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2015年6月 9日

自分の系譜が気になりました

先週の木曜日、以前から気になっていた小川の「草野心平記念文学館」に行って参りました。実は・・・モチロン「名前」は存じ上げてたし「詩人」である事も知っては居りましたがそれ以外はほとんど・・・・だったんです。(恥)

平日でしたから貸し切り状態でしたけど、人の生い立ちや生涯・心模様を知るって意義深いってことに気が付きました。
同時にNHKの「ファミリーヒストリー」じゃありませんけど、自分の系譜が少しだけ気にもなりました。恥ずかしながら私には曾祖父&曾祖母が8人は存在しましょうけれど、名前すら明確には・・・・(汗)

自分の親世代が他界してしまうと手掛かりがどんどん少なくなっちゃうので、ちょっとナンとかしないと・・・と思った草野心平さんとの出会いでした。
・・・・「酒井直樹記念館」を検討しないとなりませんでしょうか。(笑)

草野心平文学記念館

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2015年6月 8日

抗えないモノを感じる昨今・・・

爽やかな月曜日の朝を迎えております。(笑)

昨日の仙台までのロングドライブ・・・帰り際に手渡すモノがあってチョイとだけ長男の顔を見てきましたけど、かつての自分にそっくりになって来た彼を見、かつ鏡に映る自分の姿が亡父にそっくりになって来た姿形に触れるとナンだか嬉しいような悲しいような・・・・(笑)

「血」の成せる「奇跡」のようにも思えたり抗いたい「現実」にも感じられ・・・・振り返ってみると亡父は生涯「学ぶ」姿勢を持ち続けてたので、表面的なことに止まらず内面的なそんな点も似てくれると宜しいように思ったりしながら帰って参りました。

そう言えば亡父も・・・・・・自分で現像するほどの写真好きでした。(笑)

地植えもいいけど鉢植えも!

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2014年3月13日

去る者は日々に疎しと言うけれど

雑事に追われ、昨夜はここに書き込むことが出来ませんでした。
慌ただしく消費税アップ前の年度末を過ごせるのはむしろ幸せな事かと思いつつ、時間に追われるような余裕の無さを嘆いたりする今日この頃でもあります。

私の生活の中には「写真撮影」というスタイルが組み込まれているのですが、それでも振り返ってみると昨年の3月には枚数が極端に少なく、やはりそんな気にもなれなかったのか・・・と思い起こしたりもするのです。

今日、3月13日は父の命日でありました。

中学校の卒業生達にとってはちょっと可哀想な冷たい雨となりましたが、雨が落ちてくるその前に母や姉夫婦、そして我が夫婦の5人で墓前に手を合わすことができたのは幸いでした。

この一年、アッと言う間だった気がしてなりません。

昨年のちょうど今頃は夜遅くに亡くなった父の亡骸を、母や姉や家内が見守る中、義兄と甥、私と長男の男手4人で実家の畳の上に寝かせていた刻限でもあります。

その後務めた「喪主」も、私としては初めての経験ではあったのですが、父が私に与えた課題のような気がして心穏やかに務めることが出来たように思います。
と同時に、そういった姿を長男に見せる事が出来たのが良かったように思っています。

いつの日か、順番ですから彼(長男)よりは私が先に逝きましょう。その時に同じようにして貰えるように・・・なんて思ってたのが不思議でなりません。
親が亡くなるというのは、ただ単に哀しさを残すのみに非ず、得難い経験をさせてくれる事なのかもしれないと漠然と思っていた・・・そんな昨春でありました。

今日は、故人を偲んでいたばかりではないんですよ。

繋がりのある友人数名の元へ、食事だの買い物だの、仕事の依頼だの慌ただしくもあったんです。
去る者は日々に疎しとはよくぞ言ったモノで、一年の歳月はまた違った心持ちにさせてくれるモノだなぁ~と感じた次第です。(笑)

もう二週間もすれば・・・1

もう二週間もすれば・・・2

少ない昨春の写真の中で、何故か医院外周のシバザクラを撮影していたようです。
あと二週間もすればこんな春の兆しが随所に見られるようになるんでしょう。

春はすぐそこまで来てるんでしょうね。(笑)

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2013年11月17日

懐かしく思い起こす日が来る・・・

金曜日に飲み会、引き続いて昨夜も飲み会・・・・当院二階でだったのですが、日中の仕事もハードだったので途中で睡魔に勝てず、お出でいただいてた方々を放りだして布団で熟睡態勢。

久々、ブログもお休みしてしまいました。(汗)

で、早く寝れば早く起きるのは世の常でして、6時前に起床。
だんだん明るくなるにつれ、小春日和の良い天候で、かつ無風状態を確認したら居ても経っても居られずに母を誘って私が小学生時代を過ごした いわき市内郷にある国宝「白水阿弥陀堂」に写真撮影に行って参りました。

銀杏の黄葉に、モミジの紅葉。

今シーズンのベストだったように感じましたよ。

紅葉ラスト3

記憶を遡ると、手前のお子さん達のように私も さんざんこの場所で遊んだのです。
当時はまだ現在のような浄土庭園風装いではなかったですけど、少なくとも写真左の大きな銀杏の木は存在したはずです。

私が常日頃から不思議でならないのは、この写真ように素晴らしい光景を何度も何回も目の当たりにしてるはずなのですが、「綺麗だった」とか「素敵だった」といった記憶はおろか そこに素敵な紅葉が存在していたことすらまったく記憶に無いのです。

概して子供というモノはそういう感じなのかもしれませんが、それが長じて足繁く日中に夜(ライトアップ)に通うようになろうとは・・・。(笑)

長じることがそういった方向に我々をシフトさせてくれるモノならば、齢を重ねることもあながち悪いことではないのかもしれませんね。人生を味わうかの如く心理面での成長も遂げたのかも・・・と良い方に考えておこうと思った次第です。

紅葉ラスト2

写真は、一昨日アップした夜景とほぼ同じ角度から撮りましたが、右下に数名の方々がいらっしゃるのが御覧頂けますか?
彼等は、母と私が到着する前から写真撮影をなさっていたプロのチームでした。
伺うところによれば、市内の観光名所を取り入れたカレンダー作りの撮影だったとのこと。そんな彼等が選んだ場所であり時間なのですから、おそらく想像するに今年の最良の一日だったのではないかと確信しちゃいます。(笑)

紅葉ラスト1

到着した頃にはクルマも数台しか停まってませんでしたけど、帰る9時半頃には駐車場も満車状態のように見えました。やはり早起きは・・・ってのは真実なんですねぇ。

成長した私がこの場所で覚える感慨と、母のそれはまた異なりましょう。
二十数年後に母ぐらいの年齢になり、この早朝の紅葉に接したその時に、胸に去来するモノは記憶に残っていない小学生時代ではなく今朝の1時間あまりの散策かもしれません。

それをちゃんと確認する為に・・・・

なるべく健康で長生きすることに致します。(笑)

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2013年10月28日

一枚の写真が訴えて来るモノ

まずは昨日のサッカーチーム「バンディッツいわき」の試合模様の写真から紹介させて下さい。自分で思い描いていたようなボールを蹴る瞬間とかに ジャストタイミングで合わせる事は叶いませんでしたけど、その前後なら何枚かはあるんですよ。(笑)

躍動感は表現できたように思います。

バンディッツいわき1

写されてる事を意識してない瞬間がいいですねぇ。

バンディッツいわき2

左の赤いウェアの選手は相手のゴールキーパー。
視線から察するに、「やべ、戻んねぇ~と」って言ってると思われます。(笑)
私が陣取った場所は このキーパーさんの背後だったのですが、この方が選手に大声で的確な指示を繰り出してるのが新鮮に思えました。チームの要なんでしょうね。

バンディッツいわき3

後方の審判の方の存在に気が付くべきでした。

相手方キーパー

イメージ的には「ボールが凹む瞬間」に合わせたかったんですが・・・。

バンディッツいわき4

逆転に成功! 遠くのスタンドにいらっしゃるのはFacebook仲間のM氏とF氏。(笑)

スポンサーは「酒蔵 鮭」

これもナンだか微笑ましかったなぁ。

背番号上のスポンサーの名前。私も伺った事のある小名浜の美味しい居酒屋「鮭」さん。
「酒蔵 鮭」さんと、これまた美味しいケーキ屋さんの「グランブルー」さんはオフィシャルパートナーとして協力もなさってるとか。

専属カメラマン!

そして専属カメラマンを務める これまたFacebook友達のN氏。
N氏は雨の日も雨合羽着用で、しかもカメラにもレインウェアを着せて撮影なさってるんですよ。
なかなか出来る事ではありませんね。

本日のタイトル。
最初から あまりにイメージが暗くなりそうなので「写真」としましたが、書きたかったタイトルは正確には「遺影」でした。

今宵、出向いた従兄のお通夜。

闘病生活が長かったのと62歳という若さ故に、遺影写真を準備した時には既にやつれた感じが否めませんでした。それはそれで避け得ない事かとも思いますが、不思議ですねぇ、いや当たり前なんですがナンだか随分と前に他界した伯父・伯母のどちらにも似てました。(涙)

親子・・・どう抗おうと父なり母の面影を受け継いで生きて行くんですねぇ。

従兄の一族はモチロン、こんな冠婚葬祭でないとお目にかからない親戚が集う夜。
ヨロシクないと思いつつも、そんなモンだったりしますよね。
明日の告別式には仕事故に伺う事ができません。今日のお通夜も終了間際に駆け込む感じでありました。やはり商売をしていた従兄ですから、間違いなく仕事最優先を理解願えると確信してますが・・・・。

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2013年9月13日

あれから半年の月日が流れ・・・

週末は台風18号が本州に上陸するとかしないとか・・・。
お出掛けを予定されてた方は再考を・・・ってお天気の女性が仰るぐらいナンですから、相当に天候は悪いんでしょうね。
我が子を進学のために「北」だ「南」だに離れて住まわせてからというモノの、そんなささやかな天候不良ですら案じられるって言うんだから我ながら不思議でもあります。

おそらくは我が両親も私や嫁がせた姉をそんな想いで案じてたんだろうかと想いを馳せたりする秋の宵、仕事帰りに母の元に寄り、焼香を。
実家の仏壇に手を合わせるのは珍しくもないのですが、ちょうど父が他界(3月13日)して半年の今日(9月13日)となればいつもとは違った感傷が湧いても来ましょう。

半年という時間軸、烏兎匆々と流れ行きます。

私はたぶん「そこが駄目な性格」と自覚してるのですが、一旦継続してることを中断し曖昧にしてしまうと そのまま継続できなくなり頓挫してしまいそうな気がしてならないのです。自分を甘やかすと何処までも甘えてしまう性格とは何十年も付き合ってきてるので良く解るのです。(汗)
それ故に、滅多矢鱈なことではこのブログも休まないのですが、半年前の13日は当然のこと それどころではなく・・・(汗)
幸いに翌日からは途切れる事なく再継続できて我ながらホッとはしております。(笑)

まだ半年。

これから一年目の一周忌、二年目の三回忌、六年目の七回忌、十二年目の十三回忌・・・・と懐かしく振り返る節目の時は巡り来ましょう。

この拙ブログは、日記代わりでもあります。その時々の想いを今後も日々綴っていけるか否かはナンとも「?」な未知の領域ではありますが、「あの時あんな事を考えてたんだ・・・」とか振り返る事が容易になるというメリットは計り知れませんので・・・

できる限り・・・って感じでしょうか。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

親の想い・・・航空祭のスナップ写真で表現してみます。

航空祭・スナップ5

3人のお子さんに二組の御夫婦ってとこでしょうか。
ブルーインパルス・チームの方もにこやかに応じてらっしゃいました。

航空祭・スナップ7

ちょっとピントの甘い写真だったのですが、既に我が子を肩車する事がなくなった・・・しようと思えばできるけど、成長してもう乗ってはくれなくなった父親の自分の悲哀を思う時にナンだか微笑ましい光景でした。(笑)

これらは先週の日曜日の話。

天候不良で飛んでる戦闘機を捉えることは叶いませんでしたけど、機会があったらまた同じメンバーとチャレンジしてみたいようにも思います。(笑)


航空祭・スナップ6

航空祭・スナップ4

話を元に戻しますが、半年前の弥生3月。

予約制での仕事であるが故に急なるお休みは取れない私の職種ですけど さすがに休まない訳にも行かず・・・・それでも葬儀を日曜日に執り行うように手配し、二日間しか休みませんでした。
祖母他界の折には休みもしなかった(休めなかった)ことが今では懐かしいほどです。

明日から三連休の方も多かろうかと思いますが、当院は明日もお仕事であります。
働ける喜びを享受しながら、週末の暴風雨に備えて鉢植え等は被害を被りにくいところに退避させると致しましょうか。

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2013年8月20日

今宵、母・姉と一緒に灯篭流しに

ここ暫く炎暑が続いていた「いわき地方」。
本日、夕刻から雷を伴う激しい降雨に見舞われました。ちょうど夕刻よりインプラントの埋入処置に関わっていたために、停電だけが強く案じられ 久し振りにドキドキしちゃいました。(汗)
照明がダウンしても懐中電灯等でどうにかなりますが、電気で動くモーターが無ければドリリングも埋入も出来るモノではありません。

幸いに落雷&停電には見舞われず安堵しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

診療終了後に、雨天決行の「夏井川流灯花火大会」に母・姉・義兄と一緒に初めて出掛けてみました。
私は基本的に人混みが苦手でして今まで参加したことが一度も無かったのですが、新盆後の夏を締め括る行事でしょうから行って参りましたよ。

いやぁ~、知らないって恐ろしいですね。

灯篭流しは川辺から直接流すんだとばかり思ってましたから、豪雨の後だったこともあり足元も悪かろう、だったら長靴じゃないと・・・などと考えて完全武装で出掛けちゃいましたよ。(恥)
ナンのことは無い、地区の方々の御準備がキチンとされていて サンダルでもナンの問題も無いように整備されておりました。(笑)


夏井川の灯篭流し1

ま、私はどちらかって言うと写真撮影ばかりでして、灯篭を流すのは母と姉に委ねてしまいましたが、ナンだかいい感じだったなぁ・・・・です。


夏井川の灯篭流し2

川面をゆっくりと流れる灯篭。
頭の中は、グレープ(さだまさしさん)の「精霊流し」。(笑)

夏井川の灯篭流し3

雨が上がってホントに良かったです。


夏井川の灯篭流し4

たぶん、多くの皆さんの御尽力の上に成り立ってるんでしょうね。
蒸し暑さの中、夕方の豪雨に随分と気を揉まれたことでしょう。
父のために・・・と言うよりも、そんな御準備いただいた皆さんの為にも無事に開催されてホントに良かったです。

気が付けば8月も下旬・・・。

人は様々なことに「区切り」を見出し、自分自身を納得させる生き物だと思います。
今年 新盆で灯篭流しをなさった方々は これでやっと一区切りなのかもしれませんね。

夏の終わりを告げる花火・・・人混みが苦手なのと、蒸し暑さにビールが恋しくなってしまい、花火はパスして帰って参りました。いや・・・

ホントは「救命病棟24時」が見たくって・・・(笑)

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2013年8月17日

「家族」を再認識するお盆最終日

当院、本日より本年後半戦のスタート。
朝礼時に、また頑張って行くことをスタッフと共有いたしました。
年末までにはまだまだ長い道のりがありますが、きっと「紅白歌合戦」だの「除夜の鐘」を聴くのもアッと言う間なんでしょうね。悔い無き数ヶ月を送りたいモノです。

昨日は久し振りにこのブログ更新をお休みしてしまいました。

実は日本酒のせいでして・・・(笑)

どうしてだか日本酒は美味しいんですが飲み過ぎてしまうんですよねぇ。
でもって飲み過ぎると眠くなる・・・。気が付けば日付は変わっておりました。
特に私の誕生日に娘からこんなお猪口を貰ってからは酒量が過ぎるようになってしまいました。(笑)

お猪口

決して高価なモノではないんでしょうけれど、気持ちが嬉しいじゃないですか。
実は今宵も録画してあった「救命病棟24時」を見ながらソファーでうたた寝してしまいました。(恥)
仕事を終えての疲労感、そこに満腹感だの微酔い加減が加わる至福のひととき。

この上ない「いい感じ」であります。(笑)

花火1

昨日のお盆休み最終日。お盆の御挨拶等で いわき市内を母とクルマで巡ってみました。
その折、ちょうど私が小学生を過ごした・・・母にとっては30代後半を過ごした内郷地区を回ることができ、二人で懐かしさを共有してみました。

私は自転車仲間、とりわけ産業遺産オタクや鉄道オタクの連中に御指導(!?)を受けてましたから それを母にも語ってみました。
ただ光景を眺めるに止まらず、かつての栄華の背景を脳裏に描くことにより街の印象は変わるモノです。
母と共にしばしの郷愁に浸り、お盆の最終日として宜しかったように思います。

ただ、あまりの暑さに散策とまでは行かず、涼しくなったらまたそんな機会を設けたいようにも思いましたよ。

花火2

写真は我が家の次男です。
小学校4年生。ちょうど母や私が巡った内郷地区で過ごしていた頃の年齢であります。記憶には残って無いけれど、こんな風に線香花火で遊んでいた瞬間もあった事でしょう。

時は流れ、世代は変わり、受け継がれる系譜。

きっと当時の私にそっくりなんだろうと思いつつ、時の移ろいにしばし感傷的になりました。
お盆のお休みは終わってしまったけれど、「家族」を再認識する事ができ有意義な数日でありました。

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2013年8月14日

父も喜んでくれると思います

「天に還った魂」が「地に還った魂」に帰って来るとされるお盆。
日本の古来からの民俗信仰の結実のように私は捉えてますが、その為に 離れて暮らす子や孫、親族だの係累がひとつ所に集う意義の大きさも同時に感じたりもします。

昨日、迎え火を囲む我が家の面々の写真をアップしましたが、故人(父)の供養でありながら老い行く母の安心・満足に繋がるに違いないなぁ~と感じた次第です。
考えてみたら甥や姪はモチロン、我が子とだってこんな「お盆」がなければ顔を合わせ難くなってるんですから、「お盆」は家族・親族の親交のためにも大事にして行かねばならない風習でもありますね。

私を「あら、直ちゃん」と呼ぶ母の古くからの友人の皆さん。
御御足が不自由だったりする方の為に椅子を並べ、ちょうどタイミング良く夕刻に来て下さった「じゃんがら念仏踊り」を間近に見ていただく事もでき、地域の若者達の躍動する姿や伝統継承に様々な事を感じていただく事もできました。
それを御覧になった老境の皆さんの想い・・・・私が抱くそれとはまた違って来るに違いないとも感じました。

形こそない父の魂や御先祖様の魂も、訪れて下さる皆さんや孫達の姿を見て十二分に満足したに違いない・・・そう思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのお盆の意義を私もしっかりと認識しつつ、ただ故人を偲ぶだけでなく 私自身の現世の交流も大切にしていかねばならぬ・・・・そう感じてもいるのです。

本来なら喪に服するかのように身を慎まねばならない時期かとも思うのですが、私が父の立場であれば必ずしも嘆き悼むばかりを喜びはしません。私が息子にそう願うように 次なる私の世代の活躍・勇躍を大いに期待するに違いありません。あれこれ理由を付けつつ、今宵当院二階にて「プチ同窓会」を企画し集まってみました。(笑)

プチ同窓会(笑)

明るく楽しく、弾けて笑顔に包まれる・・・・

父が長男である私のこの姿を見て何を感じようか・・・・私が父だったら大喜びであります。それこそが最良の供養と確信しております。(笑)

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2013年8月12日

父子の感情・・・抱く時、抱かれる時

もう30年も前の事になります。
私が大学生の時、当然まだ仕送りを受けていた頃の話ですが、人生の後半戦に差し掛かる父親の姿を見て唐突に「父親って可哀想な存在だなぁ」と思った事があります。
不遜な考え方かもしれませんが、仕送りを続けるためにひたすら働く父の姿を見て 尊敬しないとか馬鹿にしてるとかの意味ではなく、正直に「男親は大変だなぁ」としみじみと思ったモノであります。

職業人には、前半戦と後半戦があろうかと思います。

伸び行く20代、差が付く30代、充実の40代・・・・。

そして晩年と言うには早いかもしれませんが、ピークを越える50代があろうかと20代そこそこの頃から漠然と感じておりました。
その下り坂に差し掛かる父を見て、養って貰ってる身でありながら上述のように感じたモノであります。おそらく、その瞬間が大人として少なくとも精神的に父親と対等になったのでありましょう。
その後、何度か振り返ってもその感覚は未だに揺らぐことがありません。

時は流れて、気が付けば我が家も世代交代。

このお盆に帰省した我が子を見て、私が抱いた感情は「眩しい!」でした。
かなり旧い言い方だと「青春を謳歌」、ちょっと旧い言い方だと「エンジョイ」、今どきだと・・・なんて表現するのか知りませんが、二人とも頼もしく輝いて見えたのが父親としては嬉しかったですね。

子供達はナニも言いはしませんが、おそらく30年前に私が抱いたと同じ感情が芽生えたのではないかと、チョイと淋しく、それでいて嬉しい感覚にも見舞われたのは不思議でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今宵は、そんな家族全員が揃って小名浜の「鮭(しゃけ)」さんにお邪魔してみました。
私自身は何度か伺った事があり、マスターともFacebook友達。
伺ったその度毎に「美味しかった!」だの「旨かった!」だのを連発するんですもん、家内も行きたくなりますよね。(笑)

その期待は今夜も裏切られる事なく、存分に堪能させていただきました。

小名浜の「鮭」、家族で美味しいモノ満喫!(笑)1

小名浜の「鮭」、家族で美味しいモノ満喫!(笑)2

子供は正直です。好き嫌いも無い訳ではありませんが、美味しいモノは残しもしません。(笑)
ありがたかったのは、往復とも娘が運転してくれたこと。
成長を実感した瞬間でもありました。

私自身、今度は父親に対しての感情を「抱かれる」立場となりました。私が抱いたのとは逆に「父ちゃん、楽しそうだねぇ!」と思われるように好き勝手なことをし続けようと思っております。(笑)

白水阿弥陀堂の古代ハス

さぁ、明日からは今年の春に亡くなった父を迎える初めてのお盆。
あの時の揺らぐことの無い感覚をまた思い出しながら、長男として私なりの役割を務めてみることに致しましょう。

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2013年8月 5日

「神々の遊ぶ庭カムイミンタラ」へ

毎日のニュース等で当たり前に耳にはするけれど、意外に正確な位置とかを知らない事ってありませんか。例えば「エジプト」は知っていても「アフガニスタン」だの「ウズベキスタン」とかを地図上で淀みなく指し示すことができる方は少ないんじゃないでしょうか。

モチロン、私には無理であります。(恥)

同じ意味合いで、よく北海道の初冠雪とかのニュースに出て来る大雪山。
場所も知らなきゃ、その呼称は濁らない「たいせつざん」が正しいんだとか・・・・・そんな事すら知らなかっただけでなく、そもそも大雪山という山は存在せず、北海道の中央部に聳える「火山群の総称」であって「ひとつの山ではない」ことすら現地に行くまで知りませんでした。(汗)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

道東から道央へ。レンタカーを借りての親子三人での小旅行。
旅行中盤は、旭川市を経由し大雪山系の最高峰・旭岳(標高2291m)を目指しました。

カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)・・・

古来より、アイヌの方々は大雪山連峰をそう呼んできたそうです。

大雪山(旭岳)1

国立公園だけあって、賑やかな看板ひとつない坂道を登っていきます。
で、辿り着いたのが「ラ・ビスタ大雪山」。

大雪山(旭岳)2

翌日の天候だけを気にしながらのチェックイン。

大雪山(旭岳)3

ロビーには この時期なのに薪が溢れ、驚いたことに客室にはエアコンも無かったです。(笑)

翌朝、例により5時頃には屋外へ。レンタカーに乗り込んだは良いモノの周辺に散策するようなポイントがあるでなし、ナニより目の前はワイパーで拭ってもこんな感じ・・・・(泣)

大雪山(旭岳)4

それでも、せっかく来たんだし、もしかすると生涯最後になる可能性も否定出来なかったので・・・

登りましたよ・・・・ロープウェイで。(笑)

大雪山(旭岳)5

この時にもまだウィンドウには時折 雨滴が・・・・。それでも見晴るかす富良野・美瑛方面が明るかったので希望を持ちながら・・・・。

頂上駅でも小雨がパラついてはいましたが、ガイドの方も御願いして一周1時間半ほどの散策コースを歩いてみましたよ。このガイドの方がとても素晴らしく、かつ歩き始めたら雨も上がり、また雨に濡れた緑がこの上なく美しく、高山植物に溢れた散策ルートをゆっくりと巡ることができました。予想していた以上に有意義な時間を過ごすことが出来ました。

大雪山(旭岳)6

花の名前は「チングルマ」。ガイドさんが記憶に残るように何度も教えて下さいました。

我々親子は生涯忘れないと思います。(笑)

途中の展望台で偶然にすれ違った老夫婦。にこやかな表情が印象的であり、お二人が眺める眼下は気が付いたら視界もそこそこ良好。(笑)

大雪山(旭岳)7

ナンだか「天候不良」と諦めずにトライはしてみるモノですね。嬉しくなっちゃいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょうど今から10年前の今日、忘れもしない夜10時、当時まだ小学生だった長女・長男をクルマに乗せて産婦人科に向かった事が昨日のことのように思い起こされます。

次男の誕生。

産声をあげたその彼が、10年後には逞しく山を歩き回るように成長してくれました。

長じた彼が、このカムイミンタラ(大雪山系)を再訪してくれることを願いたいし、その時にもゴミのひとつも落ちてないこの環境が維持されてる事も願います。
近々帰省する長女・長男にも是非「行ってみるといいよ!」と勧めたくなるような そんな素敵な山でありました。

思えば、長かったような・・・それでいて短かったようなこの10年。
それをあと3回ぐらい繰り返したら・・・おそらくは行けなくなるんですね。(泣)
思っていた以上に人生は短いのかもしれません。(汗)

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2013年7月13日

穏やかな今日を迎えられ・・・感謝

子供の頃、いま思えば不思議な気もしますが、華やかな人生とか派手な生活に憧れていた時期もあった様に思います。波瀾万丈が良いなんては思っては居ませんでしたけど、若気の至りだったんでしょうか、「当たり前な生活」や「普通の人生」に対しての嫌悪感の様なモノを抱いていた記憶があります。

真面目だけが取り柄だった様な父、作業服姿が一番似合っていた父への反発がそうさせたのでしょうか、幼き私は同じようになろうとは思っておりませんでした。

それから歳月は流れ、父が他界し、気が付けば長男の長男ということで「酒井家の墓」を守る様な立場に立たされると人の意識は変わるモノですね。
尖っていたかつての私自身が忌み嫌う様にしていた「平凡」とか「人並み」という姿に大いなる安心感を覚える様になりました。「せめてなろうよ人並みに・・・」の意味がやっと解る様になってきた今日この頃であります。(笑)

家族に感謝!

本日、御陰様で無事に誕生日を迎えることができました。
多くの方々からメッセージ等を頂戴したことに心から感謝申し上げます。
想い出に残る一日となりました。ありがとうございました。

実にささやかなケーキでありますが、次男と家内の笑顔に触れ、そして大学に通う長女・長男からは電話で祝って貰うことができました。子供の頃に思い描いていたスタイルとはちょっと違う様な気もするのですが、穏やかにこんな誕生日を迎えられたことに感謝の気持ちが湧いて来ます。

思えば私が仙台で学生生活を送っていた頃には、父や母の誕生日に連絡なんぞした記憶はありませんが、自分がその立場になった今、「誕生日おめでとう」などと子供から言われる喜びを噛みしめています。
折しも、今日は父の月命日と重なったこともあり、仕事終わりには線香を上げ、手を合わせ、かつての不義理を詫びてきた次第です。(泣)

スタッフに感謝!

私が毎日、同じ屋根の下で仕事を共にする当院スタッフ。
私のこのブログを見て、日々の生活が解ってしまったんでしょうか。(汗)
写真の様な貴重な日本酒をプレゼントしてくれました。

しかも「ウコンの力」を添えて・・・・(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

52年前は、実に暑い夏だったようです。
当時としては大きな赤ちゃんだったとかで、出産後 間も無くして当時の「常磐市(現・湯本?)」の健康優良児に選ばれたとかって話までありまして・・・・・その事を記す賞状が今でも母の誇りである様です。(笑)

御陰様でこの歳まで入院ひとつした事もなく、開業以来の20年も体調を崩して休診する様なアクシデントもなく過ごす日々であります。
家族やスタッフに限らず、私を取り巻いてくれる多くの方々に感謝しつつ、これからも逞しくもあり充実した「平凡な日々」を送れる様でありたいと気持ちを新たに節目の日を迎えております。

・・・・・ちょっとだけ感慨に浸っております。(笑)

皆さん、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

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2013年7月12日

照れくさいけれど・・・嬉しかった

一年に一度の記念日、中でも誕生日は誰しもが生涯忘れることの無い「365分の1」となりますよね。今までもモチロン家族に祝って貰ったりはしてましたけど、Facebookで大勢の友に恵まれてからは更に忘れることの出来ない一日が多くなりました。(笑)

今宵、毎月恒例となった「いわきプチ交流会」。

麻酔医の洪先生、ネモトの安彦さん、毎度の事ながら御配慮の行き届いた会運営、並びに嬉しいプレゼントをありがとうございました。御陰様で実に嬉しい一夜になりました。

いわきプチ交流会 ~ Ruby Party ~2

人は、幾つになってもこんな風にしていただけると嬉しいモノなんですね。
照れくさくもあるけれど、気にかけて下さってるというだけで嬉しくてなりません。(笑)

いわきプチ交流会 ~ Ruby Party ~3

たぶん、これはお店の「DINING BAR Darico(ダリコ)」さんの粋な計らい。
伺ったのは二度目ですけど、すべてに美味しいお店ですよ。(笑)

いわきプチ交流会 ~ Ruby Party ~1

こんなプレゼントまでいただきました。
だもの、来月からも参加しちゃうじゃないですか。(笑)

人は人と巡り会い、そして語り合い、「友」となる。

それぞれに歩んで来た道は違うけれど、世間的に「大人」と認知される年代になって交わり合える喜びは格別なモノがあります。
それらを糧にし、時に辛く感じ、苦しい時にでも踏ん張り頑張っていけるんでしょうね。

・・・・・・そんな風に感じた一夜でした。

いわきプチ交流会 ~ Ruby Party ~4

お目に掛かったたのがまだ二度目でしかないFacebook友から、こんな風に日々ブログを綴ってるせいでしょうか、「先生はマメですよね」と仰っていただきました。
それを否定する気など毛頭無いのですが、私は確かにマメだけど、家内や子供達がある日 髪を切って来ても気が付かない様なヌケてるところもあるんです。(笑)
(先日も「まさか気が付いてるよね?」と家内に言われたばかり・・・・(汗))

良いか悪いのかは解りませんが、性格的には歯科医に向いてると思っています。(笑)

日付変われば52歳。

また充実の一年にできると確信しています。(笑)

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2013年5月22日

私の31年目のアニバーサリー

過ぎてしまえば歳月はアッと言う間のようにも思えるし、それなりの長さだったようにも思えます。今日5月22日は私の身内の31回目の結婚記念日。ま、それはそれでモチロン目出度いのですが、同時に私自身にとっても初めてスーツを身に纏って式に出た記念日でありました。
以来31年・・・当時のギクシャクさは消えて、御陰様で それなりにスマートに袖を通せるようになりました。(笑)

我々の職業は、常日頃からスーツを着る機会はそう多くはありません。
ネクタイだって冠婚葬祭以外は結んだりもしません。それでも年齢の成せる業なんでしょうか、やっとそこそこ着こなすことが出来るようにはなったけど、31年前はおそらく「スーツが歩いてる」ようだったに違いありません。(笑)

ホワイトカラーってヤツに憧れましたよ。

ピシッとスーツを着こなし、ネクタイをキュッと締めてのビジネス。
スーツに限らず着物なんかもそうでしょうけれど、「着慣れている」衣裳は勝手に板に付いてきますよね。
白衣だって「ホワイト」ではありますが、ホワイトカラーの「カラー」の意味は確か「襟」のことだったはずですから、Yシャツを着ないとそうもなれませんでしょう。

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話変わって、先日 ソーラーライト(庭園灯)を購入してみました。
2個買ったのですが、ホームセンターで一台580円ぐらいだったかと・・・。
地面に差し込むだけで後は放置するだけですが、そこはかとなく周囲を照らすLEDの光はナンとなく嬉しいモノですね。(笑)

ソーラーの庭園灯

なかなか時間が取れずに庭の手入れは家内任せで怠りがちですが、せっかく「被写体の宝庫」ナンですから明日の休診日には「土弄り」でもしてみようかと考えて居ます。

花びらのアクセント1

蕗の葉に、オオデマリの花びらが舞い落ちてきました。風流な感じ・・・でしょうか。

花びらのアクセント2

葉に穴を空けたのは「虫」の仕業かと想像します。
傷んでしまった葉ですらナンとなく風情を感じちゃいます。(笑)

それはそれで魅力を感じますね。

ベニカナメ

これは生け垣に用いているベニカナメの花です。
強い生命力を持つベニカナメですが、小さな花びらには可憐さを感じます。

周囲を自然から隔離されたようなコンクリートジャングル・・・人工物の良さもありはしましょうが、やはり自然の植物によって周囲を囲まれたような環境は嬉しいモノですね。

マクロレンズで覗いてみたら、そんな自然環境のありがたさを再考出来て 安らぎを感じる今日この頃であります。(笑)

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2013年4月26日

改めて四十九日の真の意味を知る

まだまだ先の話、連休なんて随分と遠い先の話かと思っていたら近付いて来ちゃうんですよね。時の流れの妙・・・でしょうか、時間ってヤツは長くも感じ、短くも感じます。
振り返れば私にとって・・・

激動のここ2ヶ月でありました。

父の入院から始まり、徐々に衰弱する日々、迎えた通夜・告別式。
お付き合いなどもあり 他所の方のお通夜等にはそれなりに伺いますが、まさか自分がその渦中に居る日が急に来るとは思ってもいませんでした。

シバザクラも満開!

渦中・・・まさにそんな感じで、哀しさとか寂しさに苛まれ悲嘆に暮れる間も無く、やらねばならぬ役割に忙殺されながらも関係各方面にくれぐれも失礼の無いようにと淡々と課題(!?)をこなしていった日々。

まもなく、父の四十九日を迎えることになります。

恥ずかしながら この四十九日のいわれを知りませんでした。(恥)
現世から来世に向かう狭間で冥土を旅する「中陰」なんだとか・・・。
その期間に我々遺族が追善供養に励めば宜しいとされる日々・・・それが四十九日。
その間は供養に努めているので、日常生活にはあまり気を使わなくとも宜しいそうですが、仏の教えはまさにそうなんでしょうね。

まったく持ってその通りなんでしょうけれど、私的には供養と言うよりは襲い来る虚無感を紛らわせる時間という解釈が一番ピンと来そうな気がしました。
「大変だったろうけど、そろそろ社会復帰しなよ」って感じが一番しっくり来ます。

当初は慌ただしく過ごすしかなかった数日間、その後の残務整理の日々、そして何事もなかったかのように平素平常に戻る日々。
私自身は、メンタルな意味では興奮するでもなくフラットで居たつもりでしたけど、他所の方から見れば大いに乱れていたのかもしれませんね。(笑)

新緑の欅

ありがたいことに、ここ7週間が無事に過ぎました。
多くの方に労っていただきましたから、連休明けには以前のように振る舞えるように元気に参ると致しましょう!

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考えてみたら私なんかはまだ良いんですよね。
こんな言い方をしたら語弊があるかもしれませんが、即座に仕事に復帰・没頭することで気が紛れたことは間違いない事実でした。
その点、気が紛れるモノを持ってはいない配偶者でもあった母は・・・

あ、いや、姉も近くに居るので大丈夫でした。(笑)

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2013年4月 2日

人が亡くなった事実の重さを知る

父が亡くなってからの3月の後半、精神的にはその事実に折り合いを付けつつ仕事にすぐに復帰いたしました。気持ちの整理が付かない・・・なんて事はありませんね。
子である姉にも私にも 次なる世代(孫世代)への責任がありますし、それに忙殺されれば残念ながら「偲んでばかりの日々」は送ってはいられませんし・・・。

ただ、初めての経験だったので、プライベート・レベルではないオフィシャル・レベルの残務整理の大変さには驚きました。
考えてみたらその通りなんでしょうけれど、父名義の銀行口座は封鎖、お金を引き出すにも家族全員の実印捺印(印鑑証明添付)が必要になったりしました。
モチロン、銀行だけで無く、生命保険だの父名義で契約していたNTTでもナンでも変更手続き(世帯主変更)が必要になる訳ですから、文書解読を得意としない私には実に悩ましい作業でありました。(泣)
幸い、姉が労を執ってくれて私はサインするだけにしてくれたので安堵しましたが、もし すべてを自分でやっていたら放り出したくなるほどだったに違いありません。

印鑑証明・登記簿謄本なんて、こんな時でもないとそうそう目にしませんけど、社会の秩序っていうか人の存在の社会的意義って大きなモノであり、抹消することの大変さに改めて直面しました。

良い勉強になった気がしています。

数日前の蕾

今宵、母や姉にも伝えたのですが、齢八十を越えて天寿全うとまではいかなくとも幸福な看取られ方をした父ですら事務処理が大変なんですから、震災時に大勢の家族を失い、家が流され、しかも近隣の役場は壊滅状態だった被災者遺族の皆さんの悲哀は 改めて想像を絶する事態であることを痛感致しました。

仮に家があっても、通帳の場所だの証券の場所すら解らなくて右往左往しかねないのに、それらを流され家内を失ったら私だったら間違いなく途方に暮れるに違いありません。

改めての身辺整理の必要性を感じた次第です。

医院外周1

これから父の遺品整理だってあるんですよね。
仮に、私たち「子供」にとって貴重なモノであっても、「孫」に受け継いで行くのは容易ではありません。

形あるモノの大切さを否定は致しませんが、薄情かもしれませんが、有形・無形の想い出があるとすれば「無形」のモノをしっかりと心に刻めばそれで良いんじゃ無いかと思ったりしています。

私自身が人間として「強い」か「弱い」かは知りませんが、こんな時の為に半世紀も培ってきたモノがあるんですから、想い出にばかり浸る事なく前を向いて「毅然としていたいなぁ~」って常に思っています。

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自意識過剰かもしれませんが、喪主を務めて居た祭、御会葬いただいた方々にお一人お一人頭を下げ続けていた時に、きっと「酒井さんの跡取りはどんな息子だ?」って御覧になる方もいらっしゃろうかと考えて、エレベーターガールさんがそうなさるように「背筋をピンと伸ばしてナナメ30度のお辞儀」を心掛けてました。

御陰様で腰が随分と痛くなりましたが、それこそが私の父に対する最大級の礼儀だったように考えて居ます。

・・・・・・・私なりの鎮魂の儀式、モノ凄ぉ~く大変でしたよ。(^^)

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2013年3月24日

春・・・最良の季節なのに恨めしい

「冬」の寒さは厳しいし、寒がりなので基本的には好きではありません。
「夏」の暑さは辛すぎて、かつ体力も消耗するのでどうかと思います。
「秋」は一日で言えば夕暮れ時・・・気温的には過ごし易いですけど、郷愁を呼び起こさんとする物悲しい雰囲気はチョイと淋しいです。

だったら消去法で言うと「春」が一番かと思うのですが、世に「花粉症」というネーミングが浸透する以前から悩まされてる私としては恨めしくってなりません。

今年は例年よりも悩まされてらっしゃる方も多いんではないでしょうか。(泣)
それでも私の場合は屋内仕事でしかもマスク着用ですから救われてますが、屋外の、特に杉林なんかが付近にあるとなれば・・・・・(泣)

本来なら色取り取りの被写体に迫りたいのですが、自重しちゃってます。
本日だって、数年前のそれでも花粉飛散の少ない年に出向いた梅の名所「専称寺」さんで盛りを迎えてることは知っていたのですが、足は向きませんでした。

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ここ暫く、このブログに掲載していた写真はそんな例外的に飛散量の少ない年に撮影したモノなのですが、今年は父の件もあったし飛散量も多いって聞いてましたし・・・

まぁ~パスでしょうか。

一番良い季節が行動を制限されてしまうのは残念でなりませんね。

春の日1

今年もフラワーセンターには行ってはみたいけど、周辺環境が悪すぎますね。(泣)

春の日2

写真好きとしては、色取り取りの花をフレーミングするだけで楽しいんですけどねぇ。来春こそは飛散量の少ない、快適な春を迎えられると嬉しいのですが。

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間違った解釈かもしれませんが、戦後の植林事業の一環として積極的に杉林が造林された時代があったことでしょう。
自然のバランスを人間様の勝手で操作しようとしたしっぺ返しが花粉症のような気がしてるのですが、まったくの言いがかりでしょうか?(笑)

そうでも考えないと、この辛さを誰に訴えたら良いのかと。(笑)

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2013年3月18日

「疲労困憊」でも「暁」は覚えそう

「春眠暁を覚えず」なんて言いますが、そりゃぁ~春の夜には眠りに就くのは容易でしょう。気候が良くなってくれた御陰ですよね。
ただ、年齢故にか「暁を覚えず」ってことは無いように思います。
明るくなれば自然と目は覚めてしまいます。寝るのにも体力が要ることを痛感する昨今です。(笑)

随分と前からですが、惰眠を貪るような事は出来なくなりました。
我が子は疲れた時など朝の9時・10時まで寝てたり致しますが、認めたくは無いけれど体力の減退なんでしょうか、長時間睡眠が出来ない・・・つまりは「寝だめ」の様なことすら出来ない身体になってしまいました。

IMG_9315

本日、心身共に疲労困憊。
自分ではタフかと自認していたけれど、案外そうでもないようです。(泣)

「憊(はい)」には、「疲れ切る」とか「力を使い果たす」とかの意味がそもそも備わってるんですね。今宵あまりの「憊」の為、意識が朦朧として来ちゃいました。

ちょっと早仕舞いという事で・・・・(笑)

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2013年3月17日

まるでドラマを見てた様な一週間

時間の流れって不思議ですねぇ。

止めることが出来ない一定のスピードを保つモノなのに 「長く」感じたり「短く」かんじたり実に様々です。毎日の仕事をしていると、例えば2時間半なんてアッと言う間に経っちゃうのに、東京まで出向く際の電車の時間はヤケに長く感じられます。
その折のシチュエーションによって随分違いが有るのはナンででしょうねぇ。(笑)
実際には長いと思って居た時間も 数ヶ月もしてから振り返る時には「瞬く間」に感じます・・・。

先週の土曜日(9日)から今日までの8日間。

病院に駆け付ける時には一分一秒がとても長く感じられたものです。
交差点で信号待ちをしていれば、なかなか切り替わらない信号機に「壊れてんの?」と感じたりもしました。

また、病院から自宅に亡き父を戻してからの4日間は、1ヶ月ぐらい経過したようにも感じますし、逆に2時間の単発「土曜ドラマ」を見ていたようにも感じはします。
そんなこんなではありましたが・・・・本日、無事に喪に服する際の主たる役割を果たして参りました。

梅(ちょっと画像を弄ってみる)

上手く出来たかなんかは解りはしませんが、無事に父を黄泉の国へと送り出せた自負は覚えます。
と言うのか、そう思わないとやってられないって感じでもあるのですが・・・(苦笑)

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父の死に際しては、可能な限り長男に手伝いをさせました。
ドラマで演出される「死」と実際の「死」の違いを身を持って経験させたかったからであります。それもまた老い行く者達の最後の「役割」だろうと勝手に解釈してたりします。

やがて、私自身が子や孫へその事を 父と同じようにしっかり教えられるような存在でありたいと願って止みませんです。

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本日、「天声人語」を朝のウチに読み、その後に告別式を迎えたのですが、下記の文を読んで心清らかにピュアな心持ちで役割を果たすことが出来たように感じました。

『今日は彼岸の入り。

暖地なら、「寒さも彼岸まで」だが、

北国では雪を踏んで墓参りという所もあろう。

南から北へ、この国の長さを思ってみる。

柳が茂り、花は咲き匂う。

春の美しさをたとえる柳暗花明(りゅうあんかめい)の

色合いに、ほぼ2ヶ月をかけて列島は染められていく・・・』

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2013年3月16日

私は地縁・血縁に支えられている

51歳にもなって・・・と笑われそうですが、自分ひとりの努力で一丁前の大人になって来たような錯覚を覚えることもしばしばありました。
視野や了見の狭い私は、なかなか余所様のありがたみが見えていなかったのかもしれません。しばしば姉に叱られることもありました。情けない話であります。(恥)

汗ばむ陽気の3月16日。

・・・そう父が荼毘に付された本日、本来は父の82回目の誕生日でもありました。

● 納棺の儀式、親の骨を拾う瞬間・・・・

協力して下さった叔父・叔母・従兄弟。そして家族。
これ程までに血縁のありがたみを感じたことはかつてありませんでした。

● お通夜・・・・

これ程までに地縁のありがたみを感じたことはありませんでした。
私は残念ながら父の仕事(電気工事業)をほとんど知りません。
つまりはどんな方々と交わりがあったのかを理解しておりませんでした。思えば父が常磐炭鉱勤務時代の同僚の方々・・・閉山後、40年を経過した今日でも繋がりを大切にする心情。「一山一家」と呼ばれた方々の結束の強さは私の想像を超えておりました。

また、私や遺族の繋がりで来て下さった大勢の皆さん。
その地縁の深さを思い知らされた夕刻のひとときでありました。

多くの方々に御会葬いただきましたことに心より感謝申し上げます。

4年前の春

今までの半生が、「与えられること」多き日々であったとするならば、これからは「与えること」多き日々にせねばならぬと感じた次第です。
換言すれば、「支えられる」ことから「支える」立場へのシフトが求められているって事でしょう。

一歩ずつでも そんな存在に近付けるようでありたいと願う春麗らかなる3月16日でありました。

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2013年3月15日

それでも人は生きて行ける

あれこれ御心配をお掛けいたしました。
たくさんのメール&メッセージをいただいたことに深謝いたします。

私はと言うと、父の死去で悲しいのは悲しいですけど嘆いている訳ではありません。
当たり前ですね、順番を違えてる訳でもありませんし、80歳を越えてもおりました。

母や姉と昔語りなどをしていれば「笑い」も出ますし、お腹も空けばトイレにも行きます。
気が張ってることを否定はしないのですが、平素日常を取り戻すのにそんなには時間は掛からないことでしょう。患者さんとのお約束(診療予約)をそうそう破る訳には行きませんから 早速に週明けからは仕事も再開するつもりです。

仕事好きの父でしたから、いつまでも休んでいれば叱られそうでもあります。(笑)

暮らしの伝承郷2

ただ、これが数日前にこのブログで触れた震災の犠牲者の方々の場合は全く異なりますね。

唐突に、年齢(順番)にも関係なく命を奪われ、加えて自宅まで流され嘆く場所も無かった方々は、「悲痛」・・・まさに痛いほど悲しかったに違いありません。
笑いあえる肉親まですべて奪われた方々は本当に心のケアが必要であったろうと想像いたしました。

それでもいつの日にかは立ち直れたりするんでしょうけれど、どれほどの時間を要するのか・・・想像を絶する想いが致します。(泣)

暮らしの伝承郷1

母曰く、「新しい芽が出れば、古い葉っぱは自然に落ちていくモンだ・・・・」と。
まさにその通りで、孫が次々に社会人になり進学を果たせば、世代交代は必然ではあるんですよね。

「子」を見れば来た道であり、「親」を見れば往く道である・・・

数年前に亡くなった家内の叔母がよくそう話していたそうです。

最近、あっちを見たりこっちを見たりと忙しかったですけど、私もやっと方向性が定まって参りました。迷わずに歩んで行かねばなりませんね。

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2013年3月14日

写真が大好きな父でありました

人の命の儚さを知る・・・

3月9日・・・・思えば奇跡的なことだったのかもしれません。
このブログにも書き込んでおりましたが、その日には日帰りで仙台まで出向き、甥っ子(姉の長男)の晴れの式に参列しておりました。
家内はモチロン一緒に、そして母と病気療養中の父が一緒でありました。

私にはまだ経験がなく解りはしませんが、初孫の慶びは老い行く自分自身の日々の中で 例え様もないほどの幸せだったんでしょうね。
病院ではもう食事も摂れず点滴だけで命を繋ぎ ほぼ寝たきりの状態だった我が父が、涙を流しながら私に懇願した参加という「夢が叶った日」でもありました。

昨年の秋頃だったか、その甥の挙式の日取りが決まった頃、本人レベルでは微かな予兆を感じて居たのかもしれませんが、数ヶ月先の自分の姿は想像も出来なかったことでしょう。
母・家内・私でミニバンに布団を敷き、そこに横たわってのロングドライブ。
式場では一度も立つことは出来ませんでしたが、車椅子での参列の「夢」が叶いました。

両親2

おそらくは座ってるだけでも相当に辛かったんでしょうね。
今思えば、まさに命懸けの旅でありました。
それでも母と一緒に見つめる先に居る初孫の晴れ姿はどれほどか眩しかったことでありましょう。

2月に我が息子の朗報がもたらされた時に、私は震える想いをいたしました。
それもまた父が心より願う結果に他ならなかったから・・・でありました。
モチロン、合格の吉報は息子本人の弛まぬ努力の賜には違いないのですが、見えないナニかが他の出願受験生よりも3週間以上も早めの朗報をもたらしたのか・・・と考えたら足が震えました。

両親1

姉と私、そこに義兄と家内が加わり、6人の孫に恵まれた父でした。

おそらくは彼の人生最良の日から4日後の13日夜に永眠。
最後は、私なんかにはとても真似出来ないほど献身的な看病をしてくれた最愛の娘でもある姉に看取られ、主治医を引き受けてくれたその初孫に 父本人がプレゼントしたという聴診器で泣きながら呼吸停止を確認して貰いました。

人に、本望というモノがあるのであれば 父にとってはまさにこれ以上の本望は無かったように思えてなりません。

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巡り来る季節は春。

16日の誕生日には82歳を迎える筈の父でした。
自宅リビングから見える桜を見せてあげられなかったのは返す返すも残念ではあるのですが、愚息の私から見ても実に見事な生涯でありました。

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2013年3月 9日

兄・姉の「慶び」は我が「喜び」なり

完璧に私事ではありますが、9日は医院を休診にして仙台の身内の結婚式に参列して参りました。新郎が私の甥・・・新郎新婦両人の仕事の関係上、今どきは暦なんかは気にしてられないようでありました。(笑)

「華燭の典」ではありますが、実にシンプルで素敵な式でありましたよ。

身内の披露宴1

私を「直樹おじちゃん」と呼んでくれる甥・姪(姉の子)が3人居りますが、彼はその長兄。
長じてからは なかなか一緒に居ることも少なくはなりましたが、各人が社会で活躍するようになればそれもまた致し方は無いんでしょう。
盆・正月にも交わることが少なかった昨今、彼等だけではなく、昨日列席した親族とも今後はこういった冠婚葬祭時にしか顔を合わせる機会が無いか・・・と思うと寂しさを覚えなくもありません。

私には私の仕事があり、彼等には彼等の社会的役割があり、その世界を日々広げているのですから これは必然なんでしょうね。(泣)

子供っていうのは、血が繋がってはいても 親とは別人格。
それでも「親」なくして「子」は育ちはしなかった訳ですから、義兄や姉、そして新婦の御両親様の万感迫る想いは如何ばかりだったろうかと想像いたします。私にはまだその経験はありませんが、末席近くで貴重な経験をさせていただいちゃいました。

身内の披露宴2

最後のエンドロールって言うのか、新郎新婦が退席後に会場に流れる当日のダイジェスト映像を眺める姉。
「お疲れ様でした」という慰労の言葉を思わずかけてあげたくなりました。

もっとも「直樹おじちゃん」と呼ぶ連中はあと二人居りますからねぇ~。(笑)
兄・姉にはまた頑張っていただくと同時に、「慶び」の宴には仕事を休んででも家内と駆け付けたいと願っております。

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2013年3月 7日

「知られざる命の記録」は尊い・・・

名も無き市井の英雄・・・そんな賛辞を贈るだけでは足らない様にさえ思えるドラマがあったんですねぇ。今夜のNHKスペシャル・・・
「何が命をつないだのか~発掘記録・知られざる救出劇~」。
極限状態におかれてなお 人々の役に立とうとしてる彼等の活躍にスポットライトを当てて、風化させたり忘れ去られる事が無いように真実を伝えてくれる企画は尊いですねぇ。

世の中にってホントに凄い人達がいらっしゃる・・・。

一方で、本日の休診日、クルマに乗り 所用であちこちを動き回ってる時に聴いていたラジオの国会中継。日本を代表する政治家の皆さんの国家の明日を左右する活発な論議ばかりかと思いきや、言葉尻を捉えての揚げ足取りも聴かれ、ナンとも情けない気持ちになりました。(泣)

国のVIPですからさぞかし偉いんだろうとは想像しますが、果たして身の危険を顧みずに必死に夜を徹しての救出活動をなさった名も無き救助隊員さんとどっちが偉いんだろう・・・なんて考えちゃいました。
国会なんですから、必死になって我が国の未来を憂えつつも発展的なやり取りを耳にしたかったように思います。

指導者に恵まれない国ほど、国民がしっかりする・・・事実なのかもしれませんねぇ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、私のこのブログに於ける役割はナニも愚痴ることではありません。
どちらかって言うと拙文をお読みいただいた後にニヤッとしていただけることをモットーに書いておりますので、話をまったく変えますね。(笑)

昨日も、近々身内に「寿」があることをチラッとお知らせしましたが、ナンだかワクワクして参りました。何故なら私の写真好きを知る姉が、「専門のカメラマンさんもお願いしてるけど、親族を集中的に撮ってくれない?」となれば受けない訳にはいきませんでしょう。(笑)

「本気で撮っていいの?」って思わず訊いちゃいました。(爆)

御祝儀袋1

ってなワケで、叔父ちゃんとしては俄然 ワクワクして来たってワケであります。
モチロン、叔父としての節度ある範囲で・・・にはしますが、御祝儀分ぐらいは愉しませていただこうかと考えて居ります。

御祝儀袋も気張ってみましたよ。(汗)

宝船を象ってるようなのですが、なんと・・・

御祝儀袋2

・・・・・・目出度いから まぁ~良しと致します。(笑)

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2013年3月 6日

認めざるを得ない世代交代(笑)

かつての兄弟姉妹の人数が多かった大家族ならいざ知らず、少子化が叫ばれる様な時代になってからは なかなか乳幼児に親密に触れる機会は無いんじゃなかろうかと思います。
私自身が姉・弟の後者でしたし、育った環境が同年代の子供達の多い環境でしたから、小さな赤ちゃんに触れるという機会は極端に少なかった記憶があります。
少なくとも物心ついて(小学生になって)から、赤ちゃんを抱っこしたっていう記憶は無かったです。意識はしないかもしれませんが、

普通そんなモンじゃありませんでしょうか?

それが、姉の出産に伴い、私は自動的に叔父になり、甥っ子という存在を得るに至りました。
身贔屓で恐縮ですが、とても可愛らしい子に思えたモノです・・・・・後に、赤ん坊は皆可愛いことを知ったんですけどね。(笑)

その子を抱かせて貰ったのが大人になって初めての経験でありました。
もっとも抱っことは言え、すぐそばには姉も居ましたし、母も居ましたから泣き出してもすぐにバックアップ態勢は整っては居たのですが・・・。

それが、ある日の午後、ナンの用だったのかまでは思い出せませんが、大学生だった私は帰省中にその子(たぶん一歳前後頃)を右手に抱っこして百数十メートルの距離をあやしながらお散歩(!?)する羽目に・・・。

ナンと二人っきりになってしまったのです。(汗)

「泣き出したらどうしよう・・・?」のドキドキ感は、その後 我が子でも何度も経験することになったのですが、母性と父性の違いなのか大きな緊張感に包まれたことが今では懐かしく思い出されます。

過日の平中央公園

幸いに好奇心旺盛の甥っ子は、あちこちに興味を抱き、周囲に母親が不在であることを しばし忘れてくれていた様で事なきを得たのですが、今となっては・・・・

私の赤ちゃん抱っこデビューでありました。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんな彼が長じて社会人となり、今ではその下の甥っ子も20代後半、姪っ子も4月からは薬剤師さんになるというのですから隔世の感を禁じ得ません。

間もなく三十路を迎え、社会の中堅どころとなる彼が、今週末に式を挙げます。
貴重な経験をさせて貰った彼の前途を祝福するのはモチロンのことなのですが、と同時に世代交代というのか若き連中の台頭を認めざるを得ない年代に私自身も差し掛かった様に感じられる今日この頃であります。

思えば、私自身もそうやって ひと世代上の方々に同様の想いをさせて来たに違いありません。

これは未来永劫続いていくんでしょうね。

嬉しくもあり、少しだけ寂しさも感じるのを御理解いただけますでしょうか。(苦笑)

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そうそう、未来永劫と言えば、昨日お伝えした私の名刺の裏面にはこう記されておりました。(笑)

名刺の裏

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2013年3月 1日

「命の恩人」、真価が問われる瞬間

間もなく震災から2年を迎えるという3月のスタートの日でありました。
あの日のことは今でも鮮明に覚えております。
当たり前ですよね、あんな経験は生まれてこの方 一度も無かったんですから。

揺れ始めには目の前の妙齢の女性の患者さんには「大丈夫ですよ ♪」などと安心させようと声を掛けたりは出来たのですが、震度6弱の激震状態になってからは茫然自失状態に陥りまして、恥ずかしながらナンだか訳の解らない状況に我を失いました。
そんな時でも あちこちで火花をあげながら落下するパソコン本体を見て、「損害額相当だな、こりゃぁ・・・」などとは思っていたのですから情けない話ではあります。(恥)

患者さんの避難誘導をせねば・・・という想いに辿り着く前に相当なる時間を要してしまったことは私の不徳の致すところと反省しきりではありました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょうど、そんな私自身が混乱の同時刻に、職務をキチンと全うなさっていた警察官がいらっしゃったそうですよ。

昨日の朝日新聞の福島版、浪江町の老夫婦を背後に迫る大津波から救った「お巡りさん」の話が載ってました。
双葉署浪江分庁舎勤務の30代の警察官お二人は、請戸港近辺で懸命に住民の避難を呼びかける・・・必死に「家に戻るな!」、「裸足のままでも逃げろ!」と叫んで回ったそうです。
それを聴いた老夫婦が逃げる際に、それでも一旦薬を取りに戻ろうとした御夫婦に「それだけはダメだ!」と半ば無理矢理にワゴン車に乗せて迫り来る津波から命からがら逃げたんだそうです。

「たら・れば」は無いのかもしれませんが、二人の警察官が機転を利かして行動しなければ老夫婦は津波にのみ込まれていたのだけは間違いなかったんでしょう。
当時の必死の状況では名前を聞く余裕もなかった御夫婦、ナンとか若き警察官二人を探し出して再会を果たされたそうです。

警察官は単に人間として、そして警察官として職務を全うしただけなのかもしれません。でも、半世紀も生きて来てその歯科医院の最高責任者であった私ですら責任を全うできなかったのですから、感謝されて然るべき立派な「命の恩人」には間違いないですよね。

朝から良い記事に接することができ、嬉しく感じましたよ。

犬吠埼の日の出

おそらく、警察官にも良からぬ方々もいらっしゃいましょう。
時折、眉をひそめる様なスキャンダル的な報道も目にはします。
それでもなお、国民が警察官を信頼できなくなれば国家の体をなさないことも真実ではありましょう。
福島県浜通りには、「命の恩人」と評される警察官の方々が居て下さったことを誇りたいですね。

壁面の修飾物?

本日、息子の卒業式。

齢80歳を越えた父が居て、私が居て、そして「酒井」という名字を生涯名乗る息子が居ます。
我々3代・・・ちょうど同じ高校の1回卒、32回卒、65回卒だったようです。

実に目出度いことでありました。(笑)

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2013年2月24日

大切な日にいただく事にします

ありがたいことに息子の件で贈って下さった方がいらっしゃいました。
今後来たる、大切な日にでも頂戴しようと思います。ありがとうございました。

大切な日にいただく

本来でしたら本日、仙台に向かってることも有り得たのですが、回避が出来て本当に良かったと思っております。折しも今日は「今世紀最悪の寒さ」だとかって言うじゃないですか。
まだ21世紀は8分の1程度しか終わってないのに変ではあるんですけど、それほどの悪天候であるということだったんでしょう。

昨夜は医院泊まり。
今朝は早い時間より医院二階を見渡しておりましたが、ナニ気に覗いた我が本棚に学生時代に貪る様に読んだ本が並んでいて、妙に懐かしかったですね。

かつての愛読書

ドラマ化された「氷点」も良いんですけど、私的には「天北原野」が更に良かった様に記憶しています。30年間、大切に保管していた本ですので、そのうち機会を見つけて再読したい様に感じました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここ数日の睡眠不足が祟って、バタンキュウの状態です。
今宵はチョイと早めに床に就くことに致します。(笑)

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2013年2月 2日

兄・姉の存在をとても心強く感じる

ふと立ち止まって自分自身を振り返る時に、社会人となって随分と長い時間が流れたなぁ~とある種の感慨をもって感じる時があります。
様々な困難に直面した際にも、当然 己の才覚でクリアして行くのが当たり前かと思ってます。

大人なんですから そりゃそうですよね。

朧気な知識でしかないですけど、史的唯物論でいうところの社会的存在とかって単語があったかと思うのですが、自分自身も社会的に認知された完璧な大人のつもりでおりました。

でも、意外とそうでもないんですよねぇ。(汗)

様々な事象に際し、判断していく存在でありながら優柔不断的に迷うことも相変わらず多いようにも思えてなりません。(恥)

私は二人っきりの姉弟で、姉が居てくれて弟というポジションを得ております。
義兄はかれこれ30年以上のお付き合いですから、もう「義」の字は外れて本当の兄のようでもあります。
常日頃は私も大人になりましたから精神的に彼等に依存し続けてるようなことはありませんが、幾つになっても社会的に完全に独立しては居ても、ナニか迷った折には やはりこの二人はとても心強い存在なんですよね。
ややもすると、頼り切ってしまうことも未だにありまして・・・・。(笑)

清航館の大掃除1

兄弟って不思議ですよねぇ。

一緒に生活した期間なんて、そりゃぁ17~18年は有りましたけど、そのうち産まれて物心つくまでの6~7年は記憶には無いんですから 一緒に過ごしたのは たかだか十年間ほどのお付き合い。

それでいて、家内と同様に 生涯に渡り唯一無二の存在だっていうんだから不思議にも感じます。

清航館の大掃除2

清航館での大掃除で張り切るこの子には、お姉ちゃんとお兄ちゃんがおります。(笑)
今はまだナニも理解出来ないかとは思いますが、この子にとっては将来的に彼達二人が紛うことないサポーターになってくれることでしょう。
あれこれの折に精神的支えとなってくれる存在であって欲しいと願います。

兄・姉のありがたみを知る親としては、そう願って止みませんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

( 写真は、二枚とも親しくさせていただいている徳田氏にいただきました。感謝! )

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2013年2月 1日

人を応援する喜びを知る(笑)

インターネットの縁というモノは摩訶不思議なモノでありまして、ひょんな事で繋がりを持った方が当院二階に遊びに来て下さり、その後に市議会議員選挙に立候補。
来て下さった際にお土産なんぞを頂戴していたモノですから 選挙期間中にお返しがてらに陣中見舞いに伺った事で距離が縮まり、仲良くなって無事に初当選。

この方なんですけどね、吉田みきと氏。(笑)

吉田みきと氏

思えば、今までの人生で市会議員の方を応援しようなんて思った事はただの一度も無かったような気がします。そりゃぁ同級生とかの縁で何方かには必ず投票してましたけど、正直 政治意識のレベルの低さを露呈するようで恥ずかしいですけど、

「誰がやっても一緒じゃないの?」

的な想いがあったことは否めません。(恥)

ただ、昨今の候補の方は逆に常日頃からネットの威力を有効に活用なさっていて そんなところに魅力を感じ始めて数名の候補の方々を注視していたところでした。
せっかくの武器ですモンねぇ。使わないのは惜しいですよね。

御自身の主張、声を嗄らして聴いてるのか聴いてないのかすら解らないような街頭で演説なさることをモチロン否定は致しません。
選挙期間中には欠かせないアピールではありましょうね。
ただ、これからの時代、平常時にはやはりネットを中心にして持論を展開させるのが一番効率が良いのではないかと思えてなりません。文字ではあってもその活躍ぶりがリアルタイムに良く解りますし、人柄は結局 文体にも滲み出て来てしまいますからねぇ。

焼き鳥屋さん

27日には、彼を囲んでの応援会(!?)に行って参りましたよ。
まさか、私自身がそんな場に身を置くとは考えもしなかったですけど、いやぁ~多くの支援者の方々とお話しできて楽しいこと楽しいこと。

御本人の応援なんかはそっちのけで、まったくの世間話に花が咲いた一夜。
やれ、
「ウチの息子と同級生なんだ」、
「中央台の歯医者さんなの? あたし貴方のお母さん知ってる!」だの、
「うちの"おんつぁま"が御近所に住んでるんです」とか、etc・・・・。

縁あって繋がった方を、また違ったルートから彼に出会った方々と応援してみる・・・。

人の繋がりがあちこちで絡まったように繋がりを見せていくその喜びは、地域に生きる私にとってはとても新鮮であり、またの機会にも是非参加してみたいと思えるようでしたよ。(笑)

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2013年1月 8日

懐かしい「タイムマシン」を発見?

ただただ ひたすらに「懐かしい場所」・・・お有りでしょうか?

私は湯本生まれで就学前までは湯本で育ちました。当時両親が住んでいた4階建てのアパートは今はもう無く、また小学生時代を過ごした内郷の社宅(常磐炭鉱)も既に取り壊されていますから、建物に関わる想い出はあまりないんですよ。

そんな中で、たぶんここは当時と変わってはいないんではないでしょうか。
日曜日に歩いた路地に、いわき市在住の当時の男の子なら一度は憧れたであろうプラモデルの館がありました。

『 いいじまホビーさん 』

いいじまホビーさん1

改めて見てみると結構立派な建物なんですよね。ただ数年前に息子と訪れた時には内部は変わってないように思った記憶があるので、私が子供の頃からこの建物だったような気もします。(曖昧・・・)

プラモデル・・・当時の少年の宝物でした。(笑)

クルマ有り、戦車有り・・・田宮模型って言ったら「知らぬ者が居ないだろう」ってほどの固有名詞でしたよね。
その「いいじまホビー」さんの店頭のショーケース。どれだけの陽光に晒せばここまで日に焼けるんだろうと思う程の懐かしいお宝が並んでましたよ。(笑)

いいじまホビーさん2

見るとはなしに見ていたら、私のタイムマシンのスイッチが入ってしまいました。(笑)
たぶんこれが初代では無かったでしょうか。

本郷猛の仮面ライダー1号!

初期の仮面ライダー

確か、一文字隼人の仮面ライダー2号は肩から手に掛けて白いラインが入っていたように記憶しています。
(違っていたらゴメンナサイ)

少年の頃の記憶って朧気で不確かですよね。

大切な事であってもいっぱい忘れているのに、何故か仮面ライダーに関しては記憶に残ってるニュースがあるんです。
今でもそうらしいですが、当時 流行に流行った腰の「変身ベルト」。
私は所有はしてませんでしたが、ある少年がそれを腰に巻いて そう仮面ライダーのように高いところから飛び降りたら不幸にして亡くなったというニュースが忘れられません。

更に、そのお子さんの葬儀に、当時 一文字隼人役だった俳優の佐々木剛氏が参列なさったという雑誌の記事は忘れることが出来ません。
真実かどうかは解りはしませんが、貪るように読んだ雑誌かナニかの記事が私の脳裏に深く刻まれ、どれだけの時間が経過してもそれだけは薄らぐことがないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

不思議ですねぇ。悪役組のショッカーの怪人の名前や顔も一切思い出せないのに、その記事だけは鮮明に覚えているんです。
その少年だって、存命であれば私と大差ない年代だったことでしょう。それでも、本当の仮面ライダー2号(一文字隼人)が来てくれたんだったら、親御さんにとっても その後の唯一の心の拠り所になったかもしれませんね。

束の間、タイムマシンの旅が私を感傷的にさせたようです。(泣)

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2012年12月19日

やっと年賀状の手配を完了・・・

恥ずかしながら「出した!」ワケでは無く、「注文した!」ところであります。(汗)
年賀状・・・モチロン貰えば嬉しいんですけど、どうも年末の慌ただしさにかまけて送るための準備をするのが遅れがちになりませんでしょうか?

今年は、医院待合室に「いわきひとまち百景」の画像を御提供いただいたりし、「いわき印刷企画センター」のスタッフの方も良くして下さるので、「いわき印刷」さんにお願いしようと決めては居たのですが、どうも手続きが面倒なように思えて延ばし延ばしになっちゃってました。
このままでは間に合わなくなる恐れもあろうかと今夜 気張って手続きしたら、異様に簡単で拍子抜けでありました。

本来ならデザイン等、自分で考えるのも嫌いではないのですが、時間に追われるこの時期にはネットで注文できるのはありがたいサービスですね。
師走も下旬に差し掛かり、慌て始まった方はこちらが便利なようですよ。(笑)

● 「いわき印刷」さんの年賀状印刷

自分でナンでも出来るような時間的余裕があれば良いんでしょうけれど、最近では名刺でもお渡しカードでも、いわき市内の専門業者さんに依頼することが多くなりました。近日中にアップしようかとも思って居るのですが、素敵なデザイナーさんに作っていただいた名刺はVery Good!
優しい感性で描かれたデザインは、私の期待をはるかに超えてくれてて嬉しくなりました。

この時期の朝の陽光

地元の方にデザインしていただき、地元の印刷屋さんに印刷依頼。
本来、この地に産まれ地元に根を張ろうとしてる私はそうすべきと考えて居たのですが、ここ暫くでの人と人の繋がりから具現化でき嬉しく感じて居ます。

「来年はどんな年にしたいの?」

・・・と問われれば、その点を更に充実させていきたいと考えて居ます。

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2012年9月23日

知らないことも多い、小3の国語

小学校3年生の息子が学校の宿題なんでしょうか、自主的勉強(自主勉)と称して国語の教科書を声に出して音読しています。ほぼ毎日欠かさずやっていて感心してるのですが、声を出しながら読んでるが故に、つまりは小学校三年生で習う国語の教科書の中味を何とはなしに聴かされてしまう環境に周囲の我々大人達も居るワケでして・・・(笑)

いま現在、彼が学んでいるのは・・・

「偏(へん)と旁(つくり)」。

(漢字でこう書くことを知りませんでした・・・(汗))

その中で、「頭」という漢字の「旁(つくり)」は「頁」であり、子供ながらに「おおがい」と読むことを学び、しかもそれが人の頭の形を描いたモノから来て、それ故に「おおがい(頁)」の付いた漢字は「頭部に関係がある」と書かれていまして・・・・

「頭」、「顔」、「項(うなじ)」、「額」、etc・・・

おぉ~、確かにそうですね!
漢字は苦手ではなかったので、「おおがい」と称することや「さんずい」が「水」に関係してることはモチロン知ってましたが、3年生で実際に習ってる「頁」の意味合いまでは考えたこともありませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日だったかニュースを見ていたら、「100のうちの40を何%と言うか?」の答えを出せない6年生が半数近いような事が報道されてました。
「40%」と答えられない子に「4割」という表現は理解できないようにも思うので、ということは長じて「特価2割引!」を理解できないことにも通じる恐れがあるので、ちょっと生活には支障を来しますよね。

学校での学習は、3年生には3年生の課題がありましょう。
ということは、彼がいま記憶しなければ父親と同様に長じても「頁=頭部に関連」というイメージが定着しないということになるんですよね。

幼少時の学習の大切さを学んだ気がしました。

と同時に、子供が3年生の国語の教科書を声を出して読んでいる、ただそれだけのことからも耳を傾けてるだけで幾つになっても学ぶ事ができる事実を知ってしまいました。

連休の後半、実に久し振りに何処にも行かずにパソコンとのニラメッコをしてましたけど、学習のなんたるかをちょっと考えさせられました。(汗)

筑波山・雨のち晴れ4

写真は昨日の続きであります。
家内の名誉のために付け加えますと、広角(ワイドに写せる)レンズは周辺の被写体が拡大(膨張?)されてしまう欠点があるのです。
ちょっと「太め」に写っては居りますが、実物は決して・・・・(笑)

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2012年7月 8日

その瞬間、気分は高校生です(笑)

実際の年齢はさておき、ある瞬間にタイムスリップと言うのか、その当時の感覚に戻ってしまったような気がすることはお有りになりませんか?
昨夜の「いわき自転車探検部」の反省会にて、それこそ高校を卒業して数年も経過してないような友との語らいで気分的に引き戻してもらった・・・・そんな感じになっていたんでしょうか。
本日、高校時代の同級生K君と二人で田人&貝泊へチョイとドライブしてみたのですが、ナンだか気持ちは当時のそのままに戻った感がありましたよ。(笑)

二人とも"見てくれ"は どう見てもオッサンでしたけど・・・

その瞬間、我々は紛れもなく高校生でした。(笑)

一昨日・昨日の悪天候がウソのように爽やかな涼風が吹く日曜日の今日。
こんな日は、「海」も良いけど「山」も心地良かったですよ。
アリオスのパークフェス・イベントを覗いた後に昼食を摂るために向かったのは田人のお食事処「ながせ」さん。

K君と田人・貝泊を訪ね行く3

K君と田人・貝泊を訪ね行く1

貝泊写真倶楽部のリーダー二階堂氏も絶賛のお店であります。

ナンつーか、私はここの「ソースカツ丼」を彼に食べさせたかったのですよ。(笑)
ナンとはなしの懐かしさを感じるお店であり、美味しい食事でしたよ。

K君と田人・貝泊を訪ね行く2

私が足繁く通い、このブログにもアップしてることから彼も興味を抱いてくれてたのでしょう。
貝泊写真館にも案内してみました。

K君と田人・貝泊を訪ね行く4

K君と田人・貝泊を訪ね行く5

この貝泊には、市街地では失われてしまった様に思える「過去」が懐かしいほどに残っていて、我々が三十数余年の間に得たモノと失ったモノを明確化してくれたようにも感じます。
どっちが良いとか悪いとかではなく、時間軸に刻みつけてきた各々の「歴史」を明らかにしてくれたようなそんな感慨に浸ることが出来た休日でした。

今度は、紅葉が綺麗な頃にまた二人で再訪したいと考えてます。(笑)

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2012年6月25日

「夢のひととき」をまたいつか・・・

月曜日。仕事が始めると・・・・不思議なモンですねぇ、週末の「うたかたの夢」のような時間から一気に現実に引き戻されました。
もっとも仕事っていう没頭できるモノがあるからこその「夢のひととき」でもあるワケでして、当院二階に集まってくれた5人の同級生達もきっと同じ感覚・同じ想いだったことでしょう。

「人が集う」・・・楽しく嬉しいことだけど、日時、場所、メンツ、食べ物&飲み物、etc・・・・・そんな準備って慣れてないが故にそれなりのハードルにはなりましょう。
でも、そのハードルを思い切って越えてホントに良かったと思いました。
横浜から来てくれたヤツまで居ましたけど、きっと「来て良かった!」と思ってくれたに違いありません。

生来、そういった企画等は苦手であります。(汗)
イベント参加は大好きなんですが、自分自身としては入念なる準備等が出来ない性格のような気がしています。(笑)

ま、それなりに頑張ったんですけどね。(笑)

今回、皆でつまめるように自由が丘の「おむすびCafe空」さんにオードブル的な食材をお願いいたしました。ちゃんと配達までして下さってありがたかったです。モチロン、流石に「おむすび」はカットだったんですけどね。(笑)

プチ同窓会 in 当院二階1 プチ同窓会 in 当院二階2

嬉しかったのは、K君が懐かしいアルバムを持って来てくれたことです。
驚いたことに、久し振りに見た高校生の頃の自分・・・・

高三(17歳)の長男にそっくりでした。(笑)

プチ同窓会 in 当院二階3

息子 に そっくりなんだか、息子 が そっくりなんだか・・・。(笑)
ナンだか不思議でなりませんでしたよ。

プチ同窓会 in 当院二階4

良い季節ですから窓を少し開けてましたけど、ちょっと御近所の方には御迷惑だったかもしれません。オジサン達がはしゃぎ過ぎでありました。(笑)

プチ同窓会 in 当院二階5

これだけ時間がアッという間に過ぎ去ったのも珍しい・・・・。
「夢のひととき」に付き合ってくれたみんなには心から感謝したいです。
こうやって具現化したプチ同窓会。
味をしめた我々のこれからの展開が楽しみでなりません。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

敢えて、また逢う約束はしませんでした。
でも、素敵な時間でしたモノ、すぐの再会があることでしょう。

因みに、「シェ栗崎」のシェフとは今週も会うんですけどね。(笑)

宴の後だけがちょっと淋しかったかなぁ・・・・。

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2012年6月23日

高校生の頃の自分を感じる瞬間

昨日、どう表現したモノかと思いながらも「ドラえもんのポケット」のようと書いてみました。
インターネット、とりわけFacebookという新たなソーシャルネットが今までだったら起こり得なかったであろうことを具現化してくれています。

そうお感じになりませんか?

人は、成長に合わせ大概は地元の高校に通い、そこからの進路は主として関東圏であったり東北ブロックかもしれないけれど進学・就職で出身地を離れます。
交わっていた、もしくは接近していたお互いの糸は、一旦離れてしまうことで もう一度手繰り寄せることはなかなか難しいんではないかと思っていたのですが、ひょんな事でネット上に痕跡を見つけて・・・

辿ってみたら懐かしい顔を発見。(笑)

それから旧交を復活させるには時間はかかりませんでした。
ってなワケで、本日 当院二階の自称「男の隠れ家」にて磐城高校・第32回卒のプチ同窓会と相成りました。(笑)

歳月は等しく流れ、皆が大人にはなりましたけど、根底に流れるモノは変えようもなく・・・あの頃の自分を懐かしく感じられるってホントに不思議な感覚ですねぇ。

よくFacebookのように自分をネット上に公然と晒すことに不安を感じられたり怖がったりなさる方がいらっしゃいます。
モチロン、それは仰る通りでして、基本的にはインターネットは性善説ではなく性悪説で考えるべきだと私も思っています。
ただ、それでもなお 一歩は踏み出してみる勇気を持っていたいとも思います。
多少のトラブル(苦い経験)は私も経験したことがありますが、それを圧倒的に凌駕してくれるメリットも享受してます。
クレジットカードをネットで使うことが不安であるように、道路を自転車で走行すれば事故に巻き込まれる不安があるように、Facebookにもきっとマイナスはあるんでしょう。
でも、この世界に足を踏み入れなければ得られなかったであろう今日のこの「懐かしさ」を思えば、トータルで私の場合は圧倒的に「プラス」と感じて居ます。
ナンと表現して良いのやら・・・

実に嬉しく楽しい夜であります。(笑)

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2012年3月 8日

こんなに長く暮らした家は無い

私の実家は転勤族とかでは無かったのですが、社宅の移動やら父が自宅を建てての引っ越し等で、10年と同じ建物には住んだことはありませんでしたね。
学生時代も、歯学部は医学部(現在では薬学部も)と同様の6年制ですからそんなモンでしたし・・・。

開業後に、当初は医院二階に住んでましたが、落ち着いてから 自宅を現在の場所に構えたのがちょうど平成10年の3月7日だったように記憶しています。

以来14年間、この家が私の終の棲家。

子供達も、小学校入学前からここに住んでいるので、おそらくはそれ以前の記憶は「?」に違いないでしょう。

中之作・清航館でのキャンドルナイト7

私は霊魂の存在とかを信ずることは無いです。
それでもなお、長期に住み続ける「自宅」とかには魂が宿るって考えてるんですから、甚だしく矛盾しておりますが・・・(笑)

これから自分自身がいったい何年生きられるのかなんて想像もつきませんが、どうあっても人生の中で長期に住まい続けた建立物であることには違いないのではないか・・・・そんな気がしてます。

3月7日は、我が家の記念日的な日で、今後も長らく記憶に残りそうであります。(笑)

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2011年10月22日

かつての喧噪が聞こえて来そう

私だってまったく知らなかったのですが、常磐炭田(北は富岡から南は日立まで)って19世紀の半ばにスタートし、120年もの歴史があったんですってね。
実は、正直言うと 半世紀程度の歴史かと思ってました。(恥)

確か、映画「フラガール」のワンシーン。

岸部一徳さんが髙橋克実さんに解雇宣告するところだったか、象徴的に壁の額が傾くって言うかずっこける・・・・。
記憶に間違いがなければ、その額に人々の結びつきを強く感じさせる「一山一家」って書かれてなかったでしょうか?

おそらく、炭鉱最盛期には モノ凄く大勢の人口を抱えていたこの地。
独立完結型社会と呼ばれたそうで、それこそ労働者は炭鉱住宅(炭住・長屋)に住み、病院やらスポーツ・文化施設といった福利厚生も充実してた様に ある方からいただいた資料には記載されてました。
事故の無きように祈る「山神様」も、そこかしこに祭られたりもして。

大勢の人が、汗を流し、命懸けで仕事をし、集い、酒を酌み交わす・・・。
危険と背中合わせの採炭(石炭採掘)です。命を落とされた方も大勢いらしたはずです。私の微かな記憶にもそれが残ってます。(父が常磐炭鉱勤務でした)

学校だって、全校児童数が2000人とかって事例もあったようですから、いったいどれだけ一学級に詰め込まれていたのか、想像を超えますね。(笑)
そんな中、子供達は遊び相手に事欠くことなく、それこそ家族・兄弟のようにして育ったことでしょう。旧き良き時代と言ってしまえばそれまでですが、育まれた豊かな関係は、今の時代にはチョイと希薄かもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大勢の、老若男女を問わない労働者が働いていた場所を巡ってみました。
かつての喧噪が聞こえて来そうな、そんなエリアでしたよ。

● 常磐炭礦内郷礦中央選炭工場

廃墟を巡る1

● 石造りの住吉一坑坑口

廃墟を巡る2

廃墟を巡る3

● 赤煉瓦の扇風機上屋

廃墟を巡る4

廃墟を巡る5

おそらくは活気溢れんばかりの町だったんでしょうねぇ。資料展示場の印象的な写真。

廃墟を巡る6

山の神に人々が祈りを捧げた「山神様」。ここは、懐かしさが込み上げて来ました。(涙)

廃墟を巡る7

参道の途中からメンバーが見つめるエリアは、ナンと相撲場の跡。
相撲場だったとは知らなかったのですが、子供の頃 ここで遊んだ記憶が鮮明に蘇りました。

炭鉱の最盛期には、きっと こんなだったんではないでしょうか。
若きメンバー二人が仕切りの真似を・・・・(笑)。

廃墟を巡る

絆を深め合う「一山一家」。
昨今 社会問題化されてる「無縁社会」。

我々が失ったモノの大きさが、この町には刻まれているような気がしました。

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2011年10月21日

懐かしい少年時代の記憶が蘇る

人は、仕事をしている以上、同業者の方々とのお付き合い・情報交換は欠かせないモノがありましょう。振り返ってみても、歯科医同士による励まし合いにも似たお互いの協力体制(歯科医師会等)の御陰で学んだことは枚挙に暇がありません。

ただ、そういった関係だけでなく、出来るだけ異業種の方々と交わることによって得られる「良き刺激」には常々魅力を感じておりました。
昨今のネットの繋がりの御陰で、それを存分に享受できる自分が居ます。(笑)
キッカケは最近facebookにハマってらっしゃるこの方が、二年ほど前に誘って下さったからでありました。改めて感謝ですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の休診日、朝からそんな異業種の自転車仲間4人と一緒に、私が幼き頃を過ごした地(いわき市内郷)を巡るサイクリングをして来ました。
心地良い疲労を感じながらも、込み上げる懐かしさに充実感を感じた一日。

「童心に帰る」・・・40年前に戻った数時間。

何ものにも代え難い貴重な「ひととき」でありました。

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る1

考えてみたら、こんなクルマ(普通乗用車)の背面に自転車を2台も括り付けて出歩く人は珍しいでしょ?(笑)
因みにこの方は、車内にもう一台の自転車を積んでいて、ちょっとビックリ。(笑)

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る2

巡ったのは、「内郷地区炭鉱産業遺産」。

私自身が小学生時代を過ごしたエリアでした。
なかでも、下記の貴重な遺産に触れた瞬間、「兵どもの夢の跡」というフレーズが思い浮かび、その地の栄枯盛衰がまざまざと浮かんで来るかの如くでありましたよ。

● 常磐炭礦内郷礦中央選炭工場
● 赤煉瓦の扇風機上屋
● 石造りの住吉一坑坑口
● 水中貯炭場

コンデジで撮影してきた写真は今後アップしますが、クルマで通り過ぎる一瞬では感じ取ることができなかった郷愁。
カメラ片手の自転車散策・徒歩散策はもっと見直されて然るべきですね。

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る3

残念ながら私のではありませんけど・・・

ナンか様になりますよね、自転車って。(笑)

内郷・自転車で炭鉱廃墟を巡る4

肉体的な疲労感を感じはしますが、それを上回って余りある充足感に浸ることができ、満足でした。

これで今日も頑張って仕事ができます。(笑)

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2011年10月12日

悩ましき選択、保存か解体か?

自分自身の中でも判断が付かないような複雑な心境っていうのがあります。
同じ「自分」であっても、10代の時と40代になってからは随分と考え方が変わって来たように、年代や環境によっては随分と心境の変化っていうのは出て来るモノですよね。

子供の頃の私は、父が勤務していた常磐炭鉱の社宅で育ちました。
築何年だったのかは今では見当もつきませんが、相当に古い建物であったことだけは間違いがありません。
小学校に上がる直前でしたけど、初めて両親に連れられて その社宅を見に行った夜には幽霊屋敷かと思った記憶が鮮明に残ってるぐらいですから・・・(笑)。

当然、当時は大きくて、新しくて、立派な家に憧れました。
古いモノなんかどんどん壊して、新しいモノに変えて行くことが「正しい」と認識して疑ったことはなかったですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それが不思議なことに、大人になり、それなりに夢見ていたような家を手にできるようになると、レトロなモノにある種の感慨を抱くようになるっていうんですから心境の変化って面白いですよね。

それを郷愁と呼ぶのかどうか・・・・。

体育の日に、いわき市の江名地区で私が見せて貰ったのはそれでした。
雨の中、傘までさして主催者の方が見せて下さったのは、「古き良きモノ」・・・でありました。
当然、この地区には津波の被害に遭われた崩壊家屋も有りましたけど、不思議なことに私の目にはあまり入らず、懐かしいモノばかりが印象に残りました。

故き良きモノに出会う散策

いま、この地区で問題になってるのは古き良き町並みの「保存」なのか「解体」なのかという方向性の是非に関してと伺いました。

今だと行政負担により「解体費用」がかからず・・・というのが背中を押してしまってるんでしょうね。しかも年内とかの期限が付けられてるようでもあり、住民の方々も「解体」への判断を急がざるを得ないのでしょう。

モチロン、他者の所有建造物に他人が口出しできるモノではありませんが、ナニかノスタルジックなイメージを持った古き良き建造物が無くなっていうのは切ない感じになるモノですねぇ。(泣)

震災復興が急務であることは誰も否定しないでしょう。

その過程で、文化的遺産ともいうべき「古き良きもの」が未来に引き継ぐか否かの徹底的な議論もされずに失われていく事実を垣間見てしまいました。

近代的な家屋に住みながら、勝手なことを言ってるようですけど、ナンだか消えゆく「町」を大切に思ってる友人の豊田氏御夫妻(お二人とも設計士さん)の気持ちも痛いほどに解った休日でした。
豊田氏は、こんな事を考え、こんな行動をなさっています。
私は、彼の主張に私も耳を傾け続けたいように思います。

『 中之作プロジェクト』

彼が大好きな町に寄せる想いや付随する苦悩が理解できます。
目を通してみてはいかがでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は写真好きではありますが、写真で震災後の痛々しい現実を伝えることをずっとして来ませんでした。
今後もそれは変わりませんが、それでも明日にでも「失われそうな郷愁」のカットを数枚並べてみますね。

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2011年10月 2日

「マラソン」と「カステラ」の夢を見た

おそらく人が生活している限りある時間の中で、その4分の1ほどは眠りに費やしてるんですよね。私はどちらかって言うと長時間睡眠は苦手で、7時間も8時間も寝たことはたぶん記憶に無いですね。
流石に5時間を切ると辛くは感じますけど、自分でも時間は短くとも毎晩「深い眠り」を得られてる実感があります。

眠れないということは・・・まず無いです。

そりゃぁお酒を飲みながらPC弄りなんぞをして「うたた寝」をしてしまった夜は寝付けないことも無くはありませんが、基本しっかり寝てる方だと思っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その眠りには、ノンレム睡眠とレム睡眠が有ることは良く耳にします。

REM ・・・・ Rapid Eye Movements(速い眼球の動き)

要は、取り敢えず身体だけが寝てるレムと、脳まで寝てるノンレムとの違いで、そのレム時には脳が覚醒に近い状態で夢を見るんでしたよね。
周期的には90分おきぐらいにレムがあり、夢を見るのは脳が覚醒状態に近いそのレム睡眠時なんでしょう。

実は、最近 記憶に残る印象的な夢を見たのです。(笑)

● 一度目は、「マラソン」。

いやぁ~疲れました。(泣)
普段は、マラソンはおろかジョギングだってしないのに、何故かその晩に限っては夢の中で長距離を走っていたのです。
寝起きの疲れていたこと疲れていたこと。当分遠慮したいです。(笑)

● 二度目は、「カステラ」。

自分でも意味は解らないのですが、とにかくカステラを食べまくった夢でした。
寝起きの満腹感はちょっと気持ち悪かったです。(笑)

助手席、バックミラーに映る自分写真

夢・・・で思い出すのは、中学の卒業文集に自分で書いた最後の一文。
何故か、35年も前に自分が書いたフレーズを今でも覚えてるんですよ。

もしかするとナニかの本からパクったのかもしれませんし、自分で浮かんだのか今となっては定かでは無いのですが、みんなに向けて こんな風に書いたことを今でも覚えているのです。

「ただひたすらに青春の夢に忠実であれ!」

確か、中学三年生の卒業文集なのに、「僕はパイロットになりたい」って事を半ば本気で書いた記憶があります。(恥)
ま、幼かったんでしょうね。(笑)

同じ夢でも意味は全く異なりますが、「マラソン」と「カステラ」の御陰で、そんな若き日の自分の夢を束の間想い出してしまいました。
残念ながら酒井少年の夢は叶わずパイロットにはなれませんでしたけど、自分の意志でこの歯科医という職業を選択してますから、結構 夢に忠実だったんではないかと思う昨今です。

マラソン・カステラと来て、今度はどんな夢を見るんでしょうか?(笑)

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2011年9月18日

「貝泊」との出会いは昨年の今日

唐突ですけど、生活をしてる中で ある場所とかある土地とかとの 縁 を感じる事ってありませんでしょうか。

ただ単に通過する場所っていうのは そりゃたくさんあります。
学生時代以降、福島県の東部の海岸沿い(浜通り)を仙台まで何往復したかしれませんから、昨今 残念なことに報道で有名になってしまった双葉・富岡・浪江・楢葉、そしてかつては原ノ町と呼ばれていた南相馬市なんかはそれに当たるでしょう。

そういった通過エリアとは異なり、学生時代に住んでいた仙台市は、その土地の方と出会い、交流があったので、大きな縁を感じます。
多くの友人とも出会ったし、アルバイトでも様々な方々と出会う事ができました。
そんな記憶は時を越えても鮮明に残るモノですね。

いわき市内でもそうです。

私の生まれはハワイアンズのある湯本ですけど、その後に物心が付き 成長期(小・中・高時代)を過ごした内郷という場所は、他の場所とはまた異なり特別な場所です。
自転車で路地裏まで駆け回った事がヤケに懐かしく思い起こされますが、そんな場所は脳裏に焼き付いて離れることは生涯 無いに違いありません。

職場や自宅のある中央台・郷ヶ丘エリアは当然スペシャルエリア(!?)となりましょうか。おそらくは自分が将来的に死を迎える場所になりましょうから、ここにもまた大いなる縁が感じられてなりません。

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昨年の今日・9月18日に初めて訪れた貝泊(かいどまり)は、私にはそういった縁を感じる場所となりました。
居住されてる方には失礼な言い方になっちゃうけど、いわき市の南西部に位置し、そこですら相当に「田舎」のイメージがある田人地区の更に奥ってイメージでしょうか。
いわき市民ですら訪れたことが無い方が多い いわゆる限界集落に近いエリアかと思います。

それまで言葉だけで理解していた里山というに相応しい貝泊。
溢れる自然、人の温かさ、星が綺麗で冬以外は吹く風すら優しい・・・・。
最近では足繁く通う場所になってしまいました。(笑)
御世話になってる貝泊写真館の館長さんがブログに書かれてますが、不自由で不便極まりないエリアだけど、それなのにまったく不幸とは思えない・・・。

携帯(au)は繋がらない、写真館にはテレビが無い、電話はあるけどブロードバンドではなくダイヤルアップ接続ではネット環境も無いに等しい・・・。
だけれども大いなる魅力を感じるって言うんだから不思議なモノですね。

そこで貝泊コイコイ倶楽部なるモノを運営なさってる蛭田さんと出会ったのも昨年の今日。勝手に「ミスター貝泊」と呼ばせていただいてますけど、その方との出会いも昨年の18日に開催されたあるイベントからでありましたっけ。

離陸(笑)

ナンだかケツメイシの「出会いのかけら」が頭の中で鳴り出すんですよ。(笑)
夫婦揃って大好きな曲です。
下に貼り付けますけど、このミュージックビデオはちょうど写真館が舞台になっていて秀作ですよ。

貝泊が縁となり大勢の方々と親しくなれた一年間。
そこで紡いで来た人との交わりが、私の後半生の楽しみに繋がるのは間違いありません。

まだまだ上の写真のように飛び立ったばかりのお付き合いですが、館長さんを慕うみんなで貝泊写真倶楽部の新たな歴史を作って行ければ嬉しい限りであります。

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さぁ、当院も今日・明日の2連休です。
私にとっては記念日みたいな秋の休日。
お天気も良いようですし、やはり行ってこないとなりませんねぇ。(笑)

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2011年8月28日

運転免許証の更新に・・・「ガクッ」

5年ぶりの運転免許証の更新がありました。恥ずかしいので・・・

ま、お見せは出来ないんですけどね。(笑)

指定日にはなかなか行けずに、休診日(木曜日)とか平日の休日に取りに行かねばならなかったので、新・免許証を手にしたのはお盆の最終日でした。
また これからの5年間使うことになるので、出来れば写りが良いといいなぁ~って思ってたんですが・・・・

ナンで あんなにブサイクなんでしょうかねぇ。(泣)

実物以上でなくって良いですけど、せめてもうチョイと写りの良くなるカメラの導入って出来ないモンかと更新の度に思います。
写真好きとしては、チョイと教育的指導をしたくなっちゃいます。(笑)

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もっとも、免許証が正しいのかもしれない・・・って思わなくもなくて。

何故なら・・・
昨晩は、かれこれ20年来の付き合いになる貝泊写真倶楽部ではないもう一つの写真倶楽部の集まりが 例により当院二階であったのですが、この私が最年少なだけあって どう見ても「オヤジ連中の集まり」にしか見えませんでしたから。(泣)

サークル活動

思えば上の皆さんと出会った頃は みんな若かった・・・。(笑)

毎月のように顔を合わせてるのでピンとは来ませんけど、流石に歳月は人を変えますねぇ。おそらく死ぬまでのお付き合いになるんだろうと思いますが、今日 私が「写真」を趣味と言える基礎を作って下さったのが皆さんでありました。

誰だってそうかと思いますが、カメラを手にしただけではナニを写せば良いのか、どんな風に撮れば「良い写真」に見えるのか、そんなレベルから手取り足取り(!?)教えていただいたモノです。
時に甘く、時に厳しく批評を受けた事により、趣味と呼べる領域に引き上げて貰えた気がしています。

仕事を終えてからの集まりですから遅くはなっちゃいますが、写真関連に止まることなく、話題には事欠くことのない連中であります。(笑)

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写真の右隅奥に写ってる方は、本来 原発から半径10キロチョイに御自宅があった方です。震災直後より半ば強制的に避難させられ、一時期は埼玉の方まで避難なさってた方なんですよ。
今は、いわき市の市街地にある会社の社宅に御家族と落ち着かれはしましたが、御自宅は容易に戻れる場所ではないことを御自分でもお感じになってるはずです。

避難後に、2度ほど御自宅に戻ることが出来たそうですが、カメラ好きの方ならお解りでしょうけれど、その時にやっと「サンニッパ」が持ち出せたそうです。(泣)
「サンニッパ」・・・我々が憧れてやまない300ミリ・開放f値2.8という単焦点の望遠レンズです。
大袈裟に言うと 「ひと財産」級のモノですから放っておくようなモノではないのですが、逆に考えると それさえも震災直後には持ち出せなかったのが半径10キロの方々の現実でもあるんですよね。

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ニュースを見ると、放射能レベルの高い原発周辺の瓦礫の処分を福島県内で処理したい旨を 菅総理が福島県の佐藤知事に打診したようですけど、人として これ以上 被害に遭われてる方々を更に苦しめて良いんでしょうか・・・・。

私は疑問を感じざるを得ません。

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2011年8月21日

昔話に花が咲く、旧友との語らい

お盆前と昨晩と、当院二階の自称「男の隠れ家」に中学・高校のそれぞれの旧友が泊まりに来てくれました。
今まではどっかの飲み屋さんで・・・のパターンが多かったのですが、考えてみると飲み代も嵩むし、代行も必要だし、だったらお手軽に飲むだけ飲んでシャワーでも浴びて寝ちゃうか?・・・の安上がり作戦で行くことにしました。(笑)

旧友との語らい

気が付いたらお互いに年齢も大台に達し、昔の面影は「ん・・・?」的な部分もありますが、昔話はモチロンのこと、家庭のこと、仕事のことやら今後のこと、大いに語らえて実に楽しい時間でありました。

三十数年前、同じ学舎に籍を置き、やがてそれぞれの進路を選択し、仕事に没頭する時期には数年間音信不通の時もありましたけど、連絡を取り合うようになったらタイムスリップは簡単。
お互いに見た目は相当に変わってはしまいました(!?)が、それでも中学の頃、高校生時代の彼等と根本はナニも変わらず。
間に「お酒」が介在するようになった違いだけって感じです。

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輸出関連の企業に所属する高校旧友の彼は、昨今の超円高・75円台を嘆いてましたねぇ。無理もありません。1円違えば企業規模にも因るでしょうけれど何億・何十億の損失ですもんね。
それすなわち給与(年収)にも反映してくるでしょうし、悩むのも無理はないでしょう。

震災から5ヶ月以上、被災地においてやっと立ち上がろう、ナンとか頑張ろうと復興を目指している中小企業、とりわけ円高ダメージを被りやすい職種の方々は厳しいでしょうねぇ。
政治の空白を見るにつけ、寒々しい虚しさを覚える昨今です。(泣)

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2011年8月18日

自分の「生い立ち」に重なる風景

私が育ったのは いわき市内郷にある白水阿弥陀堂という国宝に向かう道すがら、その数キロ手前のポイントでした。
開けた「住宅地エリア」と言うよりは「山の中」って感じの所でありましたよ。
ちょうど小学校の6年間をそこで過ごしましたが、周りはもう自然だらけ。(笑)

お盆の一夜を過ごした貝泊に誘われるように向かったり、過ごしていると懐かしい郷愁を覚えるのは、そんな自分の生い立ちとリンクする点を感じるからかもしれません。自分自身に原風景なるモノがあるとすれば、そんな感じかもしれないです。
貝泊・・・ここではまったくと言っていいほどに違和感を感じませんねぇ。(笑)

夏の舞1

こんなシーンは、いま現在居住している住宅地の庭先でも見ないことはないのですが、残念ながら背景が完全なる緑にはならない(なれない?)ことがほとんどです。周囲の家々が映り込んでしまったり、電柱・電線が縦横無尽に張られてますからねぇ。

貝泊写真倶楽部の面々に、「ホラまた酒井さんがブツブツ言いながら追っかけてるよ(笑)」のように言われながらも、私にとっての魅力ある被写体を追いかけてみました。

実は、空中を舞う蝶々にカメラのピントを追従させるって結構大変なんですが、最近のレンズは本当に良く出来てます。

レンズの進化 を痛感しましたよ。

夏の舞2

背景なんかを考える余裕は全く無いのですが、それでも少しだけ腰を屈めて色的に浮き立つエリアに入れてみようと工夫してみた・・・って感じですね。(笑)
ちょっとバックがシンプル過ぎたかもしれませんが。

これだけ写真を撮っていてナンなんですが、最近やっとですね、ファインダーを覗きながら四隅とか背景に注意が払えるようになったのは。

一瞬を切り取り、一枚にすべてを凝縮させる・・・・

それって実は大変なことであるようです。
簡単じゃないから楽しいんですけどね。(笑)

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2011年7月29日

何故か「懐かしい記憶」が蘇る

人にはそれぞれ原風景ってモノがありますよね。
例え親子や夫婦であっても、子供の頃に見て接して来たような光景は異なるモノ。
一番近い存在があるとしたら 年齢の近い兄弟(私の場合は"姉")ってことになるのかもしれませんが、各人各様の脳裏に幼少期に刻まれた違った風景ってあるように思います。

今回の尾瀬行きで、ナンだかチラッとそんな事を思い出してしまいました。
理由は簡単、懐かしい感じのするモノに触れて来たからです。

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「尾瀬」を語るには、沼山峠を越えて尾瀬沼周辺の長蔵小屋界隈に辿り着いただけでは物足りないのかもしれませんが、いかんせん ナンてったって「日帰り」ですからねぇ、そこまでが限度ではありましょう。(笑)

尾瀬の入り口から歩くこと1時間弱だったでしょうか。真っ直ぐに歩を進めればもうちょっと早かったのかもしれませんが、あちこちで写真を撮ってたので、下手をすると倍の距離を歩いちゃったのかもしれません。(笑)

辿り着いたのは、あまりに懐かしい感じのする「長蔵小屋」のエリアでした。

長蔵小屋界隈①

長蔵小屋界隈⑩背後に写る木造の古い家屋。
ハッキリとした記憶ではないのですが、私が通っていた「いわき市立内町小学校」ってトコの旧校舎は ちょうどこんな感じだったように思います。
「長蔵小屋」・・・収容人員300名って書いてありましたよ。
今でも、四季を通じ大勢の方々の宿泊場所なんでしょう。実にレトロな感覚に浸れそうな建物でありました。

因みに上の写真で中央に写ってるのが、我らが貝泊写真倶楽部のリーダー・館長さんなのですが、この方はレンズを向けると必ずと言っていいほどこのスタイルをお取りになります。(笑)
カメラマンさんとしては超優秀ですけど、モデルさんとしては・・・・・?(笑)

長蔵小屋界隈②

ここはサービスセンターって言ったかなぁ・・・・。
尾瀬の歴史資料館のような感じの建物の内部です。
ニッコウキスゲが咲き乱れるパネルが美しかったです。

我らのグループは、この周辺で昼食タイムだったのですが、周辺には「撮ってくれ!」とばかりに昆虫類が乱舞しておりました。(笑)

長蔵小屋界隈③

長蔵小屋界隈④

これはシャッタースピードが僅かに遅かったのかもしれません。(泣)
もう少し早いとホバーリング中の羽がヘリコプターのように美しい円を描いてくれたはずです。

長蔵小屋界隈⑤

トンボは、動きが遅いので比較的 撮影するのは楽なんです。

次の写真は近くにあった長蔵小屋の売店。
思えばここまで物資を運ぶのだって相当なる労力を強いられることでしょう。
キチンと整備された木道もそうですが、丸太一本運ぶのに、そりゃぁヘリコプターとかを使うんでしょうけれど 私が住まう住宅地なんかとは訳が違います。
御苦労は如何ばかりかと感じました。

長蔵小屋界隈⑥

店内は明るい雰囲気でしたよ。

長蔵小屋界隈⑦

長蔵小屋界隈⑧

結局、懐かしさを感じる店内の写真を撮っただけで 申し訳ないけどナニも買わずに帰って来ちゃいました。(笑)
だって、買った分だけ荷物が重くなり肩に食い込むんですもん、そりゃぁ躊躇する気にもなりましょう。

長蔵小屋界隈⑨

美味しそうではありましたけど、ここでビールなんか飲んじゃったら帰りが辛くなっちゃう気もします。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエリアへの滞在は短時間でしかなかったけれど、様々なことを思い起こさせてくれた気がします。

原風景・・・・今では、すべて新校舎に変わってしまった小学校。
今と違って校舎の様子を写真に収めてる訳もなく、記憶の中でしか辿れはしませんが、「懐かしい感覚」だけは十二分に蘇りました。

でも、心象風景ってやつはリアルな映像よりもはるかに美化できるので、それはそれで悪いことではないかもしれませんね。(笑)

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2011年6月 1日

今年も無事に記念日が巡ってくる

今年の上半期・・・と言うには1ヶ月ほど早くはありますが、様々なことがあった今年の前半戦でありました。
今まで「先が見えない」、「漠たる不安」なんて考えたこともなかったですけど、今年は違いましたねぇ。ゴーストタウンと化した時なんて、今後、この地で歯科医院を継続できるんだろうか・・・なんて真剣に考えたりもしましたし。
そんな不安もすっかり杞憂に終わり、御陰様で震災前の状態に完全復旧することが出来ました。

心底、ホッとしてる昨今です。

震災時には、「こんな時こそ!」と考えてスタッフへの給与も満額支払い続けはしましたが、そりゃぁ~3ヶ月も4ヶ月もの休診状態となれば 当たり前ではありますが辛くはなります。
それに際しても、有り難いことに考えもしなかった「中小企業雇用助成金」とやらの補助が受けられ、8割も助成される幸運にも恵まれましたし。

ナンか、ラッキーでありました。(笑)

陽光浴びて

気持ちも落ち着いて来た6月、ジュンブライドの水無月に また今年も我が家の記念日が巡って参ります。

明日は我が夫婦の21年目の記念日。
これまた御陰様で、忍耐強い(!?)家内に支えられながら無事に二人揃って心身共に健康で迎えられてナニよりであります。
今後は、差し当たって銀婚式目指して、その後は30年目・40年目・金婚式と目指せると宜しいのですが・・・。
と同時に、震災で そういった想いが断たれてしまった被災者の方々の無念さをも思います。(泣)

新田の大山桜付近にて

残された者達の使命はナンでしょうか。
混迷を極める政局を見るに付け、釈然としない想いに駆られます。(泣)

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2011年5月 3日

集団における自分のポジション

私には二つ年上の姉が居ます。
ま、二人っきりの姉弟ですから いつまで経っても「弟」のポジションを抜けることは出来ません。(笑)
だから・・・ってことはないんでしょうけれど、振り返ると仲間内の集団の中では位置的に「最年少」もしくは「平均年齢を下げる」ってパターンが多かった気がします。

長いこと「医院の長」なんかをやってますから 私自身にリーダーシップが明らかに欠如してるってことはないように思います。
ただ、子供の頃に きっと姉の後ろを付いて行って数歳しか違わずとも年長者に良くしてもらい遊んで貰ったのが「居心地良かったのかもしれないなぁ、だから幾つになっても無意識にそうするのかなぁ・・・」なんて自己分析することがあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなだった(!?)のですが、最近 楽しく遊んでる貝泊写真倶楽部においてはそうではありません。(笑)
館長さん、ころすけさんよりは若干は若輩者(!?)ではありますが、確実に倶楽部の平均年齢を高めてる存在ではあります。一昨日もその前の日曜日も撮影行に参加した中では最年長の存在でありました。

でね、これがまた心地良いんですよ。(笑)

よく「最近の若いモンは・・・」なんて言うようになったらお終いと思ってましたが、私の場合 逆の意味で感心させられることが多々ある昨今です。
しゅうさんのパワフルな行動力、ねもしゅうさんの半端ない知識力、コウシンさんに至っては撮影時の私の写真をアップするに際してさり気なく頭髪部分を黒く塗ってて下さる実に思慮深い配慮・・・・。(笑)

当たり前ですが・・・・
年長だから偉いなんてことはありませんね。

一回り以上年若い方々達と遊んで貰えるありがたい機会を得ましたが、逆にこちらが教えられることばかりであります。
こんなふうにブログとかやってなければ そんな当たり前のことにも気が付かず、皆さんにも出会えなかったのかもしれないと、ちょっと不思議な感覚を覚えることもしばしばです。

ま、結局 実年齢は別にしても、集団に於いて精神的には相変わらずの最年少ってことなのかもしれないんですけどね。(笑)
今後もくれぐれも呆れられないように注意せねばなりません。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれから十日ですか。4月24日の三春の滝桜を始め、郡山市・田村市周辺の一本桜を巡った撮影行。

最後の「田村市周辺のシダレザクラ」も、懲りずにデジブックに纏めました。

本日は、その貝泊写真倶楽部のバーベキュー開催。
また親交を深めて参りますか。(笑)

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2011年2月11日

炭鉱街・湯本は生まれ育った街2

明後日の13日(日)には、いわき市内で大きなイベント「第二回いわきサンシャイン・マラソン」が開催されます。
昨年に引き続き、今回も貝泊写真倶楽部のメンバーでもある赤鼻しし平さんが出場されるそうなので、カメラ片手に応援に出向くつもりなんですが・・・。

あぁ~それなのに この雪模様・・・。(泣)

雪模様の建国記念日

赤鼻さんでだけなく、ここ暫くあちこちで練習を重ねるランナーの方々を大勢 見かけたりしてましたから、無事に開催できると宜しいのですが・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、まるとみ自転車部の湯本散策は続きます。(笑)
高速道路の「いわき湯本インター」に程近いところに「いわき市考古資料館」なんていう施設があったんですね。その片隅に、建造物(!?)とはちょっと呼びにくいような住居がありましたよ。

これなんですけどね。(笑)

いわき市考古資料館1

ここで、広角レンズの威力を発揮させるべく、かつISO感度を暗くても撮影できるであろう3000ぐらいまで上げて内部の撮影も開始。

いわき市考古資料館2

いわき市考古資料館3

こんな所に入ったのは、初めてでした。
驚く我々に、豊田部長、満面の笑みで登場。(笑)

いわき市考古資料館4

さすがに増感し過ぎましたでしょうか、画質が荒くなっちゃったようです。

この後が大変だったんですよ。御存知の方もいらっしゃろうかと思いますが、「競走馬総合研究所(通称:馬の温泉)」までの登り坂が待ってました。(泣)
ナンとか登り切りはしましたが、当然 写真撮影の余裕はなく・・・。

競走馬総合研究所1

メンバーと施設の奥の方まで足を進めてみました。

競走馬総合研究所2 競走馬総合研究所3

で、こういった看板(写真・左)があれば取り敢えず撮影は皆するんですが、この看板が以前は違うデザインだったことには皆も気が付かなかったと思われます。(笑)
写真・右がそうですが、うっすらと「立ち入り禁止」の凹凸文字が見えません?
私は気が付いちゃいましたよ。(笑)

競走馬総合研究所4

久し振りに馬を間近に見ちゃいました。
広角で接近して撮ったので、「頭」と「足」のバランスが・・・・。(笑)

競走馬総合研究所5 競走馬総合研究所6

ポニーも居ましてね。ホントの「ポニーテイル」を間近に見ちゃいました。(笑)

競走馬総合研究所7

豊田部長の自転車にはスポークが少ない・・・。軽量化に役立ってるんでしょうけれど、強度の確保もOKなんでしょうかねぇ。

今回の「第二回まるとみ自転車部」のハイライトは 今回のこの坂登りかとばかり思って居たのですが、実は豊田部長の計らいで、この後に更なる充実の見学地が待っておりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく。

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2011年2月10日

炭鉱街・湯本は生まれ育った街1

時に思いますが、人の記憶っていうのはいったい何歳ぐらいからでしょうか?
今晩、帰宅時のカーラジオでゲストだった山本リンダさん(懐かしいぃ~♪)は、5歳の時分の記憶も鮮明に覚えてらっしゃるようにお話しされてましたが、どうでしょうか?

私自身は、幼稚園の時の記憶も断片的で、ほとんどのことを記憶してはおりませんが、個々人違うんでしょうねぇ。

先日のまるとみ自転車部の活動「湯本散策」。
実は、湯本は私が生まれ育った場所でありました。小学校に上がる直前に内郷に引っ越しましたから おそらく6歳半ぐらいまで居たんだと思います。

その湯本。
ナンにも知らなかったという事実を痛感いたしました。(泣)

三函座1 三函座2

三函座3 三函座4

写真は、今では全く使われなくなってる「三函座」という映画館。
最近になって、復興しようという機運が盛り上がってるようで、歴史を刻んできた建物でしょうから実に宜しいことかと思います。
最後の写真に写ってるんですが、上映時間の案内なんかがアナログの時計で知らされてるっていうのが良いでしょう?(笑)

その三函座の入り口にある「白石菓子店」、今回ここが実に良かったです。
「かりんとう饅頭」も美味しかったけど、お店のおばちゃんが良かったです。(笑)

白石菓子店1

白石菓子店2

ここは、コウシンさんに御馳走になりました。(感謝!)

白石菓子店3

饅頭がかりんとうになってるんですよ。それを頬張る我々7人。
お店のおばちゃんも、さぞかしバチバチ写真を撮る「変な集団」だと思ったことでしょうねぇ。(笑)

白石菓子店4

スタートして、大して時間は経過してなかったとは思いますが、こういった「寄り道」、「買い食い」も良いですね。

湯本に行かれた方は、この「白石菓子店」さんにお寄りになってみてはいかがでしょうか。

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2010年10月 4日

摂取したカロリーは消費せねば

解っているけど止められないモノって有りますよね。
例えばこんなお菓子。御存知、「KitKat」。

最近ではここにまでカロリー表示が・・・

最近では御丁寧に一袋ずつにカロリーが表示されていて、ありがたいのやら悲しいのやら・・・。(笑)

朝のウチに68kcalを摂取してしまいました。(泣)

さぁ、その分は消費せねばなりません。
夕方、ジムで25分ほどバイク(自転車)を漕いできたのですが、結果(判定)はこんな感じでありました。

ジムで消費するのが如何に大変か・・

やっとこさ、115kcalを消費して帰って参りました。(笑)

ジムで疲れて帰って来て、夕飯前にチョイとシャワーなんか浴びちゃうと、また美味しくビールなんかを飲んじゃったりして・・・。(笑)

汗だくになっての115kcal。
チョコを食べちゃったり ビールを飲んじゃうと、ん~ん、結局は元の木阿弥になっちゃう・・・。(泣)

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2010年7月16日

夏の想い出・・・アゲハ蝶の羽化

いつだったか一眼レフのデジカメ・・・・がまだ主流ではなく、コンパクトデジカメが一般的だった頃(・・・と言っても数年前)、我が家の建物の基礎部分のコンクリートにアゲハ蝶のサナギを発見。

見るとはナシに見て居たところ、羽化しまして・・・

アゲハ蝶の羽化1

観察することしばし、
やおら突然落ちたのです。(笑)

アゲハ蝶の羽化2

反対側からの撮影。
これはクロアゲハ・・・なんでしょうね。

見て居たら 落っこちちゃったこいつが この後 コンクリート面を頑張って上り始めたのです。

アゲハ蝶の羽化3

息子はその模様に興味津々。

この蝶々さん、凝視する視線に耐えかねたのか、唐突に舞い上がりまして・・・。
近くにある庭木(ユズ)に止まったのです。

アゲハ蝶の羽化4

羽化してすぐに飛んで掴まることができるんだから凄いですよねぇ。
アゲハ蝶だけではないんでしょうけれど、蝶々って香りのある木々を好むんですってね。

アゲハ蝶の幼虫

左の写真は今年の庭の光景なのですが、たぶんキアゲハ?かと思いますが、この幼虫がしがみついてるのは私がチョイと苦手とするパセリであります。(笑)

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2010年7月14日

幾つになっても嬉しいモノです

今日は私の誕生日。思えば遠くに来ちゃったモノで、半世紀に王手を掛けてしまいました。(笑)

毎年恒例、ありがたいことにスタッフから頂くプレゼント。
少々照れくさくはあるのですが、とっても嬉しいモノです。(笑)

幾つになっても嬉しい「誕生日プレゼント」考えてみると、大人になるとこういったリボンが付いたような誕生日プレゼントなんてそうそう貰えませんよね。

スタッフにはあれこれの難題を抱えさせてばかりで、彼女達の医院を愛してくれてる気持ちに十二分に応えてるとは言い難いような状況ではありますが、少しずつではあっても理想型に近付けるような努力を惜しんではならないと誓いも新たに致しました。

差し当たっては 明日の晩はみんなで食事会。(笑)
その翌日には休診日返上の院内勉強会ですから、その罪滅ぼしをしないとなりません。

家に帰っては、頂き物の焼酎で家内と乾杯であります。(笑)
来年までまた一年、健康に留意して大過なく過ごしていきたいモノです。

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2010年6月 3日

Anniversary、20年の節目の日

あまり世間様に大々的に公表するようなことでもなかろうかとは思いますが、本日は我が夫婦の結婚記念日(アニバーサリー)。
無事に節目の満20年を迎えることができました。

我が家に、私が懇意にしている花屋さんから花束が届いたのは言うまでもありません。(笑)

そんな今日は、鳩山総理辞任のニュースで持ちきりでしょうか。
辞任の是非は置いとくとして、この首相交代劇で、平成に入っての22年間で16人目になるんだとか。
そんなにコロコロ変わっていたら、腰を据えて国家運営に取り組むなんて絶対に出来ませんよね。(泣)
石の上にも・・・の「忍耐・我慢」と行った日本人特有の美意識は何処へ行ってしまったんでしょうか。

マイナスの経済波及効果は如何ばかりかと案じてしまいます。
おそらくは人事刷新に伴って、事業仕分けをして貰いたいほどの税金の無駄遣いが生じるのではないでしょうか。

院内の観葉植物に注ぐ朝日

今日のもうひとつのニュースは「野口聡一さんの帰還」でしょうか。
彼はTwitterで随時 状況を地球に送信していたようですが、中でも26日の投稿は口蹄疫で苦しむ宮崎県へのエールだったんでしょう、

「がんばれ、宮崎! http://twitpic.com/1rhgcs
   (野口さんのTwitterより抜粋)

には感激された方も多かったんではないでしょうか。

ソユーズですから、カザフスタンの草原に昔ながらの落下傘で降りて来た映像が流されてました。
それを高校生の息子に伝えたら、「落下傘ってナ~ニ?」との返答。
無理もないですね、ティーンエイジャーの彼等にとってはパラシュート以外の単語は連想しにくいんでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

写真は、当院の診療室内の棚の上に置いたポトスです。
光が差し込んでいなければナンの変哲もないような観葉植物でしかないのですが、一年のウチのほんの数日だけ スポットライトを浴びる日が来ます。

きっと存分に光合成してるに違いありません。(笑)

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2010年4月19日

新しいモノに触れることの意義

私には姉が一人だけおりますが、その姉夫婦がちょうど私の自宅と歯科医院の中間地点辺り(歩いても行ける距離)にこの4月、自宅を新築致しました。

そんな事情もあり、昨日18日に御祝儀なんぞを携えて、今どきの新築住宅を御祝いがてら家内と息子(6歳)と見学ツアーへ。(笑)

ナンでもそうだと思うのですが、意図的に新しいモノに触れていくって大事なことですよね。良き刺激を受けることができるし、勉強にもなります。

いやぁ~ナンと申しましょうか、最新のハウスメーカーの手による住宅は

細部まで考え尽くされてるように感じました。

日頃、自院に籠もる仕事をしていると、悲しいかな自院の劣化とかデザイン的時代遅れには気が付きにくいところがあるのです。
建てる予定もないのにモデルハウスなどには行けませんが、そこはそれ姉弟故に気兼ねなく見せて貰えます。実に素敵に完成してました。

5年・10年・15年と、時間はまさに「矢の如く」に過ぎ去っていきますが、その間にクルマでも住宅でも あらゆる知恵が注ぎ込まれ、確実に進化していることに驚かされます。

顧みて「酒井歯科医院」。
揺らいではならないポリシーは変えてはなりませんが、治療法でも医院内外でも、患者さんのため、スタッフのため、そしてより良き当院の明日のために知恵を注いでいかねばならぬと肝に銘じました。
思うのは簡単だけど

・・・実践はなかなか難しい。(泣)

桜・満開(18日・郷ヶ丘小学校)

写真は、御近所の小学校の桜。
満開の桜はちょうど見頃を迎えており、まもなく散り始めることでしょう。

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2010年3月17日

アリコの情報漏洩の余波が・・・

私に限った話ではないでしょうけれど、何処のご家庭でも扶養家族を養う立場にいる家長としては、万が一に備えて 家族を路頭に迷わせないぐらいの生命保険への加入はしているモノですよね。

医院の運営責任者としては、体調を崩し 具合が悪くなった場合も想定しての入院給付やら休業補償制度とかにも勿論のことながら加入はしています。

私の生命保険加入はアリコジャパンであります。

これは、友人や私が信頼してお任せしてる方が居てくれるので、リーマンショック以降のAIGの破綻とか 昨今のアリコ売却劇とかがあっても変更する気はありません。

ただ、数ヶ月前に発生したアリコからの情報漏洩のトラブル(約23万件にも及ぶ)にはチョイと参りました。(泣)

JCBカードを多用していたのですが・・・何故か・・・って言うと、生命保険料もクレジットカードのポイント欲しさ(笑)にカード払いにし、公共料金等 考え得るありとあらゆるモノをカード決済にしてる私としては、アリコが情報漏洩の責任を取って、愛用の JCBカードを加入者の了解を得た上でアリコの責任下で番号からナニから全てリファインしてしまったのは実に厄介でありました。(泣)

新聞によれば、何十億円もの変更費用をアリコが負担したと書かれてましたが、そうやってカード番号を変更してしまうと自動引き落としのように使っていたモノのことごとくが決済不能になってしまうのです。

大きな会社関係(NTTさんとか東北電力さんとか)は、アリコが責任を持って変更してくれたのですが、それ以外は自己による管理責任・・・。

上のマークのJCBには何等の落ち度はないのですが、ちょっと参っちゃったかなぁ・・・って感じであります。
一度、設定してしまったカードの変更手続きは案外厄介であり、関係各方面にちょっぴりと御迷惑をお掛けしてる昨今であります。

情報もまた、どれだけセキュリティーをかけても 最終的に人間が扱うが故にトラブルの完全回避は難しいんでしょうね。

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2009年12月29日

湯たんぽによる低温ヤケド

私自身は布団乾燥機の愛用者ですが、エコ目的で昔懐かしい湯たんぽが見直されてるんだそうですね。
もっとも、今どきのモノは当然 金属製とかではなく、耐熱性の強化プラスチック製ではありましょうが、この湯たんぽには少々苦い記憶があります。

30年も前の話で恐縮ですが、高校生時代にそのプラスチックの湯たんぽを古いバスタオルのようなモノにくるんで使っておりました。
寝てる間に足ででも蹴っ飛ばしたんでしょう、タオルから一部露出した湯たんぽ本体が、既にぬるくはなっていたでしょうけども私の脛(スネ)に長時間触れていたせいでヤケドを起こしてしまったのです。

そう、最近も言われる 低温ヤケド であります。

これ、十分な注意が必要です。
その当時、寝てるし、しかもたいして熱くはないから一晩中全く気が付かなかったのですが、翌日の昼頃になって脛に大きな水膨れが出来てきて、学校で理由が解らず慌てたモノです。

あれから30年。痕跡は未だに残っています。

ヤケドの痕跡は消えないんですよねぇ。そのせいで私はこの年齢に至っても相変わらず、脛に疵(きず)を持っております。(笑)

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2009年10月11日

本来の「体育の日」は晴天なり

本日10月10日は、本来の「体育の日」。
記憶に間違いがなければ、特異的に晴天の確率の高い日という理由で東京オリンピック(昭和39年)の開会式の日だったのではないでしょうか。

そんな今日、息子の通う幼稚園で運動会が行われ、家内や両親と共に参加して参りました。

秋の運動会1

どう表現すれば良いんでしょう、決して新しい近代的な幼稚園ではないですし、園には失礼ですけど施設が特別に立派だったり豪華だったりするわけでもありません。
でも、比較的に規模が小さいながらも流れる空気はとても心地良い幼稚園であります。

秋の運動会2

我が子は3人おりますが、3人ともこちらにお世話になりました。
それでも今日の年長の息子の運動会がこの園庭で参加できる最後の運動会。

一抹の寂しさを感じながらも 息子と手を繋いで走ったり、もしかすると生まれて初めての父兄によるパン食い競争にもトライ。

充実した秋の一日でありました。(笑)

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2009年7月30日

「品行方正」な運転に変わる !?

我が家にエコカー「プリウス」がやって来てそろそろ一週間。
やっとエコ・ドライブなるモノに慣れてきた気がします。(笑)

ホンダのインサイトもそうかと思われますが、モニターに随時リッター辺りの燃料消費量(燃費)が表示されます。
その為、否応なしにその燃費向上のために「品行方正」な運転をしてしまうってワケです。(笑)
今まで、自分が如何に荒い運転(急加速?)をしていたかがよ~く解った一週間でもありました。

まだ、自宅と医院間の短い距離の往復ばかりで距離を走ってないからだと思うのですが、16~17キロと意に反して伸び悩んでおります。
明日は、少々のロングドライブでもしてみて20キロ台の燃費達成を目論んでみることに致しましょう。

以上、プリウス・レポートでありました。(笑)

スタートダッシュ1

折しも、ローマで開催されている世界水泳が連日 テレビ朝日系で放送されており、高速水着の話題で持ちきりなようですが、上の写真のように「いわき市」の中学・高校生なんかの水泳大会でも水着は「レーザーレーサー」だったりするようです。

報道では、更にゴムがどうこう、ポリウレタンがどうこうと喧しいですが、育ち盛りの10代の肉体ではすぐにその高価な水着も着られなくなるのでは・・・と案じたりもしています。

スタートダッシュ2

連写で撮ってみたのですが、着水時の抵抗なんかも記録に大いに反映されるんでしょうねぇ、きっと。

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2009年7月24日

我が家にエコカーがやって来た!

本日、我が家にめでたくエコカー(ハイブリッドカー)がやって来ました。例の注文が殺到し過ぎて、いま予約しても納車は来春と言われているトヨタ・プリウスであります。(笑)

ハイブリッドカー「プリウス」

4月の予約受付開始から一週間もしないウチに予約したのですが、それでも待つこと3ヶ月半。やっと納車になりました。

それまで乗っていた外国車の燃費があまりに悪かったのと、今回のエコカー減税とエコカー補助金に惹かれて決めてみました。

実際の燃費がどの程度なのかはまだ不明ですが、恐ろしく静かなのには驚きます。視覚障害のある方とかには危険性が伴うと言われてますが、解る気がします。

大袈裟に言うと、ハイテクの固まりみたいな所があって、しばらくは辞書のように分厚いマニュアルとのニラメッコが続きそうであります。(泣)

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2009年7月13日

スタッフからの誕生日プレゼント

本日、7月13日は私の48歳の誕生日でありました。
「思えば遠くへ来たモンだ」って感じであります。(笑)

例年、スタッフのみんなが気を遣ってくれてプレゼントを準備してくれます。ありがたいことに今年のプレゼントはずっと欲しかったSONY社製の「デジタルフォトフレーム」。
(高かっただろうに・・・)

写真好きの私に配慮してくれたようですが、「ナンで欲しいのが解ったの?」な感じでありがたかったです。感謝です。

当院はスタッフに恵まれてます。

噂では、このいわき市内でも、朝の始業時間が始まってもスタッフが誰も出勤してこなくて、一斉に辞めちゃった・・・ような嘘のような話も聴いたことがあります。当院では有り得ない話ではありますが、今後も良き関係で居られるような環境作りをして行ければと願います。

スタッフみんなのサポート無くして成り立たないこの仕事。
みんなへの感謝の気持ちを持って、これからも確実に進化して行こうと誓う中年歯科医師でありました。(笑)

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2009年4月 7日

桜を愛でる心境が芽生える

子供の頃、それこそ私自身が小学校に入学する頃、父の仕事の関係で 結構の「山の中」の社宅に住んでおりました。
4月ともなれば自宅の周囲にはピンクの桜の花びらがそれはそれは大量にあったのですが、小学生低学年の私に風情もナニもあったモノではなく、鬱陶しいぐらいにしか感じておりませんでした。

それが・・・

40年の歳月が私を変えまして・・・。(笑)

昨今では、自宅のすぐ側の郷ヶ丘小学校の桜(ソメイヨシノ)が開花する日が待ち遠しく感じられたりしてるのです。
もう10日ぐらいはかかりそうなのですが、そんな桜を愛でる心境が芽生えるなんて、自分でも不思議な気がします。

季節が良くなったこともあり 例によりカメラ片手に周辺を歩いてみると、種類の異なる桜って結構あるんですねぇ。

残念なことに、桜の種類なんて良くは知りませんでしたが、「解らないことはネットに訊け!」ですよね。こんな便利なサイトがありました。

● さくら品種図鑑 (石川県林業試験場樹木公園)

早速 昨日写してきた桜を調べてみました。「ミドリザクラ」っていうのが該当するような気がしてるのですが、定かではありません。(笑)

夕日がスポットライトのようになって結構綺麗でした。

赤いトラクター(笑)

周辺では、農家の方々が来たるべき田植えに備えて準備されてました。夕方5時近いのに数台のトラクターを見かけたりしました。

我が家は新興住宅地ではあるのですが、すぐ側にこういった長閑な田園風景が広がっている良い場所なのです。

お仕事中なのに、望遠レンズでチョイと失礼いたしました。(謝)

話は変わりますが、本日から中学校の新学期が始まりました。最上級生となった息子は明日、新入生に部活の紹介をするらしいです。
部活ごとにユニフォームで紹介をするらしいのですが・・・・

彼は水泳部・・・・。(気の毒!)

少しは春めいてきてるけど、きっと全身に鳥肌立つだろうなぁ・・・(涙)

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2009年1月 4日

綺麗な青空に舞い上がる

本日晴天なり・・・であります。(笑)

凧揚げ①

お休みの最終日、最近少なくなる一方の御近所の空き地で、適度な風に乗せて凧揚げに興じてみました。

昨日、ほぼ在庫一掃セール中(!?)ではないかと思えるほどに商品が減っていたトイザらスで699円で買い求めたアンパンマンの絵柄の凧。気持ち良さそうに舞い上がってくれました。

凧揚げ⑤

モチロ~ン、一人ではありません。(笑)

5歳の息子と一緒です。
この凧揚げも結構 上空の強風に引っ張られて凄い力を要します。
幼稚園児の力では、どんどん引っ張られて案外難しかったりも致します。

凧揚げ③

加えて眩しいモンだから上を見上げることもままならず、手元ばっかり見つめておりました。

凧揚げ④

雲が綺麗でしてねぇ。

ナニ雲なのかは知りませんが、青と白の絶妙のバランスが気持ちを和ませてくれます。

凧揚げ②

私はモチロン お休みは大好きですが、休んだ後には社会復帰が必要となります。

それが辛い・・・。(笑)

全国の大勢のお父さん達がそうでしょうけれど、今晩は気持ちを切り替えて 明日からの新しいスタートを無事に切れるようにしなくてはなりません。

・・・1月4日の午後。

年末のお休みを楽しみにしていた年末のワクワク感から一転して、少々気持ちは重くなってます。(笑)

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2009年1月 2日

家族5人で初詣

室内に居ると日差しは穏やかでしたが、外は寒風が冷たい昨日の午後に家族で初詣に行って参りました。
歩いても行ける場所なんですが、軟弱な我が家は寒いのでクルマでしたけど・・・。(笑)

不況の波はこういったところにも及んでるんでしょうか、午前・午後を通じて初詣の出足が鈍かったようです。バブル期には賽銭箱にお札が・・・ということもあったようですが、昨今では見かけなくなったような気がします。
(私は硬貨以外 出したことがありませんが・・・(^^ゞ)

お正月2

写真は神社とは関係のない院内のプチ注連縄ですが、こういったお目出度物の販売の方々も、ただ寒そうにしていて気の毒なようでしたっけ。
(しめ縄って「注連縄」って書くんですね)

5人揃って、「家内安全」、「無病息災」などを祈って参りましたが、来年・再来年はこれに「合格祈願」も加わります。

我が家の場合、歯科医院という屋号がありますので、頂いてくる御札には「商売繁盛」と書いていただいています。(笑)

「商売繁盛」あっての「家内安泰」は間違いないので、それが我が家にとっては基本中の基本となります。

不況の折、繁盛してない、繁盛できない家業の方も大勢いらっしゃることでしょう。家族のみならず、スタッフにも喜んで貰える医院造りは私の使命ですので、神仏の御加護の下に「商売繁盛」が達成できるよう毎年願っていたりします。

これからも毎年 家族5人で詣でることが出来て、前年の御加護(商売繁盛)に対する感謝の気持ちを持てると嬉しいですねぇ。

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2008年9月23日

「銀歯」が取れて難儀

お昼頃からナンとはなしの予兆のようなモノはあったのですが、夕食時に奥歯の金属が外れました。
我々歯科医も、生まれた時(!?)から歯医者をやってるわけではないので、悲しいかな高校生ぐらいまでに奥歯なんかには金属の詰め物が施されてしまっていたのです。(悲)

ん~ん、無いと食べにくい・・・。(困)

日頃、患者さんに如何に迷惑をかけてるかがよ~く理解できました。ついついこちらの都合で、次回の来院機会を遅らせてもらっちゃってますが、できるだけ急いで対処せねばならないことを痛感いたしました。

1本の、しかも金属脱離でも容易でないのですから、数歯にわたる欠損放置は良くないですよね。

無くなったら補う。たかが1本、されど1本です。

抜歯後、脱離後、そのまま放置なさらずに早期の復旧はなさるべきでしょう。金属だって 外れてそのままにすれば入らなくなります。事情を受付スタッフに伝えていただいて、なるべく早めに再装着すべきと考えます。

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2008年7月13日

誕生日のプレゼント

本日、無事に誕生日を迎えることができました。47歳になってしまいました。
まさか自分がそんな年齢域に差し掛かるなんて かつては想像したこともありませんでしたが、気が付いたら時の流れは一度も停止することなく、しっかりと刻み続けて今日となってしまったようです。

昨日、毎年のことながらスタッフの皆さんより誕生日のプレゼントをいただきました。心より感謝・・・であります。
謙遜でなく まったくもって「いたらぬ院長」であります。なのに、今日の当院が無事に成り立っているのもスタッフのみんなの御陰ですから、彼女達の気持ちに存分に応え、また還元させて貰わなくてはなりません。そう誓う院長であります。(^^ゞ
リーダーとして、ますます頑張らねばなりません。

歯科医院の運営は、紛れもなくチームワークによるモノです。一般の会社もそうかと思いますが、総合力勝負であることは歯科医院も一緒なのです。トップがダメならどれだけスタッフが良くっても彼女達の実力は発揮できずに終わってしまいましょうし、逆に私が懸命に頑張ってもスタッフが協力してくれなければ成り立ちゃしません。

当・酒井歯科医院は、これからも全員で協力し合える「プロフェッショナル・チーム」として全力で邁進して行きたいと考えております。

堅苦しぃ~!(^^ゞ

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2008年5月27日

フラガールの街 出身です

私が育ったいわき市には、「スパリゾート・ハワイアンズ(旧・常磐ハワイアンセンター)」なる施設があります。そうです、2~3年前にヒットした映画「フラガール」の舞台となった あの「ハワイアンセンター」であります。

私自身の幼少の頃と時代背景も似てますし、私の父も常磐炭坑の閉山経験者で、かつ ハワイアンセンター開設に深く関わる仕事をしてましたので、非常に親近感の湧く映画でありました。映画の影響っていうのは「多大」らしく、現行のハワイアンズでは、映画「フラガール」が好評だった後、 空前の入場者数を記録してるようであります。
「おらが街」の活況ですから何よりのことであります。

ただ、その当時(35年ぐらい前)は本当に大変だったようです。
「石炭」から「石油」へのエネルギー変換。
産業構造の変化もあったことでしょう、斜陽の常磐炭坑やその街(常磐湯本町)には、その当時 子供ながらにも感じる物悲しさが漂っていたように記憶しています。きっと「離散」していった方々も大勢いらしたことでしょう。

それでも常磐炭坑の街に生まれて、良かった事もたくさんありました。

私自身、良く理解しているわけではないのですが、石炭を地中から掘ると、困ったこと(喜ばしいこと?)に地中から大量の「お湯(温泉)」が湧き出て来てしまうらしいのです。(石炭を掘削するには邪魔になる・・・)
それを逆に利用しての「ハワイアンセンター」だったんでしょうが、この恩恵は社員の住む各家庭にももたらされておりました。
常磐炭坑の社宅には、ナンと四六時中「温泉」が出たのです。(驚!)

「湯水の如く」と言う表現は良くない時に用いるのかもしれませんが、まさにその「湯水の如く」の温泉三昧の幼少期でありました。

今では自宅でそんなことをやることは有り得ませんが、風呂場のお湯(温泉)は常に溢れておりました。毎晩「ざっぷーん♪」という音を立てて 洗い場にお湯が流れ落ちてましたっけ。古き良き時代でありました。

蒼井優さんの演技が際だっていた「フラガール」。
「いわき市民」も「ハワイアンズ」も、映画の効果にいつまでもすがることなく次なる新しい「波」を起こしていかないといけないのかもしれませんね。

我が「酒井歯科医院」も斜陽にならないように、愛すべきスタッフのみんなと共に 次々に新しい「波」を起こして頑張らないとなりません。(笑)
ご期待下さい。

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2008年2月27日

花粉症とのつきあい

かれこれ二十数余年のお付き合いであります。
花粉症・・・・。今年は昨年の猛暑のせいもあり、酷いらしいですねぇ。
それでもここ数年は、薬が合っているのかラクにクリアできています。

私の場合は春先のスギ花粉症だけですが、酷い人は一年を通じて何かしらのアレルギーに見舞われていたりして、辛さが解るだけに気の毒でなりません。

インターネットっていうのは便利なモノで、ウェザーニュースで流してるこんなサイトを見つけました。きっとここだけでなく、花粉症に関してはあれこれのサイトが充実してるんでしょうね。便利になったモノです。
ウェザーニュースでは、天気予報だけでなく、様々なニーズに合わせた いろいろなサイトを運営しているようです。ここのALL channelから入れます。結構利用できそうですよ。

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酒井歯科医院
院長 酒井直樹

酒井歯科医院 院長 酒井直樹

医院サイト:
http://www.sakai-dent.com/

こんにちは。酒井歯科医院の院長/酒井直樹です。当院は福島県いわき市中央台の住宅街にあり、緑豊かな公園や幼稚園、小・中学校が周辺にある、のびやかな環境に恵まれた歯科医院です。開院してから二十数年、素敵なスタッフと共に地域の歯科医療の発展に努めて参りました。
多くの方々に良質で最良の歯科医療を提供するために治療設備の充実と技術の向上を心掛け、チーム医療体制を組みつつ診療に従事する毎日です。
またナンとなくお解りいただけようかと思いますが、医院HPやこの「院長ブログ」・SNSを通じての情報発信が・・・大好きであります。
お口や全身の健康維持からトレンディな医療技術提供まで、咬合全体を捉えた治療と予防で総合的なデンタルヘルスケアをご提供出来るように心掛けております。
歯の健康に少しでも不安を感じたら、まずはこちらから御相談下さい。

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