、情けないことに日本人であっても「広島・長崎」の実態なんて知らない自分です。
遠く離れた西日本とこちらまでの距離・・・無理もないかもしれませんね。
広島県にとって特別な日である本日も、我が家の台所の東側の窓には いつもと変わることのない朝日が射し込み、炊飯器は美味しい朝御飯を炊いてくれる為にスタンバってましたしね・・・。

「原爆の日」と「平和な一日」とのギャップに不思議な感覚を覚えます。

我が家の台所

昨日、福島県下でも本当の被災地もあれば 環境放射能の数値が下手をすると茨城県とか宮城県よりも低い値を示してるエリアもあることを書きました。
同じ福島県でも相当なる違いがあって、いわき市民の大多数は「普通の生活をしてますよ」的なことを書いて迎えた原爆の日。
目覚めて、広島県の方々に申し訳ない気持ちが芽生えて来ちゃいました。

たぶん、多くの福島県人がそうかと思うのですが、山陽・山陰の中国地方って馴染みが余りありません。
私自身、広島県には一度も行ったことがありませんし、確か山口県と岡山県に挟まれてたんではないか・・・・程度の印象しかありません。
広島市に至っては県の東西南北のどの当たりに位置するのかすら知りません。
(たぶん、南部の瀬戸内海側・・・)

それなのに、あたかも原爆被害は爆心地の広島市に止まらず県下全域のイメージを持ってしまい、爆心地より相当に離れていたであろう山陰側のエリアにまで「広島県全域=原爆被害」のレッテルを貼ってしまっていたのは、誰あろう 自分自身でありました。(泣)

逆もきっとそうなんでしょうね。

西日本の方にとっては、福島県・宮城県・山形県の位置関係もハッキリしない方もいらっしゃることでしょう。場合によっては、茨城県を東北エリアと勘違いされてる方もいらっしゃるかもしれません。
だもの、福島県産品と耳にしただけで多くの消費者が敬遠するのも無理からぬところはありますよね。
「浜通り」も「中通り」も「会津地方」も区別は難しいことでしょう。

日本人同士でもそうなんですから、言わんや諸外国の方にとっては・・・。
66年という重たい歳月を挟んで、ちょっとだけ被爆地が受けたであろう風評被害の甚大さや真実を垣間見た気がしました。

原爆の日に・・・

報道によれば、今年の新米は売れそうにないけれど、古米は爆発的に売れてるそうですね。しかも価格が1.5倍にまで跳ね上がってるのにも関わらず・・・・。
ナンだか、全国民が疑心暗鬼になってしまってるように感じます。
国家的リーダー不在の現状は、その余波を人心崩壊の方に向かわせてるように思えてなりません。(泣)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

嬉しいニュース。

高校野球、夏の甲子園福島県代表の聖光学園がサヨナラで初戦を突破。
選手の誰をも知らないチームだけれど、応援したいし是非とも頑張って頂きたいですねぇ。
思い起こせば、私も家内も今年の選抜高校野球が開催されたのかどうかすら記憶に有りません。(泣)
自分では震災直後も平常心で居たつもりだったけれど、まったくそうじゃなかったことを思い知らされた甲子園の嬉しいニュースでした。

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2011年8月 6日

パパさんとは待遇が違う?(笑)

ここ数ヶ月の報道を見るにつけ 福島県下で過ごす子供達、とりわけ乳幼児や小学生の子供達は、みんな実に忍びない生活を送ってるように思われてるに違いありません。
警戒区域始め30キロ圏内外の避難勧告を受けてらっしゃる御家庭の子供達は、モチロンのことその通りでしょうけれど、広大な面積を有する福島県ですから そうでないエリアもまた たくさんあります。

私の住む「いわき市」の乳幼児・小学生も、確かに屋外での活動には著しい制約があり、遠足・運動会行事もパス、音楽祭等の楽しみな行事も 開催場所が避難所になってる事情もあってか延期されたように伺ってます。

でも、子供達は全国の皆さんが思ってらっしゃるほど不幸ではないですよ。

残念ながらいわき市内でも、決して非難する訳では無いのですが、親御さんが情報に振り回され右往左往してしまってるようだと辛いかもしれません。
これは無理もありませんね。東京電力の「情報隠蔽」の疑いは未だに消えてないのですから、いったい福島第一原発で何が起こってるのかを正確に把握できてない以上、落ち着かない気分なのも無理はありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、我が家ではどうかというと、私の仕事故に移転等は考えようも無いので、夫婦ともにブレようが無いというのが現実です。
案じない訳では決してありませんが、現状では今の生活を捨てての避難は一切考えておりません。家内とは、その点で意見が100%一致してますから震災当初より 我が家は大きくブレることは無かったです。

モチロン、原発トラブルは困ったことだと思ってますよ。
事態が収束に向かうことを、間違いなく期待してはいます。

そんな両親ですから、息子は結構 伸び伸びと過ごしております。
本日、無事に嬉しい誕生日も迎えることが出来ました。(笑)

8歳の誕生日

ん? ナンだかパパさんの時とは ケーキの大きさ的に待遇が随分と違うのではないでしょうか?(笑)

毎日ちゃんと両親・姉兄・祖父母に大事にされてますから、彼もちょっとだけ不自由は感じてるでしょうけれど、まったくもって不幸なことはないと思います。

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2011年8月 5日

16歳、「男の隠れ家」の味を知る

阪神大震災の直後の出産でしたから もう16年は過ぎてしまってます。
と言うことは、息子(長男)も必然的に16歳になった訳で、ここのところ心身共に成長著しく、頼もしい限りです。(笑)

私自身もそうでしたけど、一般的に 男の子って中学生時代にはチョイと間延びしたって言うのか精神と肉体のアンバランス期を迎えるじゃないですか。
顔つきも幼さ半分・大人びた側面半分・・・。
その時期を越え、だんだんとそのギャップが埋まり始め、一致してくるのが高校生ではないかと「分析」しています。

そんな彼に、お父さん愛用の「男の隠れ家」を提供してみました。

夏休み、彼の仲間達(親友)に歯科医院二階を一晩預けてみました。
彼等のプライバシーの問題もあるので詳細は書きませんが、ナンか我が長男にそんな場を提供出来るなんて・・・・

男親としては、ちょっと嬉しいじゃないですか。(笑)

部活の遠征でもない、修学旅行でもない、自由気ままな合宿状態がもたらす楽しい"ひととき"。共に励まし合って震災をも乗り越えた彼等の絆を更に深めてくれたらそれで良いと考えました。

案じなくはないですけど、細かく うるさいことはナニも言いません。
ただ、16歳となれば父親が屋号を背負ってる場であることの意味は重々承知してるはずでしょう。
必然的に、その場でどう振る舞えば御近所の皆さんに迷惑が掛からないか・・・そんな事は理解できる年齢ですから任せてみました。

高校生の愛車

高校生の「足」と言えば、そうです、チャリンコ。(笑)

今後も、例え大学生になっても、社会人になっても、時間を気にせずに仲間と過ごせる場として彼には提供してみましょう。
優先順位的にはお父ちゃんの都合が最優先となりますが、これからも時折 当院駐車場に上のような光景が見られるようになるかもしれません。(笑)

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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2011年8月 4日

蘇る「アクアマリンふくしま」②

数日前の新聞に、確か仙台東部に位置しそれはそれは甚大なる被害を受けた若林地区(地名で言うと「荒浜」とか)の現況を知らせる記事が載っておりました。
それによれば、今 彼の地には「ナンとか環境ツアー」とかって称して都心からの観光バスが乗り付けられてるそうです。(泣)

降り立った乗客は、各自手にデジカメを持ち、傾いた住宅・荒野のような宅地跡にレンズを向けては撮影を始めるとか・・・。
団体さんだけでなく、個人もひっきりなしに訪れてはとにかく写真撮影。
酷いグループになると、大破した住宅前でピースサイン・・・。(泣)

何となく想像できる姿ですよね。

やっぱり・・・って言うか、それもまた一部の日本人の側面なんでしょう。

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私も、つい先日 機会があって壊滅的被害を受けた薄磯周辺(いわき市の海岸沿いのエリア)を通りましたけど、ただただ啞然とするだけで写真撮影なんて考えもしませんでした。

あったはずの住宅。残っているのは住宅の基礎部分だけ・・・。
そこで営まれていたはずの生活は・・・そう考えたらいたたまれませんでした。

一瞬にして「すべてを失う」。

被災直後は、命があっただけで十分と自分を納得させ得ても、落ち着いた後でかつて御自宅があった場所、憩いの場であり想い出の残る場所に佇めば、嘔吐感にも似たような嗚咽が込み上げて来はしまいか・・・と感じました。

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「きぼう(希望)」

一昨日にも書きましたが、復興が叶ったアクアマリンのゴマフアザラシの赤ちゃんに付けられた名前です。
「頑張ろう」とか「復興」とかを言うのは容易いんでしょうね。
甚大なる被害を被った海岸線を見るに付け、現実はまだまだ厳しいモノであることを再認識させられます。

アクアマリンふくしま⑥

先日訪れた「アクアマリンふくしま」。夏休みではあったけど平日(木曜日)でしたからちょっと閑散とはしてました。

アクアマリンふくしま⑦

アクアマリンふくしま⑧

本来は、水槽内の生物数ももっと多かったように記憶しています。
(写真的にはもっとホワイトバランスを弄れば良かったのかもしれません・・・)

アクアマリンふくしま⑨

巨大な水槽は、地震・津波に因る施設的被害は免れたんでしょうね。

アクアマリンふくしま⑩

ここは売店ですけど、一階で海側ですから、完全に水没したんじゃないかと想像します。気の毒でスタッフの方に伺うことも憚られました。

アクアマリンふくしま⑪

アクアマリンふくしま⑫

ガラス張りの展望台から、あの日牙を剥いた海を眺めます。(泣)

アクアマリンふくしま⑬

ここの巨大金魚の水槽は、7月31日早朝の震度5弱の揺れで水浸しになったように スタッフさんのブログに書かれてました。

アクアマリンふくしま⑭

「アクアマリンふくしま」の方々は、シーラカンスの生態解明研究にも尽力されていて、貴重な撮影にも成功されてます。
ここだって 一階ですから大変だったに違いありません・・・・。

「アクアマリン=復興の象徴」

のように例えられます。
痛々しい姿ながらも前向きに立ち上がるその姿は、まさに象徴なんでしょう。
やがて、煌めくようなアクアマリンの輝きを完全に取り戻せる頃には、壊滅的被害を受けられた皆さんにも、以前のような安穏とした生活が戻ってることを願いたいですね。

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2011年8月 3日

離れていても何処かで繋がってる

あれから震災を挟んで 随分と時間が経ってしまいました。
昨秋に結婚されたスタッフが、嫁ぎ先の岩手県からの帰省時に、わざわざ当院に顔を見せに来てくれました。

元気そうで、若奥様らしくて、輝いていて・・・・。

嬉しかったですねぇ。
Mちゃんは、そう言えば「笑顔」しか思い浮かばないほどの明るい女性で、イメージとしてはヒマワリのような方でありました。

彼女は、震災後も私のこのブログに目を通してくれていたようで、ある程度の事情を御存知。「大変でしたよねぇ・・・」と案じてくれました。
「そうでもないよ、書いてるほどには大したことなかったよ」って答えてはみたモノの、本当は言葉に尽くせない瞬間もあったりはしましたが・・・(笑)。

遠方に嫁がれてる我が歯科医院のOG達が、出身地である地元いわきの震災後の状況を案じて、情報収集の為に私のブログを読んでも良いようにとある程度の配慮はして来たつもりなんですが、これだけ過ぎてしまえばもう大丈夫ですもんね。
御陰様で、今は震災前よりも忙しく過ごしてますから 当院はもうとっくに完全復活を果たしてます。(笑)

ヒマワリ

来月には、Mちゃんと同時期に当院に在籍してくれていたYちゃんの結婚式も控えてます。
震災の影響で4月の挙式予定が9月に延期になっちゃったこのYちゃんも頑張り屋のお嬢さんで、笑うと顔が崩れてしまう(!?)ほどの笑顔が素敵な女性でありましたが、Mちゃんとはその来月の結婚式・披露宴での再会を約束致しました。

その式当日には、一昨年 広野町に嫁がれて、今は震災直前の本年2月に出産なさった乳飲み子を抱えて避難生活を余儀なくされてる元スタッフも、万難を排して出席して下さると伺ってます。
そんな風に 各地に離れ離れにはなっていても、何処かで繋がってる関係は院長としてはとても嬉しいモノですね。

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きっと みんなで写真なんかに収まることになるんでしょう。
それはそれで嬉しいことなんですよ・・・。
でも、自分の気持ちの上では彼女達の「お兄さん」程度の気持ちでいるんだけれど、写真を見ると どの角度から見ても「お父さん」にしか見えないのが寂しかったりもします・・・・(泣)。
まぁ「写真」は「真実を写す」と書くんですから致し方ないでしょう。

願わくは、本日来てくれたMちゃんが、この後 みんなにメール等で連絡を取る際に、「先生に久し振りに会ったら、ヘアスタイルが変わってた!」なんて言ってないことを願いたいですねぇ。(笑)

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来月の結婚式がとても楽しみです。でも・・・・

スピーチがなぁ・・・・・(泣)

Yちゃんも誉めることには事欠かない女性なので、その点はノープロブレムなんですけどねぇ。

今ひとつ どうも落ち着かない・・・・(笑)

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2011年8月 2日

蘇る「アクアマリンふくしま」①

本来のアクアマリンというのは、3月の誕生石、そう宝石のことですよね。
緑柱石という鉱物の中で、透明かつスカイブルーの色調のモノがそう呼ばれるってウィキペディアに書いてありました。(笑)

字面も音も綺麗なアクアマリン、我々いわき市民にとっては小名浜にある「アクアマリンふくしま」に重なることもあって、親しみを感じます。

震災で甚大なる被害を被ってしまったその「アクアマリンふくしま」。
関係者の皆さんの献身的努力があったんでしょう、4ヶ月・120日の後、7月の半ばに復旧し、私も28日に出掛けてみました。

アクアマリンふくしま①

液状化に見舞われた駐車場には、まだ大きな亀裂が入ったまま。
痛々しい部分を残したままの再スタート。(泣)

埠頭に存在する建物は、津波の被害をモロに受け、直後から電源喪失状態。
海獣類はどうにか全国各地の水族館の協力を得て守られたようですが、約750種類・20万匹にも及ぶ魚は死に絶えたと聞いてました。
正直 過去に何度か訪れた時に比較すれば、完全復活にはまだ遠いようには感じましたが、それでもとても津波に見舞われ水没したようには思えないほどの復旧ぶりでしたよ。
関係者の方々の御苦労たるや、凄まじかったんではないでしょうか。

アクアマリンふくしま②

上層階はおそらく津波被害を免れたはずですが、一階は・・・・。(泣)

アクアマリンふくしま③

こんなに早期に復旧が達成出来るとは思いませんでした。

アクアマリンふくしま④

巨大な海獣・セイウチも帰って来てたようです。
被災後には鴨川シーワールドに避難してたんですよね。

アクアマリンふくしま⑤

その鴨川で、ゴマフアザラシの赤ちゃんが生まれたそうで、命名「きぼう」とされたようです。

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このネーミングはまさに絶妙でしょう。
いわき市民の希望を託されたような「アクアマリン」の復活。
復興の象徴としての役割を果たすその姿は、まさに「きぼう」そのものでした。

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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2011年8月 1日

「写真」の楽しさを教えていただく

初めて一眼レフという高級カメラを手にしたのはいつのことだったか・・・。
社会人になってから間もなくCanonからEOSシステムが登場し、たぶん当時は訳もわからず「お買い得・2本ズームセット」のようなモノを手にしたのが初めてだったんではなかったか・・・。

その後、決して今のように頻繁に写真を撮っていた訳でもなく、銀塩フィルム(多くて36枚撮り)でしたから家族のイベント時にだけ活用・・・って感じでしかなかったですね。
写真雑誌に載っていた風景写真撮影スポットなんかに出向くこともしましたが、モノ凄い機材をこれ見よがしに自慢気に話す方がいらしたり、最適スポットにデンと三脚を立てて「邪魔すんなよ」的にあしらわれたこともありまして、正直、アマチュアカメラマンの印象って・・・・

あまり良くなかったです。(笑)

私にとってのカメラは、あくまでもツール(道具)でしかありません。
そりゃぁレンズにカビが生えては困りますから防湿庫に保管はしてますが、カメラを磨いて飾るように鎮座させておくなんてことは考えもしません。
納得の行く写真を撮りたいが為に「高級レンズ」を手にはしますが、他にこれと言って趣味らしきモノがあるで無し、しかも十数年で元を取るまで使い倒すことを思えば無駄ではないでしょう。

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そんな私が、こんなふうに写真にのめり込むようになったのは貝泊写真倶楽部という倶楽部に交ぜて貰ってからであります。
リーダーの貝泊写真館の館長さんはプロのカメラマンの方ですが、それでいて難しいことはナニも言わないし、コンデジもOK、携帯のカメラもOK、とにかく敷居が低く、「楽しく撮る!」をモットーにされてる方で、そこに大いに共感した次第です。

その私に写真を撮ることの楽しさを教えて下さった貝泊写真倶楽部の我らがリーダー館長さんは、こんな方であります。(笑)

愛して止まない我らがリーダー①

帽子代わりに、こんなのをバンダナ状にして頭に巻き・・・

愛して止まない我らがリーダー②

普段の仕事とは 意識を変えて撮影行を楽しむ・・・。

愛して止まない我らがおやっさん①

そして、原発禍がキッカケとなり貝泊の地から広島に移転が決まったふくふくさんに 最後に尾瀬を紹介したかった貝泊写真倶楽部の仲間のころすけさん。
コンデジでもとっても綺麗な写真をお撮りになってます。

愛して止まない我らがおやっさん②

今回の尾瀬行き、上から下まで一番格好が決まってました。
因みに、私の格好はほぼ普段着状態。(笑)
歩きやすいようにズボンだけはストレッチの効いたパンツを購入しましたけど。

愛して止まない我らがリーダー③

館長さんは、鋭い目で被写体を切り"撮る"、切り"撮る"・・・・・(笑)

愛して止まない我らがおやっさん③

どうしてでしょう? 何故かころすけさんは女性に優しい・・・・・(笑)。

愛して止まない我らがリーダー④

館長さんは、カメラメーカー的には私のライバルであります。(笑)
(私は、根っからのCanon党!)

愛して止まない我らがおやっさん④

尾瀬沼に近付くにつれて、ニッコウキスゲが群生しだし、満足げな笑みがこぼれるころすけさん。企画していただいた甲斐があったことでしょう。

愛して止まない我らがおやっさん⑤

長蔵小屋脇から、燧ヶ岳の頂上を覗くことが出来ました。

愛して止まない我らがリーダー⑤

館長さんは、こんな方です。
せっかくなので、ちょっと片目は消しませんでした。(笑)

そして私自身の姿

最後は、館長さんが撮って下さった私の写真です。
こんな瞬間ばかりで、カメラに隠れて ほとんど素顔は見せませんでした。(笑)

こうして、貝泊写真倶楽部の今回の尾瀬行きイベントは幕を閉じました。

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私も含めて、我々男性3人は、いずれもいわき市で仕事をしています。
震災後には、まったく仕事(自営業)にもならず、すなわちは収入を絶たれ、辛い日々もあったはずです。モチロン、私も例外ではありませんでした。

人は、追い込まれた時に、まず確保するのは「衣・食・住+医」でしょう。
図らずも、今回の震災で検証された形となりました。

私は、それでも「入れ歯が壊れた」、「銀歯が取れて困った」、「歯が痛い」と必要とはされましたが、夢を形に変えるようなお仕事だった方は大変だったに違いありません。
仕事としては尊いけれども、生きるのに必死だった状態では、例えば記念写真を撮ろうとか、パーティー等の明るいイベントは開かないし、「成人式の着物はどれにしようかな・・・」どころではなかったことでしょう。

そんな日々を乗り越えて、仕事が元通りになってからの今回のイベントは、参加された各人にとって 今までとはまた違った感慨を覚えることが出来たに違いありません。

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私も歯科の仕事に従事していて、毎日毎日楽しいことばかりではありません。
厳しくお叱りを受ければ気持ちもブルーになるし、それでいて感謝されて嬉しくて仕方がない時もしばしばあります。

仕事ってそういったモノですよね。

館長さんにとっても、「写真撮影」は時に辛い仕事の時もお有りなことでしょう。
逆にプライベートで撮影する時は、類い希なる感性がほとばしるほどのこともありましょう。

館長さんが主宰されてる貝泊写真倶楽部は、まだ何十年もの歴史がある訳ではありませんが、今後も末永く存続させていただいて、ブログを通じて知り合った何故か結束力の固い我々写真好きを、長ぁ~~く楽しませていただきたいモノであります。(笑)
これほどまでに世にカメラ・写真が氾濫していても、なかなか基本を御存知ない方が多いんじゃないでしょうか。基本を押さえて「もっと綺麗に撮れる」テクニックを御指導いただき、今後とも「写真」の奥の深さをお教えいただけると嬉しい限りです。

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さてさて、
これだけ貝泊写真倶楽部の紹介をしましたので、今後の私は倶楽部において間違いなく・・・・

VIP扱いになるかと思われます。(笑)

いかがなモンでしょうか?

※ いわき市の「酒井歯科医院」のホームページはこちらです。

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酒井歯科医院
院長 酒井直樹

酒井歯科医院 院長 酒井直樹

医院サイト:
http://www.sakai-dent.com/

こんにちは。酒井歯科医院の院長/酒井直樹です。当院は福島県いわき市中央台の住宅街にあり、緑豊かな公園や幼稚園、小・中学校が周辺にある、のびやかな環境に恵まれた歯科医院です。開院してから二十数年、素敵なスタッフと共に地域の歯科医療の発展に努めて参りました。
多くの方々に良質で最良の歯科医療を提供するために治療設備の充実と技術の向上を心掛け、チーム医療体制を組みつつ診療に従事する毎日です。
またナンとなくお解りいただけようかと思いますが、医院HPやこの「院長ブログ」・SNSを通じての情報発信が・・・大好きであります。
お口や全身の健康維持からトレンディな医療技術提供まで、咬合全体を捉えた治療と予防で総合的なデンタルヘルスケアをご提供出来るように心掛けております。
歯の健康に少しでも不安を感じたら、まずはこちらから御相談下さい。

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